〜阿修羅さまがみてる〜
『 〜ある白い日に纏わる騒動〜 』
作:鬼 団六

 「オハヨー」
 「ごきげんよう」
 「うーす」
 「もーにんっ」
 「ちょいや」
 さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
 甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
 なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
 スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
 
 私立星影学園
 
 『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
 山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
 時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
 
 
 『 好きだ 』って、お互いに伝わったら、楽になる?
 いやいや、コトはそんなに楽じゃないっしょ。
 『 好きだ 』と伝えて終わりなのは、映画だけさ。
 実際は、互いの気持ちを確認してからの方が、大変なんだワ、困ったコトに。
 
 何なら相手は喜ぶか。何なら相手が悲しむか。
 お互いに、キレイ事ばっかじゃ済まなくなってくる。
 それはもぉ、交際期間が長くなればなる程に。


 ――ま、その辺の全てが、『 付き合いたて 』故に、まだあまり関係の無い、近藤 イサミ(コンドウ・イサミ)&土方 歳夫(ヒジカタ・トシオ)の新米カップル・2年生。

 土方よ……2年越しのチョコレートは、重いぞ、きっと(笑




雅2年のバレンタイン
〜 軽音部のアイツら篇 〜


 さてさて、雅2年のバレンタインの時期にもなると、軽音部の面々6名は、3組のカップルとして、青春を謳歌していたのであった。

 ヘタレでスケベで、寿司の代わりにティンコばかりを握っている寿司屋の跡取り息子こと、沖田 総太(オキタ・ソウタ)は、料理研究会所属で家事全般はお任せあれの腹黒・ロリー・昇龍拳娘の、原田 さくら(ハラダ・サクラ)と、ピュアってピュアってお付き合い中。

 バカでマッチョで、己の肉体美に生活の全てを懸けるオトコこと、斉藤 一太郎(サイトウ・イチタロウ)は、陸上部・中距離走のエースで、ミリタリー・オタクのハリセン・ツッコミ娘、永倉 真珠(ナガクラ・シンジュ)と、健全すぎる位に健全なお付き合いを。

 そして、われらがヒーローにして、時の暴君ハバネロよりもMore辛い、我が儘大王、土方 歳夫は、爆乳・癒し系・天然眼鏡っ娘にして、近藤流弓矢の使い手の才色兼備娘、近藤 イサミと、不器用に過ぎる不器用さで、目下お付き合いの真っ最中。

 彼ら6名にとって、雅2年のバレンタインは、『 カップルとなって初めて 』という、大変意義のあるバレンタインであった。


 ――まぁ、その当日は、登校時刻にいきなり『 校門に托鉢僧が出現する 』という、大変に『 波乱含みの展開 』であったワケだが(このあたりの事情に関しては、作品No.04『 February14 Another Day 』を参照のコト)


 とにもかくにも、軽音部には一足先に、春が来てしまったようである。




雅2年のバレンタイン
〜 トシ&イサミ篇 〜


 …廊下の窓の外には、雪が舞っている。
 今年は、ホワイト・バレンタインだ。

 本日の部活動(という名の雑談広場)も終了し、いつもなら6人一緒に、部室での雑談の雰囲気を延長したかのよぉな、バカっ話に花を咲かせながら帰るトコロだが、今日は違った。
 それぞれのカップルが、それぞれ思い思いの時間を過ごすために、散り散りになっている状況だ。
 これは多分、女3人衆が、予め示し合わせていたコトなのだろう。散会の仕方が、妙に段取りっぽかったもんな。
 …ま、ソレに気付かないフリして、敢えて乗ってやるってのが、オトコの美学だろぉから、野暮は申しませんでしたがネ。(言いかけてたマッチョがいたが、真珠に蹴り食らって黙らされてた)

 オッス、オレちゃん土方 歳夫!
 酸いも甘いも噛み分けガチな、高校2年生だゼ!!

 …とか、緊張に耐えられずに、心の中で自己紹介を繰り出す状況なワケよ、コレって。
 オレちゃんの隣を歩いているのは、軽音部の部長……つーか、オレの彼女、近藤 イサミ。
 部室を出て、ゆっくりと二人、中庭に向かって歩いていく。
 これは、部長の意向。そこへ行きたいんだとサ。
 それはそれで、構わないんだが、寒いのと、2人っきりっていう緊張下で、オレちゃんの脳は、フリーズ直前待ったナシだゼ、マジで。
 付き合うコトには、何の異論もないし、寧ろ望むトコロなワケだが、実はオレちゃんたち、2人っきりっていうシチュエーションを、避けてきたトコロがある。
 何て言うの? 気恥ずかしいってのか?
 とにかく、オレは部長とステディな仲になった今でも、2人っきりってのは、恥ずかしくってしゃーないんだ。
 こういう自分を思う時、部長には若干のすまなさを感じちまう。
 部長としては、もしかすっと、『 もっと2人で居たいのかもしんねぇなぁ 』とか、オレちゃんに有るまじきコトを考えちまうんだ。

 「雪、降ってるね」
 「ん、そうだな」

 という会話を廊下に出てすぐした後、何を言うでもなく、黙って歩く2人。
 ……小津かっ!!
 小津安二郎の世界かっ!!!
 …とか言ったら、雰囲気ブチ壊しなんだろうから、今は我慢だ。

 2人で歩き、下駄箱まで辿り着く。中庭は、当然お外なんで、靴を履き替える必要がある。
 …ああ、もぉ! 何でこんな当たり前のコトを説明するコトでしか、緊張感に耐えられねぇんだよ、オレちゃん!!

