〜阿修羅さまがみてる〜
『 微妙に奇妙な異常が尋常 』
〜後編〜
作:鬼 団六
〜 えぇっと…… 〜
で、入寮日の夕方。
篠原と美紀の部屋。
篠原はさっきから、黙ったまんまだ。
「だぁかぁらぁ〜、何で黙ったまんまなのかなぁ?」
「…………」
「電車では、あんなに楽しく会話したじゃない」
「…………」
「っていうか、せめて、こっち向いてよぉ、篠原く〜ん」
「…………」
「もしも〜し?」
美紀が顔を覗き込もうとすると、胡坐のままで器用に回転する篠原。
「ムゥ」
頬を膨らませる美紀。
「一体、何が気に入らないのよぉ」
「………全部、だ」
「はぁ!? 全部!? 何よ、ソレ!!」
「何で、そんな格好をしている!? 何で女言葉を使う!? 立ち居振る舞いをもっと男っぽくできんのかっ!? つーか、本当に男なのか、お前!!」
「格好はしたいから! 言葉も使いたいから! 男っぽくなんて、ゴメンだねっ! 私が本当に男かどうかは、先輩方にでも聞いて回ったら如何!?」
「そんなんだから、痴漢にも遭うんだ!」
「それは君とは関係ないじゃない!」
「何で、あの時名前を教えてくれなかった!?」
「どうせ、こんなナリですからねぇ! すぐに男子寮で有名になっちゃうと思ったの! どの道、すぐに君の耳に入ると思ったから、言わなかった!」
「何で、オレと同室なんだ!?」
「それこそ、私は知らないわよっ!」
「何で、今朝お前と出会ってしまったんだ!?」
「あのね、それこそ十字を翳した聖人にでも聞いてみなさいよ!」
「それで、答えは出るのかっ!?」
「出るワケないでしょ! ヤツは何時だって見てるだけなんだからっ!!」
「…………フンッ」
またそっぽを向く篠原。
「…ったく、言いたいことは、全部言ったの、今ので?」
「…………」
「じゃ、こっちから」
「…………」
「はっはぁ〜ん、シカトですか?」
「…………」
「でも、君だけが言いたいことを抱えてるワケじゃないんだからね。こっちも言うよ?」
「………勝手にしろよ」
「ええ、勝手にしますとも」
「…………」
「あのね、私は、ルーム・メイトが篠原君でよかったって思ってるよ」
「……は?」
「君は痴漢を許せないような、正義感を持ってる。そのために、アクションを起こせる行動力を持ってる」
「……買い被りだ、そんなの」
「そうかもね」
「おいっ!!」
「でも、少なくとも今朝はそうだった。…これって、結構ポイント高いよ?」
「…いや、そう言われても」
「だから、私は、ルーム・メイトが篠原君でよかったって思ってる。これから、3年間を過ごすにあたって、もっと君のコトが知りたい、って思ってる。」
「…………」
「ハイ、これで今のところの私の言いたいことは、おしまい」
「…そうか」
「で、どうする?」
「何が?」
「部屋割り。変更してもらうように、頼もっか?」
「…………」
流石に、篠原は即答できかねる。美紀に興味があるのは、篠原だって同じだ。尤も、朝のようなピュアな感情ではなく、「コイツ、何なんだ」という、下世話な興味ではあったが。
「…どうすんの?」
「………それは……」
「それは?」
「いや、そこまでする必要は………」
「え、OK? OKね? じゃ、この問題は解決っと!!」
勢いで、勝手に解決に導く美紀。
「だぁあああ、ちょ、ちょっと待てぇい!!」
「何よ、まだ何か問題でも?」
「い、いや、そういうワケじゃないんだが…」
「じゃ、いーじゃない」
勝ち誇った美紀の顔を見て、急に篠原の脳内に疑問が浮かんだ。
「…お前、確か自分の名前、美紀(ミキ)って言ってたな?」
「…ギクッ……」
美紀が小さく呻いた。
「本当はお前、美紀(ヨシノリ)だろ!?」
「きゃああああああ! その名前で呼ばないでぇえええええ!!!!」
見事に取り乱す、ヨシノリさん。
「お願いだから、ミキって呼んで! じゃないと、泣いちゃうからっ!!!!」
本気の涙目になっている、美紀。
「わ、わかったわかった! 何も泣かなくてもいーだろっ!!」
「それくらい、デリケートな問題なのっ!!!!!」
「わかった、わかりましたっ!! ミキって呼ぶから、間違いなく! 厳密に!!」
「……ホント?」
上目遣いで、篠原を見る美紀。すっごく、可愛い。
(あぁ、コイツが男じゃなきゃあなぁ……)
「ホント、ホント!」
「じゃあ、この問題も解決っと!」
泣いた子が、もう笑う。まさに美紀の今の激変は、そう例えるに相応しかった。
「お前、切り替え、早いなぁ……」
篠原も呆れ返り半分で、そう呟く。
「人生に切り替えはネセサリィよ♪ さって、じゃあ荷解きしよっと♪」
勝手に言って、荷解きにかかる。
「ハイハイ、手伝って、手伝って♪」
「え、あ、ああ……」
篠原、流される、流される。
「えと、私の机、こっちでいい?」
美紀がタンス側の机を指差す。
「でもって、タンスはこっちでOK?」
そして、机に近い方のタンスを主張。
「ああ。元々、そのつもりでオレは荷物整理しちゃってたしな」
「OK、OK♪ じゃ、早い者勝ちってコトで♪」
「いや、早い者勝ちも何も、互いの主張が一致したんだから、いいじゃないか」
「細かいコト気にしないの」
「細かいコトって…お前の言い方が、何か引っかかるから……」
「わかってる、わかってる♪」
「…何をだ?」
「篠原君は、仮に荷解きしただけでしょ? 後から来るルーム・メイト…ま、私よね。その私の希望によっては、例え2度手間になっても、それを聞き入れるつもりはあった。違う?」
ニコッと笑って、篠原の真意を見通す。
それが、篠原の目にはカッコイイと映った。
しかし、次の一言で、その感心は吹っ飛んでしまった。
「あ、こっちは、衣類だから、触っちゃダだかんね!」
「触らぬ!!」
力強く断言。特に下着なんかは、知りたくもない!
