〜阿修羅さまがみてる〜
『 微妙に奇妙な異常が尋常 』
作:鬼 団六

 「オハヨー」
 「ごきげんよう」
 「うーす」
 「もーにんっ」
 「ちょいや」
 さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
 甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
 なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
 スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
 
 私立星影学園
 
 『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
 山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
 時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。


 そんなスタンスの学校だもんだから、変わり者ってのが多数いる。
 というか、集まる。
 これ、必然。
 神のお導きとも言うかもしれない。どんな神かは知らないが。

 ま、何はともあれ、『 命短し、恋せよオトコノコ! 』とくらぁ!




〜 電車で豪! 〜


 それは3月の出来事。
 全寮制で鳴らす星影学園の最寄り駅まで行く電車の中。
 今日は、新入生の入寮日。
 必然的に、新入生らしい若人たちが、多く乗っていて、適度な混み具合だ。
 しかし、学園貸切列車ではないので、電車に付き物の不埒者も、乗ってしまっていたらしい。
 所謂、『 痴れた漢と書いて、痴漢 』という人種である。

 星影学園・新入生の「 篠原 泰志(シノハラ・ヤスシ)」は、目撃してしまった。
 自分と同じ位の年齢の女の子が、今まさに、その被害に遭った瞬間を。

 女の子は、身の丈160センチ位。髪の毛は赤毛で、背中の真ん中位まで伸び、軽いウェーブがかかっている。ブルーのキャミの上に、ふんわりとした質感の七分袖の白いシャツ。パンツは細身のGパンで、足元は星のマークの赤いスニーカー。右肩に、大きめのバッグを提げている。
 特徴的なのは、きめの細かな白い肌と、クリッとした大きな瞳に、ピンクのセルロイド・フレームの眼鏡。

 そんな女の子が、その瞳を閉ざし、吊り革に手をやり、電車に揺られている。
 背後に迫る、痴れた漢の、悪意に満ちた手に抵抗できる様子もなく。

 篠原は、女の子を助けようと動いた。
 彼は身長も高いし(180以上ある)、中学時代は剣道部に所属していた(あまり真面目ではなかったが)ので、多少の心得と自信があったのだ。
 それに、同じ車内で見かけた時に『 いいな 』と思った女の子なのだ。
 暇つぶし用に用意した文庫本を眺めつつも、女の子が気になって気になって、チラチラ見てた位だ。(ま、だから、彼女の危機に気付いた、という側面もある)
 そう、彼には今、美しいお姫様の騎士(絶対に「 ナイト 」と読んで欲しい)になれるチャンスが訪れているのだ。
 お姫様には災難でしかないシチュエィションだが、篠原にとっては、ここで騎士になれなかったら、オトコ・ランクは急降下、という待ったナシなシチュエィションである。
 だから彼は、彼女の臀部に触れている、痴れた漢の魔の手を掴んでやろうと動いた。
 「おいっ!」
 と、篠原が声を上げるのと、ほぼ同時に……