 …と、ふと『 去年のバレンタインのコト 』を思い出す。

 去年の今日、オレの下駄箱に、手紙とチョコが入っていたんだ。
 差出人は不明。だって、名前書いてねーもん。
 会って直接渡したかったんだろーが、急に怖気づいて、下駄箱に投函……ってトコだったんだろう。思春期には、ありガチだよな。
 ま、謎の女ってコトで。裏切りはオンナのアクセサリーさ。一々目くじら立てても始まらねぇジャン?

 …そっか……でも、あれから1年経つんだなぁ。結局、あの時のチョコって、誰からだったのか、わからず終いだったな。
 あの時の『 誰かさん 』が、もしもチョコをオレに直接渡してきてたら、オレはどうしていたんだろう。その『 誰かさん 』との関係が、チョコきっかけで近くなってたんだろうかね?
 そしたら、今、靴を履き替えてる『 眼鏡の部長 』とは、付き合うコトにはなってなかったのかな?
 そういう『 if 』を考えると、色んなコトが不思議ではあるよな。

 「?」

 部長が怪訝そうな表情で、オレを見てきた。視線に気付いたのか?

 「いや、何でもね」
 「そう?」

 言いながら、靴の踵を直し、爪先をトントンやって、足元を馴染ませている。
 こういう動作1つとっても、オレは彼女を可愛いと思う。
 それが、好きになるってコトだろうし。
 『 部長じゃない女 』が同じコトをやっても、可愛いとは思わないもんな。
 でも、照れ臭いから、その事実は言えなかったりもする。

 外へ出た。
 雪は、ハラハラと舞っている程度なので、傘はいらないだろう。
 2人で、また、歩く。

 「そういや去年は、部長は……」
 とりとめもなくそんなコトを言ってみる。
 …スンマセン、沈黙に耐えられませんでした。
 「インフルエンザで、寝てたよ?」
 うん、そう。それは覚えてる。
 授業中にブッ倒れたらしく、保健の松本先生が、オレのクラスまで真珠を連れにきたから、よーく覚えてる。

 「だよな」
 「そ。生まれて初めてだったよ、インフルエンザなんて」

 とは言え、『 去年は… 』ってフレーズだけで、『 去年のバレンタイン 』の話だってわかってくれるのは、話が早くて助かる。…まぁ、今日が今日だから、当然っちゃあ、当然か。

 そういや、もう1つ思い出した。
 件の『 誰かさん 』、実は事前に1通の手紙を寄越してきてた。
 バレンタイン当日に、中庭で待ってろ、という内容だったな、確か。
 多分、そこでチョコを渡すつもりだったんだろーなぁ、当初の計画では。

 で、今オレたち2人は、その『 中庭 』へ向かって、雪の舞う中を、並んで歩いている。
 不思議な偶然ってのも、あるもんだ。

 「そういや、去年さ……」

 オレは、言おうか言うまいか、ちょっと考えたが、部長に隠し事をしとくのも、何か後ろめたいんで、その『 誰かさん 』の顛末を、ざっと話してた。

 「ふうん……」

 案の定、あまり気乗りのしない返事が返ってきたが、まぁ、仕方ないか。
 部長、焼きもちとか、結構凄いっぽいし。
 つーか、去年の話なんだし、いーじゃん!!
 とか言いつつ、何だろう、この若干の後ろめたさは。
 オレちゃん、悪いコト、何1つしてナイデスヨー!?

 「…その時のチョコって、どんなのだった? 覚えてる?」

 …つーか、部長、そこ突っ込んで聞いてきますか? もしかして、怒ってらっしゃるんデスか!? それは勘弁してクダサァイ!!

 「いや…覚えてるっちゃあ、覚えてるケド……」

 …しまった、つい!!

 「そっか……随分、嬉しかったんだね」

 いや……それはそぉでしたヨ!? チョコ貰って悪い気するオトコノコなんて、そうはいませんヨ!?

 「いや〜、それは、その〜……」
 「ん? 嬉しくなかったの?」

 オレの顔を覗き込んでくる部長…彼女の上目遣いの表情に、ドキッとしちまう。そん位、オレの彼女は可愛い、とココロでは断言できる!!

 …いや、そうでなくっ!!!!

 こういう2択となると、難しいんだよぉ!!
 嬉しい、も違う気がするし…嬉しくない、も違う気がする。
 前者では、わかりやすく『 嫉妬の爆弾 』が…後者だと、その『 誰かさん 』の意を蔑ろにするのが赦せないという『 博愛の爆弾 』が炸裂しそうでよぉ!!
 っていうか、ええい! どうせ炸裂させるならば、前者の『 嫉妬の爆弾 』だろ!
 去年の『 誰かさん 』のチョコが嬉しかったのは、事実なんだから!!