で、荷解き開始。
と、篠原が「あまり見慣れないモノ」の存在に気づく。
「え、美紀……コレ……」
「ああ、マンガの道具」
「………んん?」
「だから、マンガを描くための道具! 机に置いといて」
「あ、ああ……お前、マンガ描くのか?」
「描かないヒトが、そんなん持ってる?」
「いや、それはまぁ、稀だとは思うが……」
「でしょ?」
「…え、マンガ研究会にでも入るの?」
「…何言ってんの? つーか、そんな研究会、あるの?」
ああ、コイツはカナダにいたんだっけ、と篠原は思った。国が違えば、文化も違うものだからなぁ、とか何とか。
「じゃあ、どうしてマンガ描くのさ?」
「どうしてって、掲載してもらうためだけど?」
「何に?」
「マンガ雑誌」
「………はぁ!?」
「大変だったんだからぁ。国際便で出版社に郵送持込して、意見や修正ポイントとかをメールでもらって…」
美紀の得意げなご高説は続く。
「で、最終的には、掲載が決まって、読みきりが何本か載ったの! でも、打ち合わせならメールでもいいけど、そう何度も国際郵送するのも大変でしょ? データ入稿もいいんだけど、担当さんに、本格的に続けたいなら、やっぱり日本に来たほうがいいよって、言われて」
篠原は頷く位しかできない。あんまりにも荒唐無稽な話だ。
「で、高校進学を機に、日本へやってきたってワケ」
「へ、へぇ〜……」
凄い。凄すぎて、言葉にならない。
「これで、担当さんと直接会うコトもできたし…あ、昨日東京にいた時に、バッチリ面会してきたから♪ で、で! 原稿の受け渡しもやりやすくなったし、打ち合わせも顔見てできるし、担当さんはイケメンだったし…イイコト尽くめねっ♪」
篠原はもう、拍手するだけだ。
「いや、すげーよ、お前……」
「いや〜、それほどでもないよ〜♪ ま、いずれは、ドウジン、だっけ? あれにも手を出してみたいんだけどさぁ〜♪」
そう言いながら、荷解きもそこそこに、机に向かう。衣類の荷から、さっさとヘアバンドを取り出し、前髪が邪魔にならないように押さえつける。
「じゃ、早速原稿描くから♪ 邪魔しないでねっ♪」
「え、おい、荷解きは、どーすんのよ!?」
「衣類以外は、適当にやっといて〜♪」
もう、篠原の方を見向きもしない。どんどん道具を広げ、執筆体勢に入っていく。
「適当って…」
「あ、いいから、いいから。また時間のある時にでも、じっくりやるからさ♪」
(それって、一体、いつになんだよ………)
「あ、篠原く〜ん」
「…何だ?」
言われるがままに、適当に荷解きをしながら答える。
「そっちにさぁ、近距離用の眼鏡入ってるから、ちょっと出して〜」
「自分でやれ!」
「え〜、ケチィ〜!!」
いつ結んだのか、赤毛を1つに纏めた美紀が、椅子ごとクルッと篠原を向く。
「私、そっちの眼鏡に換えないと、疲れ目で偏頭痛起こしちゃうのぉ」
「しるか!」
「偏頭痛起こしたら、夜ずっと『イタイ、イタイ、イタイ、イタイ』って言うからね!」
「ああ、わかったから黙れ! …えっと……コレか?」
何とか依頼品を見つけ出し、手渡す。
「そう! あっりがと〜♪」
手早くケースから取り出し、眼鏡をチェンジ。ピンクのセルロイド・フレームから、黒のプラスチックのフレーム(丸っこい)に早代わり。
「…えらく地味な眼鏡だな」
「そう? でも、マンガ家たるもの、黒フレームメガネじゃない?」
「……何故?」
「オサムシがそうじゃん。神様なんでしょ、日本じゃ」
「…そういうコトか」
という会話をしているが、美紀はもう机に向かいっぱなしだ。
「……スマン、ワケのわからんものばかりが出てきた」
「へ?」
鉛筆片手に、椅子ごとクルッと回る美紀。
「あ、コスメじゃん」
「……化粧品の類、と解釈していいのか?」
「うん、そんなモン。洗面所へ持ってって」
「置くのか、これを?」
「置かないの、それを?」
「……置く」
「じゃ、それで♪」
篠原、大人しく従う。美紀はまた机に向かう。
篠原が洗面所で、ビンの群れと格闘していると……
「あ、篠原く〜ん!」
机の美紀から、声が掛けられた。
「何?」
「並べる順番、間違ってても怒んないからね〜」
「……順番があるのか?」
洗面所の棚(元々、そんなに物を置くスペースはない)を、ほぼ占拠したビンの群れを見ながら、篠原は呟いた。
それから、部屋に戻り、半ば自棄っぱちで言う。
「さ、次は何をすりゃ、いいんだ?」
「ちょっと、静かにしてて♪」
「ハイ……」
篠原は、哀しい気分になった!