 「いい加減にしてよねっ!!」

 …という威勢のいい啖呵とともに、痴れた漢の手が捻り上げられる。
 勿論、やったのは彼女。
 「い、痛い、痛いでござるよっ!?」
 悲鳴を上げる痴れた漢。
 伸ばした手が空振りに終わり、途方に暮れる篠原。
 突然の出来事に、雰囲気が一変する車内。
 「な、何をするでござる!? 拙者は何もしていないでござるよっ!!」
 開き直りが、鼻に付く痴れた漢。というか、口調がウザい。
 「ウソだね! さっきから私の…」
 「し、証拠はあるでござるか!? 場合によっては、出るトコへ出るでござるよ!?」
 と、ここで篠原、放心状態から回復。自らの取るべき道を思い出した。
 「いや、オレ見てたし」
 まだダメージが残っていたのか、出た台詞が、何故かキムタク風だった。
 「な、何でござるとっ!?」
 「ホラホラ、証人も出てきたわよ? どうする? 出るトコ出る?」
 口元に物騒な笑みを浮かべる彼女。篠原はその様子を素直に「 カッコいい! 」と思ってしまった。
 「う、う、ううぅぅ……」
 痴れた漢は唸るコトしか出来ない。
 「帰〜れぇ! 帰〜れぇ!」
 リズムが妙な上、何とも場違いな(だって列車内だし。停車するまで密室だし)「 帰れコール 」が起こる。
 篠原が声のした方向を見ると、七五三のような格好をしたオールバックのオトコが、周りの空気を読むコトなく、コールを独唱中だった。
 七五三の周囲が、徐々に包囲を広げていく。しかも若干の舌打ち交じりで。理由は多分、気味悪いから。
 七五三に目をとられているうちに、列車が駅に着く。ここはまだ、学園前ではない。
 扉が開く。
 「チ、チャンスでござる〜、うっ!?」
 女の子の手を振り解き、車外へ逃走しようとした痴れた漢!
 しかし、背中を向けた瞬間、女の子に首をロックされる。
 そして、ここからの女の子の言葉は、痴れた漢と、その傍に立っていた篠原以外には聴こえなかったのだが……
 「…何がチャンスだ、このゴザル野郎。今度その面見せてみろ。お前ん家の隣の家、燃やすぞ」
 ハスキーな音色で紡がれた、その言葉の冷たさに、2人は振るえ上がる。
 だって、隣の家を燃やすなんて脅し文句……正気の沙汰じゃない!
 「あ、あい、わかったでござるっ!!」
 痴れた漢、震えながらも返事。
 「OK♪ なら、行ってよし」
 女の子が、その腕を解く。口元には、壮絶な笑み。
 篠原は再び素直に「 カッコいい! 」と思ってしまう。
 急ぎ足で駅のホームへ降りる痴れた漢。よせばいいのに、振り返り…
 「チキショゥ! 覚えてやがれでござるよ〜、うっ!?」

 …何が起きたのか、解説しよう。
 ホームまで無事逃げおおせた痴れた漢だったが、やはり悔しかったのだろう。
 振り返り、ビシスと女の子に向けて人差し指を突き出し、捨て台詞を言い放った。
 ここで普通なら、列車のドアが閉まり、2人の空間は遮られ、電車はガタンゴトン、女の子は「キーッ、悔しいっ!」となるハズだった。
 しかし、これは「 阿修羅さまがみてる 」である。
 閉まったドアに、痴れた漢の手首が挟まり(要は、距離の目測を誤った)ドアは安全優先のために、再び開いてしまったのである。

 「…へぇ、いい度胸してんじゃない…」
 気まずい沈黙…というか、ワケのわからない沈黙を破ったのは女の子だった。
 「い、いや、待つでござるよ! ラ、ラヴ&ピィ〜ス!!」
 痴れた漢が、完全に恐慌状態に突入している。両手を頬の脇へ持っていき、Wピースサインを出しているのが、見る者全てに、怒りの闘志を湧かせる。
 「うるさいっ! そして、ウザいっ! こんの、女性の敵めぇ!!」
 言うが早いか、彼女は篠原の持っていた文庫本を引っ掴むと、それを痴れた漢に向かって投げつけた。
 「あっ!!」
 「ほげっ!!」
 文庫本は、それはそれは綺麗に痴れた漢の眉間に命中し、痴れた漢は、それはそれは綺麗にホームで宙を舞った。
 「お荷物、お引き下さい。ドア、閉まりまぁ〜す」
 この車両で起こったドラマなんか、知るよしもない車掌さんのアナウンスが流れ、ドアは閉まった。

