〜阿修羅さまがみてる〜
『 〜Lilac On The Hillside〜 』後
作:コジ・F・93
「Some Other Time」
「新しいお店、見つけたのよ」
そう言うランに連れてこられたシックな造りの喫茶店は、市内のメインストリ−トから2本脇道に入った場所にひっそりと佇んでいた。
『Ein Erbe』と書かれた分厚い木の扉を押し開けて中に入る。
もう少しで正午だというのに、中には2組しかお客さんがいなかった。
(…なんか、妙に暗いんだけど…)
それが嘉穂の、第1印象だった。
先を歩くランの背中を追いかけながら、嘉穂は改めて仄暗い店内を見回す。
外側に面したテーブルだけが明るく、カウンターのある店の奥がやけに暗い。
壁には四角い窓が4つ穿たれていて、照明はそこからの陽射しだけだった。
窓際にあるテーブルだけが、四角く切り取られたように明るい。夏の強い陽射しのせいか、その明と暗の対比は陰気さではなく荘厳さすら感じさせる。
1番涼しそうだと理由からか、ランは1番奥のテーブルに腰を下ろした。
ランに倣って椅子を引いて腰を下ろすと、ウエイトレスさんが「いらっしゃいませ」と静かに言いながら水とおしぼりを置いて、またカウンターの中へと戻っていった。
「なんか、凄いね…」
なんとなく雰囲気に圧倒されたまま、耳打ちをするようにランに言う。冷静に考えれば、聞かれて困る話でもなんでもないんだけど、なんていうか、喫茶店というより、図書館…いや、教会がイメージ的には1番近いだろうか。まあ、嘉穂は親戚の結婚式以外で教会に行った事がないので、本当の教会のイメージはよく分からないのだが、とにかく、その『教会』という言葉がも持つ静謐な空気が、普通のトーンで話す事を躊躇わせた。
「気持ちは分かるけど、何にする?」
初めてではない余裕だろうか、店内の雰囲気に全く気後れを見せずにランがメニューを嘉穂に渡す。
「え、あ、そうだね…」
ちょっとはこの雰囲気に呑まれてもいいのに…っていうか、この雰囲気の中で普段通りって…ランって結構空気読めない?とか失礼な事を考えたりもしてみたけど、とりあえず何か頼まないとウエイトレスさん(大学生に見える)の仕事が一向に進まないので、まず注文を決める事にして、嘉穂は受け取ったメニューに目を通した。
「ランは決ったんだよね?」
メニューとのにらめっこを続けながら嘉穂が尋ねる。
「もちろん」
ランがおしぼりで鶴を折りながら答える。
「何にしたの?」
「秘密」
どうせ注文する時にバレるのに、とりあえず今は秘密らしい。まったく女心ってヤツは複雑だ。
なんて嘉穂のテキトーなツッコミを感じ取ったのか、ランが「すいませ〜ん」とウエイトレスさんに声をかけた。
「ちょっと!?ランっ」
嘉穂が抗議の声をあげる。
「制限時間付き。アンタ悩み始めると、こうでもしないと決らないんだもの」
さすが1年以上の付き合い。まったくもってその通りなので、嘉穂は覚悟を決めて最後の2択に挑む決意を固めた。
「お伺いいたします」
ウエイトレスさんが静かな口調でオーダーを尋ねる。さっきも思ったけど、この人、20歳くらいに見えるのに凄く落ち着いてて妙にカッコイイ。
「アールグレイをアイスで」
「かし──」
「──アールグレイをアイスっ!?」
「…」
「…」
「…」
「アンタがご注文繰り返してどうする」
(かあ〜っ)と自分の顔が真っ赤に変色していくのを感じている嘉穂の横でウエイトレスさんの肩が小刻みに揺れた。
「(ああ…笑われてる…私、こんな落ち着いたカッコイイ女性(ヒト)にまで笑われてるよ…)
赤の他人に笑われるのはもちろんショックだけど、こういう大人のカッコイイ女性に笑われるのは、さらに堪えるものがある。
「ムリしないで笑っちゃっていいですよ。この子そういうキャラなんで」
(誰がお笑い担当だ、誰が)とツッコミたい気持ちもあったけど、あんなボケを披露してしまった以上、何を言っても無駄というものだ。ならばいっその事、
「笑っちゃっていいですから本当に」
開き直った方がいっそ清々しいというものだ。
「いえ…失礼しました」
さすがはプロ。ウエイトレスさんは瞬時に佇まいを正すと、さっきまでの落ち着いた空気を全身から再び放出して、嘉穂のオーダーをじっと待っている。
「あ…えっと……」
(ヤバイ!さっきの騒ぎせいで考えるの忘れてた…)
例えるなら、テスト中の最後の1分や、朝の貴重な1分をとられてしまったようなそんな感覚。1分あったって、そこまで考えて分からなかった問題が分かるようになるわけじゃないし、1分なくたって、髪やメイクがそこまで酷くなるわけじゃない。それでも『あの1分さえあれば』と思わずにはいられないんだから、まったく難儀な話である。
「私は、ダージリンを、アイスで」
迷っていた2つのうち、最初に名前が浮かんだ方をとっさに注文していた。人間追い詰められれば大概の事はできるようにできているらしい。
「かしこまりました。少々、お待ちください」
流れるような動きでお辞儀をするウエイトレスさんに2人が「お願いします」と軽く頭を下げたところで、お店のドアが開く気配がした。お昼時だからこれからどんどんお客さんが増えてくるんだろうな。と思うと少し惜しい気がする。このお店の荘厳な雰囲気が、早くも気に入っていた嘉穂は少し残念そうな顔をした。
