〜阿修羅さまがみてる〜
『 渡チョコ・番外地 』
作:鬼団六
「オハヨー」
「ごきげんよう」
「うーす」
「もーにんっ」
「ちょいや」
さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
私立星影学園
『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
さて、今回は『 渡せなかったチョコレート 』の番外編。
短めのお話をサクサクッと参りましょうか。
番外地・その1
〜 学園長のX-Day 〜
星影学園学園長・12代目金田舞次郎(カネダ・マイジロウ)
彼は毎年のこの時期、『 学園長の城 』…所謂、学園長室の前に、ある箱を置いている。
『 学園長BOX 』
それは、老いてなお壮健の、万年青春ジジイの夢の箱。
『 学園長BOX 』
それは、生徒をこよなく愛する、万年青春ジジイの夢の箱。
『 学園長BOX 』
それは、明らかに『 何か 』を期待する、万年青春ジジイの夢の箱。
『 学園長BOX 』
しかしそれは、とても厳しい現実の箱。
「フゥ……今年も、1つだけか」
X-Dayの下校時刻も過ぎ去り、外は最早漆黒の闇である。
舞次郎は、学園長BOXの中身を寂しそうに見つめる。
1つあればいいじゃないか、1つで十分じゃないか。
そう仰る声も聞こえてきますが、残念賞。
それは、学園長が期待していたような、『 生徒からのモノ 』ではないのです。
「また、しづ姉からだけ…」
毎年毎年、懲りない学園長と、毎年毎年、変わらず優しい高杉先生のお話。
つーか、誰か止めてやれよ、万年青春ジジイをさぁ。
番外地・その2
〜 しづ姉のX-Day 〜
しづ姉…高杉 しづる(タカスギ・シヅル)、学園の英語教師。
故・フレディ・マーキュリーに心酔しきっている、生粋のナイス・ガイで、ゲイ。
星影学園・学園内アンケートでは、毎年『 女子生徒が相談をしたい教師部門 』で、ブッちぎりのトップを獲得中。そろそろ、殿堂入りも検討されているとか、いないとか。
そんなしづ姉だから、X-Day近辺の日常は慌しいことこの上無し。
登校時間、休み時間、放課後に至るまで、授業時間以外の全ての時間が、女生徒からの相談で大忙しだ。
この時期になると、もう彼女(しづ姉の個人の意思を尊重し、敢えて、彼女)の普段の活動拠点・英語科研究室(別名・クイーンの城)では、手狭になってくる。
英語科研究室にいるのって、彼女だけじゃないから、他の英語教師にも迷惑かかっちゃうし。
よって、この時期はしづ姉の相談専用のある場所が、解禁になる。
その名も……
『 BAR・恋泥棒 』
…いや、別にアルコールは出ない。
が、その代わり、しづ姉が手ずから煎れた『 本場ブリティッシュのお紅茶 』が出る。
そして、X-Day当日だというのに、BAR・恋泥棒の門を叩く、迷える子羊は後を絶たない。
「いらっしゃい」
しづ姉が笑みで来客を迎える。
「あら、貴女は…そう、1年B組の永倉 真珠(ナガクラ・シンジュ)さんね」
「いや〜、ちょっと相談があるんですけど…」
永倉は、カラッとした調子で、カウンター席に腰掛ける。
「そう…一体、どんな相談なのかしら?」
しづ姉が、手馴れた様子で紅茶を煎れ出す。ティーカップも、本場ブリティッシュの高級感溢れる逸品だ。それを煎れている彼女の姿が、お馴染み『 真っ白のタンクトップ 』であるコトだけが、唯一の違和感であるが、慣れというものは怖い。永倉は一切気にしていないようだ。
「友達のコトなんですけどね……」
ポツポツと、永倉は語り出した。
部活の友人に好きな男ができたという話を聞かされたコト。
その相手の男も、同じ部活だというコト。
で、自分としては、友人に幸せになって欲しいので、なんらかの協力をしたいと思っているコト。
でも、何をしたらいいかがわからないというコト。
「どうしたらいいですかね?」
