〜阿修羅さまがみてる〜
『 〜豪傑たちの黄昏〜 』後
作:渡辺浩造

「連戦!!」

 
 
 「ハァァァァァーーーーーーーー!!!!!!」
 雄たけびをあげながら、官は走る。
 「ここは何!? フジ急!?」
 後ろには鬼と思われる全身黄色の特警隊員、バイクルの姿があった。
 うつ伏せに寝転がり、胸の辺りにあるタイヤでバイクのように走行してくる。その姿は正直、ヒーローには見えない。
 官は後ろを振り向く暇もなく、ただ、ひたすらに走り続けた。
 教室に駆け込んでは、もう一方のドアから出てくる。それを何度も繰り返し、障害物の多い場所を駆使して、何とか距離を縮めにようにするのが精一杯だった。
 廊下に出れば、直線コース。自動一輪で追いかけてくる相手では有効な逃げ方ではない。
 だが、このままでは、いずれは自分の体力が無くなるのも明白。
 そうなる前に、この事態を脱する方法を考えねばならない。
 官は教室と廊下を行き来しながら、思案する。
 
 自動一輪は障害物が多いと、自慢のスピードを発揮出来ない。
 今以上に障害物が多く、自らももっと自由になる方法。
 
 廊下に出た官の眼に、とある場所が映った。
 それは、階段。
 そこなら遁走経路そのものを障害物に出来て、自分は自由に移動することが出来る。
 だが、彼女は躊躇する。
 階段に行くのは名案だと思う。しかし、そこに行くには廊下を走り抜かなければならない。
 その直線でバイクルに追い付かれる可能性も高い。
 迷った官だが、決断する。
 座して死を待つより、出でて活路を求めん!!
 彼女は教室から廊下に突入すると、ドアを閉めて一気に廊下を走りだした。
 それを逃すまいとアクセルを全開にするバイクル。そのままドアをブチ破り廊下に飛び出してきた。
 直線の廊下は自分の土俵だと言わんばかりにスピードを上げ、官との距離をドンドン縮めていく。
 多少の時間稼ぎのつもりでドアを閉めたが、殆ど効果がない。
 官にはそんな事を残念に思う余裕はなく、足を前へ、一歩でも前に出すことしか考えられない。
 背後に迫りくる黄色い悪魔。走る官。
 逃げ切れるか、捕まるか。
 バイクルは官に手を伸ばす。
 その指先が届くかと思われた寸前、彼女は階段を降り始めていた。
 
 安堵の息を漏らす官。急ぎ、階段を二段飛ばしで降りていく。
 「これで何とか逃げられる」
 だが、現実はそう甘くはなかった。
 階段を下りた先には「愛知万博」のマスコット、モリゾーが立ちはだかっていたのだ。
 官は階段の中央で立ち止まってしまう。
 階段の上からは、……ガシャン、……ガシャンという機械音が聞こえてくる。
 上の階にいたバイクルがゆっくりとだが追ってきたのだ。
 このままでは挟み撃ちになる。
 「逃げ道は!?」
 焦る官だったが、相手は待ってくれない。
 モリゾーはジッと彼女を見詰め、前を塞ぎ、後ろからはバイクルが迫ってくる。
 まさに前門の虎、後門の狼だ。
 万事休す。
 官が諦めかけた、その時、窓ガラスが派手な音を立てて割れた。
 「キャーーーーー!!」
 悲鳴を上げる官は、何が起きたのか確かめる間もなく、誰かに抱きかかえられた。そして、気付いた時には階段を飛び降りていた。
 「ウソーーーーーーーーーーーーーー!!」
 みるみるとモリゾーとの距離が縮んでいく。
 そのまま、モリゾーの上に着地した。
 「何!? 何が起きたの!?」
 事態が理解できない官だったが、「大丈夫か?」と頭の上から声がした。
 それは、貞義だった。
 「うん、大丈夫。………ありがとう」
 「何のことだ?」
 「いや、助けてくれて」
 「あぁ、そのことなら礼はいらん。俺も逃げていて、偶々拾っただけだ」
 拾ったって、普通、そういうこと言う?
 「………あのねぇ、人がお礼を言っているんだから、素直に受なさいよ! て、いうか、何で小脇に抱えてるのよ。こういう時って普通、お姫様抱っこじゃないの!?」
 「今から、そうした方がいいか?」
 「ウッサイ!! はよ、降ろせ!!」
 天然で言っているのか、ワザと言っているのか。
 足をバタつかせる官。なんだかんだと言っても、やはり、恥ずかしいようだ。
 そんな2人のやり取りも、なんら状況を変える訳ではない。
 貞義にバイクルは襲い掛かる。
 階段の半ばから飛び降り、二本の警棒を振り下ろすバイクル。
 彼は素早く、飛び退いた。
 「まだ、いるのか」
 朋友を倒されたことに怒っているのか、バイクルの黒いサンバイザーの奥に潜む両目が火が付いたように赤く光り出す。
 そんな気の抜けない中、
 「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!」
 廊下の向こうから聞こえてくる奇声。
 「恵介!!」
 見ると、恵介は奇声を上げながら、何故か全力でリアカーを引いていた。そして、リアカーには継夜が乗っている。
 「何事?」
 官がそれに気を取られた瞬間、バイクルは警棒を振り回してくる。
 「河井さん、お願い!」
 恵介の言葉を聴いた継夜は静かにバズーカ砲を構える。
 照準をバイクルに合わせ、
 「…………撃つ」
 と、声を発すると同時にトリガーを引いた。
 バズーカ砲から飛び出した弾は、空気抵抗を受けX状に花開く。
 それは、バイクルの横っ腹に吸い寄せられように飛んでいき、見事に命中した。
 その衝撃は凄まじく、バイクルは「くの字」のまま横っ飛びしていく。まるで、香港映画のアクションシーンのように。
 壁に叩きつけられたバイクルは倒れこみ、自らの機能が停止したことを告げるように輝いていた瞳の光を消した。
 「無事だったんだ」
 「………な、何どが」
 「…………(コクリ)」
 息切れしながらも笑顔で答える恵介と継夜。かなり、身なりが汚れている。それだけ、逃げ回っていたのだろう。
 「行きましょう。ここにいると危険だわ」
 官の言葉に皆、頷き、動き出す。
 缶ケリは、まだ、終わらない。
 
