〜阿修羅さまがみてる〜
『 #−1 Lostman 』
作:コジ・F・93
つけっぱなしにしたラジオから、聞き覚えのあるナンバーが流れている。
壁の向こうから聞こえる『ザーっ』という音をバックに、ボーカルの男性が問いかけてくる。
♪ いつの日かやがて 僕等は恋を忘れてく
大切な感情さえも消えて無くすつもりか
「……」
「………」
私の意識が、机に広げられた問題集から、離れていく。
遠く。
遠く。
私の意識はどんどん私の身体から離れて、私の境界線を曖昧にしてしまう。いったい今はいつで、ここは何処で、そして、私は誰なんだろう?
「…」
目の前に、ブランコに乗った女の子がいる。
「キイキイ」と音をたてて前後に大きく振れるだけの遊具は、幼稚園児くらいの子供にとっては、想像もできないような、スピード感と、そして、空を飛んでいるという錯覚さえ覚えさせる魔法の乗り物だ。
だが、目の前の女の子は笑っていない。
つまらなそうに。ただ、ブランコをこいでいる。
眉をひそめた私の耳に、歓声をあげて遊ぶ子供達の声が響く。
(──ああ、そうか)
どこかで、見た事があるような気がしていたが、成る程。これは私だ。目の前で、つまらなそうにブランコをこいでいるのは、幼稚園の時の私。本当は、皆と遊びたかったのに、「入れて」が言えない私は、常に1人だった。…いや、気を使った幼稚園の先生が、時々「一緒に遊んであげて」と、同じクラスのグループに私を突っ込む事はあったのだが、私はその機会を次に繋げる事が出来なかった。
好きで1人だったわけじゃない。私だって、できれば皆と楽しく遊びたかった。でも、どうしてもできなかったのだ、自分から声をかける。ただそれだけの事が。
「…」
「新入生代表『武田裕美』」
名前を呼ばれた私が、体育館の壇上へと昇っていく。今度は見た瞬間に分かった。制服を確認するまでもなく、中学の入学式での私である。
壇上で私が新入生を代表してなにか──いや、形式通りにしゃべっているのだが、まったく声が聞こえない。今、私の耳に届くのは、
「やっぱ、武田さんじゃん」「あの子頭いいもんね」「でもさ、あの子なんか、話し難いよね」「そうそう。話すとそうでもないけど、なんか話しかけ難いね」───
私と同じ小学校出身の子達による私の評価。
限りなく正しいと自分でも思う。小学校の高学年くらいには、『勉強ができる子』という武器を手に入れていた私は、『各クラスに1人はいる、真面目で地味な優等生』を演じる事で器用に立ち回ってきた。休み時間は読書をして、たまに「ここ教えて」と尋ねてくるクラスメイトに勉強を教え、クラス委員の仕事をしながら、教室に飾られた花の世話をする。
幼稚園の時に比べれば、誰かと話すことも多くなったし、誰かと衝突する事もない、平穏な生活。親友と呼べる友人はいなくても、昔のように孤立しているわけじゃない。自分1人の時間を邪魔されない上に、それなりに、クラスの中心にいられるという、まさに、私にとって理想の生活だった。
そう、理想の生活だった。
そう信じていた。少なくとも高校生になるまでは。
「…」
「あ、ども。今日からルームメイトになる『服部 優妃』です。よろしく」
白いTシャツ(無地ではない)の上に、鮮やかなブルーのパーカーを羽織って、下はカーキのデニムのハーフパンツに、reebokのスニーカー。
(…よりよってスポーツ少女…)
カラッカラの笑顔を浮かべる、3年間の運命共同体を見た私が最初に感じたのは、軽い絶望だった。
聞けば(というか、勝手にしゃべりだした)彼女は、小学校の時からバスケをしていて、(これで、彼女はああいう格好が好きなだけで、実は文系だった。という甘い妄想は打ち砕かれた。)バスケがしたくて、わざわざ神奈川から越境入学して来た。との事。
たったそれだけのためにこの学園を選ぶあたり、流石、体育会系。『飛び級制度』のおかげで、高校在学中から、より高度な資格が取れる。という理由で選んだ私には、どこでもできるバスケなんていう理由で、高校を選んでしまう彼女の気持ちは永遠に理解できそうにない。少なくとも、3年で分かるようになるのは不可能で、それなのに、バリバリに文系の自分とは、人間的に合わないであろう隣人と過ごす3年間はとてつもなく長い。
早くも高校生活に絶望した私は、理想的な生活だった中学時代を懐かしむ事で、現実から目を背けようとしていた。
「…」
「ただいま〜。あー、お腹減った…。武田さん、ご飯行こうよっ!ご飯っ!!」
入寮した次の日から、部活に参加(いいのか?)して、夜の9時過ぎに帰ってきたルームメイトが上がり框に腰かけて、部屋の中を振り返りながら、声をかけてくる。
「え〜!もう食べちゃったのっ!…仕方ない…それじゃ、武田さんは、本日2度目の夕食ということでひとつ…」
「ありえないでしょっ!その発想っ!!」
多分、私はこの時初めて、同年代の子に向かって大声を出したと思う。
「あははははっ、冗談、冗談。それじゃ、サクっと行って来るね」
そういい残して、部屋のドアが閉められる。
と、すぐに閉められたはずのドアが開いて、
「ちなみに、武田さんは何食べた?」
私のルームメイトが、顔だけ出して聞いてきた。
「…」
「あ、武田さ〜ん。こっち開いてるよ〜」
空席を探してウロウロしていた私を呼ぶ声がした。
(伊東さん…だっけ?)
