〜阿修羅さまがみてる〜
『 〜ある白い日に纏わる騒動〜 』
〜後編〜
作:鬼 団六

数日後・2人の初デートの日
〜 学園からそう遠くはない、ショッピングアーケードにて 〜


 学園からそう遠くはないショッピングアーケードに、オレちゃんは来た。
 所謂、初デートが今、始まるワケだよ、オイッ!!
 約束をした時は、部長が携帯を持つってのに、何故か妙に浮かれてしまって、少々フライング気味な発言をしちまった……何してんだか……
 まぁ、結果的には、部長の機嫌を損ねるような発言にはならなかったらしかったんで、オーライだったんだけどネ!

 …さて、待ち合わせの場所は、っと……
 メイン通りとサブ通りの交差する所に設置された、『 何かよくわかんないけど、ありがちな銅像 』のそば!(こういうのって、誰のセンスで造ってるんだろーね?)
 さ、今日は時間通りの到着だぞぉ、オレちゃん!!

 …って、居ないよ、部長。

 いつもは、オレちゃんが待たせてしまってたから、ちょっと新鮮♪(←バカ)
 …と、オレちゃんは何となくの癖で、携帯をパカッと開け、メールが来ていないかを確認。
 いや、だから、部長は携帯を今日から持つんだろ? 遅れますメールなんて、来てるワケねーじゃん!!(←バカ2)

 で……、部長の姿を探しながら、廻りを見ると……

 「遅れる、じゃねーよ、バーカ」と、携帯片手にキャンキャン吼えるオンナ。
 「あんだよ、今ドコだよ、アイツ」と、苛々しながらメールを打っているオトコ。

 ……コレって、何なんだろーね?
 別に、30分とか待たされてるワケじゃねーだろ?
 ちょっと、せっかちさんすぎねー?
 …って、場所に着くなり「メール確認した」オレちゃんが言えた義理じゃねぇんだが。

 …と、オレちゃんが『 携帯に纏わる社会的疑問 』を切り取ってみてるうちに、向うから、ちょっと小走りで部長がやって来た。
 いや、踵のある靴(踝の上くらいまである、編み上げブーツ)で、そんなに走ると……
 「キャッ!」
 案の定、軽く躓き、よろける部長。周囲の目を気にして、真っ赤になってる彼女には悪いが(照れ隠しからか、眼鏡のレンズを拭いてた)……可愛いなー、チクショー!!
 因みに部長、見た目に反して(っつったら失礼だが)運動神経は良い方。だから、推測できるのは、『 普段はあまり履かない、踵のある靴を履いたが故の、躓き 』であるコト。
 デートだから、っていうお洒落心がまた、可愛いじゃあーりませんかっ!
 …いや、直接は言えませんけどね、例によって。

 「ご、ごめんなさい。待たせちゃった?」
 靴だけに止まらない、デート仕様の部長が、そこには居た。
 「んにゃ、オレも今来たトコ」
 割とテンプレートな返答。だが、本当だから、仕方ないじゃん?
 「ちょっと、思ったよりも、時間かかっちゃって」
 だろうな。学園での部長とは、気合の入り具合が違うもん。それは、見たらわかる。

 白のロング・ワンピースに、淡いピンクを基調としたカーディガン。腰周りには、黒の細いアケセサリー・ベルト。肩から提げているのは、少し不思議な質感の革のトートバック。
 そして、何よりも特筆すべきは、髪型。
 普段の部長は、ストレート・ヘアをそのままストーンと落としているのだが、今日はリボンを使って、後頭部で1つに纏め上げた……所謂、ポニーテールってヤツ。そして芸が細かいのが、縛った先のテール部分と耳の横に垂らしたもみ上げに、緩いウェーブをかけている。
 こりゃ、『 手間かかってんなぁ 』ってカンジだ。
 …それが、今日のため…いやさ、オレちゃんのため、って思うと、スゲェ嬉しいじゃん?
 だから、オレちゃんは……

 「いいって。気にすんな」
 と、返す。これも、テンプレート気味だけど、本心だから仕方ないじゃん? 例え、若干の素っ気無さが見え気味だとしても、本心から「遅刻を気にして欲しくない」って思ってるから、いーじゃん?
 「うん。それじゃあ、行こっか」
 「ん、そうだな」

 オレちゃん達は、まず、携帯電話の契約手続きが出来る店に向かった。
 オレちゃんの隣を歩く部長は、いつも学園で会っている部長ではなく、何と言うか……本当に気恥ずかしい限りなんだが…『 The オレの彼女 』ってカンジだ。
 「えっと、真珠の話だと、この辺に……」
 ふと足を止め、手帳を見ながら、部長が言う。
 「ん?」
 オレちゃん、部長の手元を覗く。どの店に行こうとしてんのかを確認するためであって、他意はない。例え、フワッと『 何とも言えない、よい匂い 』がしたとしても、他意はなかったのだヨ?
 「あ、もうちょっと先だ」
 部長が歩き出す。
 「あ、よい匂いが」
 しまった、つい!!
 「え?」
 「あそこだろ? ホラ、看板あんじゃん」
 徹底的に、無かったコトにするコトにした。
 「ホントだ。じゃ、行こっ」
 「へ?」
 部長が、オレの腕を取り、自身の腕を絡ませる。
 オレはただ、ドギマギしながら、『 腕を組んで歩くのは初めてだなぁ 』、とか考えてた。そうしたら不意に……
 「よい匂いはしますか?」
 部長が、悪戯っぽく笑った。
 「き、聴こえてたのデスかっ!?」
 「そりゃ、ね」
 「そ、それなら、聴こえなかったフリはやめろよぉ!」
 そんな風に、狼狽するしかないオレの腕をグッと引き寄せると、
 「バレンタインの時に、いきなり抱きしめてきた、お・か・え・し」
 …と、小悪魔が耳元で囁いた。

 ハイ、天下の往来でいちゃつくバカップル、爆誕!!