言われるがまま…というワケでもないが、他にするコトもないので、机に向かう美紀を眺める。
ノートを前にし、真剣な顔で「こうして…いやいや、こっちを先にもってきて…」と呟いている美紀は、態度や性格にこそ難があったが、輝いている。
その行動力に対し、素直に、凄いなぁ、と感心した。
…そんな時間が少しだけ流れたが……
『 ピンポンパンポ〜ン! 夕食の時間だぜ、ブラザー! 』
という、バカ声の寮内放送が流れる。
「…このバカ声は、土方先輩ね……」
美紀が、鉛筆を走らせる手を止めて呟く。
「え、もう先輩の名前覚えたのか、お前!?」
初日だぞ、まだ! という意味が言外に含まれている。
「言ったでしょ? 私は目立つの。だから必然的に、初日っから多くの先輩や同級生と言葉を交わすハメになる。その中で、印象に残ったり、有益だな、と思ったヒトは、忘れないわよ」
「で、この放送の先輩は?」
「寮長なんだって。ま、覚えておいて、損はないんじゃない? 得も無いかもしんないけどね」
「……やっぱ、すげぇな、お前」
「そう? コミュニティの中で生きようと思ったら、当たり前のコトじゃない?」
ヘアバンドを外したり、メガネを交換しながら、しれっと美紀が言う。
「あ、前髪跳ねちゃったよぉ」
「いいだろ、その位」
「そうもいかないのっ! ちょっと待ってて、すぐ直しちゃうから」
そう言って、洗面所に入る。
ちょっとしてから、前髪を見事に直した美紀が出てきて、
「んじゃ、食堂に行きましょっか♪」
「ああ、そうだな」
2人は部屋を出た。
そして、信じられない話だが、実は『 ブラザー 』以降もずっと、寮長の放送は続いていた。今はフリートークも終わり、暇つぶしとしか思えない『 熱唱 』が流れている。
『 バナナのパパは〜、パパ・バナナ〜♪ バナナのママは〜、ハハ・バナナ〜♪ 』
「…歌詞、違ってるじゃない、もぅ!」
「ママ・バナナ、だよな」
「それか、チチ・バナナ、ね。ルールを守るなら」
「どの道、間違ってるというワケか」
寮長のイカレタ歌声に、廊下に出た2人は笑う。
『 パパ・バナナ〜、ハハ・バナナ〜、ド・バナナぁ〜 』
ノリノリで歌う寮長の歌声では、何故か「バナナの貴族」が誕生していた。
〜 男子寮、新入生歓迎の宴! 〜
廊下を歩く美紀は、度々ギョッとした目で見られた。
本人は割り切って、平然と、いや寧ろ颯爽と歩いているが、並んで歩いている篠原は、たまったモンじゃない。
「…やっぱ、目立つな、お前」
「言ったじゃん、そう」
「いや、まぁ、そうなんだが……」
「…ま、そのうち慣れるって、みんな」
「慣れるまでは、一々説明して回るのか?」
「いや、今日ケリつけるよ?」
「はぁ!?」
「あの先輩方なら、機会作ってくれるだろーし……予想以上に『使えなくて』機会が設けられなかったとしても、自力でどうにかするつもり」
「…よく、わからんのだが」
「いいよ、わかんなくて」
「そうか?」
「そうよ」
とか言いながら、2人は歩く。
途中、例の七五三と遭遇したが、彼は美紀を見るなり、脱兎の如く逃げ去った。
可哀相なのは、残されたルーム・メイトと思しきオトコノコ。
「いぃっ!? ど、どうした、忠次(チュウジ)!? …って、いぃっ!?」
オトコノコ、美紀の姿にビックリ!
「2度見しないで。何、アンタもあの七五三と同類のバカ?」
「ど、同類って?」
「私がオトコノコかどうかを、セクハラ的に確かめるようなバカかってこと」
「……オトコノコかどうかを……セクハラ的にって……いぃっ!?」
オトコノコの視線が、美紀の顔と股間を往復した。
「だから、2度見しないでっての」
「いや、美紀。今のは2度見とは言わないんじゃ……」
「篠原君は黙ってて。好奇の目で見るっていう意味じゃ一緒でしょ」
「ウゥム……そういうモンか?」
「そうよ」
こう力強く断言されると、返す言葉が見つからない。
「い、いや、オレ様は別にそんな確認の仕方は思いつかなかったが……」
狼狽の窮みか、オトコノコ。
「思いつかなかった、が?」
「いやぁ、オンナノコが、何か事情があって、ここにいるのか、と」
「…事情?」
例の物騒な笑みが消え、何かを探るような視線に変わる美紀。
「財閥のお嬢様が、跡継ぎとなるためにオトコノコとして育てられた、とか」
「…アンタも、バカでしょ?」
「し、失敬なっ!」
「それじゃ、わざわざ全寮制の学校に入らなくったっていいじゃない」
「…あ、そか」
「篠原君、コイツ、バカだよね?」
そう言う美紀の目は、笑っている。少なくとも不快ではないらしい。
「ああ、バカだな」
「ちょ、待てよ! そこのデッカイのにまで言われたくねぇ!!」
「まぁ、待てって。……えっと、名前は何だ?」
「お前から名乗れ、篠原君」
「………言っているコトの矛盾に気付かないのか?」
「…あ、オレ様、知ってるわ、お前の名前。やっべぇ」
愕然とするオトコノコ。美紀はその様子が可笑しくて仕方ないらしい。笑いながら、
「このデッカイ人は、篠原 泰志君。私は馬越 美紀。あ、美紀でいーよ。で、あなたは?」