「…と言うかだ」
いきなりランが切り出した。
「なに?」
「アールグレイのアイスって何が問題なの?」
嘉穂がオーダーを聞き返した事が、どうにもランの中では腑に落ちないらしい。
「…問題というか、ビックリしたのよ──」
別にアールグレイをアイスで飲むのがヘンなわけじゃないし、ランがサッパリした物が飲みたかったのもなんとなく分かる。でも、(そんなにクセの強い飲み物をファーストチョイスにしなくても…)と反射的に嘉穂は思ってしまったのだ。
「──でも冷静に考えたら、『ドクペパのラン』だもんね。『マスタードチキンタラモサンドのラン』だもんね」
個性的な味を好むランの嗜好を思い出して、『解決済み』フォルダに入れてしまった嘉穂は、いつもの仕返しとばかりにちょっとだけ意地悪く答えてみた。
「はいはい。どーせ私はゲテモノ食いですよ」
このネタでは、からかわれ慣れているランが、手をヒラヒラと振りながら投げやりに返す。
「ゲテモノまでは言って──アレ?」
嘉穂の目にカウンターの中に入っていく人影が映った。
という事は、さっき入ってきたのはお客さんじゃなくて店員さんだったんだ。という話になるわけだが、それより嘉穂が気になっていたのは…
(なんか見慣れた後姿だったんだけど…)
そうなのだ。普通だったら店員さんが出勤してきた(或いは休憩明けか?)くらいではこんなに気にならない。それが、今日に限ってはとても気になったのだ。あまりにも見慣れていて、そして他人の空似では済まされない人にソックリだったから。
「──ん?何?」
奥にいるせいで、何が何だか全然分かっていないランがテーブル身を乗り出して嘉穂の視線を辿るが、その先には、もうカウンターしかない。
「さっき入ってった人がね」
「うん」
「雅に似てたの」
「うん」
「…」
「…」
「いや、『うん』って…雅だよっ!あの雅に似てたんだよ!?」
あんな美人、世の中にそうそう転がってるものじゃないんだから…と嘉穂が食い下がる。
「そりゃ、ココでバイトしてるんだもの、居たって不思議じゃないでしょ」
しれっとランが言った。
「あ、なんだ。それなら居ても…って!雅、ココでバイトしてるのっ!!?」
「何今更言ってるのよ、去年の夏も冬も今年の春もやってたじゃない」
1人テンションの跳ね上がった嘉穂に対して、極めて冷静にランが答える。
「バイトはしてるって言ってたけど…どこで働いてるかは教えないって…」
そう確かに雅は言っていた。「邪魔だから教えない」とはっきりと。
「ん〜?そうだったかしら…」
ポーカーフェイスを装ってランはそう言うけど、多分ランもつい最近知ったに違いない。でなければもっと早くに襲撃しているはずだ。藤堂魁という女は。そしてこのワザとらしい前フリは、絶対ダメな事を考えている。そういう女だ、藤堂魁という女は。(2度目)
「…お待たせいたしました」
さっき注文をとってくれたウエイトレスさんとは別のウエイトレスさんが注文の紅茶を持ってきた。
「アールグレイとダージリンでございます。ご注文は以上でおそろいですか?ごゆっくりどうぞ」
全然、ごゆっくりじゃないんですけど。ツッコミたいくらいに一息で捲くし立てながら、確かめもせずにアールグレイをランの前に、ダージリンを嘉穂の前に、そして伝票をテーブルの端に置いて立ち去ろうとしたウエイトレスさんを、
「そんなに慌てなくてもいいじゃない」
と、ランが呼び止めた。
「……何しに来た」
覚悟を決めたのか、ウエイトレスさん改め、尾関雅が聞き返す。
「ご挨拶ね〜。私たちは買い物のついでに、涼もうと思ってたまたまこのお店に入っただけなのに」
いけしゃあしゃあとよくも言えたものだなあ。と思う。
「たまたまこんな辺鄙な所まで来る奴など、いてたまるか」
ため息をつきながら雅が返す。まあ実際その通りだ。市内買い物に来た人間がメインストリートから2本も入った場所に『たまたま』来る確率は極めて低いだろう。
「…まあいい。とりあえずごゆっくり」
仕事中なんだから、長々と立ち話をしてるわけにはいかないという事で、雅はすぐに折れて、話を切り上げた。
「別に邪魔しに来たわけじゃないわよ。──」
ランだって高校生なんだからどこまでやったら相手に迷惑がかかるのか、その線引きを間違えるような事はない。
「──まあ、コレは雅のツケだけ──」
「──ツケはない」
しれっと図々しい事を言ったランにすかさず雅のツッコミが入った。だが、
「ココの事、みんなにバラすわよ」
「…今回だけだぞ」
今回は余りにも雅に分が悪かった。
「毎度あり〜」
「毎度はない」
「雅、私は自分で出すからいいよ」
「…そういうわけにもいかんだろう。気にするな。『嘉穂は』」
『嘉穂は』の部分を強調して、雅はカウンターの中に戻っていった。
「ラン〜」
嘉穂が恨みがましい声を出す。
「別にいいじゃない。茶の1杯や2杯」
そういう言い方をしたら、そうなんだけど、でもお茶はお茶でも喫茶店のお茶だ。いやらしい話かも知れないけど、缶ジュース1本奢ってもらったのとはやっぱり、その、お財布に与えるダメージが違うし、お茶2杯奢りは微妙に痛いぞ、高校生には。