 ……でも、悪い気はしなかったんだ、不思議なコトに。


 で、契約はスムースに進んだ。
 まぁ……機種を選ぶ時に『 一緒のが無い… 』と呟いて、オレちゃんをドキッとさせたが(オレの機種は、もう現行ではないんだな、コレが)、どうやら『 機種まで一緒じゃないと、格安プランが組めない 』という勘違いをしていただけのようだったので、事なきを得た。
 いや、これで機種まで一緒だったら、他の連中(特に真珠あたり)から何を言われるか、わかったモンじゃなかったので、オレとしては、ある意味ラッキーだったのかもしんねぇ。
 とにかく、契約は無事に完了し、あとは、受け渡しまでの時間をどう過ごすか、ってコトになった。

 「どうする?」
 「結構時間かかるみたいだし、適当にブラついてみて、それでも時間余るようなら、お茶でいいんじゃね?」
 我ながら、投げやりな回答だとは思う。しかし、当初の目的は(半分だが)果たしているので、その先を考えてなかったのに気付いちゃったんだよぉ……
 「ん、そうしよっか♪」
 その返事から、直感的に、部長もそうだったんじゃねぇかな、と思った。
 意外なトコロで、似ているコトを実感すると、ちょっと嬉しいモンだ。

 話しながら、適当にアーケードをブラつくオレたち(流石にもう、腕は組んでない)
 部長の視線や歩調が止まる店や、その商品を見て、『 ああ、らしいかも 』と納得したり、『 へぇ、こんなのも好きなのかぁ 』と発見したりするのは、楽しかった。
 …勿論、同じように『 オレが観察されてた可能性 』は高いんだが。
 それを楽しんでくれてっといいなぁ、と思う。んにゃ、願う、の方が妥当かも。
 隣を歩く部長が、楽しんでくれていれば、もうそれだけでいいってな気分だ。

 そんなこんなで、一通りはブラついたかなぁ、というタイミングで…(このアーケードはそんなに広くも大きくもないんだ、コレが)
 「さ、どうしよっか?」
 当初の予定なら、ここでお茶、というカンジだったのだが、部長は敢えて確認してくる。
 コレ、多分、『 もう一回行きたいお店、見たいお店、ある? 』なワケで。
 「んにゃ、まだ時間余ってるし、あそこのサテン(←喫茶店のコトだが……古いか?)にでも、入んべや」
 一通り回って、オレちゃんには、あるアイディアが閃いていたので、とりあえずは落ち着ける場所へGOである。

 ホワイトディのプレゼントが、中々決められなかったが、もう決めた。
 そして、それは別に、敢えて探し回る必要のないモノだったから、もう後は、タイミングさえ逃さなければOKだ!
 ブラボォ、オレちゃん、ブラボォ!!

 そして喫茶店に入り、まずはそれぞれで注文&会計。(いや、初デートで『 ここはアタクシが… 』みたいな男子高校生って、ムカツカね? 手前が稼いだ銭なら、まぁ納得もするけど、大半の連中は親の金やん? 『 ここはアタクシが… 』じゃねぇだろ)
 注文の品が乗っかったトレイを持って、席を探す。
 で、空いてた席が丁度あったから、そこで向かい合わせに座る2人。
 「部長のソレ、何?」
 ここはチェーン展開の喫茶店だから、カップは基本的に同じモノで、ホットだと蓋まで付けられてしまう。となると、中身は訊かなきゃわからない。
 「ホット・カフェ・ラテ。土方君のは?」
 うーん、実に『 らしいオーダー 』だわ。
 「ブレンド」
 「フフフッ、土方君らしいね」
 蓋を外しながら、部長が微笑む。
 「そういえば、私、この蓋をそのままにして飲んでるヒト、見たコトないや」
 「…では、とくと見よ」
 オレちゃん、蓋の端に開けられた穴から、ブレンドを飲み出す。
 「…ゥアチィッ!!」
 不覚! こんなに熱くて、飲みにくいとはっ!! 設計者、出て来い!! そして、正座せよっ!!
 「な、何やってんのよぉ!」
 部長は苦笑しながら立ち上がると、オレが自身の胸元に零した、若干のコーヒーをハンカチで拭く。
 「いや、ハンカチ汚れるって。シミになっちゃうぜ?」
 慌てて止めるが、目の前の彼女は続けた。
 「こっちは、汚していい方のハンカチだから、平気。それよりも……ん、服は大丈夫みたいね」
 そう言って、もう一枚の綺麗なハンカチをヒラヒラ見せると、彼女は席から離れ、セルフサービスのコーナーへ歩いていく。
 …そうか、万が一の時用に『 汚していい方のハンカチ 』&手を拭く時用の『 水にしか触れさせないハンカチ 』なんてシステムがこの世にはあるのか……女の子って、スゲェ……
 「ハイ、これ」
 ひとしきり感心してると、目の前にお水が差し出された。
 「ん?」
 「唇、熱かったでしょ? だから」
 「あ〜、そういうコトね? サンク」
 「…何で『 ス 』まで言わないのよ。『 サンクス 』でしょ、フツー」
 「サンクスだと、何かスカしてるみたいで、ヤじゃん」
 「サンクの方が、スカしてるように聴こえるんだけどなぁ……」
 「え、ウソォ!?」
 「ホント」