 そして、列車は動き出す…
 痴れた漢の骸(いや、流石に死んではいないが)をホームに残したままで…
 メー○ルは、何も言わない……

 と、あまりの出来事に、勝手なナレーションをつけるコトで現実逃避していた篠原だったが、不意に掛けられた声に、逃避中断。というか、終了。
 「ありがと」
 「へ?」
 「さっき」
 「へ?」
 「助けようとして、手を出してくれたじゃない?」
 「あ、あぁ、アレね?」
 「あと、本のコトは…ゴメン!」
 「い、いや、いいよ。ただの暇つぶしのための本だったし」
 至近距離で見ると、やはり可愛い。というか、美人だ。
 大きなクリッとした瞳が、ややつり上がっていて、顔の造作の彫りも深い。赤毛の印象も手伝って、日本人ではないような美しさがあった。
 そのパワーに、篠原は圧倒され、気の利いた答えが返せない。
 「いや〜、難儀な目にあいましたなぁ、お嬢さん〜」
 車内の少し離れた所から、間抜けなバカ声が近付いてくる。
 先程の「帰れコール」で一躍有名になった(本人の目指すベクトルとは真逆だが)、七五三・オールバックが2人に歩み寄ってくる。周りの乗客が気味悪がって避けて行くので、さながら「 モーゼの十戒 」のようだ。無論、聖人気取りなのは本人だけ、というイタイ話なんだけど。
 「…知り合い?」
 女の子が、七五三を指差し、篠原に尋ねる。
 「違うよ」
 ありのままの事実を即答。
 「おいおい、つれないじゃね〜の、えーと…アレだよな、大野木クン♪」
 七五三、無茶しすぎ。篠原の身長が高いからって、勝手に連想した名字で呼ぶな。
 「オレは、篠原だ」
 「じゃあ、篠原クン♪」
 「…ちょっと、そこの七五三」
 流石に、女の子もイラッときたか?
 「ノン、ノン、ノン♪ 七五三じゃなくって、ボクの名前は、まつばぁっ、痛い痛い痛いぃ!?」
 女の子は七五三の自己紹介も終わらぬうちに、彼の手首を掴み、そのまま後ろへ捻り上げる。
 「…今、私は彼と話してんの。余計な首、突っ込んでくんじゃねぇよ、ボーイ」
 例の物騒な笑みが浮かんでいる。
 「オ、オーケィ、オーケィ♪ じゃあ、ボクはここらでドロンさせてもらうよ♪」
 「…ド、ドロンて……」
 つい呟いてしまう篠原。
 そして、七五三は再び「 モーゼの十戒 」現象を引き起こし、見えない所まで悠然と歩いていった。
 …いや、逃げていった、が正しい、多分。
 彼の目は、ガチで怯えていたのだから。

 「さて、と……篠原君、だよね?」
 物騒な笑みから、極上の笑みへ急変動。
 「へ!? オ、オレ、名乗ったっけ!?」
 篠原、正直バカ丸出し。
 「さっき自分で言ってたじゃない。…え、もしかして、偽名? 芸名?」
 「い、いや、本名だけど…」
 「ファースト・ネームは?」
 「や、泰志。安泰の泰に、志すで、泰志。因みに篠原の篠は、竹冠が付く方」
 「OK OK、篠原 泰志君ね? 覚えた♪」
 「えっと、君の名は……」
 「篠原君も、星影学園まで行くんでしょ?」
 絶妙の間で、篠原の質問はキャンセルされた!
 「え、あ、うん」
 「新入生?」
 「あ、ああ」
 「…いちいちドモるの、止してくんない? 尋問してるみたいじゃない」
 「ご、ごめん」
 「ホラ」
 そう言いながらも、女の子は悪い印象は持っていないようだ。笑顔が眩しいもの。
 「私も新入生なんだ。…って、この車両に乗ってる同世代、皆、そうだと思うけどね」
 「入寮日だもんな」
 何とか「に、」を飲み込む篠原。
 「…ってコトは、さっきの七五三もそうかぁ…」
 舌打ち交じりに、そう呟く女の子。そんなに嫌か。
 「…あのさ、君の名前は……」
 「次はぁ、星影学園〜。星影学園〜。忘れ物の無い様、気をつけるのだぞ、若人達よ!」
 「…何よ、このアナウンス。トバしすぎじゃない?」
 粋な車掌のアナウンスによって、篠原の質問は再びキャンセルされた!
 「確かに、ちょっとトバしすぎだよな」
 「もう着いちゃうのか…旅も、あっという間だったなぁ」
 「旅って、どこから来たの?」
 「今朝は東京の親戚の家から。でも、3日前はカナダにいたから」
 「カ、カナダァ!?」
 予想もしてなかった遠距離入学だった。
 「そ。こう見えて、帰国子女ってヤツ♪」
 「いや、言われりゃ納得だけど…」
 「え? ああ、この赤毛でしょ?」
 髪を一束掴むと、それをちょいと持ち上げる。
 「別に、カナダの血が入ってるワケじゃないんだけどなぁ」
 「え、そうなんだ?」
 「うん。ウチの家系には、どこまで遡っても日本人しかいないよ」
 「ってコトは、染めてるの?」
 「地、毛! わざわざ染める位なら、もっとハデにするって」
 「へぇ〜…綺麗な髪だなぁ……」
 「アハハ、ありがと♪」
 そうこう言っているうちに、電車が駅に着く。
 新入生と思しき若人が、一斉に下車していく。
 「突然変異、としか思えないんだよねぇ。親戚中を探し回っても、こんな赤毛はいないしさぁ」
 勿論、2人も下車し、ホームを歩く。
 「あ、篠原君はどこから来たの?」
 「オレは……」
 「ちょっと待って! 当ててみる!」
 「は?」
 「え〜と………小手指!」
 「違うっ!」
 自信満々に大ハズレ。その様子に、篠原も笑う。
 「何で3日前までカナダに居たくせに、そんな地名が出てくるんだよ」
 「いや、語呂が良くって、覚えちゃったのよ、小手指」
 「語呂がいい?」
 「そ。ホラ、『 小手指ハンマー! 』…みたいな?」
 「なんだよ、ソレ」
 そんな会話をしながら、改札をくぐる。
 「でも、あながちハズレてないかな」
 「ん、何が?」
 「オレの出身地。埼玉県の川越市だから、近いっちゃあ、近い」
 「おっ、やるじゃん、私〜♪」
 「かなりの甘口採点だけどな」
 「そういうコト言わないの」
 「悪い、悪い♪」