「でも、悪いよ」
まだ、嘉穂は消化しきれていない模様。
「そう思うなら、今度、雅のバイト終わる時間とかに来てケーキでも奢ってあげれば?」
「あ、そうか。うん。じゃあ今度はそうしよう」
ウンウンと頷く嘉穂を見て、ランが呆れ顔で呟く。
「アンタ、真面目過ぎ」
「ランが図々し過ぎるんです」
「私は普通」
「私だって普通だよ」
「…」
「…」
「ま、どっちでもいいか」
「そうだね」
結論が出たところで、2人はストローを差して紅茶を飲む。
「…おいしい」
思わず口からストローを離して、そう洩らしてしまうほど、このお店の紅茶は美味しかった。多分、嘉穂が今まで飲んできた紅茶の中で1番といってもいいくらいに。
「でしょ?」
こういう時、連れてきた側はなぜか必ず勝ち誇る。凄いのはこのお店であって、絶対に、ランは凄くない。そんなことは分かってる。分かってるんだけど、
「うん。ありがとう」
素直に頷いて、お礼まで言ってしまうんだから、美味しい物の魔力というのは強力だ。
「ところで──」
ストローをくわえながら、嘉穂が尋ねる。
「──なんで雅のバイト先知ってるの?」
さっきも言ったけど、雅は多分誰にも言ってないはず…いや、もしかしたら斎くらいは知ってるかもしれない。だと、するとランの情報のタレコミ元は斎だろうか。尋ねながら、嘉穂はそう考えていた。
「しづ姉に聞いたのよ」
「しづ姉?」
意外な名前に、嘉穂はくわえていたストローを離して聞き返した。
「しづ姉に、おいしい喫茶店を聞いたら、ココが1番おいしいって教えてくれて──」
うん。たしかにココは抜群においしいし、雰囲気もいい。いわゆる当たりのお店だと思う。やっぱりこういう事は地元の人に聞くのが1番だ。
「──で、『雅ちゃんがバイトしてるお店よ』と」
ああ、しづ姉、それは教えちゃダメな情報だよ…と嘉穂は思ったが、もう後の祭り以外の何物でもない。
「会った事はないけど、マスターがそう言ってたわよ」とも言ってたわね。
つまり、雅の予想を越えたところで情報が漏れてたのか…哀れ雅。恨むなら、しづ姉の人の良さと、隠れ家的なおいしい喫茶店をバイト先に選んでしまった事を恨んでおくれ。決して私たち(というか私)を恨まないでね。
「で、私たちとしては、今日これからどうするか?というのが課題なわけだけど」
ランが、今1番考えなければいけない議題を出してきた。
「そうだね…とりあえず、虫除けスプレーを──」
「──はぁっ!?」
苦虫を噛み潰したような顔をしたランのツッコミがマッハで入った。
「…いるでしょ?虫除けスプレー」
「そりゃ、いるけど…」
確かにそれは必要だけど、それだけを買いにわざわざ市内まで出てきたわけではない。断じてない。というか、
「1人くらい持ってるでしょ?」
あれだけの生徒が住んでる寮で、誰1人虫除けスプレーを持っていないとは考えにくい。
「そうなんだけど…ホラ、念のため?」
ランの言葉に頷きながらも、それでも用心は欠かさないつもりらしい。高い物じゃないし、買っておいて損になる物でもないんだから。というのが嘉穂の考え方だ。
「ん〜…去年はどうしたんだっけ?」
話の流れから記憶の糸を辿っていったものの、ランの記憶の糸は途中でこんがらがっていたのか、それとも切れていたのかしていて、思い出せないらしい。
「…去年…?ん〜〜借りたんだっけ?」
嘉穂の方も上手く思い出せない。でも自分のを使った記憶がないんだから、多分借りたんだと思う。
「…誰に?」
「…誰だっけ?」
当然、今度はそこで行き詰って、「ウ〜ン」と2人で考え込む事になる。
「失礼いたします」
と声をかけられた。
その声に思考を中断されて「はっ」と我に返った2人の前にウエイトレスさん(お茶を持ってきた方)がクッキーを置いた。
「私共の従業員のお知り合いだそうで。よろしかったらお召し上がりください」
期間限定バイトにまで徹底的に教育がされているのは、素晴らしい事だと思うが、知り合いにやられると、照れくさいというか、胡散くさいというか(失礼)どうにもヘンな感じがする。
「あら、悪いわね」
「雅、いいのに…」
まったく正反対のリアクションがステレオで雅の耳に届く。
「気にするな。店長からの差し入れだから、私の懐はちっとも痛まない」
雅が『嘉穂に』説明する。
「んじゃ、遠慮なく…」
ランが、ひょいとクッキーを摘まんで口の中に放り込む。
「始めから遠慮なんかする気なかったくせに…」
「だから、野良犬に餌やるようなものだから止めとけって言ったんだ」
2人の冷ややかな視線など、まったく介せずに、ランがおいしそうにクッキーを飲み込んで、
「うん。おいしい」
頷きながら、感想を口にした。
「ご歓談のお邪魔をして申し訳ございませんでいた。」
「あ、待った!雅っ!!」
再び営業モードに戻って、一礼をして立ち去ろうとした雅をランが引き止めた。
「…」
引き止められた雅は、なにか微妙に恥ずかしそうだ。
「去年の花火大会の時って、誰に虫除けスプレー借りたんだっけ?」
「…虫除けスプレー?」
(その話に戻るの〜?)