 

「学園長室の主」

 
 
 彼女らがいるのは学園長室。
 4人は取り合えず、今までの経過を報告し合うことにした。
 今後の対応策も必要だ。それには何よりも情報がいる。1人では駄目でも4人合わされば何とかの知恵である。
 「飯沼君! 怪傑ズバット!! ズバットがいた!! ズバッと参上してた!!」
 興奮しながら話す恵介。
 「俺はライダーだった」
 「何ライダーだった!?」
 「そこに食いつくのか………ブラック、途中でRXに変わってたけど。」
 思わぬ、恵介の言葉に貞義は呆れ顔で話す。
 「あぁ、今日、晴れてるものなぁ………」
 「…………………私は全身銀色の人が藍色の龍に乗ってた。」
 「ギャバン!? いいな! いいなぁ! 僕も観たかったよぉ」
 「…………特オタ、黙って」
 「宇宙刑事シリーズだけだよ! 戦隊モノの興味はない!!」
 「は〜〜〜い、大鳥君、いい子だから黙っててねぇ」
 咄嗟に官が2人の会話に割って入る。今は、そんなことを議論している場合じゃないのだ。
 「だって、これはハッキリしておかなきゃ………」
 「今は大鳥君の好みは、どうでもいいの」
 「いや、でも!!」
 「いい加減にしないと、殺すわよ」
 ニッコリと笑った官から放たれる冷たい殺気。その笑顔が堪らなく、恐い。
 「はい、スミマセンでした」
 恵介が沈黙するのを見届けると、継夜は話を続けた。
 「…………相手は連絡を取り合って、私たちを追い回している。」
 「え!? そうなの!?」
 そんなこと思いもよらなかったと驚く恵介。どうやら、本当に逃げるにのに必死だったようだ。
 「………恐らく。………じゃなきゃ、説明できない」
 「ど、どうやって!?」
 「…………携帯とか、使って…………」
 「ヒーローが携帯!? 駄目だぁ、そりゃ駄目だぁ!!」
 沈黙もつかの間、大仰にガッカリする恵介。彼の中で、譲れないものがあるようだ。
 「「…………ハァ」」
 官と継夜は辟易しながら溜息を吐く。もう、いらんスイッチの入った彼に掛ける言葉が見つからない。
 そんな3人のやり取りを他所に貞義はただ1人考えていた。
 連絡を取り合っていそうなことは彼にも予想が付いた。でなければ、あそこまで連携の取れた行動は出来ない。
 腕組みをしながら、あることを思い出した。
 自分が考えても答えが出なかった。だが、他の誰かが分かっているのかもしれない。
 「なぁ、先輩たち。俺の居場所を分かってるかのように追ってくるんだが」
 「………私もそう感じた」
 「やっぱり、そうか………」
 「………何かしらの特殊な方法が………使われているのは確か。」
 「その心は?」
 貞義の問いに継夜は首を振る。
 トリックがあるのは確かだったが、その謎が誰も解けていない。
 このままでは、いずれ追い込まれるだろう。
 こうして考えている間にも、鬼は彼らに近づいているかもしれない。
 悪い予想が頭を過ぎり、重たい空気が4人に圧し掛かる。
 誰もが無口になり、カチカチと時計の音だけが室内に響いていた。
 「お困りのようじゃな、若人よ」
 「ウワーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 突然、聞こえた、決して若くない声に驚く一同。声をした方を振り向いてみれば、そこには小さな老人が腕組みをしながら立っていた。
 「が、学園長」
 「いかにも、ワシが金田舞次郎じゃ!!」
 「どうして、ここに?」
 「ん? ここは学園長室じゃぞ。いわば、ワシのプライベートルームじゃ」
 確かに、ここは学園長室。そこに学園長がいても何ら不思議ではない。だが、ここは仕事場であって、プライベートルームではない点については突っ込まない方がいいのだろう。
 「いや〜、今日は風水の関係で仕事もやる気がせんし、暇を持て余しておったのだ」
 いやいや、仕事してください。つーか、風水って。
 「して、何を悩んでおるんじゃ?」
 生徒たちの気持ちを気にする様子も微塵もなく、学園長は自慢の顎鬚をクイっと上げ、ニヤリと笑った。
 
