〜阿修羅さまがみてる〜
『 ペンを折ったら切腹よ♪ 』(中) 作:鬼団六

『 登校中、それぞれのイロイロ 』

 『何でなんですか……』

 …あの部室での呟きから、一夜明けた翌日。
 例え山内が「不安に押し潰されそーな、眠れない夜」を迎えていたって、確実に無情に朝は来る。
 しかも、天気はすこぶる良い。ザ・秋晴れ、ってカンジだ。
 だが、そんな「浮かれモードなお天気」が、今の山内には不快だった。
 「はぁ〜……」
 ため息をつき、背中を丸めて歩く山内 一二美(ヤマウチ・ヒフミ)。目の下には、寝不足からくる若干のクマ。効果音を付けるならば、『トボトボ』とかがピッタリだ。
 周りの「楽しげな登校の雰囲気」に、馴染めていない背中で、山内はトボトボ歩く。
 ふと、目の前に「明らかに雰囲気で置かれたマリア様の像」が目に入る。
 (マリア様かぁ……)

 尾形と知り合うきっかけを作ってくれたのは、この「明らかに雰囲気で置かれたマリア様」だった。だから、それ以来、山内は登下校の度に手を合わせてお祈りを捧げてきた。信仰心じゃない。只の、お礼だ。お稲荷さんに願い事をして、それが叶ったら、油揚げを奉納するのと同じ感覚。そもそもキリスト教徒ではない山内にとって、他所の教会なんかに「恭しく置いてあるマリア様の像」には何の意味もない。この学園の敷地内に「明らかに雰囲気で置かれたマリア様」だけが、彼女にとっての「マリア様」なのである。多分、ここに置かれていたのが「お稲荷さん」だったならば、彼女は迷わず「毎朝、油揚げを奉納」したことだろう。安く済んで良かった。手を合わせるだけなら、タダだもの。

 …脱線した。現在の山内の描写に戻ろう。

 山内は「明らかに雰囲気で置かれたマリア様の像」に立つ。
 しかし、見上げるだけで、手を合わす気配はない。しばらくして、不意に目を反らした。
 (…今日は、お祈りすんの……やめた)
 「やめようかな」ではなく、「やめた」…… 「迷い」ではなく、「決定」。
 その位の気持ちの強さで、1年半以上続いた習慣を拒否する山内。
 (…今は、ヤダ)
 マリア様に背を向けて、校舎の方へ歩き出した。


 校舎の方へ歩き出した山内の丸まった背を、尾形 俊美(オガタ・トシミ)は見つめていた。
 彼女は山内よりも、15メートルほど後方に立ち止まっている。
 (一二美……)
 その表情は、山内と同じように冴えない。
 彼女にしては珍しく、目の下に若干のクマが見受けられる。
 声を掛けようか、迷った。だが、結局、声は掛けなかった。
 (掛けたところで、何を話せるというのだろう。私はもう、言葉を持っていないのに)
 山内が振り返り、自分に気づいたらどうするつもりだったのか、尾形自身もわからなかった。
 そのくせ、いつも通りの登校時間を選んでいる。山内と会う確率が高い時間を、だ。
 (…イヤね、こういうの)
 ため息をつき、尾形もまた、校舎に向かって歩き出した。
 いつもは颯爽と歩く尾形が、ひどくゆったりと歩いていった。