なんだそれ?と首を傾げた雅の右斜め前で、嘉穂が頭を抱える。
「去年は、松本先生に借りたぞ、確か」
「ああっ!」
雅に言われて、やっと思い出した。そういえば、保健の先生が持ってないわけない(今考えると凄い理由だ)って言って押しかけたんだっけ。っていうか、2人揃って忘れるほど、印象薄くないぞ。と思いつつ、いきなり去年の虫除けスプレーの話をフられて、すぐに答えられる雅はやっぱり凄い。
嘉穂の尊敬の眼差しに、雅が「呆れた」という顔をする。まあ、傍から見たら、毎度お馴染み無表情ですが。
「ヒトの店来て、何の話してるんだ?お前ら」
正確に言えば、雅の店ではない(雅もそんな事は言ってないけど)が、そのツッコミはとても正しい。
「いや、この子がココ出たら、虫除けスプレー買いに行くって言うから」
ちょっと待てラン。その言い方は誤解を招く。正確に言おう。こういう事は正確に。
「…お前ら、この暑い中、わざわざそんな事の為に出て来たのか?」
ホラ、しっかり誤解された。
「そうじゃなくて、ランがこの後どうする?って言うから、とりあえず必要そうなものを挙げただけで──」
「──おっと、嘉穂。その言い方だと私が悪いみたいに聞こえるわよ?」
諸悪の根源がこの期に及んで何を言い出すんだ。何を。
「ああ、ちょっとスマン」
ヒートアップしそうな2人の間に雅が素早く割り込んだ。
「確か…」雅が記憶の糸を辿りながら、言葉を紡ぐ。
「嘉穂、お前な。去年の花火大会のあと「やっぱり自分の分もいるね」って虫除けスプレー買ってたぞ。確か」
「あっ」
嘉穂とランの声が完全にハモる。
「そういえば…」
「買ってたね。私」
2人の脳裏に、去年のその場面がフラッシュバックして蘇る。
「じゃあ、ごゆっくり」
よく分からないけど、完全に雅に負けた気がする。何に負けたのかは分からないし、そもそも雅に勝った事んなんか、1度もないけど、それにしたって見事な負けっぷりだ。
「ああ、それと…」
立ち去ろうとした雅が、くるりと振りく。
「恥ずかしいから、あんまり大きい声で呼ぶな」
テーブルに置かれたグラスの中で、氷がカランと涼しげな音を立てた。
「Americana」
「はい、オッケ」と裕美が嘉穂の腰をポンと叩いた。
「ありがとう」
嘉穂がお礼を言ってペコリと頭を下げる。
「まあ、嘉穂1人だったら問題ないんだけど…」
裕美の頬が皮肉を含んで、歪む。
「自分1人で着れないのに、皆、浴衣だけはなぜか持ってるのよね」
「しかも着付けして〜って、来るしね」
「ヤレヤレ」と、ランが笑う。
「イヤ、アンタもよ、アンタも」
裕美が「しっしっ」と手を振りながらツッコむ。
「だって、自分で適当に着るよりも出来る人がいるならやってもらった方が…ねえ?」
嘉穂が同意を求めると、ランと次子が頷いて相槌を打った。
「…ったく…今日6人よ、6人。着付けてあげたの。しかも、私が着ないのに、なんで他人に着せてあげなきゃいけないのよ」
セリフの前半より後半に力が入っているということは、どうやら着付けた人数の多さよりも、自分が着ないのに他人に着せてあげてる事の方が、裕美的には面白くないんだろう。まだブツブツ文句言ってるし。
「裕美、今年も着ないの?」
「着ないわよ」
去年、ランが着てるのを見て、嘉穂なんかは実家から送ってもらった(自分のを持っていなかったので、お母さんのお古を送ってもらおうと思ったら、なぜか大喜びしたお父さんが買ってくれた。とお母さんが言っていた)のに、どうやら裕美は羨ましいとか思わなかったようだ。
「(実家では)ちょっと正式な場に出る度に着せられてたもの。プライベートで着ようなんて全く思わないわね」
前言撤回。どうやら着物そのものに、そんなにいい思い出が無いみたいだ。
「雅も着ねーの?」
次子が雅に話題をフる。
「ああ、このまま出る」
裕美の邪魔にならないように、部屋の隅に置かれた優妃の机で、これまた優妃のバスケ雑誌を読んでいた雅が、顔をあげながら答えた。
「雅も着付けできるんだよね?」
「まあ一応な」
「着ないの?」
「着ない」
「どうしても?」
「どうしても」
「ど〜〜しても?」
「ど〜〜しても」
「そんなに見たいの?」
「見たい。……あっ!」
どうやら、嘉穂の考えはランにバラバレだったらしい。完璧なタイミングで入ってこられたので、そのままのノリで答えてしまった。…正直、地味に恥ずかしい。
「心配すんなって、私も見たいから」
胸を張って次子はそう言ってくれるけど、どう考えてもそれはフォローになっていない。
「私も見たい」
「同じく」
残る2人も賛成。…という事は
「賛成4に反対1。よって本件は──」
「──どうしてもって言うなら着るが…いいのか?」
ランが話し終わる前にセリフを被せた雅が、意味有り気に間を置いた。
「浴衣なんか着てたら、斎、抑えられなくなるぞ」
まさに鬼札(ジョーカー)。これを切られたらこう答えるしかないじゃないか。
「み、雅が浴衣着たら、私たちが目立たなくなっちゃうから、できれば遠慮して欲しいな〜みたいな。ね?嘉穂?」
「う、うん〜。そうだよ。それにホラっ!せっかくアップにしてるんだから、やっぱり普段着じゃないと」
「ホント、ホント。いや〜、雅の普段着は夏の妖精が──」
「ハぁ”っ!!!?」