 「今年も始まったか」
 イスに深々と腰かけた学園長はご隠居様のように笑っていた。
 「なるほどのぉ、それで逃げ込んできたと」
 逃げ込んできたと言われると、少し癪だが、事実なので仕方がない。
 「お騒がせして、スミマセンでした」
 そろそろ、ここも出ないと危ない気もする。官は皆を促して、部屋を出ようとすると、学園長は彼女たちを止めた。
 「まぁ、待ちなさい。そのカラクリ、ワシが解いてやろう」
 「えぇ! 本当ですか!!」
 「無論じゃ! しかし、ただでは駄目じゃ!」
 「…………生徒からお金を巻き上げるんですか?」
 「いや、金銭ではない!」
 「では、なんですか?」
 「そのぉ、なんじゃ………雅ちゃんの………」
 息巻いていた学園長は急に頬を染めて、言いよどむ。
 「…………分かりました。……………尾関先輩の写真ですね」
 ブンブンと頭を上下させ、そう! それ! と継夜を指差す学園長。この学校は本当に大丈夫なんだろうか?
 「種明かしは、これじゃ!」
 学園長は、写真が手に入るのが余程、嬉しいようだ。興奮気味に言い放つと、机から薄っぺらい機械を取り出す。何かの装置かもしれない。
 「これはな、電探じゃ」
 「デンタン?」
 「…………レーダーのこと」
 官のよく分からないという言葉に、継夜が答えてくれた、こういう時、彼女がいてくれると助かる。
 「ほれ、これを良く見てみるといい。」
 学園長の言葉に促され、官たちは機械を覗き込むと、液晶が張られてあり、それには4つの光の球が映っていた。
 「その光の場所はな、ここじゃ」
 学園長は人差し指で下を指しながら、ニヤリと笑う。ここって、学園長室?
 ここまで話を聞いた継夜は、急に、声を上げた。
 「………………!みんな、服に何か付いてない?」
 「え? 何かって?」
 「………いいから、探して」
 「さ、探すって、何を? ちょっと、継夜。どこ触ってんの!」
 官の疑問を無視して、継夜は彼女の服を弄り始めた。貞義、恵介は自分の体を調べている。
 そして、見つかったのが………
 「何? これ?」
 「…………発信機」
 「先輩たち、こんなものまで使ってるの!?」
 ここまでくると、サバイバルゲームどころの非ではない。改めて、2年生の本気が窺える。
 「どうやら、分かったようじゃな」
 「はい! ありがとうございます! 学園長!」
 「何々、悩んでいる若人を導くのは、大人の! いや! 学園長の! いやいや! 金田舞次郎の務めじゃ」
 良い事を言っているのだが、この発信機自体、学園長が工学部に頼み込んで作ってもらった物だった。何に使うのかは………分からない。
 それに気が付いていない官たちは素直に感謝を述べている。継夜は気が付いてようだったが、黙っていた。
 今、彼女の中で最優先事項は缶ケリに勝つことだったから。
 これで今までの謎が解けたばかりか、問題も解消したことに繋がる。
 この点だけでも感謝しているのだろう。
 「これで何とか、なりそうね」
 皆の気持ちを代弁したように官は言う。だが、その直後、学園長室の扉がノックされた。
 
 
 
「学園長室は波高し」

 
 