 そんな他愛の無い話をしながら、時間はゆっくりと流れる。
 他にも、イロイロ話した。

 いよいよ最上級生になるね、って話だったり……
 ようやく寮長の仕事から解放された、って話だったり……
 真珠と魁(ラン)ちゃんは、相変わらず仲が悪くて困る、とか……
 総太は、相変わらずバカだぞ、とか……
 この間、雅(ミヤビ)ちゃんと斎(イツキ)ちゃんが、また窓ガラス割って飛び出してった、とか…
 次の寮長に指名した1年生が、中々見込みのあるバカで、オジサン嬉しいわ、とか……

 気付くと、互いの飲み物は空になり、受け渡しの目安時間は、とうに過ぎていた。
 「あ、そろそろ行かなきゃね」
 左手首を返して、腕時計の時刻を確認する部長。…なんで、女の子は手首の内側に時刻板をもってくるように、装着するのだろーか?
 「ん、そうだな」
 ま、そんな疑問はさておき、オレちゃん達は席を立ったのであった。


 そして、先程の携帯ショップへ。
 カウンターで、受け渡し表を差し出し、店員さんの仕事を待っている部長。
 ここだ! チャンスはここにあるっ!
 オレちゃんは、さり気なくストラップのコーナーに移動。
 そして、猫のキャラクターの携帯ストラップを手に取る。

 さっきアーケードを回っててわかったコトの1つに、部長は『 猫グッズがお好き 』というのがあった。
 で、今日から折角携帯電話を持つのだから、そのおニュー携帯に『 猫的なストラップ 』でも付けたらいーじゃないっ! …と、考えたワケですが、何か?

 いや、間違ってないハズだ! …と決意を固めて、こっそりとレジへ。
 「あら、土方君じゃない」
 …オレは一瞬、目を疑ったぞ、マジで。
 「し、しづ姉っ!?」
 「シー! いいの? 近藤さんにバレちゃうわよ?」
 白いタンクトップのナイス・ガイに口を押さえられる。
 …幸い、こっちのレジは受け渡しカウンターの死角になっているので、バレた様子はない。だが……
 「な、なんでアンタがここに居るんだよっ!」
 小声で、当然の疑問を投げつける。
 だって、しづ姉は本名:高杉 しづる(タカスギ・シヅル)、星影学園の英語教師だぞ!? 何で携帯ショップの店員やってんだよぉー!!!
 「ここのオーナーが、アタシの知り合いでね、今日の夕方だけちょっと代理で居てくれって頼まれたのよ」
 …何でわざわざ、そんなミラクル・タイムに居合わせちまったんだ、オレ達は……
 「いや、それにしたってよぉ……」
 「アタシは神出鬼没の、恋泥棒」
 …ポーズをキメるな。
 「で、コレは近藤さんへのプレゼント?」
 「え、いや、ハイ、まぁ、そう、です」
 照れ臭さが、オレちゃんを狂わせる。
 「フーン……ね、いいアイディアがあるんだけど、乗るかしら?」
 レジカウンターから、身を乗り出し、悪戯っぽい笑みのしづ姉。一応断っておくと、このお方は、ゴツイガタイのハードゲイだ。
 「な、何スか?」
 流石に、圧倒されるオレちゃん。
 「コレ(←猫ストラップ)、近藤さんの携帯セットの中に混ぜておきましょうか?」
 「ハァ!?」
 「だから、寮に帰ってからのお楽しみみたいな、サプライズ・プレゼントにしてあげましょうか、って言ってるのよぉ」
 目の前で、身体をクネクネさせないでくれ、頼むから。
 …って、それも悪くない……つーか、面白いじゃん!!
 「…出来るのか、しづ姉?」
 「アタシは不可能を可能にするオンナよ?」
 不適な笑みが、レジカウンターで交錯する。…多分、他の客はどん引きだろうが、知ったこっちゃない。
 「……よろしく、お願いします」
 レジカウンターに手をつき、思いっきり頭を下げる。
 「畏まりました♪」
 嬉しそうなしづ姉。どんなカタチであれ、生徒の役に立てるのが嬉しいんだろーなー。まるで、聖母サマのよぉだ。……外見以外は。
 「田中さーん、申し訳ないんだけど、ちょっと来てくれますか?」
 部長の死角から、普段とは違うバリトンボイスで店員さんを呼ぶ。そんなしづ姉の芸の細やかさに、恐れ入りつつも、オレちゃんは、バレやしないかと戦々恐々だ。
 「ハーイ。…申し訳ございません、少々お待ち下さいませ」
 田中店員がやってきた。20代半ばくらいの、デキるカンジの女性だ。部長に、操作説明などを行っていたのだろう。それを中断して高杉オーナー代理の所へやってくる。(普通の接客業としては、『 接客中の店員を呼びつける 』なんてのは、特大のNG行為であるが、オレちゃんには関係ないんで、無視しとく)
 しづ姉は、やってきた田中店員に、何事かを耳打ちし、すぐに解放した。
 「申し訳ございませんでした。それでですね……」
 田中店員、つつと戻って、部長への説明を再開。
 そっと部長の様子を伺うと、別に不審に思った様子はない。とにかく、今から自分が手にする携帯電話の操作方法を覚えようと必死だ。(まぁ、あんなモノは使ってるうちに、覚えてくモンなんだが……)
 「さて、土方君」
 「あによ?」
 「プレゼント用に包装するから、それに添えるカードでも書いて待ってなさい」
 そう言って、名刺サイズ位の淡いピンクのカードを出してきた。……部長のカーディガンの色に合わせてくれたのだろうか? だとしたら、気が利きすぎだぜ、しづ姉!!
 「……何、書いたらいいんスかね?」
 「そうねぇ……アタシだったら、自分の名前と、携帯番号…しか書かないけど?」
 言いながらも、包装中の手元は休まない。ホントにこのヒト、英語教師か!?
 「いや、ソレって、キザすぎじゃん!?」
 「フッ……女の子はね、時々でいいから、キザに、お洒落にもてなして欲しいモノなのよ」
 「そ、そーいうモンッスか?」
 「そーいうモンよ…ハイッ、出来上がりっ♪」
 …アレ? オレちゃんが用意したのって、ストラップだよね? 何で、ちょっとした小箱に納まってんの!? 何で、リボンまでかかってんの!?
 「ちょ、やりすぎじゃね!?」
 「だぁかぁらぁ、時々はキザに……ネ?」
 ……ホントに大丈夫かっ、コレ!? ドン引きされたら、洒落にならんぞ!?
 「近藤さんみたいな、知的で優しいコなら、絶対に効果アリよ♪ このしづ姉を信じなさいっ」
 ……グヌゥ……ここまで言われると、その気になっちまうじゃねーか……しづ姉、恐るべし!!
 「じゃあ、コレで!」
 オレちゃんはカードに、名前と携帯番号だけを書き記すと、それをしづ姉に渡した。
 しづ姉は微笑むと、カードをリボンの間に差し込み、プレゼントが完成した。