 学園の傍に建つ学生寮に向かって、人の流れができている。
 そんな中、篠原は短時間でかなり「くだけた口調」になっていた。
 この女の子は、話し易い。そういうオーラというか、何かを持っている。
 そう、篠原は感じていた。
 人の流れに乗りながら、2人は楽しく話した。

 「あ、私、先に学園の方に行かなきゃいけないんだ」
 4月から通う学園の門が見えてきた所で、不意に女の子が言う。
 「じゃ、またね」
 そう言って、流れから外れようとする。
 「あ、ちょっと!」
 篠原の手が伸びる。離れようとする女の子の手へと。
 「ん、何?」
 突然手を握られたにもかかわらず、不快そうな様子は無い。
 「名前…」
 「え?」
 「君の名前、聞いてない……」
 女の子の表情が、一瞬固まる。ほんの一瞬。
 「あれ、言ってなかったっけ?」
 もう笑顔。
 「ああ、聞いてない」
 篠原は真剣だ。
 「…いずれ、わかると思うよ? 私、目立つから」
 握られた手を、やんわりと解き、女の子が笑った。
 「答えに、なってない…」
 さっきまで近かった距離が、物理的にも、精神的にも離れていくようで。
 「…絶対に、わかる時が来る。そしてその時、篠原君はきっと……」
 最後の方は、消え入りそうな声。儚げな笑顔。
 「え、オレが何だって?」
 「何でもないっ! じゃあ、またね!」
 そう言うと、学園の門を駆け抜けていく。
 走り去る後姿に、赤毛が揺れていた。
 篠原は誓った。
 あの女の子を、何としても探し出す、と……




〜 あれ? 〜


 入寮日。
 篠原は、これから3年間を過ごす部屋に居た。
 床は綺麗なフローリング。部屋の奥にはサッシの窓があり、そこからベランダに出られる。その手前に机&椅子が2セット、椅子の背中が向き合うように並べてあり、更に手前に2段ベッド。逆の壁際には収納タンスが2つ並んで置かれている。これだけモノが置かれていても、部屋の中央は空いていて、かなり広いコトがわかる。更に、入り口のドアを入ってすぐの所に簡単なキッチンもあり、小型ながら冷蔵庫まである。
 贅沢な部屋だなぁ、と篠原は思った。
 設備の充実加減にひとしきり感慨を深めた後、「まずは荷物の整理を」と、郵送されてきていた荷を解く。
 大体の荷解きが終わった頃、ドアがノックされた。
 これからの3年間を、共に寝起きするルーム・メイトがやってきたのだと思った。
 ルーム・メイトが、入寮が遅れているという事実を、先輩から聞いていたから。
 だから、ドアがノックされた時、何の気なしに出た。
 新たな友人を迎え入れるために。
 篠原の「はーい」という声とともに、ガチャ、とドアが開く。