 不意に開かれる扉。招かれざるものが開けたのか、暗くしていた室内に光りが差す。
 その光を背にして現れたのは、ゴンタ君だった。
 「考える時間も無しか」
 貞義は毒付いたが、これで、確信した。やはり、先輩たちは自分たちの居場所を分かっている。
 すぐさま、戦闘態勢に入る官と貞義。
 「なんじゃ!? あのケッタイなヌイグルミはーーー!!」
 狼狽する学園長。こういう時くらいドッシリと構えてほしいものだ。
 この状況では、いつもは愛らしい顔が邪悪に見えてくるから不思議だ。
 ゴンタ君は両の手をブラブラさせ、鼻を上下に動かしながら一歩、また一歩と近づいてくる。
 獲物が大量に居るのが嬉しいのか、時折、「ウホホホホ!」と声を出している。
 普通に歩いているのかもしれないが、小躍りしているようにも観えた。
 茶色い悪魔がフラフラと近づいている時、官は気になることが1つあった。
 それは魚のヒレを思わせる両腕。
 「あれで組み手できるの?」
 「確かにな」
 貞義も、その疑問に頷く。
 「………心配ない………よく見る」
 継夜がそれに解答する。別に心配しているわけではなんだけど………。
 よ〜〜く、見てみると、ゴンタ君の手から5本の指が出ていた。
 「ちょ! キモ!!」
 あんなのとやり合うの!?
 「ウホホホホ!!! ウホホホホ!!!」
 抗議の声を上げているのか、歯をむき出しにしているゴンタ君。両の手をワキワキさせながら、にじり寄ってくる。
 その動きは見た事がある。確か、映画「AVP」に出てきた人間と分かり合えない方………。
 「ムリ! あんなのムリ!!」
 「お、おい」
 余りの気持ち悪さに官は貞義の背後に回り、彼を押し出した。継夜も同じことをしている。どうやら、彼女も同じ思いのようだ。
 だが、これ以上、引ける場所もない。
 「おい、恵介」
 貞義は1歩前に出ると体格だけは信頼できる戦友の名を呼ぶ。だが・・・・・・・・・
 「どうして、私は、このようなーー!! つ〜〜〜〜らい勤めを、せにゃならぬーーーーーーー!!!」 
 戦意を喪失していた。本当に信頼できるのは体格だけである。
 「やれやれ」
 4名いて、戦えるのは1名だけ。もとより学園長は頭数には入っていないが、この目も当てられぬ惨状に貞義は半ば呆れて、最前線に赴く。
 こうなったら、やるしかない。状況は試合に例えるなら、団体戦、4引き分けで来た大将戦といったところか。しかも、ルール上、組み手を取られたらお終いなので、技ありを取られた上に、残り時間5秒。
 絶望的だが、ラスト5秒の逆転ファイターになるしかない。
 貞義は相手を見据える。
 四つん這いとなり、ハァハァと荒い息使いで待ち構えているゴンタ君。デカイ頭が、さぞ重かろう。
 先に攻め始めたのは貞義だった。ゴンタ君の頭を目掛けて両手を伸ばす。
 相手はデカイ頭をしているし、それを半回転とまではいわず、少しでもズラしてやれば視界が遮断されるだろう。そうなれば大きな隙ができる。後は、
 だが、現実はそれほど甘くはなかった。
 ゴンタ君は四肢に力を込め、そのままの状態で飛び上がる。まるで息を吹きかけた埃の固まりように。
 貞義の手を軽くかわすと片手だけ貞義の襟を掴み、大外刈りをかける。
 「な!?」
 驚きの声を上げる貞義。なんという機敏な動き。外野から「キモ!!」という声が聞こえたような気がする。
 ただ、そんなことばかり気にしてはいられない。床の叩きつけられる直前に、何とか腹ばいになり衝撃を吸収する。
 「クッ! まだ、完全に組まれたわけじゃない」
 確かに、完全に組まれなければ終わることはない。だが、状況は更に悪い方へと流れていた。
 貞義が立ち上がるよりも先に、ゴンタ君は背中を向けている彼の後ろを取っている。
 「ウホ♪」
 喜びの声を1声上げる。
 そして、天龍ばりの引っこ抜きバックドロップ。
 綺麗に弧を描き、空を舞う貞義。ここの床であって畳やリングの上ではない。叩きつけられたら、それで致命傷。ジ・エンドである。
 だが、無常にも彼は、ズドンという鈍い音と共に地面に激突した。
 しばしの静寂のあと、ゴンタ君から開放される貞義は床に横たわる。
 その光景を観た継夜は目を大きく見開いていた。
 「………い、飯沼くん………。」
 官はそっと近づき膝を着く。名前を呼んだ相手に反応はない。彼女の頭に最悪の状況が浮かんだ。
 「………飯沼君?ウソよね?………。」
 再び、貞義に言葉を掛ける。だが、彼は答えないどころか、横たわったままでピクリとも動かない。
 「そ、そういう冗談、止めなさいよね」
 官は半ば祈るように口走る。
 先ほどまで話していたのに、騒ぎ合っていたのに。
 こんなことが、起こるはずがない。
 こんなことが…………。
 「飯沼くーーーーーーーーーーん!!!!」
 「イテ」
 貞義、復活。
 「この馬鹿ーーーーーー!!!!」
 折角、復活した友を殴り飛ばす官。
 「何、する、恵介」
 「返して!! 悲しみに暮れた私の純粋な心を返して!!」
 「いや、そう言われても……」
 怪我をした貞義( 頭に小さなタンコブを作っただけだが )は、何故か責められている。
 「久しぶりよ、この裏切られた感! 大鳥君級!! 大鳥君の体格に反比例する腰抜けっぷりくらい、裏切られたわよ!!」
 「いや、それは…………ぬぉ!!」
 貞義は言い訳をするより先に、官の関節技が極まっていた。それも完全に。
 「何か、言ったかしら? 私には聞こえなくてよ」
 「うぉ!…………ス、スマン〜〜〜」
 こうなると貞義は謝るしかない。
 「……………官、離して」
 だが、天の助けは現れた。いつの間にか傍に居た継夜である。
 官は、まだやりたいのか不平を漏らしていたが、継夜の言葉に従い、技を外す。
 「スマン………助かっ(スパン!)…………」
 継夜から、いきなりの平手打ち。そして、何事もなかったように問われる。
 「………………本当に、大丈夫?」
 「あぁ………今の方が痛いぐらいだ」
 いつもより、眉間にシワが寄っている継夜。もしかしら、怒っているのかもしれない。
 「怒ってるのか?」
 「怒ってない」
 即答。継夜にしては珍しく速い返しだった。
 「いや………」
 「怒ってない」
 「………了解」
 ここまでハッキリ言われると貞義も黙るしかない。心配はかけたのは事実だ。肘と頬を傷めたぐらい我慢しよう。
 タンコブを摩りながら、貞義は自分でそう答えを出して納得することにする。だが、そんな彼を目掛けて突進してくる牡牛が1匹。
 「いいどぅばぐ〜〜〜〜〜ん!!!」
 それは恵介だった。どうやら「飯沼君」と言っているらしい。
 「ぼかぁ、ぼかぁね! いいどぅばぐん! 君が死んじゃったんじゃないのかと………」
 「スマン、心配かけた」
 「ううん、いいんだよぅ、君が無事なら〜〜〜〜」
 鼻水塗れた顔で恵介は素直に喜んでいる。少しだけ、あちらで学園長と「BLじゃ! BLじゃ!」と騒いでいる2人にも見習って欲しい。
 「………でも、なんで無事だの?」
 そんな外野を気にせずに、当然といえば当然の疑問をぶつけてくる恵介。
 「まさか、頭部を鉄板で覆われる改造手術をさせられたとか!?」
 「んなわけあるか」
 「じゃあ、なんで?」
 「ん? それはあれが答えだ」
 貞義は親指で、自分が倒された現場を示した。
 そこには、彼の代わりのように横たわっているゴンタ君の姿がある。たまにピクン、ピクンと動いているが概ね、行動出来るような元気はないようだ。
 「あぁ、なるほどね」
 「……………理解した」
 それを観ただけで、官と継夜は状況が分かったらしい。
 「え?え?どういうこと?」
 この場で理解していないのは貞義を除けば恵介、ただ1人だ。
 そんな恵介に、立ち上がりながら貞義は説明する。
 「音がしたのは俺の頭じゃなくて、ゴンタ君の頭だ」
 要するに、ゴンタ君はバックドロップを華麗に決めたのはいいが、自分の頭の大きさを忘れていたらしく、先に床に激突したのはゴンタ君のデカイ頭だったのだ。
 哀れなゴンタ君。自分がデカイ頭じゃなかったら。バックドロップを掛けなかったら。そもそも、ゴンタ君じゃなかったら。
 いくつもの偶然が重なり事故は起きたのだった。
 