手を振って、私にアピールしているサイドポニーは、確か『伊東さん』で、その向かいで箸を銜えて振り返っているのは『藤堂 魁さん』だ。彼女達は、私のルームメイトと仲がいいらしく、朝食や昼食を、何度か一緒したことがある。
「ありがとう、伊東さん、藤堂さん。助かったわ」
「この時間は凄いもんね、見つけられてよかったぁ」
ちょっとした知り合いを助けただけで、なんでこんなに嬉しそうなんだこの子…目の前でニコニコしているサイドポニーの少女を見ながら、私が箸を持つと、隣から妙に視線を感じる。
「…なにか?」
視線の主にそう尋ねる。
「…藤堂さん…藤堂さん…」
ブツブツと口の中で、そう連呼する私の左隣。
(…間違った?…いや、でも、伊東さんならまだしも、藤堂さんを間違うわけが…)
2人とも、相当な美人だが、伊東さんは透明な綺麗さで、藤堂さんは色彩の綺麗さといった感じで、強く印象に残るのは、藤堂さんの方だ。間違うはずがない。
「私って、なぜか名前ばっか定着して、全然苗字でよばれないのよね。現に入寮1ヶ月で、すでに『藤堂さん』って呼ぶ人いなくなってたし…」
(はぁ?)
なぜ、それが、私に熱視線を送る理由になるのかが、まったく分からない。分からないが、藤堂さんは、一際華やかな笑みを浮かべて言った。
「だから、これからも、武田さんは、藤堂さんって呼んでね」
「…」
自分の部屋で音楽を聞いていた時だった。
「意外…」
ベットに寝転がって、バスケの雑誌を読んでいたルームメイトが、ベットから身を乗り出して言った。
「なにが?」
「裕美は、メタルなんか聞かないと思ってたからさ」
「メタルなんか、聞いてないわよ」
「え?だって、今聞いてるの…」
「メタルじゃなくて、スラッシュメタル。別物よ、別物」
私は、聞いているCDのジャケットをヒラヒラさせながら、答える。
「…あ、いつもの裕美だ。安心、安心」
「なにそれ、どういう意味?」
カラッカラの笑顔で笑う少女に聞き返す。
「そういう細かい所ツッコむの、得意じゃない」
「細かくないわよ。私は事実を述べてるだけ。だってそうでしょう?今聞いてるのは、スラッシュメタルなんだから──」
「あ〜、はいはい。で?その話、長い?」
私の話を途中でブった切って、片眉を上げて少女が尋ねる。
「──っ…なに?私の話、退屈?」
私は、努めて冷静に言う。
「退屈じゃないけど──」
ウンウン。と頷きながら少女が続ける。
「──裕美の話は、回り道が多すぎるんだよ。もっとこう、スパっと」
そう言いながら、少女が、右手で空中に水平チョップする。
「無理よ、そんなの」
私は肩をすくめる。
「話したいことが、沢山あるもの」
「…〜い…」
身体が揺れている。(ような気がする)
「お〜い、ヒロ〜。顔にヘンな跡つくよ〜。起きな〜って」
「!」
急激な覚醒。
弾かれたように、顔を上げると、バスタオルを頭から被ったルームメイトと目が合った。
「テスト休み中に、寝落ちするまで、勉強する?普通?」
「追試の自覚がある連中はするんじゃない?」
「んじゃ、ヒロも追試なんだ?」
「私が追試だったら、可哀相に…アンタも追試ね。おめでとう。折角、ベンチ入りできたのに、インターハイには出られないわね」
「…ごめんなさい」
バスタオルを乗っけたまま、ちょこんと頭を下げる。もう、4ヶ月の付き合いなんだから、私に口喧嘩で勝てないことなんか、分かってるのに。
「あ、そうそう」
キッチンに戻って、冷蔵庫の中からスポーツドリンクのペットボトルを取り出しながら、彼女が言う。
「夏休みの初日に、またみんなで花火やろうってさ」
「はぁ?昨日やったじゃない?」
昨日の夜に、女子寮をあげての『1学期期末終了オメデトウ!あ、1部はこれからガンバレ大花火大会』が開催されたばかりだ。私がそう思うのも、無理ないだろう。
「昨日のは、女子寮。今度のは、仲間内。いいじゃない、イベントは多い方が」
そう言って、部屋の中央に置かれたテーブルの上にペットボトルを置いて、髪の毛の水分をバスタオルで吸い取りながら笑う。
「それにさ」
微かに真面目なトーンの混じった声に、私は視線を彼女に移す。
「うん?」
「実は、今日ちょっとだけ寂しかったんだよね…昨日の夜は、楽しかったんだけど、今日は何もないじゃない?」
「…」
「…そういうの無い?」
「…」
「…」
2人の間に沈黙が訪れ、聞こえるのはつけっぱなしのラジオから流れてくる聞き覚えのあるナンバー。
♪ 分かってるんだ Myself
「…それは分かるわ」
さっき見ていた、夢のせいだろうか。私は、そう言いながら、『理想的』だと信じたあの生活に戻れるか。考えてみた。…いや、考えるまでも無かった。
そんなことは、考えなくても分かってるから。
〜 Fin 〜
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