「…オレ様は、市村 鉄矢(イチムラ・テツヤ)だ」
「OK、市村君ね。覚えた♪」
どっかで聴いた台詞だなぁ、と篠原は思った。
「市村君はバカはバカでも、人を不愉快にさせないバカだねぇ」
「誉めてんのか、馬越?」
「だから、美紀でいいって。ちゃんと誉めてるんだよ?」
「ど〜こ〜がぁ?」
「七五三は人を不愉快にさせるけど、あなたは違う。仮に…いい? か・り・に、よ?」
「変に立てるなよ」
「仮に、あなた達みたいな『バカ』が好きなオンナノコがいるとする。で、あなたと七五三と、同じ位の友好関係にあったとする。そしたら、そのオンナノコは、きっとあなたの方を本気で選ぶと思うよ?」
「……所々、気になるが……篠原クンッ!」
「な、何だ?」
「キミの連れは、いーヤツじゃないかっ♪」
「そ、そうか?」
「そうだ! ウン、美紀はいーヤツだっ!」
何故か上機嫌になっていく市村。
(仮の話が、そんなに嬉しいのか、このバカは)
と、篠原は思ったが、口には出さなかった。折角喜んでいるのだから、水を差す必要もないし。
「市村君も、いーヤツじゃん♪」
美紀もそう言っているし、まぁ、この場はこれでよかろう。
で、3人で連れ立って、食堂へ向かう。
男子寮の食堂は、全員が一斉に食べられるように、異常にデカイ作りになっている。(実際には、節目節目のイベント位でしか、一斉に食事なんてコトはありえないのだが)
食堂の正面には、でっかい歌舞伎文字で
『 めんそ〜れ、星影学園 』
と書いてあった。
「沖縄?」
と首を傾げているのが1年生。動じてないのが、2・3年生。
そんな喧騒の中…
「2年生は、このブロック。3年生の先輩方は、こちらのブロック。そして、新入生の皆さんは、こちらのブロックに、それぞれ着席して下さい」
拡声器を使っているのに、それでも聞き取れない位の静かなトーンで、会場に案内を流す1人の男。
「あれじゃ、聴こえないじゃない」
「確かに」
美紀と篠原のボヤキが通じたのか、
「だぁああっ! もっと景気よく話せねぇのかよ、サンナン!!」
土方が拡声器を持った男を怒鳴りつけた。
怒鳴られた男、名前は「山南 敬一郎(ヤマナミ・ケイイチロウ)」、愛称「サンナン」
生徒会役員をしている優等生だが、いかんせん、オシが弱すぎた。
「えぇい、もういいっ! オレがやるっ!!」
土方、拡声器を強奪。
「土方君がそう言うのなら、ボクはそれで、構わない」
そう言うと、少し哀しげに着席する、山南。
「オレが寮長の土方 歳夫だ! お前ら&先輩方、とっとと、座りやがれぃ!!」
こういう時のバカ声は、会場全体にビシッと通る。何故、山南にやらせたのか。
全員が着席した。土方に向かって、左から1年、2年、3年のブロックが出来上がる。
「後ろ席のブラザーども、聞こえるかっ!?」
「聞っこえませ〜ん!!」
最後列の席に座っていた七五三が、楽しげに手をブンブン振る。
ここで、「オイオイ、聞こえないなら返事なんか出来るワケがないじゃぁないか♪」とは、間違っても言わない漢。それが土方 歳夫。
「死ね!!」
シュンとなる七五三。間違いなく、初日からトバし過ぎだ、お前。
そして、そんなコトは『 まるで無かったかのように 』進行する土方寮長。
「今、お前ら&先輩方の目の前には、ステキなディナーが用意されているコトと思う! But!!」
「…しかし、って言いなさいよ、もう」
美紀が、至極真っ当な意見を呟いた。
「そいつをお召し上がりになる前に、オレから質問だ!」
会場に、緊迫した雰囲気が張り詰める。
「…今日は、何の日だっ!?」
『入寮日ィイイイイイ!!!!!!』
2・3年生の男声大合唱。1年生は、ポカーンとしている。
「誰のぉ!?」
『いっち年生ィイイイイイ!!!!』
「では、その1年生に問う! 今日は何の日だっ!?」
『に、入寮日ィ……』
「声が小さい! 何の日だっ!?」
『にっ、入寮日ィイイイイイ!!!!!!』
「OK! では、お前らは、何者だっ!?」
『いっち年生ィイイイイイ!!!!』
「Yes! 非常にイイ答えだっ! では、ココで先輩方に問う! あなた方は!?」
『神!!』
「我々、2年生は!?」
『人!!』
「そこの、1年生は!?」
『犬!!』
『えぇええええええええ!?』
1年生から、どよめきが沸く。ま、当然だ。
「黙らっしゃい、この犬畜生!! いやさ、卑しい犬畜生! これが、伝統! これが、美しき上下関係!!」
最高潮の土方の熱弁。
「みんなこの道を通って、大人になった! さぁ、今年はキミ達の番だっ!!」
この部分だけを聞くと、希望に満ちているのだが。
「おいおい…マジかよ……」
篠原が呟く。ま、当然だ。
「いいんじゃない、別に」
「はぁ!? 美紀、正気か!?」
「先輩達は、ああいうコト、言いたいだけ。ホントに理不尽なコトしてくるようなら、徹底的に抗戦するまでよ」
「そ、そうか?」
「そ。伝統だって言ってるんだから、毎年こういうのやってるんでしょ。そんだけよ」
「ムゥ、そういうモンか……」