 「………でも、学園長のおかげで対策が立つ。」
 継夜は官をたちを見ると、口を開いた。
 「…………作戦が出来た…………乗る?」
 珍しく口元緩めながら、継夜は一同に問いかける。どうやら、彼女は今の状況を楽しんでいるようだ。
 その言葉に一同は一斉に頷いた。
 「学園長、ありがとうございました」
 「うむ、約束、忘れるなよ」
 「…………必ず」
 苦笑いする官に変わって、継夜が明瞭に返事を返す。
 
 
 
「反撃、開始!!」

 
 
 缶ケリ、開始から1時間経過。
 「やれやれ、こりゃ、参ったねぇ」
 ここは、体育ドーム裏。缶ケリの始まりの場所だ。
 今は缶を防衛するためジャイアントロボに扮した八耶とアラレちゃんの着グルミを着た芹沢が待機している。
 無線機で連絡を取り合い、1年生をマンツーマンで追いかけていき、余った2名を遊撃隊として配備し、徐々に包囲し殲滅する作戦は八耶が考案したものだった。
 故に彼は今作戦の指揮官に選ばれたのだが、ここで、2つの誤差が生じている。
 1つは1年生が中々に手強かったのだ。八耶としては、相手を過小評価していたことは素直に認めている。
 そのため、作戦は包囲殲滅から、標的を1人に絞って潰していくことに切り替えもした。
 現に、官を追い詰めた。だが、寸でのところで取り逃がした。これが2つ目の誤算。
 缶ケリと銘打っているので、みな、本能的に個々で逃げる習性を利用したのだが、まさか、こうも早く1年生が一箇所に集まるとは思っていなかったのだ。
 それ以降、学長室に逃げ込んだとの報告をしてきた龍郎からも連絡がない。
 恐らく、単身、突っ込んでやられたのだろう。
 「龍郎からの連絡は?」
 「ないねぇ」
 「そうか…………」
 芹沢も、それ以上は何も言わなかった。恐らく、同じ結論に達したのだろう。
 司令部に流れる重い空気。
 さて、どうするか。八耶が考え始めた時、無線機から連絡が入った。
 「こちらフォックス4!! スカルリーダー、応答せよ!!」
 八耶は、軽快に無線機の受話器を取る。
 「こちらスカルリーダー。フォックス4、状況を報告せよぉ」
 「こちらフォックス4!! 現在、1年生4名と交戦中!!救援を乞う!!」
 「こちらスカルリーダー。フォックス4、落ち着けって。場所は何処だい?」
 「場所は正門前!!繰り返す!!救援を乞う!!」
 「スカルリーダー、了解っと」
 彼は少しだけ、思案する。
 今ここで全員を動かしていいのか?
 間に合わないことも念頭に置き、再度、指示を出す。
 「こちらスカルリーダー。総員、一度、昇降口に集まれ。それの後、正門に急行してくれぃ」
 恐らく1年生の狙いは各個撃破。なら、こちらは一箇所に集めてから、行動すればいい。
 「こちらフォックス2!! 了解!!」
 「こちらフォックス6。了解」
 「…………フォックス1、どうした? 返事をしろ。フォックス3。フォックス5」
 「…………やられたか。」
 倒れた仲間を思い、目を閉じた芹沢は呟く。
 「…………やるねぇ。腹立たしいよ、全く」
 八耶は吐き捨てるように言うと、芹沢は静かに立ち上がる。
 「八耶、ここで待っていてくれ」
 「おいおい、まさか………」
 「………俺が行ってくる」
 「フォックス4の連絡が罠ってこともあるぞ」
 「あぁ、そうだな」
 現に3名も連絡が途絶えている。相手は確実に、こちらの手の内が分かっているだろう。
 「だが、友からの救援を請う声を無視できん。それが罠だとしてもな」
 芹沢は八耶を捉えて、きっぱりと言う。
 「………はぁ、これだから、俺たちの大将は」
 「すまんな、八耶。後を頼む」
 「あぁ、待った待った。残るのはお前さんだよ」
 「なに?」
 「俺が、ここに残ったって、やられる可能性の方が高い。1対4じゃぁな。なら、俺が出向いて救援に行った方が勝算が上がる」
 「だが…………」
 「気持ちは分かるが耐えてくれ。これも、勝つ為だ」
 芹沢は八耶をジッと見詰めていたが、決心がついたのか、ゆっくりと頷いた。
 「分かった、頼む」
 「おぅ、任せときなって」
 八耶は軽快に受話器をとると、残っている仲間の元へ連絡をいれた。もしかすると、これが最後の通信になるかもしれない。
 だが、そんな感覚は微塵も感じさせなかった。
 「こちらスカルリーダー。フォックス2、フォックス6、聞こえるか?」
 「こちらフォックス2!!感度良好!!」
 「こちらフォックス6。同じく。」
 「今から、スカルリーダーも昇降口に向かう。合流しだい、1年生を追撃する。」
 「こちらフォックス2!!了解!!」
 「こちらフォックス6。了解。」
 静かに受話器を置いた八耶は芹沢に振り返り、
 「ちょっくら、行ってくるぜぇ」
 と言葉を残して、走っていった。
 