 『 あ…… 』

 2人とも、声を失い、その場に固まる。
 先に沈黙を破ったのは、相手の方だった。

 「や、やっほー♪」
 控えめに、手を上げ、若干引きつった笑みを見せる。
 「え、えっと……」
 篠原は混乱する頭の中で、必死に言葉を探す。そして……
 「…ここは、男子寮なんだけど……」
 「うん、知ってる」
 「……えっと…?」
 「男子寮で間違いないの」
 「……えぇっと…?」
 「私、男の子だから」
 「……んん!?」
 「だから、ここが私の部屋なんだってば、篠原 泰志君」
 「…えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 「…こんなに早く再開するとは思ってなかったけど……私の名前は『 馬越 美紀(ウマコシ・ミキ) 』。改めて、よろしくね、篠原君♪」

 そう、篠原の目の前に居たのは、あの赤毛の女の子、改め、男の子だった。




〜 話、戻りまして「美紀の入寮とか」 〜


 少し時間を戻す。
 美紀はまず、学園の方に行かねばならなかった。
 帰国子女なので、色々な手続きがあったからだ。
 しかも、星影学園は全寮制だから、日程に余裕が無い。
 正直、カナダのミドル・ハイ・スクールを卒業してから、速攻来日。それから3日後に入寮はしんどい。
 が、美紀には日本に戻らねばならない理由があった。

 「ウム。諸々の書類は確かに受理したぞ」
 「ありがとうございます、学園長♪」
 美紀の目の前に居るのは、この学園の長、金田舞次郎。
 会うのは、面接試験の時以来だ。(試験に関しても、かなりの強行日程で来日した)
 「詳しい話は面接の時にした通りじゃ」
 「ハイ」
 「チミはまぁ…イロイロと特徴的な生徒ではあるが……」
 「だから、星影学園に来ました」
 「ウム…忘れもせん、チミの学園への志望動機……」
 学園長は遠くを見つめる瞳になる。
 「『 日本で1番、自由な学校だと聞いたから 』…我が学園の名は、遠く、海を隔てまくったCANADAにまで轟いておったかねっ、馬越クン!?」
 「ハイッ♪」
 極上の笑みで返事する美紀。しかし、学園のコトはカナダで聞いたワケではなく、日本に住む親戚から聞いた、というコトは伏せている。言う必要がないから。
 「ウムッ! では、3年間頑張るのじゃぞ!」
 「ハイッ!」

 学園長室を出て、廊下の窓から外を見渡す。
 数日前まで住んでいたカナダとは、全く違う風景がそこには広がっていた。
 寮の方を見る。
 あそこが、これから3年間住む場所。
 これから、どんな出会いが待っているのだろうか。
 電車でいきなり、好感の持てる同級生に出会えた。
 幸先がいいとは、このことだ。