 「う、嬉しかったよ」
 「そっか♪」

 正解っ!!
 危ねー……流石に、そこまでは嫉妬深くはなかったのね、部長……
 と、胸を撫で下ろしてると……

 「この辺でいいかな……」

 何故か上機嫌になっていた部長が、小さく呟いた。その聴こえるか聴こえないかの声は、オレちゃんには、バッコシ聴こえていたが、敢えて『 何が? 』とは訊かない。それが、オトコよ。オトコの優しさよ。
 そして、小さく、部長が息を吸い込んだ……

 「ハイ、コレ……」

 部長の手にあった小さな箱に、オレは見覚えがある。
 去年、オレの下駄箱に投函されていたモノと、全く同じであろうソレが、部長の手の中にあった。
 …ぐ、偶然なのかっ!?

 「偶然じゃないよ?」

 ぶ、部長! 貴女は、エスパーなのですかっ!?
 …いや、そうじゃないっ!!
 何で、部長が去年の『 誰かさん 』のチョコを知ってるんだっ!?

 「コレ……やっと、渡せるんだヨ?」

 そう言った部長の眼は、少し潤んでいた。
 その声に込められた想いを、オレは理解できた。流石に、そこまで粗忽者じゃねぇ。
 そして、去年の『 誰かさん=近藤 イサミ 』絡みの全てを、悟ったのだった。