ランと裕美がモノ凄い顔で次子を見る。まぁ、自業自得だ。
「…ゴメンなさい」
「分かればいい」
ペコリと頭を下げた次子を、凄い上から目線でランと裕美が許した。まぁ、自業自得だ。(2回目)
「さて、ではそろそろ行くとしますか」
そして何事もなかったかのように次子が切り出す。切り替えが早いのも立派な才能だと思うけど、これはちょっと早過ぎやしないだろうか。
「賛成。さすがに腹が減った」
雅が誰よりも早く同意する。きっと本当にお腹が減ってるんだろう。
「そうね。準備もできたしことだし」
「アンタは何もしてないじゃない」
「はいっ!出〜発!!」
裕美の冷ややかなツッコミは完全に無視して、ランは部屋の玄関へと向かった。
「焼きそばくれーっ!紅ショウガ、青ノリ増量キャンペーンで!!もちろん鬼盛りでっ!!!」
青に向日葵の書かれたミニの浴衣を着た斎が、うれしそうに注文をする。普通あんな丈の短い浴衣を着たら、『お店っぽく』なってしまうのだが、そこは河上斎。愛らしい。以外にどんな感想も浮かばないのは流石の一言に尽きる。
そんなお祭り仕様の斎の注文を受けた屋台のおばさん(いつもは食堂のおばさん)がパックに入れてあるヤツじゃなくて、焼きたての方を鉄板からパックに詰めて、詰めて、詰めて、なお詰めて、もう詰めてってじょうきょうじゃないくらい詰めて、もう1つオマケに詰めて…っていうか盛って盛って、
「はい、斎ちゃん。落とすんじゃないよ」
と、ニコニコとした笑顔を沿えて斎に渡す。斎は、いわゆる『星影学園のマスコット』と呼ばれるだけあって、たいていの女性から可愛がられてるけど、ちっちゃくて、テンション高くて、単純で、よく食べるという事で、食堂のおばちゃんたちには特に可愛がられている。…と、そこまではいいんだ、そこまでは…
こぼさないように食べるのが難しいくらいに盛られた焼きそばをズルズルズル〜っ!と勢いよく吸い込む(吸い込んでいるようにしか見えない)斎の隣を歩きながら、優妃は「はー」と、息を吐き出した。
「む”っ!イカ焼き発見〜っ!!」
焼きそばの屋台から4歩くらい歩いたところで斎が早くも次の標的をロックオンした。
「…まだ、いくの?」
優妃だって、まともな答えが返ってくるなんて、これっぽっちも思ってない。思ってはいないけど、それでも聞かずにはいられない時がある。そして、今がまさに、その聞かずにはいられない時ってヤツだ。
「ったりめーだろ?イカ食わねーで何が花火大会だってんだぁっ!!」
イカを食べなくても花火は上がる。そして、その花火がある程度の数、打ち上がったら、それはもう世間では立派に花火大会と呼ぶ。少なくとも優妃の地元ではそうだった。だが、河上さんちの地元では少し違って、イカを食べないとダメらしい。あと、焼きそばと、おでんと、お好み焼きとカルメ焼き。見てるだけでお腹いっぱいにはならない。むしろお腹が減る。っていう理論は斎を見たことの人の理論だという事を痛感する。はっきり言って、お腹いっぱい。胸いっぱいだ。
「うぉっ!イイコト思いついたぁっ〜!!」
ズルズル吸い込んでいた焼きそばをピタっと止めて斎は、パックを持ったままイカ焼きの屋台へと向かう。
「イカの中に焼きそば突っ込むのはナシね」
「なぜっ!それをっ!?」
先んじた優妃の言葉に斎が大袈裟に仰け反る。
「テメー読んだなぁっ!!ボクの心を読みやがったなぁっ!!?」
「…アンタ…背中が煤けてるぜ」
右手の人差し指と中指で四角い物体を挟んで、それを顔の前に掲げるような優妃のポーズに「ごくり」と斎の喉が鳴った。
「ロンっ!『中のみ』100万点希望っ!」
「サマじゃねぇかぁっっっっ!!!!」
叫び声と共に、2人で囲んでいた空想の麻雀卓を斎がキレイにひっくり返した。
「あはははっ。まぁ、それはいいとしてさ。あんまりじっくり進んでると回りきれないよ?今年は全部回るんでしょ?」
「当たり前だっつーのっ!!」
なぜか斎が胸を張って答える。
「だったら、拾う屋台と捨てる屋台を選ばなきゃ」
カラッカラッの笑顔で優妃が告げる。
「う”〜、分かった。イカは我慢する…」
斎は、がっくりと頭を垂れて、ボソっとそう言ってから歩き出した。
歩き出したのだが。
「なぁ〜」
屋台の前でピタっと足を止めて、優妃のTシャツの袖をクイクイと引っ張る。
「…」
複雑そうな顔で優妃も立ち止まる。
「……イカ…ダメか?イカ、ダメかなぁ…」
信じられないほど、弱々しい口調で斎が呟く。
「………」
「……イカ………」
複雑な優妃の視線VS斎のお目目ウルウル下から見上げる目線。
「………」
「…………」
無言のやり取りの中、斎の両手でお腹をさすりながらの上目遣い攻撃。
「まだ、時間あるし…イカぐらいなら…」
あっさり陥落。
「わおっ!さんきゅーっ!!さんきゅー、ユーヒっ!!」
「ニパっ」と笑顔を浮かべて、小走りに斎がイカ焼きの屋台へと駆け出す。
(弱いな〜私…でも誰でもこうなっちゃうよ…アレは)
と、どうも斎に甘いところがある優妃が自己弁護をする。
(落ち込むとか、テンションが低いとか、全然無縁の斎があんな仕草したら…)
さっきの斎のお目目ウルウルと弱々しい口調が優妃の頭の中でリフレイン。
「…………(リフレイン中)…………」
(ダメだぁ〜、萌えるっ!カワイイなぁ〜もうっ!!)