 美紀は、他の新入生達から少し遅れて、男子寮に入った。
 玄関を入った瞬間……
 「あ〜、こっちは男子寮だよ、男子寮!」
 予想通りのコトを言われた。
 「だから、男子寮に来たんですけど」
 「はぁ!?」
 「名簿に載ってませんか? 私、馬越 美紀です」
 「う、うま、うま、うまうま…」
 美紀は笑顔だが、内心、『どんくさい先輩だなぁ』と思った。
 「あ、あった。馬越 美紀……って、キミがぁ!?」
 「そうですってば」
 「ト、ト、ト、トォシィ!!!?」
 美紀の思う所の『どんくさい先輩』が、情けない声を上げる。
 「ぁんだよ、総太(ソウタ)! 今、オレは恒例の出し物の指導に忙しいっぃい!?」
 奥から、バカ声を上げながら出てきたのは、みんな大好き土方 歳夫(ヒジカタ・トシオ)。今日から、男子寮の寮長に就任している、もうすぐ2年生のナイス・ガイ。
 「も、もう現れたってのか!? 早い、早すぎるっ!!」
 「い、いや、違うんだよ、トシィ!!」
 「っせぇ!! 来ちまったもんはしょーがねぇ…やるぞ、みなの衆!!」
 「うぉおおおおお!!!!」
 玄関に、もうすぐ2年生の雄たけびが響く!!
 廊下の方で、何事かと、目をキョトンとしているのは新入生。うーん、わかりやすい。
 「いくぞぉ! 三角形体っ! よ〜い、はじめっ!!」
 土方の号令の下、もうすぐ2年生たちが、玄関で『 組体操のピラミッド 』を作る。
 しかも、何か凄い勢いで。効果音とか、ガシーン、ガシーンとかいいそうな位。
 5段目、つまり最上段に土方が乗っかり、三角形体は完成した!!
 「総太ぁ、その新入生のお名前は何だぁ!!」
 「ち、違うんだよ、トシィ!!」
 「何がだよ!? ここで中止なんて興醒めだヨ!? ああ、興醒めですともっ!!」
 「このコ、オトコノコなんだヨー!!!!」
 「な、何ぃ!?」
 三角形体全員が、首を上げ、正面に居る美紀を見る。(それはそれは不気味だった)
 「マ、マジデスカ?」
 最上段で腕組みをしてカッコつけてはいるものの、動揺の隠せない土方。
 「新入生の馬越 美紀でーす♪ 先輩方、よろしくお願いしまーす♪」
 美紀はわざと、キャルキャルした言い方にしてみた。
 「こんにゃろー、総太ぁ!! てめ、つまんねぇウソついてんじゃねぇ!!」
 「そうじゃそうじゃ、沖田クンッ!! そのコが男なハズがないっ!!」
 次々上がる総太への非難の声。つーか、罵声。みんな、三角形体のまんまだから、必死。
 「だ、だ、だ、だってぇ、名簿にぃ!!」
 涙声の総太。流石に、このままでは埒が明かないと思ったのか、土方が、
 「三角形体っ! 一時、中止っ!!!」
 と号令を出し、三角形体は「グダグダのなぁなぁ」なカンジで解体された。最初の勢いはドコ行ったんだ、お前ら。
 「総太、ちょい名簿貸せ」
 土方が名簿をチェックする。
 「……あ、あるな……馬越 美紀……」
 「だから、そう言ってるじゃないですか」
 美紀が、頬を膨らませる。間違っても男には見えない。
 「ウ、ウム……よし、イッタ」
 「何じゃ?」
 「確認しろ」
 「おう!」
 言うなりイッタと呼ばれたマッスルが、美紀の胸に触る。
 「!!!」
 美紀、無言でビンタ。イッタ、吹っ飛ぶ。
 「どうだった!?」
 「ちょ、ちょっと、待つんじゃ、トシ…」
 「何だ?」
 「今の、ワシがやらなきゃならん必然はあったのか!?」
 「必然ならある!」
 「どんなじゃ!?」
 「今は言えん!!」
 「この、悪魔ぁ!!」
 「真実の究明のためならば、ワタクシ、悪魔にだってなりますわっ!! で、どうだったよ?」
 「うっすい大胸筋じゃあぁっ!?」
 イッタ、盛大に頭をどつかれる。踏んだり蹴ったりだ。
 「予想通りのバカ回答をア・リ・ガ・トゥ!!! 小ネタはええねん、早よ真実をっ!!」
 「い、いや…ちょっとだけ、こぉ…ポヨンって……」
 「なななななななななな、何ぃ!?」
 「総太、うっさい!!」
 「いや、ほんのちょっとだけじゃぞ?」
 「あ、それ錯覚ですよ、きっと」
 しれっと美紀が言う。そして、胸を触って、
 「童貞っぷりを忘れて、落ち着いて触ってみたらわかりますヨ?」
 物騒な笑みを浮かべる。
 「のわっ!!! ワシはもう行かん! トシが行けぃ!!」
 「ボ、ボクだってヤだかんね! トシが行けばいーんだっ!!」
 「ム、ムゥ…コヤツはまた、とんでもないルーキーが入ってきたようだナ…」
 土方は先程の『 別のベクトルで頼もしいルーキー 』の事を、ふと思い出した。

