〜阿修羅さまがみてる〜
『 #−2 雲の切れ間から 』
作:コジ・F・93

 高校1の冬。アタシの頭の上は、ブ厚い灰色の雲で覆われていた。
 
 星影学園(ココ)のソフト部は全国的な名門で、日本全国の中学から、『エースで4番』(或いは、それに準ずるような選手)が集まってくる。まぁ、高校野球で言う所のP○とか知○とか明○とかのイメージだ。(実際の所は知らないけど)
 そして、アタシもまた、全国から集まってきた『エースで4番』だったりする。…実際は『4番右翼手』だったけど…バッティングが持ち味である以上、別に守備位置なんか些細な問題だ。
 そんなわけで、4月にめでたく名門ソフト部のドアを叩いて、早9ヶ月。アタシは1度も1軍に上がれないまま、グランドの片隅に追いやられ、『基礎』という名目で、場所を取らない練習と、『球拾い』(コッチがメイン)、『雑用』(コレも大きなウエイトを占めている)に明け暮れる日々。はっきり言って楽しい訳が無い。
 それでも、『ソフト好きだから』なんて理由で歯を食いしばってる自分は、ひょっとしたら、ドマゾなのかもしれない。…まったく…最悪の毎日だ…
 
 「ったく、いつになったら、アタシらには『チャンス』とやらが来るのかねぇっ!」
 腐りかけてる自分を投げ捨てるように、結構本気で、キャッチボールの相手にボールを投げる。
 「そうだねぇ…」
 キレイにキャッチして、ちょっと遠い目。
 「まぁ、私は素人だったから当然だけど、大石さんは凄いのにねぇ」
 言いながら、キレイなスピンのかかったボールが、乾いた音を立ててアタシのグラブに収まる。
 「ナイスボール!」
 右手の親指を立てて素直な感想を伝える。阿部さんは、今、唯一残ってる、高校からソフト始めた…なんていうか…ウチの部では『変わり種』だ。入部当初はキャッチボールもおぼつかなかったけど、今となっては、キャッチもさまになってるし、ぶっちゃけ、アタシよりキレイなボールが投げられるようになった、努力の人だ。
 「私は当然…って…その言い方は気に入らん。阿部さん上手いって!少なくとも、アソコでノック受けてるボケよりは、遥かに上手いよ」
 アタシは、センターの位置で、ノック受けてるヤツをアゴで指す。
 「それは、新見さんに失礼だよ」
 阿部さんは、笑いながらそう言って、話を流してしまう。アタシは本気で思ってるのに…
 
 ──4月。新入部員の自己紹介時に、周囲が1番大きな反応を示したのが、ヤツ。──『新見 ニーナ』が自己紹介をした時だった。
 まぁ、『隅中の新見』と言ったら、私の世代のソフト部員だったら誰でも知ってる超有名人。去年の(つまり中3の)夏の全中でMVPになった『強打の左打者』だ。どーでもいい話だけど、ヤツは『純』日本人。こんなこと言うのは失礼だけど、名付け親は、そうとうイタイと思う。
 (つーか、アタシにはムリだね。黒髪、黒い瞳の自分の子供に、ニーナはないわ…)
 ソフトとは関係ない所で、アタシは新見に同情した。そして、それから2ヶ月とたたないうちに、同情した事を後悔する事になった。
 