 そんな2人の交わらない邂逅を、これまた交わらずに眺めていた者、アリ。
 (あ〜…)
 眺めていた者は、尾形の5メートル後方にいた。先行していった2人と、顔を合わせるのが気まずかったので、その場に立ち止まったままだ。
 (実際、洒落になってないッスよ〜、あの雰囲気はぁ〜)
 山内は「何か問題を抱えていた」ようだし、尾形は「何か無くした」ようだった。
 「あに(何)してんだ、吉田? こんなトコで」
 校門のそばで立ち止まったままの「眺めていた者」こと吉田 東(ヨシダ・アズマ)に、至極当然の疑問が寄せられた。
 「おや、市村ッスか?」
 声を掛けてきた男子生徒は、同じクラスの市村 鉄矢(イチムラ・テツヤ)だった。
 「あにしてんだ、お前」
 市村 鉄矢、吉田のクラスメート。属性・バカ。何か、行動がバカ。
 「何でもないッス」
 バカに相談するような、奇特な趣味は持ち合わせてない吉田は、そのまま歩き出す。
 「そーか? まぁ、ソレならソレでいいけんどもがよ」
 けんどもがよ、って、何語だよ、と思いながら、吉田は歩く。
 でも、あんまり早く歩くと、尾形に並んでしまうので、ゆっくりと。すごくゆっくりと歩く。
 「なぁ、吉田ぁ」
 「何スか?」
 この2人、別に上下関係があるワケではない。吉田が、誰に対しても「ッス」を使うしゃべり方なだけだ。
 「なんで、そんなゆっくり歩いてんのよ?」
 「趣味ッス」
 即答。そして、冷淡とも取れる抑揚。
 「ふーん」
 なぜか、市村は吉田の横に並んで歩いている。
 「市村は別にチャッチャと行ったらいいんス」
 「ん」
 生返事をしながらも、横を歩く速度は変わらない。
 何考えてんだ、こんバカは…と、隣を歩くバカ男子の顔色を伺う吉田。因みに、この2人の身長は、ほぼ同じ178センチ。だから、吉田は必然的に真横を向くカンジになる。
 「おっはよー、テツやん」
 不意に、視界の隅から(要は身体の後方から)朝の挨拶とケンカ・キック。
 「うごぅ!!」
 途端、市村の姿が吉田の視界から消える。
 前方を見やると、約2メートル先に、うつ伏せに倒れているバカ男子発見。
 「いってーな、何すんだよ、相馬!!」
 起き上がるバカ男子。
 「おやおや、吉田サンじゃーん。何してんの? テツやんと歩いてるなんて、めずらしいじゃーん」
 「いやいや相馬サン、こいつが、勝手について来ただけッスよー」
 吉田も、相手のコトは知ってるので、普通に答える。
 ケンカ・キックの主は、相馬 和恵(ソウマ・カズエ)。この娘も吉田のクラスメート。因みに言うと、吉田のルーム・メイトでもある。身長は165センチ。属性は眼鏡っ娘でボクっ娘。以上。
 「ぅおいっ! オレ様の至極真っ当な疑問を無視すんなっ!!」
 「真っ当な疑問って何よ?」
 「何故、朝の挨拶にケンカ・キックがオプションで付くのかネ!?」
 「ん〜……勢い?」
 「聞くなっ!!」
 「何、テツやん、ストーキング?」
 「ち、違うわぃ、ボケェ!!」
 「じゃ、ストッキング?」
 「そうそう、吉田のステキなストッキングに、ついフラフラと…って、バカっ!!」
 「東ぁ、何かあった?」
 がちゃがちゃ言い合ってたかと思ったら、急にルーム・メイトの顔になって、吉田の方を伺う。そう、普段は互いにファースト・ネームで呼び合う2人。
 「い、いや、別に何も?」
 おおぅ、疑問形。
 「おぅい、無視すんなよぉ、アゲイン! 吉田はストッキングじゃねーじゃーん!!」
 叫ぶバカ男子。
 「うるさい、この節足動物。」
 「せっ、せっ、せ・せ・せ・せ・せっ……」
 相馬の言葉に、「せ」のみを再生する、壊れた蓄音機のようになるバカ男子。そこへ相馬が…
 「○ックス?」
 「イヤン!!」
 その言葉に、今度は頬を赤らめ、腰をクイックイッとするバカ男子。
 「ホント、コイツ、バカッス」
 呆れ顔の吉田。
 「ぅおいっ!! 何だよ、そのオール・カタカナの罵倒はよぉ!! そして、You!!」
 律儀なバカ男子は、吉田に突っ込んでから、ズビシと相馬を指差す。
 「Meのコト?」
 可愛らしく小首を傾げながら、自分を指差す相馬。
 「Youのコト!! うら若きご婦人が、セッ○スとか言うなぁ!!」
 「ハラスメント! テツやん、ハラスメント!!」
 「ぅおぅいっ!! 言い出したのは、オマエさんじゃねーかっ!!」
 「ボクが言ったのは、『ソックス』ですぅ〜」
 「いいっ!?」
 「あらあら、思春期テツやんは、一体全体、何だとお思いになったんでしょ〜ね〜」
 「ムゥ、チョップしたい!」
 「で、東は何に気ぃ遣って、ゆっくり歩きたいん?」
 「ぶっ!?」
 またぞろ急に、ルームメイトの顔で問うてくるもんだから、噴いたしまった。ホントに、この相馬という友人の唐突さはどうにかならないものだろうか…と、吉田は思う。一緒の部屋になって、約半年以上が経過したが、中々慣れてこない。つーか、読めない。
 「な、何でそう思うんス!?」
 「ん〜…美人眼鏡っ娘の勘?」
 「聞くなッス」
 「菊とナス」
 「市村、うっさい、黙れッス」
 「おぃおぃ、黙れって言われちゃったよぉ〜」
 不意に、3人組の脇を通ろうとした女子生徒たちに話を振る市村。
 「は? え?」
 当然、その女性徒たちは目を白黒させている。
 「ハイハイ、じゃあテツやんは、その娘さんとちと、仲良く登校しなさい」
 手をヒラヒラやって、「あっちいけ」のジェスチャー。
 「おう!」
 力強く頷き、女子生徒たちと歩き始めるバカ男子。因みに、彼女たちとバカ男子は、ほぼ初対面である。つーか、言葉を交わしたのは、今日が初めてだ。
 「こないだあった話なんだけどネ、オレ様が捕まえたカブト虫の幼虫がさぁ……」
 当惑の色を隠さずに、できるだけ穏便に無視しようとしながら、女子生徒たちはサッサカ歩く。そして、それに付随していくバカ男子。
 「…なんでカブト虫の幼虫の話なんスか……」
 吉田、ゲンナリ。バカはいつも、想像の斜め上をカッ跳んでいく。
 「何かあったなら、遠慮なく言ってよ? 話聞くくらいは、いくらだってするからサ」
 相馬がフッと言葉を紡ぐ。目線はバカ男子の方を向いたままで。
 「あ、うん。ありがと、和恵」
 その自然さにドキッとなって、ちょいと間抜けな返事になる吉田。
 「誰にも聞かれたくないようーな内容なら、部屋ですればいいんだし。いいよ、ボクが寝てたら叩き起こしちゃっても」
 「いや、それは流石にナシっしょ」
 そう、吉田のルームメイトは、すんごい早寝早起きなのである。
 「くだらない用件でソレをやられたら怒るケド、事情があるなら、イイよ♪」
 なんてイイヤツなんだ、と吉田は思った。でも、逆の立場にしてよく考えたら、吉田も『相馬に事情があって、夜中に叩き起こされるのは、不愉快ではないなぁ』と思ったので、イイヤツってのは訂正するコトにした。当たり前のコトなだけだから。
 「さて、そろそろボクたちも行きますか。流石に時間がヤバイんじゃん?」
 ルームメイトにそう言われて、吉田も歩き出した。
 もう、流石に先輩たちは校舎に入ってしまっただろうし。