 気付くとオレは、愛しい部長の身体を、ギュッと抱きしめていた……

 「部長、ありがとう……スゲェ嬉しいわ、マジで」




雅2年のホワイト・ディも近まったある夜
〜 トシ&総太のお部屋 〜


 「というワケなんよ」
 「え!? 今までの話、全部、回想ッ!?」
 オレちゃんは、ルーム・メイトの総太に、この間のバレンタインの顛末を話した。
 勿論、ラストの『 抱きしめていた 』の件は、カットしたがナ!!
 「長いよ〜、説明、長いよぉ〜」
 「っさい、総太! で、オレが訊きたいのはだなぁ……」
 ようやく、オレは本題へ……進もうとしたが、
 「ハッハァ〜ン、わかったよ〜、トシ〜イィッ!?」
 総太の『 ハッハァ〜ン 』が、妙にムカついたので、とりあえず蹴っといた。
 「な、何するんだぃ、人がイカシタ解答を発表しようとしてたのにっ!?」
 「ぃやっかましぃ!」
 「アイタッ! …いい考えが浮かばないからって、ヒトに当たるのは、良くないクセだよ〜ォッフ!?」
 今度は、ボディ・ブローで責めてみた。
 「ボォゥッフ!」
 前屈みに崩れ落ちる総太。しかし、ニヤけた顔は変わらない。タフガイさんめ…
 「…つまりトシは、近藤さんにあげるホワイトディのお返しが浮かばないんダネ!?」
 「グゥッ……」
 なぜ、真実はこうも、ヒトのココロに突き刺さるのだろうかっ!
 「しかも、2年越しだから、余計にわからなくなってるんダネ!?」
 「グフッ!」
 そして、なぜ、真実はこうも、残酷に腸(ハラワタ)を掻き乱すのかっ!
 「そんなトシに、ナ〜イスなアイディ〜アがあ〜るよ〜っ!」
 間延びした口調と、勝ち誇った面が、もの凄く腹立たしかったが、ここは我慢だ。
 「近藤さんへの、ベスト・プレゼントと言えば、そおぉっ!!」
 拳を突き上げ、演説も最高潮の総太さん。
 「ブ………」
 オレちゃん、一抹の不安を感じたので、そっと言ってみる。
 「ブラジャー、とか言ったら、そこの窓から突き落とすぞ」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…オイ、どした、総太?」
 案の定かよっ! コイツ、拳を突き上げたまま、完全にフリーズしたよっ!
 「…お……」
 「ハァ!?」
 『 お 』で始まる、ステキなプレゼント?
 「…『 おっぺかぶし 』だよっ、トシィ!!」
 「……あんだよ、ソレ?」
 「茨城弁で、ブラジャーのコトだよっ! しっかりしてくれよ、基本だよぉぉぉぉん…」
 最後まで言わせず、総太を窓から投げ捨てた。
 因みに、『 よぉぉぉぉん 』という間抜けな語尾は、落ちてゆく総太の叫び声だ。同時に、窓の下の植木に突っ込んだ『 ガサガサガサッ 』という珍妙な音もした。
 「……とんだ時間の無駄だった………」
 オレちゃんは、独りごちる。役に立たんルームメイトだ。
 …と、部屋の外から、ドダダダダダダ、という音が聞こえ……
 「バッターン!! トォシィ!?」
 …体中に『 葉っぱ 』をまとった総太さんのご帰還。しかし、なんで『 ドアを開け放つ擬音を口で言う 』かね、コイツ……
 「おかえり、葉っぱ魔人」
 「誰のせいで、こんなナリになったと思ってるんだぃっ!?…いや、思ってるナリィ!?」
 「無理すんな、バカッ!! ボケるなら、ちゃんとボケろや!!」
 「無理してないナリ!! コロッケが好きナリィ!!」
 「…可哀相に、総太さん……脳が……もぉっ!!」
 オレちゃんは、涙を拭った。
 「脳が、とか言うなぁ!!」
 泣き出しそうな総太さん。
 「で、よぉ、総太」
 「ナニよ、トシ」
 いきなり、フツーのトーンの会話に。
 「総太は、何あげんの?」
 「よっくぞ、訊いてくれましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……」
 満面の笑みが憎くって……そして、月が綺麗だったから……総太さんを、再び窓から投げ捨てちゃった。……エヘッ♪
 「バッターン!! 『 エヘッ♪ 』じゃないよ、トシィ!!」
 「おっ、さっきより速いじゃん。最速ラップじゃね?」
 「え、そうかな? ボク、速かった?」
 「おう、モナコ・マイスターも真っ青の記録だったぜ」
 「そっかぁ、ナマコ・マイスターも……」
 「モナコ、な」
 「モナコマ・イースターも真っ青かぁ♪」
 「変なトコロで切るな。何の復活祭だ、それは」
 …ま、それ以前に、モナコ・マイスターが『 窓から投げ捨てられる 』なんてシーン、オレちゃんは、今までに観たことがないし、今後も観ないだろう。
 「で、だ。総太よ」
 「何?」
 「お前さんは、さくらに何をあげる予定なんだ?」
 「教えてもいいけど…パクんなよぉ〜?」
 ニヤけ顔が舌打ちモンだが……『 刃の下に心 』と書いて、『 忍ぶ 』!!
 「じゃんじゃじゃーん!」
 効果音が、激しく癇に障ったが、『 なんか柵みたいなのの右に寸 』で、『 耐える 』!!
 「シルクスクリーンの、Tシャツー!!」
 合わせて、『 忍耐 』!!
 「って、お前、バッキャローかっ!?」
 「な、何ゆえっ!?」
 変な文字が書かれたTシャツを持ったまま、心底不思議そうな表情の総太。バカもここまで極まると、笑えねぇぞ、こりゃ。
 「あんだよ、その『 ごっつぁんです 』って文字はよぉ!!」
 しかも、ちょっと『 相撲文字っぽい 』のが、鼻につく!
 「いっつもいつも、美味しい料理を食べさせてくれる、さくらちゃんへの、ボクからの感謝のココロですが、何か?」
 …言い切りよった! 言い切りよったぞ、コイツ!!
 「……いや、だからよぉ……」
 オレちゃんは、コメカミがズギョンズギョンと痛くなってきてしまった。
 「何よ?」
 誇らし気な総太さん。
 「…ソレを着るのは、さくらだろ? 『 食べさせる側 』が『 食べる側 』になってんじゃん。もぉ、『 さくらが柔道部重量級並みの大食い 』としか見えんぞ」
 「…………」
 「…………」
 「…………あっ!」
 「遅いわぁあ!!」
 と、その時、部屋のドアが開け放たれ………
 「バッターン!! ワシは、『 鉄アレイ 』じゃあぁぁぁぁぁぁぁん……」
 何か、筋肉質な物体が飛び込んできたので、そのまま巴投げで窓の外へ。
 「……容赦ないね、トシ……」
 総太さんが、しみじみと呟いた。
 「イッタは、予想の範疇だったから、もぉいいっ!」
 因みにイッタってのは、斉藤一太郎のコト。隣の部屋の住人。
 「おい、総太。イッタが戻ってくる前に、鍵かけとけ」
 「……鬼だね、トシ……」

 その後、5、6分ドアがガンガン鳴っていたが、「ドア、ブッ壊したら、真珠に『 あるコト&ないコト 』告げ口したる!」と言い放ち、オレたちは気にせず就寝するコトにした。

 …歯も磨いた。電気も消した。クスリも打った(勿論、冗談です♪)
 さ、寝よっかなぁ、となったその時……

 『 美しい人生よぉ〜、限りない喜びよぉ〜、この胸のときめ 』

 ……総太の携帯の着信音だった……
 松崎しげるの『 愛のメモリー 』の生歌版……
 しかも、それを『 メール着信音 』に設定し、流す秒数を短めにしてるから、『 ヘンなトコロで歌が切れる 』し…

 「ドゥフフフフ〜」
 総太さんが、さながら『 取材カメラに興味津々のトドのよぉな、不気味な鼻息 』を漏らす。
 …ま、相手はさくらだかんな。しゃーあんめぇ。さくらからのメール着信専用音『 愛のメモリー 』…ベタだが、ま、総太らしいっちゃあ、らしいわな。
 しっかし、昼間、学校で顔合わせてんのに、ま〜だ夜になっても、言いたいことや伝えたいコトがあんのな。すげぇよ、お前ら。