しづ姉は、微笑む。
「永倉さん……そのお友達は、何て言ってるのかしら?」
「へ?」
「何か、手伝って欲しいって、言ってた?」
「…いや、はっきりと、そうは言ってなかったけど……」
「ウン。だったら、しばらくは、貴女は何もしちゃダメ」
「…そうなんですか?」
永倉は納得しかねる様子。
「そ。そのお友達が、本当に貴女の協力を望むなら、ちゃんとそう言ってくるわ。逆に言えば、それが無い状況で貴女が何かするっていうコトは、単純にお節介っていうモノね」
「お節介…かぁ……」
ちょっと考え込む永倉。
「大丈夫。恋ってね、当事者同士でしか進展できないモノなの。だから、黙って見守ってあげるっていうのが、一番の友情なのよ」
「……そっか。そういうモンなんだね」
「そ」
しづ姉の必殺の微笑みが炸裂。
見る者を安心させる、穏やかな微笑み。
今日もまた、彼女は迷える子羊を救ったようだった。
番外地・その3
〜 永倉のX-Day 〜
X-Day当日の夜、永倉 真珠は自分の部屋に居なかった。
ルーム・メイトが、前日の夜からインフルエンザに罹ってしまったためである。
感染するといけないので、隣室に間借りしている状況だ。
時間を見ては、自室で寝込んでいるルーム・メイトの様子を伺いに行く。
つーか、ぶっちゃけ、それ以外の時間が、しんどい。
理由は、コレ。
「ちょっと、永倉 真珠」
移住先の住人。実は、永倉とはかなり反りの合わない相手。今も、非常に敵意の篭った視線でこっちを向いている。大体、相手をわざわざフルネームで呼んでくるんだから、その嫌われっぷりがわかるってモンだ。
「何よ、ミズ・藤堂」
だから、永倉も、彼女が思う最大級の侮蔑っぽい名前の呼び方で返す。こっちはすでに、日本語じゃねえ。
その相手、藤堂 魁(トウドウ・ラン)は、口元をヒクッとさせながらも、さらに切り込んでくる。
「アタシの領地に入ってくんなって、言ったわよねぇ?」
…子供かっ!
「あぁら、そいつは失礼致しましたっと」
…お前も、子供かいっ!!
まぁ、この2名、仲が良くなるワケが無いのである。
永倉は、『 体育会系サッパリ少女 』
藤堂は、『 文化系サッパリ少女 』
どちらも『 姉御肌 』で『 一人称はアタシ 』なんだけど、なまじっか近い分だけ、先の違い『 体育会か文化系か 』で、決定的な決裂を見せている。
そして不幸の窮みは、この2名の暫定的同居に立ち会わなければならない、この部屋のもう1人の住人。
「真珠ちゃんも、藤堂ちゃんも、やめるですぅ〜」
アタマの悪そうな、甘ったるい喋り方の彼女、名を原田 さくら(ハラダ・サクラ)という。
彼女には、永倉が転がり込んできた夕べから、魂の安息が無い。
「だって、永倉 真珠がぁ!」
「だって、ミズ・藤堂がぁ!」
…お前ら本当は、仲良しだろ。
「せからしかぁ、こっぱぁ、ですぅ!!」
さくらは、テーブルをバシンと叩く。
「今日は、目出度いバレンタインです! 喧嘩なんかせずに、さくらの作ったチョコレートでも食べてるがいいです!!」
バレンタインの何が目出度いのかはわからんが、熱弁と共に、自作のチョコレートを出すさくら嬢。
皿の上には、チョコ・トリュフが4つ乗っている。とても美味しそうだ。
「じゃあ、アタシ、これ!」
「ちょっと、永倉 真珠! それはアタシんだ!!」
「どれでも一緒ですぅ!!!!!!」
またいがみ合いを始めようとした2人の間に割って入り、それぞれの口にポンポンとトリュフを投げ込むさくら。
食べてる間は、この2人ですら大人しい。しかも今回はさくら特製の『 非常に美味しいチョコ・トリュフ 』である。先程までの喧騒を忘れ、『 女の子が、甘くて美味しいモノを食べた時特有の、魅惑の笑顔 』が発動していた。
その様子に一時の安寧を手に入れたさくらは、自らもトリュフを口に放り込むと、その味に満足しつつ、席を立つ。お手洗いに行くためだ。
しかし、これが油断であったコトを、数分後にさくらは思い知るコトとなる。