『 放課後のウニャウニャ 』


 放課後の新聞部の部室。
 今日「も」、山内のみのハズだ。
 休み時間等を利用して、佐伯(サエキ)、吉田、奥沢(オクザワ)には、今日の部活は「臨時休業」だと伝えてある。
 尾形は……当然のように、来ない。……ハズだ。

 「学園祭・特集号、ねぇ……」
 3Bの鉛筆を、クルクルと回しながら、独りで活動中の新・編集長は呟いた。因みに、新・編集長、ペン回しはあんまりお上手でないらしく、しょっちゅう3B鉛筆を落っことしてる、もしくは、すっ飛ばしている模様。
 「特集するったって……例年通りなら、学園祭の模様を、俯瞰で捕らえたカンジの、当たり障りのない内容になるワケなんだケド……」
 山内の前には、大きく「学園祭・特集号!」とだけ書かれたメモ用紙。彼女にしては、内容が判別できるメモだ。
 「ん〜………あ」
 唸りながら行っていたペン回しが、またもや失敗した。部室のドアに向かってすっ飛んでいく。
 (ああ、こりゃドアに当たるなぁ。多分、芯、折れるだろうなぁ)
 と、山内はスローモーションの視界の中、考えた。
 しかし、それはあくまでも、予想。現実は、もう少しだけ、違っていた。
 「あの〜…………痛っ!!」
 丁度、何故か、丁度。鉛筆が飛んでくる瞬間に、ドアを開けた者がいたのだ。そして、これまた、丁度、何故か、丁度。飛んできた鉛筆を、おでこで受け止めた…まぁ、単純に当たった、という言い方が正しいか。
 「……………」
 「……………」
 山内と訪問者、しばし見つめ合い。
 先に、沈黙を破ったのは、山内だった。
 「…何してんの、吉田?」
 正確には、彼女の立場からすると、この質問は間違いである。正しくは「何しに来たの、吉田?」が正解。だって、休み時間に直接「今日は部活に来なくていいから」と伝えたもの。で、吉田は吉田で、「そッスか。了解ッス」って、答えたもの。
 でも、目の前に居て、デコを押さえながら、立ち尽くす後輩の姿を見ていたら、何故か質問が「何しに来たの」から「何してんの」に変換された。
 「何って……何故か飛んできた何かが、ぶつかって痛がってるんスけど……」
 吉田は吉田で、もっとスマートな答えを用意していたのに。質問が「何しに来たの?」だったならば。
 「あー、アタシがすっ飛ばした鉛筆だわ、ソレ。拾って持ってきて」
 「了解ッス」
 吉田、周囲を見渡し、件の鉛筆を見つけ出す。そして、そいつを拾い、山内のもとへ持って行く。結果、不可抗力的に、部室に入っちゃったコトになる。
 「ありがと」
 で、吉田の目には、更に不可抗力的に、件のメモ書き「学園祭・特集号」の文字が目に入ってくるコトになる。
 「えーと、先輩、ソレ……」
 「ごめん」
 吉田が、気になった文字について聞こうとした刹那、山内が発した言葉。
 それは、「鉛筆をぶち当ててしまって、ごめん」なのか、「その質問は、今は止めて欲しいんだ。……ごめん」なのか。