 残った芹沢は静かに待つ。それは、2年生の凱旋なのか。それとも、1年生の襲撃なのか。
 その心は誰のも分からない。
 ただ、静かに待っていた。
 呼吸もしていないのでは思わせるくらいの静けさで。
 そして、ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。
 両目を開き、体育ドームの屋根を見据える。その視線の先には4人のヒーローの姿があった。
 「何奴だ?」
 静かに、だが、威圧感の含む声が芹沢から発せられる。
 「ある時は、友の友情に涙する男、スパイダーマン!!」
 「ある時は足がヤタラに長いリアル・オバQ!!」
 「…………ある時は怪傑ズバット。」
 「ウホホホホ。ウホホホホ。(ある時はゴン太君)」
 「かくして、その実体は!!」
 その言葉を合図に4体の着ぐるみが宙を舞う。
 「星学柔道部1年生ズ!!」
 4人の背後でドーーンと舞い上がる4色の煙。
 余りの爆音の大きさに驚く1年生ズ。
 「ちょっと! 危ないじゃない!! もう少し、考えなさいよ!!」
 「だって、派手に登場したいって言ったの佐川さんじゃん」
 「ものには限度ってもんがあるでしょ! こっちも吹っ飛んだら、折角、決めたポーズも台無しじゃない!!」
 官は最後の決めポーズを崩されてしまったことが不満のようだ。
 「こんな時に言い合いをするな」
 「………煙たい」
 緊張感の欠片もない光景。それを観た芹沢は笑いながら、出迎えた。その笑顔はいつもで見ているものと同じだった。
 「遂に、ここまで来たか」
 感慨深げに話す芹沢。そこには無念さよりも嬉しさの方が勝っている。
 自分たちの作戦を潜り抜け、予想以上の行動をとる後輩を頼もしくも思えたのだ。
 「質問がある。お前たちは正門にいたのではないのか?」
 芹沢は問いかける。
 「その答えはこれッス」
 貞義は右手を差し出す。そこには無線機が握られていた。
 「……………これで先輩たちの会話を聞いた」
 継夜が珍しく答える。もしかすると、少しだけ興奮しているのかもしれない。
 「…………後は残っている先輩たちの………コードネームが分かれば、準備完了。………フォックス4に成り代わり、先輩たちを誘き出した」
 「ムゥ、逆に利用されたか」
 渋い顔になる芹沢。どうやら、この展開は予想していなかったようだ。
 「本当は正門に仕掛けた罠の発動を待つから動くつもりだったんですけどね。」
 官が、髪の毛を掻き揚げながら、言い、
 「その前に芹沢先輩が発見されされたッス」
 貞義がぶっきらぼうに続く。そして、正門の方から聞こえる爆発音。1年生ズが仕掛けた罠が発動したようだ。
 これで、2年生は全滅。ここに増援が来ることはない。
 「芹沢先輩! この勝負、私たちの勝ちです!!」
 官から出た勝利宣言。
 残るのは芹沢1人、4人で掛かれば何とかなる。その思いから自然と出てきた言葉だった。
 だが、芹沢から返ってきた言葉は、違うものだった。
 「ふ、ふふふ。ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
 芹沢の笑い声が木霊する。
 「まだ、早いぞ、官」
 官の言葉を一笑に伏す芹沢。真剣な顔つきを取り戻し、
 「まだ、俺が居る。」
 そう言い切った芹沢には諦めた様子も自棄を起こした様子も見られない。
 本当にたった1人で1年生全員を相手にする気でいる。その顔は勝つ自信に満ち溢れていた。
 「お前たちに星影学園2年の実力!見せてくれん!!」
 その言葉を最後に芹沢は手にしていたアラレちゃんの頭を被る。これで戦闘準備が完了した。
 「掛かって来い!!1年生ズ!!!!!!!」
 着ぐるみ姿のフザケタ格好だが、その威圧感は離れた体育ドームの屋根まで届いてくる。
 大気が揺れ、常人離れした威圧感は波動となって官の肌を刺す。
 「マジね、芹沢先輩。」
 「あの人は、いつでもマジだ。」
 官たちは躊躇している間に芹沢は動いた。
 「来ないのならば、こちらから行くぞ!!」
 芹沢は肺が破けるのではないかと思われるほど空気を吸い込み始めた。そして、それを官たち目掛けて解き放つ。
 芹沢から放たれた空気は塊となって1年生ズに襲い掛かる。
 「んちゃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 それは最早、空気ではない。ミサイルが飛んできたのと同義だ。
 直感で危険を察し、寸でのところで回避に成功するが、直撃を受けた体育ドームには大穴が開いていた。
 今まで自分たちが居た場所が変わり果てた姿になっている。
 「ほ、本当に人間な、あの人?」
 この事実は彼女たちに途轍もない衝撃を与えた。
 官が再び芹沢を見やると、顔面に大穴の開いたアラレちゃんの被り物の中から笑っている顔が見える。
 芹沢にとって、この「んちゃ砲」は挨拶変わりだと言わんばかりだ。
 彼は第2射の準備に入る。
 芹沢の顔を見た官の体を戦慄が走る。
 こんな攻撃を受け続ければ、勝ち目はないのは明白だった。守りに入った瞬間、自分たちの敗北は決定する。
 そう本能が理解した。
 「これって、かなりヤバ目?」
 「あぁ。全く、この威力には恐れ入る」
 「…………でも、やりようがない………わけじゃない」
 「超恐い!!」
 それぞれの感想を漏らすが、事態は刻一刻と悪化している。迷っている時間もない。
 「んちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 芹沢から放たれる第2射。それは先ほどのよりも大きく、威力も増していた。
 「行くわよ! みんな!!」
 官の掛け声で1年生ズは動き出す。
 吹き荒れる爆風を潜り抜け、彼女たちは体育ドームから帯び出した。
 