 「新入生にも、どんどんチャンスを与える。場合によっては、夏のレギュラーもありえるぞ」
 胡散臭いオッサン監督の言葉に、アタシ達が盛り上がったのが4月の頭。それから、2ヶ月半くらいは、確かに、控え同士の練習試合も少なくなかったし、場合によっては1年生同士の試合なんかもあって、それこそ「胡散臭いなんて言ってゴメンなさい監督っ!」って思えるくらいにチャンスは転がってるように見えた。控え組のスタメンに1年生が3人抜擢されたり、新見に至っては、普通の(レギュラーの)練習試合にスタメンで使われたりもして、アタシはいつ、自分にチャンスが来てもいいように、準備万端整えて、その時をひたすら待ち続けた。
 待ち続けた。が、アタシに与えられたのは、たった1打席と、1イニングの守備だけだった。
 ホームランとまでは、いかなかったけど、2点タイムリーツーベースを打った。守備は、ボールが1度も飛んでこなかったから、なんのアピールも出来なかったけど、少なくともエラーはしていない。(当然だ)次はスタメンで出られるんじゃないか?もしかしたらレギュラーの試合かっ!?なんて、思いながら次の試合の日を待ち、名前を呼ばれる事無く、試合が始まり、名前を呼ばれる事無く試合が終わる。なら、次こそはっ!と意気込んで、練習中(モチロン、グラウンドの隅っこだ。)から猛アピールするも結果は変わらず。夏の大会前の1軍発表の時にも、当然、アタシの名前は呼ばれなかった。
 
 フェンスの向こう側と、こちら側。
 向こう側には、ユニフォームを着た新見がいて、こちら側では、メガホンを持って応援するアタシ。
 ──はっきり言って、アタシは、自分が新見に負けてるとは思ってない。負け惜しみでもなんでもなく、アタシは練習を見ても、試合を見ても、新見が凄いと思わないし…っていうか、バッティングと守備範囲の広さだったらアタシの方が上だとはっきり言えるし、本職センターだかなんだか知らないけど、あの程度だったら、守備だってアタシの方が上手いと思う。足なんか、比べるまでもなくアタシの方が早いし…全てにおいてアタシの方が上だって、胸を張って言える。…中学時代の実績と身長を除いては…
 
 6月の頭位に、アタシは、3年生のマネージャーさんにはっきり言われた。
 「今年の1年生の中で、1番凄いのは大石さんだと思うけど、大石さんはレギュラーになれないと思う」
 最初は、何の事?って思ったし、「ああ、この夏は。って事か」とも思ったけど、マネージャーさんは、さらにこう続けた。
 「監督は、身長低い選手嫌いなのよ」
 ますます、「はぁ!?」って感じだったけど、ようするに、身長が低い=力が無いように見える。との事らしい。
 なんだよ、その無茶な理屈…決め付けにも程がある。その時はそう思ったけど、世の中っていうのは、アタシが思うようにはできていないらしくて、結局、実力より『偉い人の好みに合うか合わないか』が、成功と失敗を分ける大きな要因になるらしい。
 ………
 悔しかった。そんな色眼鏡で見られている事も、モチロンだけど、それ以上にソフトを馬鹿にされてるような気がして、ソッチの方が自分を馬鹿にされるより悔しかった。
 
 ──1月。
 「阿部さん、トンボかけといて。」
 新見の、この一言に完全にブチ切れたアタシは、気がついた時にはもう、新見の胸ぐらを掴んでいた。
 「あぁっ!?テメーも1年だろぉっがぁぁっ!!」
 多分、男同士だったらこのまま殴り合い。って流れなんだろうけど、女同士だったお陰か、そうはならなかった。
 ──ならなかったけど。
 「…無期限部活動停止かぁ〜」
 『星影学園女子ソフトボール部』が。ではない。アタシこと『大石 次子』が。だ。
 学園長や担任は大事にする気はなかったみたいだけど、監督、学年主任が必要以上に騒ぎ立てて、なにを勘違いしたのか、新見の『イタイ』親までしゃしゃり出て来て…アタシも折れないもんだから…いやぁ…もうなんつーか、アタシは、今日、また1つ世の中の仕組みを知ったね。『正直者は馬鹿を見る』って、アレ、ホントだわ(笑)
 そんなわけで、グラウンドに入る事を許されていない私は、それでも諦めきれなくて、寮の裏庭でとりあえず素振りの真っ最中。さすがに壁当てはできないけど、ランニングとかする分にはなんの問題もないスペース。広い庭って素晴らしい。
 