 吉田は、直感的に後者だと感じたので、黙ることにした。そのまま、普段自分が座っている椅子に座ることにする。
 すると、何か風景が違って見えるコトに気付いた。半年ほどの活動で、見慣れた部室の風景とは、何かが決定的に違う。
 答えは、すぐにわかった。
 山内の席の位置が違うのだ。
 あそこに座っていたのは、尾形だった。ついこの間までは。
 吉田は、記憶を辿る。
 自分が新聞部に入部した時に聞かされた、今年1年の流れのコトを。
 あの時説明されたモノが間違いでなければ、尾形の引退は「学園祭・特集号」の後ではなかったか?
 いや、間違いない。
 尾形の引退以降、来年の新人が入ってくるまでは、4人だけで活動しなけりゃならないと、正直「早まった!!」と考えたのだから。だって、どう考えても、大変だもの。
 まぁ、それを山内に言ったら(相当不満そうな、かつ不安そうな質問の仕方だったコトまで思い出した)「何言ってんの。アタシ達なんか、3人しか居なかったのよ!?」とカラリと返され、グゥの音も出なかったのだ。
 あの時吉田は、新聞部に入って良かったと思った。
 こんな先輩がいるなら、ハンパ者の自分だって頑張っていける。
 そう信じたのだった。
 しかし今、そう信じさせてくれた先輩が、何かの岐路にいる。
 吉田は、「自分に何か、出来ることはないだろうか…」…そう友人に相談した、本日の昼休みのコトを思い出した。




若干時間を遡りまして、お昼休みのコト


 「…と、いうワケなんスよ」
 「…は、何がよ?」
 購買部で買ってきたパンを片手に、目を点のようにする相馬。まさに、「ミズ・ポカーン」と呼ぶのが相応しい位に、見事なポカーンっぷりである。
 2人が今座っているのは、中庭のベンチ。
 秋空が、心地よい。もう少し前の季節だと、日差しがキツ過ぎて洒落になんないし、もう少し季節が廻ると、寒くって洒落になんなくなる「期間限定スポット」の1つだ。
 「いや、そこで察して欲しいッス。長い付き合いじゃないッスかぁ」
 これまた購買部で買ってきたであろうカレーパンの袋を、ビリリッと開けながら、吉田が懇願する。
 どうやら、この会話、「物語上の説明のハショリ」をしたわけでなく、本当に唐突に始まったものらしい。
 要は、昼休みに入って、2人で購買でパン買って、中庭のベンチに腰掛けて…で、「…と、いうワケなんスよ」と。……そりゃ、ルーム・メイトでもわからんわ。
 「まぁ、察しろって言ったら、察するケドねぇ」
 お、相馬には、伝わったのか!?
 「まさか、東がテツやんのコトを……」
 「天地神明に懸けて、違うッス」
 「ほらぁ〜、「察しろ」じゃあ、誤解が生まれるダケじゃ〜ん」
 悪戯っぽく笑う相馬。どこかに一安心なオーラが見えるのは、気のせいか?
 「ま、まぁ、そうなんスけど……」
 そう言い淀むと、吉田はカレーパンに噛り付く。
 相馬も、その様子を見て、自分のパン(因みにコッチは、逆セレブの強い味方「ナイス・スティック」だぁ!!)に噛り付く。
 パンを租借しながら、吉田は相馬の距離のとり方に安堵していた。踏み込むでもなく、突き放すでもなく、ただ、自分に合わせてこの場に居てくれる……この、距離のとり方に。
 同時に、相馬と話してると、いつの間にか自分の話ばかりしているような気もした。
 話すコトが、嫌なワケじゃない。気付くと、そうなっているだけだ。
 …それだけ、自分には「話してしまいたいコト」が多かったのか…と、吉田が自嘲気味の笑みを口の端に浮かべた時……
 「何、妄想してんの?」
 相馬の一言で現実に帰る。
 「別に妄想じゃないッスよ」
 「ん」
 と、またこのルーム・メイトはパンに噛り付く。