 「先輩っ!」
 「何だ、七五三?」
 「松原ッス!! この学校に『 再生紙を作る設備 』はありますかっ!?」
 「……はぁ!?」
 「いや、オレちゃんクラスの『 常時モテ期さん 』ともなると、ラヴ・レターがわっさわっさと、そりゃあもぉ、湯水のように湧いて出る可能性がですね…」
 「ああ、わかった、わかった!」
 全く、とんでもないバカが来たようだ。
 土方はそのまま、『 牛乳パックを使った再生紙の作り方 』を教え、松原を追っ払った。
 嬉々としてメモを取った挙句に、追っ払われる松原もどうかと思う。
 再生されるのは、お前の飲んだ牛乳パックであって、貰う予定(あくまでも予定。つーか、鉄板で妄想)のラヴ・レターじゃないのだから。
 根本的な間違いと悪意に気づけ。

 土方が、あんまりにもどうしようもない回想にふけっている間に、事態が急転する。
 「どうした、土方! 騒々しいぞ!!」
 「あ、佐々木先輩」
 不意に玄関に現れたのは、もうすぐ3年生の、佐々木 三郎(ササキ・サブロウ)。
 彼は、風紀委員会のもうすぐ委員長だ。

 星影学園風紀委員会。通称『見廻組』と呼ばれる星影学学園風紀の絶対守護者。星影学園という無法地帯に徘徊する校則(ホウ)の番犬。違反者を一切の温情なく処分する徹底組織。校則の名の下に行われるその指導には、時に暴力を用いる事も辞さないという体質ゆえに、一般生徒からの評判は最悪であるものの、その悪名を悪名とも思わない厚顔不遜。生徒会(はっきり言って学園最弱の機関なのだが…)も手出しできず、その戦闘力ゆえにド派手に喧嘩をしていたボクシング部とラグビー部の屈強な男達が、見廻組到着と同時に手を組み、それでもなお蹂躙される。というエピソードまで持つ、保守派の最大戦力。
 そして、この見廻組の特徴の1つが、『 戦闘能力の高い順に、役職に納まる 』
 つまり、佐々木は……というワケである。

 「いや、コレはですね…」
 土方が事情を説明しようとすると……
 「何ィ!? 大きくふりかぶれないだとぉう!?」
 「んなコトァ言ってねぇ!! アンタ、頭、沸いてんのかっ!?」
 「では、どういうコトだ?」
 正直、佐々木先輩、ピントがずれていらっしゃる。
 「この、新入生のコトでですね……」
 「ああ、馬越君か? 問題ないじゃないか」
 「は? 知ってるんスか?」
 「ああ。学園長から直々に『 本人に、風紀を乱すつもりはない生徒だ 』と聞いている」
 「いや、今問題になっているのは、そういうコトでなくってですね」
 「なら、何が問題なんだ?」
 「いや、この新入生が、本当に男子なのか、と。そーいうコトでですねぇ……」
 「フッ、土方、焼死っ!!」
 「漢字、間違えんなぁ!!」
 「スマン! ……笑止っ!!」
 「はぁ、どういうコトッスか?」
 「こういうコトだ」
 そう言うと佐々木は、スッと美紀の前に立つ。
 「スマンな、新入生」
 「…って、やっぱり、そうなりますか?」
 「今後の学園生活のためだ。2度はないから、安心しろ」
 「2度があったら、私もキレますからね」
 怖いもの知らずの美紀。またもや、物騒な笑みが浮かんでいる。
 「その時、君は、存分にキレるべきだ。その相手に向かって、な」
 「それは、偉いヒトからの許可ってコトでいいんですね?」
 「ああ。(もうすぐ)3年見回組・組長、佐々木 三郎が許可する」
 「じゃ、OKです♪ いつでもどうぞ?」
 「では、参るっ!!」
 佐々木の右手が高々と上がり、指をわきわきさせて、骨をパコンと鳴らす。
 そのまま、その右手は美紀の股間へ!