『ジャ・ケン・ポゥ!!』
永倉、グー。藤堂、チョキ。
とにかく、永倉の勝ち。
「あぁら、残念でしたわねぇ、ミズ・藤堂〜♪」
「ま、待ちなさいっ、永倉 真珠! 3本勝負でDOよ!?」
「何でそんなコトしなきゃなんないのよ、ミズ・藤堂、自分の立場わかってるぅ?」
「くっ…屈辱だぁ……!!」
「アタシが、勝者で、ミズ・藤堂は、負・け・い・ぬ♪」
「むっきぃー、乱暴猿に犬呼ばわりされる位なら、いっそ!!!」
藤堂の我慢が、臨界点を突破。その手が、光よりも早く、いや、速く残った1つのトリュフに伸びる。
「あっ!!」
と、永倉が言う間に、ラスト・トリュフは、藤堂の口に消えた。
「何すんのよぉ〜、ミズ・藤堂ぉ〜!!!!」
「フッ…しょーふは、いつふぉ、ひひょーなのひょ」
とりあえず、訳しとく。
「フッ…勝負はいつも、非情なのよ」
……その非情な勝負に、今しがた負けたヤツの言うコトではない。
と、そこへ……
「……2人とも、何をやって…ああっ!!!!!!!」
空の皿を指差し、固まるさくら。
「な、何よ、さくら。そんな大声だしちゃって」
「ふぉーひょ、ひったひ、ろーひたってのひょ(そーよ、一体どーしたってのよ)」
「藤堂ちゃんですかぁ!?」
さくらが、藤堂の胸倉を掴む。
「ちょ、ちょっと待ちなさいって、さくら、何してんのぉ!?」
永倉が止めに入る。
「つーか、真珠ちゃんも真珠ちゃんですぅ!! 何してくれやがったんですかっ!」
話が見えない2名の犬と猿。
「…とにかく、2人とも、そこに正座ですぅ!!」
勢いに負けて、そのまま正座の犬&猿。
「なんで、さくらが『 4つ用意してた 』のかも、考えられなかったですかっ?」
「え、アタシ達3人の分でしょ?」
「で、1つ余ったんでしょ?」
小首を傾げる犬猿コンビ。
「……はぁ………」
心底、可哀相なモノを見るような視線で、ため息のさくら嬢。
そのまま、壁を指差す。
「……壁?」
「え、ラスト1個は、壁に投げつけるつもりだったの?」
「バカもここまで来ると、笑えませんですぅ……そうじゃなくて、真珠ちゃんたちの部屋」
「…アタシの部屋?」
「…に、ラスト1個?」
カチ、カチ、カチ、カチ…………ポーン♪(思考の末、1つの真実が見えた効果音)
『イサミの分だったのっ!?』
そう、イサミとは今まさに、インフルエンザで寝込んでいる、永倉のルーム・メイト。
残っていたラスト1個のトリュフは、彼女のための物だったのである。
近藤 イサミ(コンドウ・イサミ)、今年のバレンタインは、つくづく不幸だ。
そして、さくらは思う。
この2名から、目を離すんじゃなかった、と。
油断した自分の不覚を恥じたのであった。
番外地・その4
〜 イサミの眼鏡が変わる日 〜
X-Dayも過ぎ去り、インフルエンザに罹っていた近藤 イサミも、快方へ向かっていた。
もう、熱も下がり、明日位から、学校にも行けるだろう。
そんなある日曜日のコト。
イサミは、新調した眼鏡を掛けて、鏡に向かっていた。
「えへへ〜」
過日、藤堂に選んでもらった新しい眼鏡。買った直後に、インフルエンザを発病してどたばたしたので、掛けるのは久しぶりだ。
「イサミ、気持ち悪いって」
永倉が、その様子を見て苦笑い。
「だって〜」
そう、この新しい眼鏡、いよいよ明日実戦登板なのである。(学校で倒れた時までは、旧眼鏡を掛けていた。マスクをしてたので、勿体無いと感じたのだろう)
「あ〜、ハイハイ、ヤツも気に入ってくれっといいネ〜」
「やっ、やだなぁ、そんなんじゃないよぉ!」
そう言いながらも、イサミの頬は紅い。
と、何やら廊下が騒がしい。
ドッタン、バッタンと、かなり騒がしい。
「…何だろ?」
「…さぁ?」
2人は顔を見合わせる。騒々しいのは、意外と日常茶飯事なんだが、それで、自分たちの部屋の何か(具体的にはドア)に被害が出るのは有り難くない。
一応、何が起こっているのかだけは、確認しとかなくては。