 吉田は思う。
 この半年位を一緒の部屋で暮らすうち、自分の中学時代を、このルーム・メイトには、綺麗スッパリ話してしまっている。で、この相馬和恵という人間は、引かなかった。
 これが、今の吉田には、とても有り難いコトであり、1つの感謝であった。
 だが、自分は相馬の話をあまり聞いていない。というか、殆ど聞いていない。
 それは、相馬が自分を信頼してないのか、と悩んだ時期も確かにあった。自分が相馬に寄せる信頼と、彼女が自分に寄せる信頼に、ズレがあるのだろうか、と。だから、「話してもらえないのだろうか」と。
 が、そうではないんだな、と最近ではわかってきた。
 ヒトとヒトには、それぞれの関係がある。適切な関係がある。
 相馬にもきっと、「話をしてしまいたい相手」というのがいるのだ。(それが、現在の相馬の交友関係の範囲内にいるのか、はたまた、未来に出会う誰かなのかはわからないが)
 それが、自分じゃないコトは、少しだけ寂しい気もするが、だからといって、悲しいコトではないのだ。
 少なくとも、自分はこの学園に来て、相馬と出会えて良かった。それだけでいい。
 そして、同じく「この学園に来て、出会えて良かった」と想うヒトがいる。
 それが、山内 一二美という先輩。
 彼女が今、悩んでいる。
 何か出来るコトがあるなら、自分は何だってするだろう。

 だから、吉田は相馬に、こう切り出す。

 「悩んでるなぁ、ってわかってるヒトがいるとしたら、和恵はどうするッスか?」
 ちょっと考えたアト、相馬は答えてくれた。
 「とりあえず、そのヒトが『邪魔だ』って言わない限りは、そばにいる、かな?」
 「そばにいて、どうするんス?」
 「ん〜……特には」
 吉田は、この答えに不満だったらしく、こう切り返す。
 「それじゃ、何もできてないじゃないスか」
 困ったような笑顔を浮かべた相馬は、こう答えた。

 「そばにいるだけで、出来てるコトって、多分あるヨ♪」

 そして、吉田は気付く。
 確かに、自分と相馬の関係が、まさにソレであるコトに。
 相馬はまさしく、「そばにいた」だけだ。
 それに、自分は救われた部分がある。
 山内との関係が、そうだとは限らない。ひょっとすると、邪魔者扱いされてしまうかもしてない。でも、それを怖がって、遠巻きに眺めてる位なら、そばに行ってしまおう。
 吉田は、そう心に決めた。
 山内が望むなら、話し相手になろう。実作業的な手伝いが必要なら、それをやろう。
 とにかく、今日の放課後は「部活は無い」と言われたが、部室へ行こう。

 山内の、そばに、いよう。




で、再び放課後、のコト


 新聞部の部室。
 山内と、吉田。二人きり。

 空気は、重い。
 吉田は、必死でそれに耐える。今が根性の見せドコロだ、と。
 特に、何かをするワケでも無く、吉田は座っていた。

 山内の中に、小さな変化が現れる。
 誰がビックリしてるかって、そりゃあ山内本人だ。
 まず、「独りで部室にいた時は、過ぎ去った思い出のコトばかりに思考が行っていたコト」に気付いた。
 次に、「後輩にあまり無様な姿を晒すワケにいかない」という自覚が出た。
 そして、小さな呟きが生まれた。

 「甘えてたんだ……アタシ……」

 やっと、気付いた。いや、気付けた。そんな口調だった。


 一方、そんな山内の呟きは、吉田の耳にもバッツリ聴こえていた。
 ここで、
 「え、何スか?」
 と言うのは簡単だ。その方が、吉田は楽になれる。でも、同時に台無しだ。
 山内が、明らかに自分に語る言葉以外に反応しちゃ、ダメなんだ。特に、今は。
 そう思って、その場に黙って座り続けた。

 気付いてみれば、すごく簡単なコトだった。
 だから、山内には、余裕すら生まれた。
 さっきから、必死に黙って、そばに居続けてる後輩の姿が見える。
 無理してないッス!的な座り姿が、純粋に、可愛らしいなって思った。
 あまり、このコに心配かけたくない。そう、思った。
 「吉田ぁ」
 その後輩に呼びかける声は、他人は絶対に認めないだろうが、「尾形に似ている」と山内は思った。

 呼びかけられた吉田の返事は、
 「ハ、ハイッハイッハイッ?」
 自分でもビックリする位の、嬉しさ満点の声だった。犬だったら、多分、尻尾をブンブン振ってるハズ。
 そして、そんな声が出たコトは、決して不快なコトではないのだった。