 で、部長の方は、説明も終わったようで、田中店員が……
 「では、コチラ(←携帯セット一式が入った紙袋な)、出口までお持ち致しますので、どうぞ」
 と、部長を出口へ誘導する。
 「ん、終わった?」
 オレちゃん、何食わぬ顔で、部長と話したり。
 「うん。大変だね、携帯電話を使いこなすのって。操作説明だけで、頭がこんがらがっちゃったよ」
 微笑む部長の後ろでは、田中店員が『 件のプレゼント 』を、さり気なく、スッと紙袋に入れていた。
 …中々いい仕事するやん、田中店員。
 (因みに、しづ姉は一旦、裏手へ引っ込んだようだった ← 流石に目立つから)
 オレたち2人は、田中店員に誘導されて、店の外へ出る。
 「では、コチラをどうぞ」
 部長が、差し出された紙袋を受け取り、本日のミッション・コンプリート!!
 「ありがとうございます。またどうぞご利用下さいませ」
 田中店員が、深々とお辞儀をし、それに見送られるようにして、オレ達は帰路についた。




初デートの終わり
〜 それぞれの寮への分岐路にて 〜


 「今日は、ホントにありがとう」
 部長が微笑む。
 辺りは少し暗くなりかけていたが、まだ夕陽が残っていた。
 その明かりに照らされた部長の笑顔は、とてつもなく、可愛らしかった。
 「いや、オレも楽しかったし」
 …少し素直な想いを口にできるようになったのだろうか、オレちゃんは。

 「…………」
 「…………」

 何となく、黙ってしまう2人。
 こんなに長時間を2人っきりで過ごした経験がないから、デートの終わり…それぞれの部屋へ帰るきっかけがわからなかったのだ。

 「…………」
 「…………えっと……」

 部長が口を開く。

 「今度、使い方覚えたら電話するから」

 そう言って、オレの手をキュッと握ってきた。
 その手は、小さく、柔らかかった。

 「お、おう」

 オレもそう答えて、握ってきた小さな手を、キュッと握り返した。
 痛くないかな? とか、余計なコトを考えた。

 「じゃあね」

 ちょっと寂しそうに手を離し、部長が駆けて行く。

 「いや、だから、その靴でそんなに走ると……」
 「キャッ!」
 あ、やっぱり躓いてよろけた。




初デートが終わって
〜 近藤&永倉の部屋にて 〜


 「たっだいま〜♪」
 「おっかえり〜♪」
 陽気な私の言葉に、真珠がのってきてくれた。
 「その様子じゃ、楽しかったみたいね?」
 真珠が、ニヤニヤと訊いてくる。けれど……
 「うんっ♪」
 私はありったけの想いで返事を返せる。それ位に、今日はいい日だったから。
 「ありゃりゃ、からかい甲斐のないコトで」
 苦笑いでお手上げのポーズの真珠。
 「そりゃ、ごめんなさいね」
 私は、ベッと舌を出して応戦。

 土方君と別れ、駆け出して、躓いて、寮の玄関に着いて……と、この辺りまでは、ちょっとした寂しさの方が勝ってて、嬉しさの実感がないカンジだったけど、靴を脱いで、部屋まで上がるためのエレベーターのボタンを押した辺りから、嬉しさと恥ずかしさが勝ってきた。
 で、普段はやんないような、行動まで出始める始末。(舌を出す、とかね)
 すっごい、ハイになってるんだ、私。