 

「最終決戦!!」

 
 
 「…………フォーメーションC」
 着地と同時に継夜は号令する。それを聞いた他の3人は一気に地面を蹴り、走り出す。
 貞義を先頭にして官が続き、恵介、継夜はそれから少し後方に位置して芹沢に近づいていった。
 「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 轟く貞義の咆哮。
 みるみると芹沢との距離が縮まっていく。
 相手は挨拶が飛び道具になるような怪物だ。恐ろしくないといえばウソになる。額から流れる汗も普通の汗か冷や汗なのかも分からないくらいだ。
 だが、何もしないで負けを認めるのは、腹立たしい。今でも負けるつもりはなかった。
 貞義は大きく左に飛び、官の進路を開ける。2人は左右から同時にタックルを掛けた。
 芹沢はそれを避けようとはせず、腕組みをしたままで受け止める。
 その巨体は一度だけ動じたが、それ以降はまるで足に根っこでも生えているように動かない。
 「………うそ」
 2人は同時なら、多少は体勢を崩すことが出来る。そう思っていた。だが、芹沢という牙城はそれほど脆くはなかったのだ。
 2人は全力で押すがビクともしなかった。
 「いい当たりだぞ、2人とも」
 芹沢はそう言うと組んでいた両腕を無造作に解き放つ。
 「え!?」
 「な!?」
 ただ、それだけ。
 それだけで2人の体は重力から解放されたように宙に浮き、弾き飛ばされた。
 「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!」
 恵介は雄叫びを上げて芹沢にぶつかっていく。
 「本気だな、恵介!!!」
 ぶつかり合う巨体と巨体。
 骨も折れろといわんばかりに恵介は当たっていくが、芹沢は動じず高々と上げた両腕を恵介の肩に乗せると力任せに押し込んだ。
 恵介に掛けられた圧力はどれほどのものか、彼も押し返そうとするが効果は皆無。
 この時、恵介は見てしまった。芹沢の瞳を。
 その瞳に捕らえられた者、全てを潰す。
 恵介は、その恐怖に襲われ、心の中は半狂乱に陥る。
 (恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛…………)
 洪水にも似た恐怖の流され、ついに、彼の中で何かが弾けた。
 「馬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
 片膝を付いていた恵介に異変が起きる。徐々にだが、芹沢を体を押し戻し始めていた。
 「いい気合だぞ!恵介!!」
 芹沢は恵介を笑いながら見下ろしている。
 そんな彼に恵介の背後から、誰かが飛び越えたのが見えた。
 それは、継夜だった。
 「…………打つ」
 彼女は芹沢が被っている着ぐるみの頭部に手を掛けると迷わずに膝を入れる。
 入った。着ぐるみの柔らかさとは違う感触が継夜に確証を持たせた。
 両腕を塞がれていた芹沢は防御することは叶わず、その巨体を大きく仰け反らす。着ぐるみの頭部がズルリと抜け落ちる。
 だが、巨体はしなやかに戻っていった。 
 「………いい膝だ、継夜」
 芹沢は悠然と1年生ズを見渡す。ただ、そこにいる。それだけで動けなくなるような存在感が彼にはあった。
 「お前たち、いい本気だ」
 両目を閉じた芹沢は静かにだが、確実に彼らに届く大きさで口ずさむ。
 「…………だが、足りん!!!」
 見開いた目に闘志が宿る。
 「ホオオオオォォォォォォォォォォ!!!!」
 芹沢から放たれる燃え盛る炎ような闘気。それは着ぐるみを破り捨て、彼の上半身を露わにした。
 うねりを上げる威圧感に耐えるしか出来ない1年生ズ。
 芹沢が大きく見える。
 これは目の錯覚だと分かってはいる。だが、その余りにも大きなプレッシャーが彼女たちから錯覚という言葉を掻き消してしまう。
 「必死を出せ。或いは、この身に入るかもしれんぞ。」
 芹沢の言葉が雄大に響き渡った。
 