 「な、何スか?」
 「去年の学園祭・特集号、ちょっと出して」
 「了解ッス」
 バックナンバーが収まったロッカーを物色し出す吉田。
 「でね、今年の特集号は、アタシが編集長だから」
 山内、サラッと仰天発言。でも、吉田には予想通りのコト。
 「了解ッス」
 「アンタ、何でも了解ッスなのね」
 何が可笑しいのか、ちょっと笑いながら、山内編集長は座っていた椅子をギシッといわす。前のめり…いや、俯きがちだった姿勢を正すためだ。
 「コレッスね、去年のは」
 「ありがと」
 20ページ位の小冊子を受け取り、とりあえず目を通す。まぁ、去年の自分も作成には参加してたんで、内容は覚えてる。一応の確認ってだけだ。
 「コレ、どう思う?」
 パラパラとだけ目を通した特集号を、吉田に差出しながら、山内が聞く。
 「どう思う、ッスか?」
 「そ。まぁ、まずは目ぇ通してみてよ」
 言われて、吉田は件の特集号に目を通す。こっちも、実は暇つぶし等で読んだ経験があるので、確認程度だ。
 「…まぁ……フツーの学園祭の話ッスよね。良くも悪くも」
 パラパラとページをめくりながら、吉田は忌憚のない意見を述べる。
 「吉田…アンタさぁ、仮に……仮によ? その編集方針変えるって言ったら、ビビる?」
 3Bの鉛筆を弄びながら、これまた仰天発言。
 「ビビるッス」
 流石に、予想外だったようで、ページをパラパラする手が止まった。
 「アンタ、その特集号見て、この学園の『学園祭』の異様な雰囲気って、想像できる?」
 「いや、フツーの、テンプレートっぽい学園祭位しか想像できないッスねぇ…」
 「それって、面白くないと思わない? だって、ウチの学園祭、名称からして変でしょ? 大体何よ『星影万博』って!!」
 「そ、そりゃあ、まぁ……」
 「だから、方針を変えよっかなぁ、って」
 言っているコトはわかる。読み物として、面白いに越したコトはないんだから。だが…
 「具体的に、どう変えるつもりッスか?」
 そう、吉田ですら、ここが気になっている。
 「フフフ……アタシに、必勝のアイデアあり! 略して『アタシ必勝的ア』!!」
 椅子から立ち上がり、拳を突き上げる山内。悲しいかな、それでも吉田の身長とどっこい位なんだが。
 「先輩、言ってるコト、アタマ悪いッス!!」
 「まぁまぁ、お待ちなさい。アンタさぁ、この星影学園の5大美女って答えられるわよねぇ?」
 当然よねぇ?…みたいな、底意地の悪い微笑みだ。
 「えと…尾関 雅(オゼキ・ミヤビ)、伊藤 嘉穂(イトウ・カホ)、藤堂 魁(トウドウ・ラン)、服部 優妃(ハットリ・ユウヒ)、あとは、尾形 俊美先輩ッス」
 吉田が、指折り数えながら列挙する。山内は満足そうに(特に最後の1人に関して)頷きながら、人差し指をチョンと立てる。
 「では、続いての問題です。その5人のうち、2−Aに所属してるのは?」
 「尾関 雅、伊藤 嘉穂、藤堂 魁、服部 優妃、の4人ッス」
 山内の顔が、してやったり、の顔になる。
 「そう! その伝説の2‐Aを特集しなくって、どうすんのっ!?」
 「えぇ〜!? そうきたんスかぁ!?」
 思いっきり仰け反る吉田 東、15歳(誕生日はまだ来てない)
 確かに、その4人が1つのクラスに集まっているコトは奇跡だ。いや、奇跡を通り越して、何かの陰謀めいたモノすら感じる。この学園で1番偉いオッサンの。
 「…はっ!?」
 と、そこで、吉田、あるコトに気付く。
 「…フフフ……その様子だと、気付いたみたいねぇ」
 山内の顔が、時代劇でよく出てくる悪代官みたいになってる。
 「そう…2−Aを特集するコトは、絶対にあのオッサンの反感を買うコトはない。いや、寧ろ、必要以上の予算でもって、奨励してくれちゃうかもしんないっ!!」
 「そ、そう、都合よくいくんスかねぇ……」
 吉田からの意見に、流石に「予算向上」は調子に乗りすぎたと思ったのか、大きな咳払いを1つしてから、山内は続けた。
 「ま、まぁ、読者のニーズ的には、そこが1番だと思うのよ。今年も、来年も!」
 星影学園は、1→2年の際の1回しかクラス替えがないのだ。つまり、自動的に「伝説の4人は、3−Aになる」というコトだ。
 「しかも、五月蝿く言うかもしんない先生方は、あのオッサンが止めてくれるだろうし」
 ここまでくると、吉田もウンウンと頷きを返すのが精一杯だ。このヒト、本当にさっきまで、落ち込んでたヒトだろーか。
 「やるなら、今しかないのよっ!!!」
 効果音「ドズバーン!」が聴こえてきそうな力強さで、ポーズをキメる山内。
 「わかりました! 先輩がそこまで仰るのなら、覚悟キメるッス!!」
 吉田も感化されたか。
 「よっし! それでこそ、新聞部・部員よっ!!!」
 ガシッと手を取り合う2人。
 放課後の部室。乙女が2人、燃えていた。