 「それ?」
 肩に提げてたトートバックを下ろしている私の背中に、真珠が言った。多分、『 それ 』とは、今は私の足元に置いてある、紙袋のことを指しているのだろう。
 「うん、そうだよ」
 カーディガンを脱ぎ、ハンガーにかけつつ、私は答えた。
 「中、見ていい?」
 「へ、いいけど? フツーの携帯電話だよ?」
 チラッと真珠の方を見てから、ハンガーにかけたカーディガンを、クローゼットへ入れるため、私は部屋の中を歩く。
 「イサミがどんなの選んできたのか、気になってさぁ〜」
 私の背中の方で、そう言いながら、もう紙袋をガサガサやっている。もう、しょうがないなぁ。
 「ブッ!」
 「な、何よぉ、急に噴き出したりしてぇ!?」
 慌てて振り返る。
 「いやいやいや〜……ホイ、コレ」
 そんなに意外なモノが入ってたのかな? その何かを私のほうに、ヒョイッと投げてきた。
 「って、ちょっと!?」
 クローゼットの扉を閉めようとしていた私の手は、真珠の方に向いてない。
 慌てて『 投げられた何か 』のほうへ向き直り、両手で受け止めようとする。
 紙袋に入ってたモノだから、そんなに大きくもないし、重くもない。それが幸いし、『 何か 』を何とか受け止められた。
 で、改めてその『 何か 』を確認。

 『 WhiteDay-Gift 』という銀色の文字がプリントされた白い包装紙に包まれ、リボンをあしらわれた『 何か 』……
 そして、そのリボンの間に刺さっている、淡いピンクのカード……
 私はカードを抜き取り、書いてある文字(刺さっている状態でも読めたんだけど)を、じっくりと確認する……
 さっきまで会っていた、大好きなヒトの名前と、多分、その彼の携帯電話の番号……

 「え……えぇ!?」
 かなり素っ頓狂な声が出た自信がある。
 「へ? イサミ、知らなかったの、ソレのコト?」
 真珠も意外そうな顔だ。
 「う、うん…全然知らなかった」
 一体、いつの間に紛れ込んだのだろう?
 「フゥン……中々にキザったらしい真似してくれんじゃん、トシも」
 ニタニタ笑う真珠。
 「この番号って……」
 「ん? …ああ、確認しよっか?」
 「…うん、お願い」
 真珠は、携帯をシャコーンとスライドさせると、電話帳にメモリーされてる番号と、カードに記載された番号とを照合してくれた。
 「…ん。コレ、トシの番号だね、間違いなく」
 そして、彼女はニタッと笑う。そんなに楽しいか。
 でも、私は……
 「ど、どうしよぉ……」
 「な、何がよ? そんな情けない声出しちゃって」
 「い、いや…だから…その、あの……ど、どうしよぉ……」
 「だから、何がよぉ〜!?」
 流石に挙動不審が過ぎたように映ったのか、私の肩をガッシと捕まえ、顔を覗き込んでくる真珠。その目はいつしか、真剣なモノになっていた。
 そして私は、彼女と目が合うと……
 「ふぇぇぇぇ……」
 軽く、泣き出してしまった。
 「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! 何なの、何なのってばぁ!?」
 うん、そりゃそうだろう。真珠にして見れば、そりゃそうだろう。全然、理由がわかんないよね。
 「どうしよぉ、真珠ぅ」
 「だから、何が?」
 真珠の口調が、だんだん子供をあやすようなカンジになってきた。
 「すっごく、嬉しいの。嬉しすぎて、どうかなっちゃいそう」
 私は、完全無欠の事実答弁をした。
 「……イサミ、ちょっと、そこ動かないでね」
 ニコッと笑った真珠の手が、私の肩を離れ、机の上のハリセンを掴む。そして……
 「こぉんの……色ボケ・ピヨピヨ女がぁああああああああ!!!!!」
 スッパーン!!!
 「痛っ!!」
 真上から真下へと、綺麗に振り下ろされたハリセンは、私の頭を縦方向に打ちっぱなした。
 「アンタねぇ、ヒトが真剣に心配してみりゃあ、ただの幸せボケかぃっ!!」
 そう言いながら、今度は私の頬を掴んで横に引っ張る。
 「ひたひ! ひたひれすっ!(痛い! 痛いですっ!)」
 ムニョッと頬が伸びてるので、言葉すら、ままならねぇ状態です、私。
 「アンタはいいわよねぇ! こんなキザなコトしでかしてくれる彼氏サマがいてさぁ!!」
 「あ痛っ!!」
 そのまま、真横へバチーン! …ものすっごい、頬がヒリヒリしてる。多分、真っ赤だ。
 「いや、でも、斉藤君だって……」
 赤いであろう頬をさすりながら、思ってもないコトを口にしてみる私。
 「思ってもないコトを、口走るなぁ!!」
 スッパーン!!
 「痛っ!!」
 というか、バレた!?
 「アイツは、どうせロクなモンを寄越さないね! きっと、そうだねっ!!」
 腕を組み、自信たっぷりに言い放つ姿は、堂々としててカッコイイんだけど、何かが間違ってるんでないかぃ? ホラ、まだ貰ってないんでしょ?
 「そんなコトは……ないんじゃないかなぁ?」
 えーと、口元が引きつっているのは、自分でもわかってます。
 「じゃあ試しに、アイツが寄越しそうなモン、答えてみ」
 腕を組んだまま、真珠サマが仰るのです。だから、私は……
 「えと………て…」
 「ハイ、『 て 』!!」
 「て、鉄アレイ……とか?」
 「ハッハッハ」
 「いや、まさか、いくら斉藤君でも、そんなコトはないよねぇ、ハハハ…」
 腕を組んだままで真珠サマが笑うので、私もつられて笑うしかなく……すると突然、真珠サマが…
 「クローゼットの下段」
 「へ?」
 私はクローゼットの下段を見やる。さっき閉めようとしたタイミングで、真珠が『 アレ 』を投げてきたので、まだ閉まりきってないから、すぐに確認できた。
 「うわぁ、立派な鉄アレイ♪ ………って、えぇ!?」
 「とくと見よ!!」
 腕組みはそのままで、仁王立ちの真珠サマ。…もう、自棄でしょ、アナタ……
 「…えと、ホラ……この調子でイベント毎にプレゼントが増えてったら、立派なトレーニング・ジムに……」
 「慰めてるつもりかぁあああああああああああ!!!!」
 「だぁってぇええ!!!」
 「いっそ、笑えよ、チクショオオオオ!!!」