「ノッて楽しいコトは、沢山あるだろうから、敢えて逆らわない方が、いいと思うよ?」
「何でわかる?」
「勘?」
「訊くな」
「そうとしか言えないもん」
と、2人が密談をしているうちに、土方寮長の熱弁は続いていたのだが、不意に…
「あ、そうそう。この場を使って、全員に通達しておくコトがある」
急にストンと普通のトーンで言われ、全員が土方に再注目。ここまでの熱弁は、聞きたいヤツだけ聞けというスタンスか。それはそれで、漢らしい。
「新入生、馬越君、起立!!」
美紀は、来たか、と思って立ち上がる。
まだ、美紀を見ていなかった連中が、ざわめく。
「ま、こんなモンよね」
嘆息しながら小さく呟いたのを、篠原は聞き逃さなかった。
「馬越君、前へ!!」
言われた美紀が、前方の土方の方へ歩いていき、彼の横に立つ。
「この馬越 美紀君は、オトコノコである!」
ざわめきが大きくなる。とても信じられない、というカンジだ。
「シャーラァップァ!」
一言で静まる。発音はイマイチでも、中々の統率力であるな。
「これは、次期・見廻組組長、佐々木 三郎先輩も認める所であるっ!!」
と、3年のブロックで、佐々木が立ち上がり、凛とした声で、
「間違いない!!」
なんて言うモンだから、全員が納得せざるを得なかった。
「と、いうワケだから、好奇の視線で眺める、廊下で会うたびに2度見、そして劣情などをもよおさぬよう、全員に勧告しておく! 以上!」
納得はしても、心がついて来ないようで、好奇の視線は収まらない。
「…お返事は?」
土方の静かな声に、全員がある意味、我に帰る。
そう、ここは星影学園。
何が起こっても不思議じゃない。
『 ぅ押っ忍っ!! 』
「よぉっし! では、イッツ・ア・ディナ〜・タ〜インムッ!!」
『 ぅ押っ忍っ!! 』
「お手手の、シワとシワを合わせて〜!?」
『 シワ合わせっ!! 』
「では、参ります! 天と地と人に感謝を捧げてぇ……頂きますっ!!」
『 頂きますっ!! 』
何か、2年生の一角から、「頂きマッスル」という声が聞こえたが、まぁ、いつものことなのだろうと、美紀は無視するコトにした。
というか、自分はいつまでここ(土方の横)にいなきゃならないのだろうなぁ、とかなんとか。
「馬越後輩」
「美紀でいいですヨ?」
「じゃあ、美紀後輩」
「ナンですか?」
「悪かったな、晒し者にしてしまって」
「いえ、賢明な判断だったと思いますヨ♪ こういうのは、1回で終わらせちゃうに限りますし」
ニコッと微笑む美紀。
「ウ、ウム、何か困ったコトがあったら、佐々木先輩にでも相談せぇや?」
「土方先輩じゃないんですか?」
「オレは勘弁して、いや、マジで」
「何でですか?」
「面倒なのは、キライなのっ! 察しろや!」
「ハ〜イ♪」
返事をして、美紀は自分の席に戻る。
「…災難だったな」
「ん? 篠原君、ソレ、本気で言ってる?」
「…どういうことだ?」
「災難なんかじゃなかったよ? 寧ろ、ラッキー♪」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ?」
「…そうか」
あまり理解できないまま、そう返事をすると、食事を始める。何せ、腹は減っているのだから。
「土方先輩のコト、覚えといた方がいいね」
食事をしながらボソッと、美紀がそんなコトを言った。
コイツがそう言うのなら、そうなんだろうな、と篠原は思った。
食後、新入生歓迎のレクリエーションが開催され、宴は長く続いたのであった。
〜 初日の夜 〜
そんな大騒ぎの夕食も終わり、各自部屋に戻る運びとなった。
部屋に戻る途中……
「美紀」
「ん?」
美紀が呼ばれた方を向くと、市村が居た。
「後で、部屋に遊びに行ってもいいか?」
「へ? いいけど?」
何で?というニュアンスがわからない市村ではない。
「いや、お前面白そうだし。ダチになろうぜ」
「そういうコト? なら、別にいいよ〜。ね、篠原君?」
「別に異論はないが…消灯までもう、そんなに時間ないぞ?」
「あ、それもそうだね。これから、お風呂にも入らないといけないし…そんなに時間ないかぁ」
消灯時間は、「一応」23時とされている。そして、現時刻が22時ちょい前。流石に、新入生3人は、初日からそれを無視する気にはなれなかった(だって、まだ様子がわからないから)
「そっかぁ、そうだよなぁ…」
ちょっと残念そうな市村。美紀が「まぁ、明日以降があるし」と言いかけた時、市村はあるコトに気付いたようだった。ハッと顔を上げると……
「ちょ、美紀! 今、風呂っつった!?」
「言ったけど?」
「…オレ様たちと一緒に入るってコトだよな!?」
廻りにはまだ、男子生徒が数名移動中だった。なので、流石に少し声を潜める市村。このコトで目立つのはマズイ。極め付けにマズイ。
こういう気遣いが出来るってのはイイコトだなぁ、と美紀は思う。
「あ、大浴場のコト? そっちには入らないヨ?」
「……ン!?」
「部屋に、お風呂があるから、そっちには行かないって言ってるの」
「え、マジで!? オレ様んトコには風呂なんか無いぞ!?」
「あぁ〜、そうなんだぁ〜」