 「おっ!いたいた♪」
 明るい声に振り返ると、そこにはアタシより背の低いベリーショートと、アタシよりかなり背の高い、長い黒髪が寮の陰から現れた。
 「?」
 「なんか、オーイシが干されてるって聞いたからよ。からかいにきてやったよ」
 ニパっと笑って、ベリーショートが左手にはめたグローブを見せる。
 「…」
 ベリーショートに続いて、黒髪は左手にキャッチャーミット、そして右手に──
 「なに、そのボール!?」
 ──スーパーとかに置いてある黄色いカゴに、ぎっしりソフトボールがつまっている。
 「パクって来た──んだよっ!邪魔すんなっ!!降ろせっ!!」
 黒髪が、ベリーショートの首根っこを掴んで話を切った。
 「借りてきた」
 「どこから?」
 「体育倉庫」
 「んなもん、どーだっていいじゃねぇかよ。オラ、投げてやっから構えろや」
 ベリーショートがカゴを持ってアタシから適当に距離をとる。
 「は?」
 「まぁ、そういうことだ」
 黒髪が、アタシと寮との間に入って腰を落とす。
 「ちょっ、雅!防具」
 ファールチップが危ない。と声をかける。
 「お構いなく」
 クールに返されてしまった。
 「ブツブツ言ってんじゃねぇ!イクぞオラぁっ!!」
 1度左足を引いて、それからその足を高々と上げて、大きく振りかぶって…振りかぶって…
 「ストーップっ!!!」
 2人の声がキレイに重なる。
 急にストップをかけられたピッチャーはテイクバックの姿勢のまま、ちょっと前によろけた。
 「んだぁっ!!急にぃっ!!!」
 「ソフトなんだから、下からだ、下から」
 キャッチャーがクレームをつける。
 「んだよ、めんどくせー!速い球打った方が練習になんだろぉ?」
 「上からと、下からじゃ、全然球筋が違うだろうが。オーバースローの球打っても、ソフトの練習にはならない」
 アタシはウンウン。と頷いた。
 「だよぉ〜、ボクはアンダースロー嫌いなんだよっ!もういいや、雅、オメー投げろや」
 ベリーショートと、黒髪が持ち場をチェンジする。
 「斎…アンタ、レガースは?」
 「必要ねぇよ、あんなもんっ!!動きにくくなるだけだっ!!」
 そういうことらしい。
 アタシが向き直ると、黒髪はゆっくりとしたモーションから、第1球を投げ込む。
 「ズバンっ!!」
 今まで聞いたことの無い音を立てて、ボールがミットに収まる。
 「…雅、アンタ…打たす気ある?」
 いちおう聞いてみる。
 「どこの世の中に打たせる気のあるピッチャーがいる?」
 キャッチャーからの返球をグローブに収めながらクールに言い放つ。
 「150キロオーバーに慣れとけば、大抵は打てるぞ」
 さらりと言ってくれた。
 「バケモノめ…」
 「褒め言葉として受け取っておくよ」
 「ズバンっ!!」
 2球目は、思いっきりボールの下を振って空振り。
 (まったく打てる気しねぇ〜)
 そう思って見上げた空は、いつの間にか雲の切れ間から、星が顔を覗かせている。
 
 (うしっ!)
 アタシは気合を入れ直して、3球目を待つ。
 多分、次も空振りするだろう。
 でも、いつかは打てるようになるはずだ。
 無期限の部停っていっても、引退までじゃない。さすがに明日すぐにってワケはないけど、いつか必ず戻れる日が来るはずだ。
 あのブ厚い雲が途切れたんだ。
 だから、今は練習に付き合ってくれる友人達に感謝しながら、自分に出来ることをしていこう。
 星が出た時に後悔だけはしないように。

〜 Fin 〜



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