 この部屋にしては、大変に珍しい絶叫大会が開催されてしまいました、とさ。

 …いや、『 とさ 』じゃないよ、『 とさ 』じゃ!
 速く、事態を収拾して、土方君にお礼の電話しなきゃっ!!!




初デートが終わって
〜 土方&沖田の部屋 〜


 …………ちくと、遅いんでないかぃ?

 …いや、何が?って、部長からの電話。

 番号書いたカードは忍ばせてあるんだから、かかってきても良さそうなモンなんだけど…… いっくら、操作に慣れてないって言っても……ねぇ?

 オレちゃん、総太を追い出し、準備万端で待ち構えてマスデスヨー?(恋人と電話をしてるのを見られるのって、恥ずかしいじゃん?)

 …って、まさか!? ドン引き!? マジ引きッスか!?

 だとしたら、ヤバイ!! オレはヒトを1人…ハード・ゲイを1人、殺めねばならぬ!!
 クッ…完全犯罪にするには、どうすればよいのだろうかっ!!
 アリバイ工作は!? 凶器の廃棄方法は!? そして何より、殺害方法は……

 …って、オーイッ!!!!!!!

 何を考えてるんだ、オレちゃん!!

 バカか!? バカなのか、オレちゃんってばよぉ!!
 どこまで追い込まれれば、そんな思考法になんだよぉ!!

 と、ここでオレの携帯電話がムイムイ震えた。
 速攻で、相手の番号をチェック!!
 …よし、見たことねぇ番号っ!! コレは……このタイミングでの『 知らない番号 』は、部長だろっ!!

 「ハイ、もしもし、土方歳夫でございますっ」

 …声が半オクターブ高くなった。
 落ち着け、オレ!!

 「あ、トォシィ?」

 ……あれれぇ? なんか、さっき追い出したハズのルームメイトの声がするゾォ?

 「……総太か?」
 「そうでぇ〜ぃす♪」
 「……えと……誰に携帯借りた?」
 「1年生の、松原 忠次(マツバラ・チュウジ)く〜ん♪ トシに追い出されちゃったからさぁ、彼らの部屋に遊びに来てるんだぁ〜♪」
 「なるほど、な……」
 「どう? どう? 中々、イカシた遊びでしょ〜?」
 オレとしては、おとなしく『 センチ○ンタル・グラ○ティ 』でもやってりゃいいのに、と思う。いや、切実に。
 「…そこに、松原後輩はいるかね?」
 「うん、いるよ〜♪ 代わるね〜?」
 …いや、激しく『 いらぬ世話 』だ。
 「あ、もしもし、総長ッスかぁ? 松原ッス〜♪」
 …オレは男子寮の寮長職を引退し、後輩に引き継いだので、現在は『 総長 』と呼ばれている。
 いや、そんな戯言はええねん。
 問題は、いかにして、このバカ2名様をシメるか、だ。
 「あ〜、松原後輩?」
 「何ッス?」
 能天気な声が、腹立たしい!
 「……そこに、新・寮長……所謂、市村 鉄矢(イチムラ・テツヤ)後輩はおるかネ?」
 「いますよ〜♪ オイ、テツ、総長から電話〜」
 …間違うな、かけてきたのは、お前らだ。
 「…市村ッス」
 「市村後輩……お前の目の前の2名様をだな、身包み剥いで、廊下に叩き出せ」
 「いいっ!?」
 「お前に拒否権は無い。返事は、ハイかイエスか喜んでのみだっ」
 「ラ、ラジャー!!」
 「通話は繋げたまま、40秒で叩き出せ!!」
 「イ、イエッサー!!」
 電話の向うで、ドッタンバッタンと音がし、
 「な、何をするんだい、市村クン!」
 とか、
 「テ、テツ、どうした、気でも触れたか!?」
 とか、
 「っさい、こっちだって追い詰められとるんじゃああああ!!!!」
 などの、聞くに堪えない罵詈雑言がして……そして40秒ジャスト。
 「…たっ…叩き出しっ…叩き出しましたっ!!」
 息も絶え絶えの市村後輩の声が聴こえた。
 「パンツまで剥いたか?」
 「勿論です、サー! そして扉には、鍵を掛けておきました!」
 「ウム、それでこそ、オレちゃんが寮長に相応しいと判断したオトコだ」
 「サンキュー、サー」
 「…で、ヤツらは何と喚いているかネ?」
 「え〜と…扉をドンドン叩きながら『 オーイ、寒いよぉ、市村く〜ん 』と『 オーイ、入れてくれよぉ、テツゥ〜 』ですね」
 「ウム、ご苦労」
 オレちゃん、大満足♪
 「では、グッナイ、市村後輩♪」
 「サー、グッナイ、サー♪」
 通信完了。
 オレちゃんは、満足して携帯電話をパタンと閉じる。
 そして、あのバカ…今は『 裸でガンをぶら下げた男 』こと、総太が帰って来れないように、部屋の入り口に、ガチャリと鍵をかける。そして……