「え、何で、何で!? 不公平じゃーん!!」
見事に取り乱す市村。見かねた篠原が…
「いや、不公平も何も…入学資料に無かったか?」
「…何が?」
「寮の部屋の、風呂アリか風呂ナシの希望アンケート」
「………いぃっ!? 何、ソレ!?」
「オレは、夏の朝にシャワーを浴びれたらいいなぁ、という軽い気持ちで『風呂アリ』に丸をつけて提出したんだが……」
その結果が、この珍妙なルーム・メイトに繋がった。嗚呼、神よ!!…とは、流石に言わなかった。思ってはいたけど。
そして、その珍妙なルーム・メイトは笑顔でこう言い放った。
「そのアンケートね、入試の成績上位の人にしか配布されてないんだって」
「……な、何ィ!?」
「そうなのか?」
「うん。学園長から聞いたモン。因みに、風呂アリの部屋の方が、ナシの部屋よりも広いんだって」
「え、何、ソレ!? トコトンじゃんっ! イートコ取りじゃ〜んっ!!」
「まぁ、『アリ』が『ナシ』かを訊かれたら、大概の人はアリを選ぶわよね。『アリ』だからって、大浴場を使えないワケじゃないし」
「そうだな。実際、オレもそんなカンジだった」
「ちょ、待てって! 入試の成績だけで、そんなに差ぁ付けるのって、アリかよぉ!?」
「アリでしょ。義務教育じゃないんだし」
即答する『アリ』側の美紀。
「な、何てこった……社会主義は死んだっ! お風呂という名の富の偏在が、ここにっ!!」
ガックリと膝を着き、うな垂れる『ナシ』側の市村。
「因みに、他のアリの部屋の方々がどうかは知らないけど、私は貸さないからネ」
これは勿論、内風呂の話である。
「いや、貸す位は別に……」
と篠原が言いかけたが…
「甘いっ!」
ピシャッと言われてしまった。
「1回、誰かに貸すとするでしょ? そしたら、噂を聞いた別の連中がドンドン来るようになるわよ? 人は絶対に、楽な方へ流れるモンなんだから。私は、自分の部屋に、やたらと人が集まるのは、集中できなくなるからキライなの」
(ああ、マンガの執筆のコトもあるからなぁ)
と思い立ったので、
「わかった、美紀の言うコトも尤もだ」
篠原は毒を食らわば、の気持ちで美紀に合わせるコトにした。
「ったく、集中集中って、そんなにお勉強したいのかねぇ」
早くも負け組扱いされていたコトを知ってしまった市村がボヤく。
「そりゃそうでしょ。じゃなかったら、進学しなきゃいーんだし」
「そりゃそうだけどさぁ…なぁんか、納得いかねぇなぁ……」
正論に苦笑いの市村。
「ねぇ、市村君?」
「んにゃ?」
「そろそろ、いいかな? 風呂に入る時間が無くなっちゃうし」
「いぃっ!? もうそんな時間かよぉ!?」
「こっちは、消灯までに2人が順番に入らなきゃならないの。OK?」
「あ、そか」
「そんじゃ、また明日〜♪」
「おう」
「お休み〜♪」
「じゃあな」
市村と別れた2人は、部屋に着く。
もう22時を回ってしまっている。流石に、話が過ぎてしまったか。
「さて、と……」
篠原は美紀の方を窺う。
(どうせ、「先に入る〜」とか言い出すんだろうなぁ、コイツ…)
「篠原君、先に入っていーよ」
「は?」
「だから、先に入っていいってばぁ」
「いいのか?」
「いーよ。私は、着替えを発掘しなきゃいけないから」
「あ、そうか」
「そうよ」
美紀が「衣類だから触っちゃダメ」と言っていた荷物にかかる。
「じゃあ、先に入るぞ?」
「ハイハイ」
篠原はさっさと着替えを用意し、洗面所の方へ向かった。この洗面所が脱衣場を兼ねていて、風呂はその先にある。何と、ユニット・バスでは無く、単体で存在しているという豪華さだ。
篠原が脱衣場で、今まさに全裸になろうかというタイミングで…
「篠原く〜ん?」
ドアがノックされ、篠原は『トランクス半下ろし』という中途半端な姿勢で、ものっそいビビった!!
「な、何だ!?」
「いや、シャンプーとか、ある?」
「……あ、そういえば……」
「だよね?」
ドア越しの美紀の声が、クスクスと笑っている。
「タンスの上に、置いてあったもん」
そう、篠原はシャンプーや洗顔フォーム等の一式を、タンスの上に置きっぱなしにしてしまったのだった。(なぜ、タンスの上に並べて作業終了としたのかは、不明である)
「い、今取りに行くっ!」
「いーよ、持ってきたから。……えと、開けて平気かな?」
「まぁ〜、待て待て待て待てっ!!」
「……そんなに言わなくたって、OK出るまでは開けないってば」
パンツ一丁は、何か気恥ずかしかったので、脱いだTシャツをもう一度着る。それから、ドアを開けた。
「ハイ、これでしょ?」
「わ、悪ぃ」
「あと、バスタオルは? ある?」
「バカにするな、それは流石に……」
脱衣場を振り返るが…
「無いよね?」
「…………あれ?」
「机の傍に積まれてたもん」
そう言って、バスタオルも渡してくる。
「……重ね重ね、スマン」
「いいって、別に。…さ、早く入っちゃって。私も入るんだから」
「あ、ああ」
ドアを閉め、再び服を脱ぐ。脱ぎながら篠原は、
(何でオレは、机の傍になんかバスタオルを置くかなぁ!)