 ん?……そういや、オレと部長って、こういうやり取りって、したコトねぇな。

 「ま、携帯持ってねぇもんな……」
 「ドゥフ?」
 「何でもね」

 そう、部長は携帯電話を持っていない。今時の高校生の規格外だ。
 …例えば、部長が携帯を持っていたとしたら……
 オレは今、彼女に何を伝えるのだろう。

 「おやすみ、とか……?」
 「ドゥフ?」
 「だから、何でもね」

 ちょっと顔と胸が熱くなった。
 らしくねぇ。らしくはねぇが……不思議と悪い気はしなかった………

 「ドゥフフフ〜♪」
 「っさい、早く寝ちまえっ!!」
 「フゴッ!?」

 オレちゃんは、暗闇の中、携帯ディスプレイのぼんやりとした明かりに照らされて唸る『 不思議生命体・総太さん 』に、枕元にあった漫画『 魔法先生ネ○ま!(裏表紙がお気に入りのキャラクターでない巻) 』を投げつけ、就寝した。

 「は、鼻が痛いよ、トシィ……」

 勿論、そんな泣き言なんざぁ、聞いちゃいなかった。




翌朝
〜 校門付近にて 〜


 「おはよ」
 いつもと変わらぬ笑顔で、部長がオレちゃんに向かって手を軽く振る。
 …ホント、可愛いと思う。思うだけは。
 「オッス」
 でも照れ臭いから、ちょっと無愛想なカンジになっちゃう、オレ。
 …我ながら、歯がゆいぞぉ!!

 付き合うようになって、生まれた暗黙の了解…それが、お互いに何となく気が向いた時に、校門のそば(あまり目立たないトコ)で待ち合わせて、下駄箱までは一緒に歩く、というモノだった。
 おおっぴらに『 ワタクシたち、お付き合いしてますのっ! 』というのが苦手な2人の、なんとなくな恋人同士っぽい行動。
 オレらをすっげぇ見てるヤツならわかるだろうが、そこまで皆、オレちゃんたちに興味があるワケじゃないからね。『 偶然、登校時間が一緒になった2人 』位にしか、見えないんじゃないの、多分?
 だって、下駄箱で、一旦別れっから。教室に一緒に入るのが、気恥ずかしくって。

 「今日もまだ、寒いね」
 「ん、そうだな」

 他愛の無い会話をしながら、のんびりと歩く。
 部長と付き合い出してからのオレちゃんは、始業時刻に関しては遅刻が激減だ。
 …いや、『始業時刻に関しては 』と、わざわざ断ったのは、部長との待ち合わせには、遅刻ばかりだからなんだが…
 ま、ドンマイッ、オレちゃんッ!

 「ん?」

 会話の途切れ目…決して、不快じゃない静寂の時間を破るよぉに、オレちゃんの携帯電話がムイムイと振動した(マナーモードにしてあったのを忘れてた)

 「メール?」
 部長が訊いてくる。
 「ん、そう」
 携帯をパカッと開き、メールの送信元を確認してみる。で、そのまま携帯をパタン。
 「総太だった」
 「何て?」
 共通の友人だからか、こういう時は遠慮をしない部長。この辺の距離感が、また好ましいよなぁ、ホント。
 「んにゃ、読んでない」
 「いいの?」
 ちょっと可笑しそうに言う部長。
 「どうせ大したコトじゃねぇだろ、こんな時間のメールだし」
 そう、総太には『 こんな時間のメール 』の前科があるのだ。
 「土方君が出かけるとき、沖田君は?」
 「爆睡中だったな」
 「じゃあ、この間と同じ内容かな?」
 「じゃねぇの?」
 そう言って、2人で軽く笑いあう。
 多分、総太のメールの内容は…

 『 酷いよぉ、トシィ!! 起こしてくれたって、バチは当たらないと思うよぉ!? 』

 自分が起きられないのを、ヒトのせいにするな、と。つーか、そんな駄文を打つ暇があるなら、さっさと仕度して出て来い、と。

 「……メール、か……」
 ふと、部長が呟いた。
 何となく、憧憬が混ざった呟きだったのは、気のせいか?
 「メールがどうかしたか?」
 ちょっと突っ込んで訊いてみる。
 「ん? いや、何でもないよ?」
 「そか?」
 「うん」
 そう言って、のんびり歩く2人。
 「部長は、さ」
 「ん、何?」
 「何で、携帯電話持ってないんだっけ?」
 あ、訊いちゃった。夕べから、ちょっと気になってたんだよなぁ、コレ。
 「えーとね……」
 言葉を探す、というよりは選んでいる風情の部長。…訊いちゃまずかったかな、こりゃ?
 「いや、言いたくないなら……」
 と、オレが言いかけた時……
 「何かね、持ちそびれちゃったの」
 「ハイィ!?」
 いや、大声も出るだろ、ここは。親御さんの方針とか、そういう『 本人では如何ともし難い理由 』かなぁ、とか考えてたトコだよ、ここ!
 「だ、だからぁ、持ってないなら、持ってないで、学園にいる限りは困らないし。実家への連絡は、主に手紙だし。今更、携帯電話の番号交換やアドレス交換とかするのって、ヘンじゃないかなぁ、とか」
 恥ずかしそうに、部長は早口でまくし立てる。
 「だから、さっき沖田君が土方君にメールしてたのを見て、ちょっと羨ましいかな、とは思ったんだけど、まぁ今更、私が携帯電話を持とうとするのとは、ちょっと違うような気もして。だって元々は、必要ないかなぁ、なんて思ってたんだし」
 「ちょ、部長! わかった、わかったから、ちょい待ち!」
 「ふぇ?」
 部長の頬が赤いのは、寒いせいだけではないだろう。
 「じゃあ、部長は携帯持ちたいの?」
 オレは訊いてみる。
 「うん……今更ヘン、かな?」
 俯きがちな部長。これはこれで、可愛いが……いや、そうではなくっ!
 「ヘンじゃないだろ、別に」
 「そかな?」
 ちょっと上向きに。こーいうトコ、わかりやすいな、部長は。
 「持ちたければ、持ったらいいんじゃん?」
 そーしてくれっと、洩れなくオレちゃんも、ちょっと嬉しいし〜…とまでは、言わない。いや、言えない。
 「そっか……そうだよね♪」
 笑顔の爆弾、炸裂!!
 「そ」
 でも、オレちゃんは、素っ気無く返すだけでした。ホント、根性なしでゴメン、部長。