「ちょっと、見てみるね」
イサミは、ドアの方へ歩き、そのノブを回す。
扉を開き、廊下へそぉ〜っと、顔を出し、様子を伺う。
すると………
「イツキ・ダイナマイト・ゥアタァーック!!」
河上 斎(カワカミ・イツキ)が、ドッジボールをブン投げていた。
「あ、バカ、斎!」
相手は、藤堂 魁。
斎の投げたボールは、藤堂の脇をすり抜け、あるモノ目掛けて飛んできた。
「ほげっ!?」
そう、ボールは、イサミの顔面を直撃したのである。
ブッ倒れるイサミ。廊下側から藤堂が、部屋の中からは永倉が彼女に駆け寄る。
「だ、大丈夫、イサミっ!?」
「だ、大丈夫、大丈夫。ちょっと、『ほげっ』とか言っちゃったけど、大丈夫」
イサミの鼻が、赤くなっていた。
「ちょっと、ミズ・藤堂、何してくれやがんのよ!」
「っさい! 永倉 真珠には関係ないじゃーん!」
「だ、大丈夫だから、私は大丈夫だからっ! だから、喧嘩しないでぇ!」
犬猿ペアの間に挟まれ、必死の懇願のイサミ。
「おーい、トード! ボール寄越せー!!」
廊下の遠くで、斎が叫んでる。大物なのか、空気が読めないのか……多分、両方。
「え、ボール?」
イサミは、その声に律儀に反応し、辺りを見回すが、どうも視界がよろしくない。
「…あれっ、眼鏡がない!」
そう、さっきのボール直撃の際に、イサミのNew眼鏡は、スッ飛んでいってしまっていた。
「眼鏡、眼鏡」
日本一のステキな漫才師よろしく、床を探すイサミ。
「あ、イサミ、あそこ!」
永倉がちょっと離れた床を指差す。そこには、イサミのNew眼鏡が、奇跡的に無傷で落ちていた。(勿論、当の所有者には無傷かどうかまでは見えてないのだが)
「へ、どこ?」
所有者、友の指差す方向へ首を向ける。そこへ………
「大外刈〜りが、超得意〜!」
「大外刈〜りが、超得意〜!」
「一本背〜負いは、やや苦手〜!」
「一本背〜負いは、やや苦手〜!」
「そ〜んな、アタイら、重量級〜!」
「そ〜んな、アタイら、重量級〜!」
「大会によっては、無っ差別級〜!」
「大会によっては、無っ差別級〜!」
女子柔道部・超重量級のメガトンさんたちが、なぜかランニングしてきた。
なぜ、日曜の寮の廊下で?
なぜ、女子柔道部が?
なぜ、このタイミングで?
様々な『 なぜ? 』を一向に介する気も無く、非情なる現実として、女子柔道部の連中はドッスドッスと足音高く、掛け声も雄々しくやってきた。
そして……
「ああああああああああああ…………」
泣きそうな顔の所有者を他所に、奇跡的に無事だった眼鏡の上を駆け抜け、思う様蹂躪し、眼鏡を、『 眼鏡だったモノ 』に変えて、去っていった。
「…………」
3人は、言葉もない。
「トード! ボール!!!」
斎の声だけが、静まった廊下に響いた。
翌日の、学校復帰。イサミは、今までの眼鏡を掛けていった。
犬猿ペアの永倉&藤堂も、流石に哀れに思ったのか、同じモノを共同出資で買おうかと提案してくれたが、イサミは断った。理由は、
「いいよ〜、眼鏡って、意外と高いしネ。それに多分、背伸びしすぎだよ、ってコトだと思うんだ。だから、今度、今の自分に似合うのを選んでみるよ」
というモノ。本人に笑顔でそう言われては、2人も引き下がらざるを得なかった。
そして、春休みが明ける頃、イサミの眼鏡が、再び変わった。
今度は、フレームこそ細いものの、形はやや大きく、丸め。
今までほど、野暮ったくは無いが、特別にイケてるわけでもない。
でも、それは、高校2年生になる近藤 イサミには、とてもピッタリ似合っているように見えた。(犬猿ペアも、それを見て一安心した)
イサミ自身、鏡の中の自分を見て、浮つくわけでもなし、卑屈に思うワケでもなし。自然体の、フラットな感覚になれた。
そう、近藤 イサミは、ここから始まるのだ。
〜 Fin 〜
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