 玄関の、時が止まった……

 「…あの、そんなモンで」
 「ウム、すまなかったな、馬越君」
 佐々木は手を離すと、律儀に美紀に一礼し、非礼を詫びる。
 それから、沢山集まってしまったオーディエンスを振り返ると、
 「皆の者っ! 馬越君は『 オトコノコ 』であるっ! 今、ここで見回組が保証する!!」
 高々と宣言したので、オーディエンスから、大歓声が上がった。
 「と、いうコトだ、土方よ…」
 佐々木はそう言いながら、右手を土方の肩にポンと乗せる。
 「直球な確認の仕方ッスねぇ…って、オイッ!! その右手でいきなりヒトに触れんなぁ!!」
 「ん?」
 「布越しとはいえ、洗え! いや、せめて、拭けぇ!!」
 「非道いっ、土方先輩ったら、私が汚いっていうのっ!?」
 「えぇい、しなを作るなぁ!!」

 とか、そうこうしているウチに、来客がきてしまった。
 毎年、何故か、女子の荷物が男子寮に紛れ込むのである。
 そして、それを持て成すのが、毎年の慣例行事になっていた。
 来客というのは、「荷物の紛れこんでしまった女子生徒」のことである。
 (先程の土方の「も、もう現れたってのか!? 早い、早すぎるっ!!」というのは、女子生徒と美紀を間違えたから出た台詞である)
 そして…

 「では、荷物をの受け渡しの前に…慣例に乗っ取り、儀式を始めるっ!!各々方、準備はよろしいかっ!!?」
 男子寮長、土方の号令に寮にいた2年生が「応っ!!」と威勢よく返事をする。
 「…?なにが始まるんですか?」
 「…さあ?」
 荷物の紛れ込んでしまった女子生徒と、その引率の2年生女子のお2人、これからなにが行われるのか、まったく見当がつかない様子。
 「ではぁっ!!松崎静馬(シズマ)さんのご入学を祝してぇっ!!三角形体〜っ!!」
 「応っ!!!」
 返事をすると、男子生徒たちは、2人の目の前に5段重ねの人間ピラミッドを作り上げた。
 「…」
 2人の女子は呆気に取られるしかない。
 「万歳三唱ぉっ!!!」
 「!?」
 土方の号令に、こっそり様子をうかがっていた美紀の顔が仰天する。
 人間ピラミッドに向かって「万歳三唱」の号令。普通だったら、それは頂上にいる人間に出された命令だと思うだろう。普通の学校だったら、普通の相手だったら…だが、哀しいかな、ココは星影学園で、相手は土方歳夫なのだ。どちらにも普通は当て嵌まらない。…哀しい事に。
 そして、美紀の期待が見事爆発。
 三角形体全員が、万歳三唱。両手を前に振り上げては自爆、を繰り返す。
 「万歳ィ!!ぐはぁっ!!万歳ィっ!!!ぬがぁっ!!!万歳ァィっ!!!!」
 「……………」
 荷物を受け取った2人の女子が男子寮を出た時、動ける2年生は頂上にいた、土方と、1番下の段にいたマッスル・イッタだけだった。

 美紀は、ちょっと離れた所で爆笑していた。
 予想以上に、この学園はフリーダムだ。
 「まぁ、何か困ったコトがあったら、オレか土方にでも相談しろ」
 と、不意に佐々木がそんなコトを言ってきた。
 「あれで、見所だけはある。」
 「見所だけ、ですか?」
 妙な言葉だ、と美紀は思った。
 「片鱗も見せてない、というコトだ。アテになるかどうかまでは保証しかねる」
 「…それって、ダメってことなんじゃ?」
 「フッ……ダメじゃないヤツなぞ、この世にはいない」
 格好つけて言ってるが、その中には、確実に佐々木も入っているなぁ、とか美紀は考えた。けど、言う必要はなさそうなので、言わない。
 「ハイ、ありがとうございます♪」
 代わりに、笑顔で対応。
 「ウ、ウム……励めよ……」
 何故か、頬を紅く染めて、佐々木は変な言葉を残し、去っていった。
 「何によ」
 美紀はまた、可笑しくなって、クスクス笑うのだった。


 追記。
 佐々木の言った2度目は、その日のうちに訪れた。
 調子こいた七五三が、行為を試み、指をねじ上げられ、ちょっとした捻挫の憂き目に遭った。
 美紀曰く、
 「自業自得♪」



続く



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