 あ、追記。
 総太からのメールは、やっぱり、な内容でした、と。




同日・夜
〜 近藤&永倉の部屋にて 〜


 「って、コトは、まずは親権者の同意書が必要なのね?」
 「そういうコト」
 私の目の前で、神妙に頷く真珠。
 今朝のやりとりから、携帯電話を持ってみよーかな、と考えた私は、まずルームメイトに相談してみた。だって、真珠は携帯持ってるし。
 「同意書って、どこで手に入れるの?」
 私は手元のメモ帳に、チマチマと書き取りながら、更に必要な情報を探る。
 「電話会社のサイトからダウンロードするか……」
 「だっ、だうん・ろぉどっ!?」
 いきなりハードルが上がった! 未知のキーワードだわ、だうん・ろーど……侮りがたし、携帯電話っ!
 「そんな頓狂な声上げないでよ。アンタがPCはちゃんと使えるのに、ネットは苦手ってのは、アタシだって、よ〜……………っく、知ってっから」
 苦笑交じりの真珠。…それにしても、タメ、長すぎない?
 「確か、カタログの最後の方のページにも、付いてるハズだよ?」
 そう言って、机の上に無造作に置かれた電話会社のカタログを見せてくる。
 「あ……ホントだ」
 そこには確かに『 未成年者対象の、親権者の同意書 』が。
 「トシも同じキャリアだから、コレをそのまま使えば……」
 「ちょっと待って! 同じ『 きゃりあ 』って、どういうコト!? 経験!? 経歴!? それとも、国家公務員で、上級試験に合格したヒトのコト!?」
 ああっ! もぉ、何がなんだかっ!!
 「えーと……とりあえず、落ち着け」
 コメカミを押さえながら、真珠が私を嗜める。
 「キャリアってのは、要は電話会社のコト」
 「へ?」
 「かなり強引な纏め方だけどネ」
 「あ、そうなんだ……」
 忘れないように、メモメモっと。
 「どうせ、同じキャリアにすんでしょ、ヤツと?」
 …う。それは、そのつもりでしたが……
 「い、いや、き・きゃりあまで、一緒じゃなくてもいいかなぁ〜、とか」
 恥ずかしくって、そんな弱気発言をかましてしまう。
 「……えーと……何が恥ずかしいのかは知らんが、損するよ?」
 「ええっ!?」
 ど、どういうコトよっ、その論法!!
 「同じキャリア同士なら、通話もメールも非常に安上がりなプランが組める」
 「…もし、きゃりあが違うと?」
 「同じに比べて、かなり割高。略して『 オカダカ 』」
 略す意味はわからなかったけど、お支払いの面で、かなり違ってきそうな気配だけはわかった。こちとら、両親の無償の愛情『 仕送り 』で生活している身だ。そこは迷惑はかけられない。
 「だから、どうせ持つなら、ヤツと同じにしときなって。どうせ、それしか使い道ないんだし」
 ……アレ? 失敬なコトを言われたよぉな気がするぞぉ? …と考えながらも、『 土方君と同じにしておくと、得 』とメモ。
 「あと、必要なモノは、身分証だけど…ココ(星影学園)は特殊な学校だからねぇ。学生証だけで、OKになるハズだよ」
 「へ〜、そうなんだ」
 それも、メモメモ。
 「だから、とにかくアンタがするコトは、実家に連絡して、携帯電話を持ちたい旨を伝えるコトと、OKを受け次第、同意書を送付して、それに記入&捺印の上、速やかに速達で返送してもらうコト!」
 モノッ凄い早口でまくし立て、ズビシと私を指差す真珠。…明らかに、私のメモが間に合わない速度で言い切ったつもりだろうけど、それは私を甘く見すぎだヨ?
 「うん、ありがと」
 全部、しっかりと書きとめ、ニコッとお返事。あ、因みに『 速達で 』という言葉は、手続き上は不要だと判断できたので、カット済み。
 「えぇ〜っ!? 今のでちゃんと書けたのぉ〜!?」
 「勿論よ。伊達にアナログな生活送ってきたワケじゃないんだから」
 「ちょっと、見せてごらんっ…って、完璧な上、引っかけワードの『 速達で 』までカットしてあんじゃーん!!」
 「速達の意味がわかんないじゃん。必須なワケがないモン」
 「しくったぁ〜!!」
 「フフフ…私を甘く見ないで欲しいわねっ」
 因みに『 書留で 』と言われていたら、引っかかっていた自信があるが、それはナイショ。