と、憤っていた。不意に……
「あんまり遅いと、私も一緒に入っちゃうヨ?」
「だぁ〜! 急ぐから、急ぐから!」
そんな恐ろしいコトは止めてくれ! と心の中で付け足した。
そんなこんなで、順番に風呂(シャワーだったが)に入って、湯上り新入生が2名出来上がった。この時点で、時刻は22時45分。(篠原はカラスの行水だったが、美紀が長くかかった)
「ありゃりゃ、急いだつもりだったんだけどなぁ」
予想を裏切らない『大変に可愛らしいパジャマ姿』で、濡れた髪の毛を叩くようにして拭きながら、机の上に置いた時計を見て残念そうに呟く。(因みに美紀は超近眼なので、相当近寄って見ていた)
「急いだ、って……少なくとも、30分は入ってたぞ」
「しょがないでしょ。やるコト沢山あるんだからぁ」
なんだよ、やるコト沢山って…、と思いはしたが、流石に口にはしない。
「あ、しまったなぁ〜」
「どうした?」
「折角、冷蔵庫があるのに、飲み物買い忘れた」
髪を拭きながら、部屋の隅にある小型冷蔵庫の方向に目をやる。
「まぁ、初日だし、仕方ないだろ」
「夏なんか、シャワーの後、冷たいの飲んだら気持ちいいだろうね?」
「そうだな」
「あ、そうだ。この部屋広いじゃん? 小さなテーブルというか、ほら、あの丸い…」
「ん? ちゃぶ台のコトか?」
「そう、それ! そういうの置こーよー。小さいのでいいからさぁー」
「……机はあるじゃないか。必要か? ちゃぶ台?」
「机は勉強するためのモノでしょ。食事したり、お茶とか飲んだりするのに、便利じゃーん」
「食事は食堂ですればいいだろう」
「え〜! 折角、キッチンまで付いてる部屋で暮らすのにぃ〜!?」
そう、繰り返しになってしまうが、この部屋にはキッチンが付いている。因みに、風呂ナシの部屋には、キッチンはおろか、冷蔵庫も付いていない。しかも、年季モノのちょっと酸っぱい臭いのする畳敷きだったりする。
「いや、待て、美紀」
「何よぉ?」
「髪、いい加減に乾かしたらどうだ? もう23時まで10分無いぞ?」
「あ、やっばっ!!」
慌ててドライヤーを手に取り、コンセントを探す。
「…こっちにある」
「ありがとー♪」
で、ブゥオォォォというドライヤーの轟音が部屋中に鳴り響き、会話どころではなくなってしまった。
必死に髪を乾かす美紀を見ながら、篠原は怒涛の1日を思い出していた。
轟音の中、よく聞くと、美紀の鼻歌が聴こえてくる。
(何を歌ってるんだろう)
少なくとも、最近の流行り歌では無さそうだった。
(うん、美紀にはそれは似合わないな)
そんなコトを考え、これから3年間を共に過ごす友人の奇妙さに口元が綻ぶ。
不意に轟音が止んだ。
置時計に近付き……
「59分……うわぁ、半渇きだよぉ……」
泣きそうな顔の美紀。
「仕方ないだろ、もう消灯時刻だし」
「…そうは言ってもさぁ、まさか23時丁度に、電気が消されるワケでもないんじゃ…」
部屋が真っ暗になる。
「ないかなぁ、とか考えたのは、甘かったみたいね」
間違いなく苦笑している美紀の声。
「みたいだな」
篠原も苦笑している。どうしてこう、何かにつけて、極端なんだ、この学園は。
『 ピンポンパンポ〜ン! 消灯時間だぜ、ブラザー! 』
という、バカ声の寮内放送が流れる。
「土方先輩、だよな?」
「間違いないでしょ」
『 今日は特別サービスで、一斉消灯だが、明日からは自己責任でヨロシク!! 』
「は?」
「…じゃあ、消灯時間なんて、あって無いようなモノじゃない」
『 じゃ、今日位は早く寝るんだぜ、ブラザー! グッナイッ!! 』
「確かに、今日は疲れてるから、早く寝ようとは思ってたけどさぁ……」
「じゃあ、いいじゃないか。とっとと寝ようぜ?」
「髪」
「は?」
「半渇きは、ヤ」
「……どうしろと?」
「ね、ね! コンセントからの電源も切れてるってコトは無いと思わない!?」
暗闇の中ではあったが、美紀が瞳を輝かせて力説してるコトは、声だけでも明らかだった。
「…そりゃ、まぁ、確かに……」
「でしょ、でしょ!? えと、この辺に確か……」
パチッと音がして、美紀の机の上のスタンドの明かりが灯り、部屋がうっすらと明るくなる。
「ほらぁ!」
「電気は、来てるみたいだな」
「ドライヤーも動くでしょ?」
「ん? どうだろ」
篠原がスイッチを入れると、ドライヤー特有の轟音が響いた。
「うわぁおっ!!」
何故か、慌ててスイッチをOFFに。
「OK、OK♪ ちゃんと動くじゃない♪」
そう言って、篠原(ドライヤー)の方に歩こうとした矢先……
「あ痛っ!!」
美紀は机の角に、足の小指をぶつけるという、大変にベタなコトをやらかした。
「だ、大丈夫か?」
「うぅ〜……」
蹲り、唸るだけしか出来ない美紀。
「お、おい……」
狼狽するしかない篠原。
「っ最っ悪ぅ〜! 油断したぁ〜!!」
油断と言うか、何と言うか。スタンドの明かりだけでは部分的に薄暗いのと、美紀の超ド近眼が合わさって引き起こされた事故なのだが(あと、まだ部屋に慣れてない、というのも原因の1つだろう)
「平気か? 怪我とかは?」
「多分、平気」
「そうか」
「でも、痛いよぉ………ね〜、篠原く〜ん♪」
「な、何だ? 急にそんな声出して」
「美紀のお願い、聞いてくれる?」
「だ、だから、何だよ、急に!?」
「髪、乾かして♪」
「はぁ!?」
「足ぶつけて、痛いの。乾かして」
わからない。意味がわからない。なんでそうなるのか、全くわからない!
「ハイ♪」
そうこう戸惑っているうちに、美紀が篠原の前に、背を向けて座る。
「………えぇ!?」
何でこうなっているのか、皆目検討がつかない。しかし、ここで拒否しても…
「…自分でやれ」
「ヤ」
…一刀両断とはこのコトか。
「………うまく出来るかは、わからんからな」
埒が明かないので、篠原が折れる。この先ずっと、こういうコトが続くのだろうか……
「わ〜い♪」
ドライヤーの轟音が、部屋に響く。
美紀の長い髪の毛を乾かすのに、格闘していると(勿論だ。篠原にそんな経験はないのだから!)轟音の中に、また鼻歌が聴こえてきた。
(何を歌ってるのやら……)
指先で掬っては、乾いたさきから、サラサラと零れ落ちる赤毛。
朝、篠原が言ったように、綺麗な髪だ。
耳を澄ます。
(あ、この歌は……)
篠原が曲名を思い出せそうになった瞬間(本当に美紀はこういう肩透かしが上手い)
「…た、…んで…い…?」
と、声を上げる。
「は? 何だ?」
轟音が一旦止まる。
「だからぁ」
美紀が軽く振り返る。
「また、頼んでもいい? って言ったの」
間違いなく、可愛いと断言できる口調と表情。そして、何をお願いされたのかは、わかっている。わかっているが、コイツはオトコだ! 今のこの図ですら、かなりの異常だ。これが、慣例化するのかっ!?