1人ニタニタしながら、後姿だけで分かるくらい嬉しそうにイカ焼きを待っている斎の後ろ姿を眺める優妃。あと1歩踏み出したら、立派に変態さんの仲間入りをしてしまうという最後の一線をうろちょろしている頃、会場の奥では、熱い女の戦いが繰り広げられていた。
「はふっ…熱っ、あつっ!」
口の中をはふはふと動かしながら、源奏はほおばったたこ焼きを飲み込むべく、必死に戦う。外はよく焼けていて、中はふんわりトロトロ。焼きたてのたこ焼きはとてもおいしかった。
「どう〜?おいしい〜?」
「(コクリ)」
しゃべれないので、和子の質問に頷いて答える。
「んっ。…っと、うまい」
なんとか飲み込んで、源奏が返事をする。ちょっと口の中をヤケドしたような気がするけど、まぁ、仕方ない。なんと言っても相手は焼きたてだったんだから。
「食べる?」
源奏は湯気を立てて鰹節が踊っているたこ焼きを和子の前に差し出してみる。
「冷めたぁら〜もらうわ〜」
「…猫舌め…それじゃおいしくないじゃん」
こちとら、もう17年のつきあいだ。和子が猫舌なんて事は分かりきってる。分かりきってるけど、それでもこのおいしさをなんとか伝えたい。あと、こういうのは1人で食べるより2人で食べた方がおいしいに決ってる。
「…なら、冷ましてあげるから、ほら、アーン。あーん」
楊枝にたこ焼きをプスっと刺して、皿を和子に近づけながら、源奏が「ふー」と息をかけてたこ焼きを冷ます。
「そんなんでぇ〜冷めるぅ〜わけないやろぉ〜崩してぇな〜」
「…は?崩す?」
「割ってぇ〜冷ましてぇ欲しいんよ〜」
和子にとっては死活問題。というか、源奏があんなに「はふはふ」やってた食べ物を食べる自信なんか和子にはない。
(たこ焼きを。食べる前に割って冷ます…)
せっかく熱々なのに…それじゃあ、たこ『焼き』じゃないじゃない…そう思った瞬間、源奏に意味不明なスイッチが入った。
「そんなたこ焼きへの冒涜許せるか!熱いものだって慣れれば食べられるっ!っていうか、これはもう熱くないっ!!」
ズズイと楊枝に刺さったたこ焼きを皿ごと和子に押し付ける。
「あかん〜言うてるやろぉ〜。そんなん口にぃ〜なんてぇ入れられる〜わけないやろ〜っ!」
双方共に、熱々のたこ焼きと、猫舌。という看板を背負って戦っているだけに引くに引けない。
「たまには、熱いまま食べてみなってっ!意外とイケルからっ」
「無理やぁって〜!やけど〜したらぁその後に〜なに食べても〜味ぃ分からなくなってしまうやん〜」
「騙されたと思っていってみろってっ!!」
「なんで今更ぁ〜源奏にぃ〜騙されなぁ〜アカンのぉや〜」
…結局、この押し問答は和子が食べられるほど冷めるまで続いた。
源奏は、負けた気がした。
「あっ!?お〜い。こっちこっち〜!」
先発隊として先に会場入りしていた、優妃がブンブン手を振って嘉穂たち本隊を呼ぶ。
「ゴメンね遅くなっちゃった」
浴衣を着た嘉穂がトテトテと小走りで駆け寄って、顔の前で両手をパチンと合わせた。
「いや〜、確かに1人で斎の相手はキツかったよ」
あはははっと笑いながら、優妃はラムネを1口、口に含んだ。
「1人?吉村と井上(ドンタクコンビ)は?」
嘉穂の後ろをダラダラと歩いてきた集団の中から、ランが出てきて尋ねる。ちなみに、「どんたくコンビ」っていうのは、福岡出身で何時も一緒にいる吉村さんと井上さんを指すコンビ名みたいなものだ。まあ、井上さんの方は激しく嫌がってるけど。
「それがさ、斎が屋台がある度に立ち止まるから「私ら先行くわー」って」
置いていかれたらしい。嘉穂たちはその原因となった、焼きトウモロコシをクルクル回しながら一心不乱に食べてるリスを眺める。
「…どれぐらい食べてるの?」
恐る恐ると言った感じで、嘉穂が尋ねる。
「……まぁ、たくさん?」
優妃のいつものカラッカラッの笑顔が引き攣る。どれくらい食べたのかは、その表情から押して量るべし。そういうのが、本当の優しさというものだ。
「お疲れだったな」
斎の真の保護者がポンと優妃の肩を叩いて労をねぎらった。
「うん。疲れた。雅、アンタスゲーよ」
優妃はコクコクと頷くと、雅が挙げた右手をパチンと右手で叩いた。選手交代って事なんだろう。
「…後で何かおごってね。バイト代、入ったんでしょ?」
手を叩いてすれ違い様に雅の耳元で優妃がぼそっと言った。
「…日払いじゃないんだが…」
雅もぼそっと答えると、優妃の方を振り返って、
「それに、お前。食べられるのか?」
尋ねると、優妃はちょっと考えてから、
「…あはははっ。ムリだね」
なにが可笑しいのか、いつもの笑顔でそう答えて、ラムネのビンを口に運んだ。
「ビンのラムネって最近珍しいよね」
「…」
嘉穂の発言に全員がヘンな顔をする。
「?」
そして、当の本人には、ヘンな顔をされる心当たりが残念ながらない。
「なに?嘉穂、これから不思議系に路線変更?」
裕美が勝手な解釈で、嘉穂のこれからの方向性を決めようとする。
「違いますっ!」
「路線変更もなにも、嘉穂は元々不思議系じゃん」