 さはさりとて。

 実際、携帯電話を持ってるコたちの多くは、物を書きとめるのが、非常に遅いと思う。多分、『 しゃめ 』だっけ? あれで情報を保存するのに慣れきってるからだ。
 雑誌とかを見て、ちょっと行ってみたいお店の地図とか、買いたい物の情報とかを、簡単にパシャッとかやるから、頭に入らないし、残らない。やっぱり、覚えたかったら、手を使って『 書く 』のが一番だって、私は思う。
 携帯電話を持っても、私のこのポリシーはそんなには変わらない、多分。




同日
〜 女子寮1Fロビーにて 〜


 で、寮の1階にあるロビーへ。
 そこには、公衆電話が置いてあるから。(しかも、肌色の硬貨しか使えないヤツ←コレは多分、携帯普及率の低い頃の、生徒の電話乱用を防ぐための名残)
 …ほぼ、私専用機と化しているんだけどね。
 あ、1年生のコで1人、使ってるコがいたなぁ。(やはり、このご時世で、公衆電話を使っているヒトは目立つ)
 私が携帯電話を持つと、もう本格的に彼女専用機になるんだろうか。
 で、彼女が卒業するか、携帯電話を持った時には、もう誰もこの電話を使わなくなるのかなぁ。

 …数枚の百円玉硬貨&十円玉硬貨を手にした私は、人気の無いロビーで、そんな取りとめも無いコトを考えながら、実家のダイヤルを回す(この言い方も、古風なんだろうか? 私にはよくわからないんだけど)

 コール数回。相手が出る。
 ガチャン、と硬貨が飲み込まれる音。

 「モシモシ、こちら近藤でございます」
 落ち着いた初老男性の声が聴こえてくる。
 「モシモシ、イサミです」
 懐かさに包まれる。心なしか、実家の匂いまで思い出されるようだ。
 「あ、イサミお嬢様ですか? 如何なさいましたか、このようなお時間に」
 電話の相手、彼は私を『 イサミお嬢様 』と呼ぶ。別に、私の父親が『 執事ごっこ 』にハマってるワケではなく、彼はホンモノの執事。
 「お父様、いらっしゃる?」
 「旦那様ですね? 少々お待ち下さいませ」
 彼の名前は『 チャールズ・蒔田(マキタ) 』。元々は英国で暮らす日系人だったそうだけど、私の父が英国に留学していた時に、『 何か、彼の命を救った事件があった 』らしく、以来、恩義に報いるために来日し、近藤家の執事をやっているという謎の多い人物。因みに趣味は『 ミュージカルの観劇 』で、大のお気に入りは『 ジーザス・クライスト=スーパースター 』。
 ま、執事と言っても、私にとっては、『 生まれた時からそばにいる大切な家族の一員 』なんだけどね。

 『 ちゃらららら ちゃららら〜 らららら〜 らららら〜 』

 保留音の、エリーゼのためにが流れている。
 私は、追加の硬貨を投入して、父が電話口に出るのを待つ。

 「どうしたんだぃ、マイ・スィート・ハニー?」
 …久々の娘からの電話に、心底嬉しそうな父の声。でも、スィート・ハニーは言いすぎだと思う。英国帰りの父親って、どこもそうなのかと思っていたら、私の父は極端らしい。
 「あ、お父様。実はですね……」
 私はコトのあらましを伝える。電話口からは、愉快そうな父親の声。
 「そぉかそぉか、イサミちゃんも遂に、携帯電話を持ちたいお年頃かぁ」
 「お年頃、と言いますか、まぁ……そうです」
 「うん。ダディに異論はないよ。好きになさい」
 何ともあっさりとお許しが出た。
 「今の時代、情報ツールの使い方を知っていて、損はない。キミが生きている時代は、そういう時代だからね。ただ、流されてはいけないよ、スィート・ハニー」
 「ハイ、お父様」
 お父様の意見は、尤もだと思う。便利なモノに依存し、流されるのは、やはり間違っている気が、私もするから。
 「じゃあ、書類をこちらへ送りなさい。記入して返送するから」
 「ハイ、よろしくお願いします」
 「あ、春休みは、こっちに帰れるのかな? ウチのスィート・ハニー(イサミ注:お母様のコト)が、寂しがっているんだよ」
 …それは、お父様もでしょ、と思って、自然頬が緩んだ。けど、
 「春休みは、ちょっと戻れそうもありません…学生寮のイベントがありますから…」
 「ああ、そうだったかぁ…」
 残念そうなお父様の声。私も、残念です。
 「じゃあ、今度会えるのは夏休みかな? それまで、元気で頑張るんだよ、マイ・スィート・ハニー」
 「ハイ」
 返事をした瞬間、電話が切れた。ちょうど時間切れだったってコトだろう。
 寂しさを憶えるのと同時に、こういう電話の仕方も、いいものだと思う。
 私は、時間制限付きの仕事をこなした電話機を、ちょっとだけ眺め、心の中で「ありがと」と言った。
 遠くの家族と私とを繋いでくれて、ありがとね、と。