 「……ミッション・コンプリート………」

 フッ…20歳を過ぎていたら、シガレットの1本も吹かしたい気分だゼ……
 それくらい、ダンディーに独りごちた。


 「って、そぉじゃねぇだろぉ〜!!」

 今度はオレ自身がパタンと倒れる。
 もの凄く、くだらないコトに、時間を費やしてしまったぁ……
 何やってんだ、オレちゃん……

 と、携帯電話がムイムイ震えた。
 『自己嫌悪モード』のまま、やる気な〜く出るオレ。

 「はぁい〜、もぉしもし〜?」
 「あ、土方君?」
 「あ〜、部長ぉ〜?」
 「う、うん。そう、だけど……」

 ………あり?

 「…悪ぃ、部長」
 「え?」
 「もう一回、チャンスくれ」
 「え、ええ?」

 戸惑う部長。それも当然。しかし、これでは、オレがオレを赦せないっ!!

 「ハイ、もしもしっ! 土方でございまぁす♪」
 「あ、え、えっと…近藤です」
 「なぁンだ、部長かよぉ♪ 見たことない番号だったからさぁ、誰かと思っちゃったよぉ♪」
 「え、あ、そうだよね。私、番号、教えるの忘れちゃってたもんね」
 「いやいや〜、オレも聞き忘れちゃってたし〜」
 「……えっと……」
 「……ん?」
 「ホントは、今みたいなカンジで出ようとしてたの?」
 「………ん?」
 「いや、『 ん? 』でなく」
 電話の向うで、部長が笑っている。
 「…笑うなよぉ」
 「だって、可愛いんだモン」
 「可愛いとか、言うなぁ!」
 「可愛いモノは、可愛いってば。いいのに、そんなに気を遣わなくっても」
 ホントにコロコロと笑っているよぉだ。聞いていて、悪い気は一切しないが、恥ずかしくはある。
 「いや、もぉそろそろ、勘弁して下さぁい…」
 「うん」
 実際にも、頷いたであろう、部長の返事。でも、声には出さないだけで、まだ笑ってるハズだ。
 「あ、そうだ」
 「ん、何?」
 「今日はありがとう、付き合ってくれて」
 「いや、オレも楽しかったし」
 デジャヴな会話。
 「それでネ……あと……」
 「ん?」
 「ストラップ、ありがとう」
 「あ、あぁ」
 「すっごい、嬉しかった」
 「そ、そう? そりゃあ、良かったヨ、うん」
 「もう、早速付けちゃった♪」
 「そうか」
 「うん♪ 可愛い猫だよね、コレ。どこで買ったの?」
 「あの携帯ショップだぞ」
 「あ、やっぱり? それで、どのタイミングで私の紙袋に入れたの?」
 「ん〜…話すと長くなるんだが……」

 オレは、しづ姉の一件を説明した。

 「あ〜、なるほどねぇ…しづ姉先生かぁ……」
 妙に納得したような声。
 「ん?」
 「いや、正直なトコ、土方君にしては、キザ過ぎたから、誰のアドバイス受けたんだろうって」
 「キザ過ぎたかな?」
 「うん。あ、でもネ、嬉しかったよ、すっごく」
 …絶対に『 手をブンブン振って否定してる 』よな、部長。
 「ん、ならまぁ、いっか」
 「私のために、って一生懸命になってくれてるのは伝わってきたし」
 うおっ! 言い切っりよった! 言い切りよったぞ、コイツ!!
 「………ん?」
 そして、ビビッてしまい、最低な返事のオレちゃん……
 「……違うの?」
 ヤバッ、ちょっと寂しそうなトーンだ。
 そりゃそうだよな、『 私のために 』なんて言葉、実際に発言するのって、相当勇気が必要だモンな。否定されたら、と思うと怖いモンな。ここは、ちゃんと肯定して欲しいトコだよな。
 「いや…まぁ、その…部長が喜んでくれればなぁ、って」
 逃げてはアカンので、ちょっとたどたどしくはあったが、オレは言う。
 心底、総太を追い出しておいてよかった。
 「…ありがと。嬉しかったよ、すっごく」
 「ならば、よし!」
 これにて、一件落着!! カッカッカ♪

 「あ、そう言えば……」
 少しの間、軽い雑談をした後、部長が不意に切り出した。
 「ん、何?」
 「今日、思ったんだけど……」
 な、ナンだ? オレ、何かやらかしちゃってたか!?
 「なななな、何よ?」
 …あ、動揺が出てしまった。
 「いや、そんなに慌てるような話じゃないよ?」
 …案の定、笑われた……
 「あ、そうなの?」
 「うん」
 「じゃあ、何さ?」
 電話の向う、部長が少し深呼吸した、ような気がした。
 「あのね…私の呼び方」
 「へ?」
 予想もしていなかった、斬新な切り口のご意見。
 「……『 部長 』は、ちょっと……」
 徐々に消え入るような口調で言う『 部長 』……