 「ウオオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
 官はガムシャラに突進する。他の3人もそれに続く。
 4人同時に芹沢に当たっていく。
 だが、芹沢は気合い1つで彼女たちを吹き飛ばす。
 何度となく、あらゆる方向から芹沢に向かっていったが、その全てが不発。
 さも楽しげな眼差しで1年生ズを見詰めてる。
 「どうした?もう終わりか?」
 まるで稽古をつけているような感覚でいる芹沢。
 倒しても倒しても立ち上げる後輩の心意気が素直に嬉しいようだ。
 官はフラフラになりながらも立ち上がる。少しでも気を抜けば、意識を失うだろう。もはや、気力だけで立っている状態だ。
 周りを見ると、継夜も、貞義も、恵介も、ボロボロだった。立っているのが不思議なくらいに。
 芹沢の人間離れした実力を噛み締める一同。
 「こいつは、白旗でも挙げるか?」
 「冗談! 私は、まだ、やれるわよ。」
 貞義の問いに、フンと、鼻を鳴らす官。
 「それより、あんたは降参?」
 「あいにく、白い布を持ち合わせてない」
 「それは、残念でした」
 継夜も「……………負けるを認めるなら…………死んだ方がマシ」
 恵介は「馬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 まだ、正気に戻っていなかった。それなら、それで面倒臭くなくていい。
 「その意気やよし」
 芹沢は満足そうに頷くと、全身に力を込める。
 「最後の情けだ。苦しまぬよう、一撃で終わらせてやろう」
 芹沢の言葉に圧がこもり、圧は荒れ狂う風となって、4人を襲う。彼の本気はこれから始めるのだ。
 コレは争ってはいけないものだった。先ほどの会話をも忘れて、官は改めて自分のとする。
 「熱血!! フィーバーーーーー!! フィーーーーーーー……」
 彼が筋肉を見せ付けるポーズをとると全身から目も眩ますような光があふれ出す。
 全てをなぎ払いそうな姿に絶望すら覚える1年生ズ。
 これを食らえば、待っているのは確実な死。だが、避けようにも体がいう事をきかない。
 もう駄目だと思った直後、
 「はーーーーーーい! そこまでーーーーーー!!!」
 意外なところから、助けがやってきた。
 「…………中野先輩」
 芹沢の驚いた声に一同が振り向く。そこにいたのは、古屋咲、中野竹美の3年生の姿があった。彼女たちの後ろにはウルトラマンやバイクル、モリゾーやゴンタ君の姿もある。
 しかも、竹美は八耶たち罠に嵌まった2年生を1人で担いでいた。
 「ストーーーーーップ!!」
 竹美の声が豪快に響く。
 「しかし、まだ、決着が着いていません」
 「駄目です、これ以上は確実に死者が出ます」
 「むう、確かに…………」
 芹沢は咲にたしなめられ、唸る。
 「なら、勝負は引き分けですか?」
 芹沢としては、これは譲れなかった。彼の中に流れている武人(?)としての夾義が決着を付けることを望む。
 それは、ここまで戦った1年生に対しての礼儀も含まれていた。
 「そうね、白黒はハッキリ着けないとね」
 竹美は、そう言いながら、ドサっと、まるで荷物を降ろすかのように、気絶中の2年生を地面におろす。そして、主将を無言で促した。
 咲は両者を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。そして、心に決めた勝者の名を口にした。
 「勝者は………1年生とします」
 周囲から、どよめきが起こる。2年生は芹沢を除き、壊滅。1年生は全員が立っているとはいえ、確実に芹沢に仕留められるほど、ボロボロな状態だ。
 3年生が割ってはいらなければ、2年生の勝ちは動かなかっただろう
 「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
 「後輩が貴方と戦って、今だに立っていられるだけで、その資格は十分でしょう」
 芹沢は、ゆっくりと、1年生を1人1人、見渡していった。官、継夜、貞義、恵介、誰もがボロボロだった。だが、自らの足で確かに立っている。
 「………確かに。それで、手打ちにしますか」
 その姿が素直に頼もしかった。自然と顔も緩んでいく。
 「よーーーーーし!! お前たちは俺の兄弟だ!!!」
 官と貞義を軽々と抱き上げる芹沢。その姿は本当に嬉しそうだ。
 だが、その厚い腕の中で官と貞義はグッタリとしていた
 「どうした? 弟、妹よ?」
 「私たち、危うく死に掛けたんですよ………」
 「まぁ、そう言うな。今思えば、お前たちも楽しかったろ?」
 いや、殺そうとした本人がそんな軽く言わないでほしい。
 「まぁ、浪に、ここまで本気にさせたんだから、いい記念でしょ?」
 竹美も軽く言い放つ。
 確かに、これ以上の体験は生涯を通じて、ある方がオカシイ。そんな、記録よりも記憶をみたなことを言われても。
 「………私たち、勝ったの?」
 「そうらしい」
 「そうなんだ」
 官の声にあまり喜びの入っていない。
 「嬉しくないのか?」
 それが気になったのか、貞義が問いかける。
 「分かんない。今は取り合えず、休みたいぃ」
 「右に同じく」
 周りを見ると、継夜は竹美に抱きしめられ、その余りある身体に減り込んでいる。
 八耶も「やれやれぇ、やられたぜぇ」と体を起こしていた。他の2年生も無事なようだ。
 恵介はというと
 「馬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
 …………まだ、意識を戻してはいなかった。
 「恵介は、精神から鍛える必要があるな」
 芹沢が「共に山に籠もるか」などと言っている。大鳥君が正気で戻って来られればいいと思う。
 
 季節は春。桜の花びらが風に乗って舞っていた。



〜 Fin 〜



作品へのご意見やご感想は、 BBSからどうぞ♪

阿修みてTOPへ戻る
TOPへ戻る


inserted by FC2 system