翌日の部活から始まる、ハードな日々


 「と、いうワケだから」
 山内編集長が、他の部員たちに説明を終えた。
 内容は勿論、特集号の編集方針のコト。
 「いやぁ〜、まぁ、ヒッフミーがそう言うなら、オレに異存はな〜いよ?」
 今日も元気だ、アロハが靡く。佐伯 又八こと、通称・マタハっつぁん、あっさりと、了承。
 「ヒッフミー言うな。奥沢は、どう?」
 「あの…私も、別に異存は、ない、です」
 おどおどしながらも、了承の意を述べる奥沢。
 「オッケィ! じゃあ、今年はこの方針でやるわよっ!!」
 「了解っ!!」
 3人が、力強く答えた。

 そうと決まれば、あとは仕事の早い、この連中。
 早速、担当するべき仕事を洗い直した。
 メインである「2−A取材」に、山内。
 他の諸々の取材が、吉田&奥沢。
 佐伯は、情報収集と単独行動。
 そして、彼女達は動き出した。

 「ねぇねぇ、藤堂さ〜ん」
 妙な猫なで声をあげながら、山内は5大美女の1人に迫っていく。
 「なによ、山内。何か、用?」
 藤堂 魁。2−Aの生徒にして、クラス委員。彼女から、有力な情報を得ようという魂胆だ。
 因みに、2人が話してる場所は、昼休みの廊下。通りがかった藤堂を、山内が捕まえたカタチだ。
 「2−Aって、学園祭は、何をやるの?」
 「は? 何でそんなコト答えなきゃ…って、もしかして、新聞部絡みの質問なの、ソレ?」
 「そう思ってくれて結構よん」
 「だったら、生徒会に聞いてよ。あそこなら、全部のクラスの情報が上がってるハズでしょ」
 うんざりした口調の藤堂。というか、山内だって、そんなコト位知ってる。で、事前に生徒会にも聞いてみた。しかし、である。
 「それがねぇ…2−Aの企画、上がってないから、こうしてクラス委員の藤堂さんに聞いてるんだよぉ〜?」
 「…………しまった」
 美女の顔が、若干引きつる。そして、山内に背を向けると、駆け出そうとした。
 「え、何、何!? どーしたってのよ!?」
 「ゴメン、山内! あと、ありがと!!」
 藤堂は、そのまま走り去っていった。
 「あっれ〜? 何だぁ、ありゃあ……」
 企画発表の場所決め会合は、3日後に迫っている。この段階で、企画が決まっていないなんてバカな話はないだろう、流石に。だから、意図的に隠しているのだろうか、と探りを入れてみたのだが…
 「…まさか!」
 山内は、藤堂の後を、ダッシュで追いかけた。

 何とか見失わずに、藤堂の背を追いきった先は…英語科研究室。「通称:女王の部屋」である。理由は、ここの主が、大のクイーン・ファン…というか、故フレディ・マーキュリーの信者だから。因みにその主、2−Aの担任教諭でもある。
 藤堂は、この部屋に勢いよく入っていった。山内は部外者なので、中には入れない。こんなコトなら英語の教科書の1つも持っておくんだった。そうすれば、「質問があるんですけど…」みたいなカンジで、中に入れたのに。
 つーか、昼休みに英語の教科書持ってウロウロしてるのって、不気味だわ。持ってなくて当然ね、と思いなおした。
 「ちょっと、ちょっと、どうしたの、ランちゃん?」
 扉の向こうから、部屋の主の声が聞こえてくる。
 「いや、しづ姉…アタシ、マジでやらかしてたわ」
 そして、藤堂の声。
 「どうしたっていうの? そんな眉間にシワを寄せてちゃ、折角のお顔が台無しよ? ホラホラ、まずは座って落ち着きなさい。今、紅茶を入れてあげるから」
 「ん、ありがと」
 ティーカップがカチャカチャと鳴る音が聞こえる。多分、部屋の主が本当に紅茶を用意してあげているのだろう。「面倒見が、いいよなぁ」と、山内は思った。
 「ハイ。熱いから、気をつけてね」
 「……いや〜、ヤッバイよ、しづ姉」
 「どうしたの?」
 「ウチのクラス、学園祭の出し物、決め忘れてる。いや〜、クラス委員って、アタシだったんだよねぇ。すっかり忘れてたわ」
 山内が、ずっこけたコトは、言うまでも無い。