 私は、部屋に向かって歩き出す。
 と、ロビーを出るか出ないかの所で、『 もう1人の公衆電話使用者 』を見かけた。こっちへ歩いてくる、眼鏡をかけた、よく笑っている1年生。
 お互いに、会釈をして、完全にすれ違う。
 『 彼女も、誰かに電話をしに行くのかな? 』
 そんなコトを、ちょっと考えた。
 彼女の手が、硬貨を握っているかのように見えたから。

 そういえば、彼女とは『 公衆電話仲間 』みたいな一種の連帯感があった。初夏の頃、お互いに『 ソレ 』に気付いてからは、出会ったときは二言三言の会話位はしてたんだけどなぁ……
 今は、会釈だけ。
 それも、彼女の方が私を避けているカンジで、そうなってる。
 んーと……学園祭の後くらいからかな。
 傷つけたり、怒らせるようなコト、何かしちゃったのかなぁ、私………

 振り返ると、彼女……相馬 和恵(ソウマ・カズエ)さんは、私に背を向ける格好で、電話中だった。




数日後・修了式の日
〜 校門付近にて 〜


 「オッス」
 何となくの待ち合わせ場所に立って、少し待っていると、土方君がやってきた。
 今日は、一緒に歩ける。
 それだけで私の心は、弾む。

 本当は毎日でも、一緒に歩きたいんだけど、それを言って『 鬱陶しい 』とか思われるのが怖くって、言えなかったりする。
 また、毎日毎日、待ち合わせ場所で立ってるのも、『 鬱陶しい 』に繋がりそうで、怖くって、私自身も本当に『 何となく 』のタイミングでしか、場所には立たないようにしている。
 だから余計に、『 お互いに気が向いたときの、待ち合わせ 』が成立すると、凄く嬉しい。

 「今日は、修了式だね」
 「ん、そうだな」

 こうして肩を並べて歩いてるだけで、私は満足してポ〜ッとなっちゃうので、あんまり気の利いた言葉が出てこない。いつも、天気や学園行事の話ばかりだ。
 でも、最近気付いた。
 実は、土方君の返事も、大概が『 ん、そうだな 』なんだ。
 ……つまんない……ってワケじゃないよね?
 そんな不安を振り払って、土方君も私と同じように、ポ〜ッとなってて、同じ返事をしてるのかなぁ、とか思うと、ちょっと嬉しい。
 …そんなコトを思いながら、2人でのんびり歩く。

 「あ、そういえば……」
 「ん?」

 私はポ〜ッとなりすぎていたのか、話そうと思っていたコトを忘れかけてた。

 「今度の空いてる日に、携帯の契約しに行くコトに決めたの」
 「あ、遂に?」
 「うん。親からの同意書が、昨日届いたから、手続きに入ろうかなって」
 「…そっか」

 ちょっと嬉しそうな土方君の横顔。見間違いであって欲しくない。
 そんな横顔に、私は数日前から温めていたプランを提案しようと口を開いた。

 「…でね……」
 「あ、一緒に行ったろか?」

 …凄い。なんで、私の言いたかったコトがわかったんだろ。
 いや、これが『 もし、よかったら… 』とかまで言ってからの返事なら、私もここまで驚かない。というか寧ろ、そこまで言って気付かないのは、鈍感だろ、とか。
 でも、『 …でね…… 』しか、言ってないのに、私。

 「え、え!? な、何でわかったの?」
 「な、何でって言われても……ふ、雰囲気的な何か!?」

 いや、何で土方君がそこで狼狽するのよっ?
 大体、『 雰囲気的な何か 』って、どういう意味っ?
 …とか考えたけど、まぁ……狼狽してる姿が可愛かったから、いいや。

 「フフフ……」
 「な、何よ、部長ぉ」
 「何でもないですよ?」
 「な、何よ、その語尾! 急に敬語はやめてっ、怖いからっ」

 今、覚えたコトが1つ。

 『 土方君を狼狽させるのは、面白くて、可愛い 』

 で、『 それが出来るのは私だけ 』って……思い上がりかな?
 私の中に、そんな独占欲があるってコトに、自分でビックリだ。
 けれど、好きなヒトと一緒って、幸せなんだもん。しょうがないじゃん。

 そして、私達は『 何となく 』じゃない、ちゃんと待ち合わせをする、『 初めてのデート 』の予定を立てたのでした。
 気恥ずかしいけど……凄く、嬉しいなっと♪



続く



作品へのご意見やご感想は、 BBSからどうぞ♪

阿修みてTOPへ戻る
TOPへ戻る


inserted by FC2 system