 ああ、そっか……

 オレたち、付き合ってるんだよな……

 今日が学園を出ての、初のデートだったから、今まではあまり気にしてなかったけど…
 学園外に出て、2人の時間を過ごして気付いたけど……
 そうだよな、いつまでも『 部長 』って、ヘンだよな……

 「あ、そうだよな。ゴメン、つい慣れてる呼び方しちまってたわ」
 「あ、ううん。それはそれで、構わないんだけど……」
 「……けど?」
 「あ、あのね……」
 「……うん?」
 「そ、その……」
 「……んん?」
 「も、もぉ! 言わせないでよぉ、バカァ!」
 …ハイ、スンマセン。口調等、電話口から伝わる雰囲気があまりに可愛かったので、つい意地悪をしてしまいました。
 「ゴメン、ゴメン」
 オレはちょっと笑ってから、(一応)部屋を見回し、魔術か何かで総太が帰ってきていないかを確認する。そして……

 「2人でいる時は、別の呼び方がいい、って話だろ?」

 思ってた以上に、温かい声が出た。

 「…端的に言うと、そうです」
 急に敬語になる、オレの彼女。今回の敬語は、多分計算じゃなく、照れ隠し。
 多分、真っ赤なんだろーなぁ。
 …とか思ってニヤけてる場合じゃない! ここからがオレの試金石!!

 「じ、じゃあ……」
 「…うん……」
 「近藤、さん?」
 「…………」
 …って、無言ですかぃ! チクショゥめ…さっきの報復だな……
 こっちも、わかってはいるんだよ、『 求めている答え 』は。
 でもよぉ…でもよぉおお!!

 恥ずかしいんだよぉおおおおおおおお!!!!!

 …とは言えない。ここで、オトコを見せねば! ここで踏ん張るのが、オトコよ。オトコの優しさよ!!

 「えっと……」
 「…うん……」
 「今、部屋?」
 「え、あ、うん、そうだよ?」
 「真珠は、そこに居ねえな?」
 「うん。恥ずかしいから、ちょっと隣に行ってもらってる」

 …あんだよ…2人とも、一緒の感覚と思考じゃん。
 この事実が…オレちゃんを、軽くした。

 「…イサミ」
 「…うん♪」

 手前の彼女の名前を呼ぶだけで、この苦労。
 ホントに、笑えるな、オレちゃん。
 でも、まぁ、悪い気なんか、サラサラしてねぇ。
 寧ろ、気分がいいゼ!!
 あ、でも、釘を刺すコトを忘れないようにせねば!!

 「皆がいる時は、今まで通りに『 部長 』って呼ぶからな。恥ずかしいんで」
 「うん、そうだね。それで、構わないヨ?」
 「…で、『 イサミ 』は、オレちゃんのコトは何て呼ぶんだ?」
 ウム、流石にまだ、全ッ然こなれてこねぇ!!
 「え? 今まで通りで……」
 「ダウトォ!!!!!」
 「ピエッ!?」
 「オレちゃんのコトも、下のお名前で呼ぶがいいっ!!」
 だって、不公平ぢゃないかっ!!
 「え、えと……じゃあ……」
 …というか、多分、『 こう呼びたいかな 』ってのを持ってると思う、部ち…いや、イサミは。
 「…『 トシ君 』…でいい?」
 ホラ、持ってた。でも、気付かないフリをしてやるのが、オトコよ! オトコの優しさよ!!
 「おう、いいぞ♪」
 「えへへ〜…トシ君♪」
 …あ、ソレやっちゃいますか? よっぽど嬉しいんだね、部ち…いや、イサミさん……
 「イサミ♪」
 ま、オレちゃんにも、異論はないんダガな!!!!
 「トシ君♪」
 「イサミ♪」

 と、流石に真っ裸が寒かったのか、ドアがガンガン叩かれる音がした。

 「トォシィ!? 寒いよぉ!! マジでぇええええ!!!!」

 ったく、誰かから服を借りるという知恵は無いのか、アイツには……

 「あ、総太が帰ってきた」
 「あ、じゃあ、今日はここまでだね」
 「そだな」
 「後で、真珠からメールアドレス教えてもらって、送るから」
 「ん」
 「それじゃ」
 「じゃあな」

 こうして、オレとイサミの初めての電話は、終わった。
 ドアの外では、

 「トォシィィイイイ!?」
 「おう、何じゃ、沖田クン。トレーニングか?」
 「ほっとけ、バカ・マッチョ!!!」
 「バ、バカ・マッチョとなっ!?」

 …オレちゃんの日常が待っていた。




電話の後
〜 土方&沖田の部屋 〜


 メールが来た。


 <題名>
 『 イサミです 』
 <本文>
 トシ君へ
 うまく届いてるかな?
 今日は、本当に本当に、ありがとう。
 楽しかったです。
 そして、今日改めて思いました。
 私は、貴方のことが、大好きです。
 これからも、よろしくお願いします。
 イサミより


 絵文字も顔文字もなかったが、オレちゃんはそのメールを見て、

 『 ウキョッ 』

 と、『 ジャングルに生息する、妙に派手な毛並みの猿 』のような奇声を上げてしまい、総太さんから、注意を受けたのでした。

 …オマエにだけは、言われたくねぇやぃ! この、トド。



〜 Fin 〜



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