「そんな事ありませんっ!」
「………」
「えっ!?そんな事ないよね?ねっ?」
しかし、周りの友人達は正直ビミョーと言う空気をしまおうとしない。
「…………」
「…そ、そんな事ないよねぇ…?」
プルプルと振るえながら、嘉穂がしつこく尋ねる。
「…ぷっ、ぷぷっ、あはははっ!…ムリムリ、もうムリっ!」
嘉穂の小動物のようなリアクションに堪えきれなくなった優妃が噴き出すと、それを機に全員(リスを除く)が笑い出した。
「えっ!?なにっ、なんなのっ」
「ちょっと、優妃〜っ!もうちょっと頑張りなさいよ。台無しじゃない」
目にうっすらと涙を溜めながらランが文句を言う。
「いや、ゴメっ…でもさ、あはははっ」
しゃべったことで、再びこみ上げてきたきたのか、優妃がまた笑い出す。
「ちょっと、なんでそこまで笑うのよ〜」
ふくれっ面で文句を言う嘉穂がまた可笑しくて、全員(リス除く)が再び笑い出す。伊東嘉穂、彼女には今確実に笑いの神が降りていた。
「あ〜笑った笑った」と満足そうに歩く次子の横で、嘉穂はツンと機嫌悪そうに歩く。
「ところで、そのラムネってさ、キャップ開くヤツ?」
「キャップ?…ああ、どうだろ…」
次子に言われて、優妃がラムネのビンのキャップの部分を握って、力を入れる。
「う〜ん。回りそうにないね〜」
右手をヒラヒラ〜と振ってお手上げのポーズ。
「貸してみろ」
雅が差し出した手に優妃がラムネのビンを渡す。
「っ!」
短く息を吐いて、雅が力を入れる。
「………」
雅につられて、嘉穂たちが「むぅ〜っ」と息を止めて、ラムネのビンを見つめる。
「無理だな」
と言う雅のお手上げのポーズと共に「ぷは〜」とみんなが息を吐き出した。
「開かないのか…残念だね」
「あのさ、さっきから思ってたんだけど…」
がっかりした嘉穂の声に続いて、ランにしては珍しく歯切れ悪く尋ねてきた。
「それ開くとなにがあるわけ?」
「え?」
嘉穂と優妃、次子と雅、そして裕美の声が重なる。
「なにって…そりゃ、お前ビー球だよ、ビー球っ!」
「ビー球?」
次子の答えに納得できなかったのか、ランが聞き返す。…そうは言われても、ビー球はビー球だし、ランがビー球を知らないとは思えないんだけど…
「ラムネの中に入ってるじゃない」
「いや、それは知ってる」
裕美の解説もクールに返す。
「…お前まさか──」
あまりにも淡白なランのリアクションに、1つの仮定を立ててみた次子が、恐る恐る尋ねる。
「──ラムネのビー球取ろうとしなかったのかっ!?ガキの頃とかさぁっ!!」
信じられない。そんなヤツいるわけない。そんなテンションで次子が叫ぶ。
「…え、だって、ただのビー球でしょ?」
しれっと答えた。
「はぁっ!?お前、ただのビー球って…はぁっ!!?」
身も蓋もない言い方だけど確かに、アレはただのビー球だ。あと、どうでもいいけど、次子、日本語をしゃべれ。
「なに?アレ欲しいの?」
完全に分かってないランはツッコミのピントがそもそも合っていない。
「今じゃねぇよっ!ガキの頃、妙に必死になってビー球取ろうとしたなって話だよっ!!」
「今、取れるかどうか聞いたじゃない」
「懐かしいから試してみようか〜。みたいな話だってのっ!なんなんだよ、お前っ!!」
完全にエキサイトしている次子が敵意を剥き出しにしてランに食ってかかる。
「取れなかったんでしょ?ならいいじゃない」
そして、当のランのテンションがずーっと水平飛行なので、次子がエキサイトすれば、するほど、話が噛み合わない。
「…私は子供の頃、ラムネ買ってもらう度にビー球取ろうとして頑張ったよ」
ちょっと遠い目をして優妃が言う。
「ペットボトルっていうか、プラスチックだと、切って取り出せるんだよね」
嘉穂が優妃に同調する。
「ビンだって割ればいいじゃない」
「お前、もう黙れ」
ランの冷めたツッコミを次子が頭から叩き潰す。
「さすがにそこまではしなかったけど、でもさ、親に怒られながらやっとビー球取っても、ホント普通のビー球なんだよね」
「取れた直後は最高の気分なんだけどな、戦利品を見ると、コレ本当に欲しかったのか?とは思ったな」
「そうそう、それでお祭りから家に帰ってくるまでに、どっかいっちゃうんだよね」
嬉しそうに優妃が笑って、まったくだと、雅が頷く。
「あれは、達成感を得るためのものなのよ。だから景品の方にはそんなに興味ないのよね、実際のところ」
「取れるまでは本当に欲しいんだけどね」
裕美に嘉穂が同調する。
「1度もないわ」
「だから、黙れ。この冷めた目をした現代っ子め」
同い年のランにそのツッコミはどうよ。と思わなくもないけど、言いたいことは大体分かる。というか、あのビー球を取ろうとした事がないというのは嘉穂にとって、結構な驚きだった。…だって、あの雅ですらやった事あるのにって。
「おい〜、そんなカビ臭ぇ思い出話はどーでもいいからよ、早く奥行こうぜ。まだ唐揚げもソースせんべいも食ってねんだからよぉ」