「何をだ?」
だから、篠原はすっとぼける(美紀相手の場合、決して上策とは言えないが)
「たま〜に、でいいからぁ」
「だから、何をだよ?」
「ヒトにね、髪乾かして貰うの、気持ちいいの」
「美容院に行け」
「ヤダ。お金かかるもん」
「じゃあ、切ればいいんじゃないか? そうすれば簡単に乾くし」
「…あのね、その発言、篠原君じゃなかったら、手首折ってるヨ?」
「…スマン」
「毎日とかは、言わないからぁ」
まるで駄々っ子だ。いや、ただの駄々っ子なら、マシなんだ。他人の子なら、可愛くも何ともないし。問題は、誰が見ても可愛い駄々っ子、という点である。
「…………本当に、たまになら」
「ホントに!? OK? OK? やったぁ!」
手を打って、予想以上の喜び方をしている美紀。こんなに喜ぶのなら、まぁ、悪い気はしないか、と篠原が思っていると……
「言ってみるモンだ♪ 篠原君は、本当に優しいねぇ♪」
「…そうでもない」
「いやいや、頼まれたらイヤって言えないと見た。ダメだよ? 連帯保証人のハンコとか押したら」
「……バカなコト言ってないで、前向け」
「は〜い♪」
再び轟音。そして、暫くすると、その中にかすかな歌声。
美紀の赤毛がほぼ乾いた頃、曲名がわかった。
(あぁ『君をのせて』か……)
何となく、美紀に似合う歌だと思った篠原だった。
で、就寝である。
2段ベッドは、上が美紀、下が篠原、というコトに決まった。
決まり手は「自分よりデカいヒトが、真上で寝てると思うと怖い」という美紀の一言。
この意見には篠原も普通に賛成だったので(だって、自分よりデカいヤツって言ったら、結構な体格だから、想像してみたら怖かった)すんなり話は纏まったといえよう。
「ホラ、電気消すぞ?」
「ああ、待って待って!!」
髪を乾かして貰った後、眼鏡をかけた美紀が、急いで梯子に手をかける。(眼鏡ナシだと、登れない。よしんば登れたとしても、翌朝絶対に滑り落ちる!)
「いーよー、消してもー♪」
上段に滑り込み、眼鏡を置くポイントを見つけ出した美紀が合図を出す。これで、明日の朝も安心だ。
それを受けて、篠原はスタンドの電気を消した。
部屋は再び真っ暗になり、篠原は手探りでベッドの下段へと向かう。
「お、あった、あった」
ベッドの脇にある柵を掴み、よいしょ、と中に入ろうとした篠原だったが……
ゴイ〜ン!!
「ぉぐあっ!!」
「ちょ、何!? 大丈夫っ!?」
真上から、美紀の声。
「だ、大丈夫だ。恐らく、梯子に足をぶつけたんだと思う…しくじった……」
「怪我は? してない?」
「多分、平気」
さっきも似たような会話があったコトに、2人とも気付いてない。
「オレは平気だよ。さ、寝よう」
「うん。お休み」
静寂が訪れる。
さっきまでの喧騒がウソのようだ。
篠原は闇の中で、今日という怒涛の1日を振り返っていた。
色々あった。
ホントに、色々あった。
ありすぎて、脳の回路がショートしてるんではなかろうかという位に。
当面の不安は、真上に居るルーム・メイトに慣れる日がくるのだろうか、というコト。(実は、篠原個人が気付いてないだけで、この1日だけで十分に適応してきているのだが)
真上から、規則正しくて、可愛らしい寝息が聴こえてくる。
(寝息まで、女っぽいのかよ……)
もしかしたら、豪快な鼾やら、歯軋りが聴こえてくるかも、という淡い期待(多少なりとも、ガサツな男臭い部分が見えれば、という淡い期待だ)を抱いていたのだが、見事に裏切られた。
美紀はオトコである。
頭では十分に理解しているのだが、如何せんココロがついていってない。
外見、声、口調、立ち振る舞い……全てが錯覚を引き起こす。
(イイヤツには違いないんだ……)
しかし、となる。そしてそれは、
「はぁ……」
軽いため息となって、口から出て行く。
(まぁ、悩んでも仕方ないな。いずれ慣れる日が来るだろう)
こういう切り替え、というか、現実を見据える目が、篠原の美点の1つであろう。頭の中の想像よりも、目の前の現実を受け入れる。
瞳を閉じ、思考に身を任せていると、徐々に睡魔が襲ってきた。
土方の言う通りだ。せめて今日くらいは、早く寝てしまおう。身も心も、疲れているのだから。
「んっ…んん〜……」
真上で、美紀が寝返りを打つ。
その声は、完全にオンナノコのそれで。
「!!」
篠原の睡魔は、あっという間に撤退した。根性のない睡魔である。
(ちょっと待ってくれよ……コレが続くのかぁ!?)
先程も述べた。頭では理解しているんだ、頭では。
(しっかりしろ、オレ!!)
そう強く念じると、両手で顔をピシャッと叩く。気合の表れだ。
しかし……
「篠原君…うるさぃ……」
「……スマン……」
こうして、篠原 泰志の『 微妙に奇妙な異常が尋常 』な生活が始まったのであった。
〜 Fin 〜
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