さっきまで、隅っこで大人しくトウモロコシを食べていた子リスが、次の食料を求めて騒ぎ出した。見た目は子リスだけど、食欲は象のそれだ。間違いなく。
「お前まだ食うのかよ?」
呆れながら次子が言うと、
「まだ食ってねぇって言ってんだろっ!!」
全力で見当違いの答えが返ってきた。
「Lilac On The Hillside」
「間に合ったね」
嘉穂が腕時計を見ながら言う。花火の打ち上げ開始まであと2分。けっこうギリギリだったのは、鬼のように屋台を食べ荒らした斎のせいだ。
「ったく、チンタラやってっからだ」
「お前が言うな、お前が」
ヤレヤレと肩をすくめながら、雅がツッコむ。
「んだと、ゴラぁっ!オメーらが虫除けスプレーがどーのこーのってくだらねー話してたから遅くなったんじゃねぇかぁっ!」
とんでもない言い掛かりだ。確かに虫除けスプレーの話はしたけど、それはあくまで歩きながらの話なので、時間のロスにはなっていない。しつこいようだけど、1番時間をロスしたのは、斎が食べ物の屋台を手当たりしだいに襲撃したからだ。
「ん〜、斎ぃ〜?…あ、優妃やぁ〜やっほぉ〜」
斎が騒いでる声が聞こえたんだろう。嘉穂たちの結構前にいた吉村さんが、独特のしゃべり方と共に振り返って、そして井上さんと一緒に歩いてくる。
「なんやぁ〜、雅ぃ〜浴衣ちゃうんかぁ〜がっかりぃや〜」
合流と同時に吉村さんがそう言ってため息をついた。ウン。気持ちはよく分かる、よく分かるよ。
「なによ、不満なの?私が浴衣着てあげてるじゃない」
ランがクルっと1回転してポーズをキメながら言う。なんだかんだ言っても折角の浴衣。見て貰いたいことにかわりはないらしい。
「あかん〜ランはぁ〜浴衣美少女どまりぃや〜。雅は〜浴衣美人やろぉ〜この差は大きいえ〜」
「ああ、それは納得」
「早っ!?それでいいのかよ?」
「だって分かるもの」
雅の浴衣美人説に納得したのか、それとも自分が浴衣美少女と呼ばれたことに気分をよくしたのか(多分、両方)ランはあっさり折れると、井上さんのツッコミにも、冷静な大人の対応を見せた。ほんの30分くらい前に「ビー球が欲しければ、ビンを割ればいいじゃない」発言をした人間だとはとても思えない。これだから、女っていうのは難しい。
「しっかし、マジで雅のうなじキレーな。ちょっと見せてみ?ホレ」
金髪ツインテールを振りながら、ホレホレと、井上さんが親父丸出し発言をする。確かに、いつもは隠れてる雅のうなじが見たい気持ちはよく分かるけど。というか、寮を出る前にさんざん堪能させてもらったけど。
「別に構わんが…ホラ」
今日は髪をアップにしてるから単純に後ろを向くだけで、うなじが見せられるので、雅が無造作に後ろを向くと、
「違ぁうっ!!手っ!手ぇ使って、こうっ!!」
井上さんが、髪を掻きあげる仕草を要求する。
「いや、いらないだろ…」
「いーるのぉーっ!!」
なんだか知らないけど、凄い憤りっぷりだ。
「…さすが井上、分かってるわね」
感心、感心。と裕美が偉そうに首を縦に振る。
「…こうか?」
井上さんの熱意に負けたのか、それとも抗議するだけ無駄だと悟ったのか、とりあえず雅が頭の後ろに手を添えて(こう書くと全然色っぽくないから不思議だ)後ろを向く。
「…」
「ぐ、ぐじょぉぶっ!ぐっじょぶ雅っ!!」
そう言って、井上さんが親指を立てると、
「イエーっ!」
という声と共に優妃と右手で、吉村さんと左手でハイタッチ。続いて、次子、ランともハイタッチ。
「…?」
なんだか、よく分からんけど、盛り上がってるからまぁいいや。といった感じで、雅が前に向き直った時だった。
ヒュ〜〜〜〜〜〜〜、ドぉーーーーン!!!
お待ちかねの花火が上がった。
「たーまYAHHHHHHー!!」
「………」
ヒュ〜〜〜〜〜〜〜、ドぉーーーーン!!!
「かーぎYAHHHHHHー!!」
「…えと、2人とも、それ歓声じゃなくて屋号だって知ってた?」
誰もツッコまないので、仕方なく嘉穂が斎と次子にツッコんだ。
「屋号?なにそれ?」
「さぁ?まぁ、とりあえず言っとけばいいんじゃね?」
うん。と2人が頷きあうと、3発目の花火が上がった。
ヒュ〜〜〜〜〜〜〜、ドぉーーーーン!!!
「YAHHHHHHー!Goooooo−っ!!!!」
「なによ、それ?」
「…」
「あはははっ、なんかいいねそれ。結構盛り上がるよ」
「試合の時とか、それで応援されてもいいわけ?」
「すりぃ〜が入らんかったらぁ〜それのぉせいにするわぁ〜」
「入ったら?」
「ウチのぉ実力やぁ〜」
「なによ、それ〜」
夜空を見上げながら、みんなが口々に思い思いの事を言う。
嬉しそうな。楽しそうな顔をして。ここにいる生徒がみんな同じような顔をして夜空を見上げている。
また1つ、また1つと花火は咲いて。
大きな花火が咲いて、その後、夜空に広がった小さな花が、嘉穂には丘一面に咲き誇るライラックに見えた。
〜 Fin 〜
作品へのご意見やご感想は、
BBSからどうぞ♪
阿修みてTOPへ戻る
TOPへ戻る