 とんだコトになった。
 尾形は、そう思った。
 校内で偶然、佐伯に出会った時に、話を聞いて、ビックリした。
 まさか、そこまでやるのか、と。
 だが、これこそが、尾形の期待していたコトだったから、気付くと頬が緩む。そんな「完璧美人」としては、甚だ似つかわしくない状態になってしまった。
 「どうかしたの、尾形さん? ニヤニヤしちゃって」
 クラスメートから、質問をされる。
 「いえ、なんでもないの」
 ヤバイ。ほっとくと、頬が緩みっぱなしになる。
 「……本当に、あのコは面白いわ……」
 教室の窓から外を見やりつつ、小さく呟く。
 窓の外では、2−Aが体育の授業の準備に追われていた。


 2−Aの出し物は、「セレクト喫茶」に決まり、山内はその取材にチカラを入れた。
 あの2−Aがやる「喫茶」だ。ウケないハズがない。今から、念入りに取材を重ね、特集号では、ガッツーンとやってやる! …そう、山内は誓っていた。
 絶対に、面白い特集号にしてやる、と。

 「ヒッフミ〜、コレ、見〜て〜」
 部室に入るなり、数枚のプリントを見せ付けてくる佐伯。
 「ヒッフミー言うな。で、何よ、コレ?」
 プリントを受け取る。そこにあったのは、「各クラス・クラブ、施設使用予約一覧表」である。
 「…コレがどうしたってのよ?」
 「ちょっと、見てみ〜て〜ってばぁ」
 ニヤニヤしてる佐伯。こういう時の佐伯は、何かを掴んだ記者の顔だ。
 「………?」
 山内も、とにかく目を通すコトにした。同学年だから、わかってる。いい加減な記者ではないのだ、佐伯は。必ず、何かある。それも、かなりのネタが。
 「ちょっと、コレ……」
 山内もわかった。目を上げると、佐伯と目が合う。
 「不自然に、体育館ステージを予約してるトコ、あるよね〜」
 ニヤりとした瞳が、ある。
 「………何やらかそうとしてんの、軽音部の連中……」
 「…は? ウチの学園に軽音部なんてあったんスか?」
 吉田が口を挟んできた。流石に聞き逃せない内容だったみたいだ。
 「…確か…正式な部活ではなく、同好会扱いだったとは思いますが……」
 流石は、奥沢。ド・マイナーな団体も押さえているらしい。
 「へぇ〜…じゃ、ライブでもやるんスかねぇ」
 「甘い、甘いよ〜、ヨッシダ君〜」
 「は?」
 「軽音部はね、とんでもない団体なのよ」
 山内が真剣な顔で言う。
 「奥沢、軽音部の副部長の名前、言ってみな」
 「…土方 歳夫(ヒジカタ・トシオ)先輩、ですよね、確か……」
 「ひっ、土方 歳夫って……あの土方先輩ッスかぁ!?」
 流石の吉田も、コトの重大さに気付いたようだ。
 「……時代が生んだ暴君、土方。男子寮の寮長にして、絶対的権力者、土方。我が儘が服を着て歩いている、それが土方。女子の横綱が河上 斎(カワカミ・イツキ)ならば、男子の横綱は、土方 歳夫…」
 「奥沢ぁ、アンタも、よくソコまで並べられるッスねぇ」
 「土方は、超有名人だからねぇ〜」
 佐伯が奥沢の頭を撫でてやってる。よく出来ましたってコトなんだろう。
 「…やめて下さい……」
 あ、お気に召さなかったようで。でも、頬は赤いけどね。
 「マタハっつぁん、このプリント、どこで手に入れたの?」
 情報の出所は何処だ? 山内はそれが気になった。
 「生徒会」
 「の、誰?」
 「サンナン君」
 「山南(ヤマナミ)かぁ……じゃあ、確かな情報ね」
 「そ〜いうコト〜」

 山南 敬一郎(ヤマナミ・ケイイチロウ)…2年生で、生徒会役員。次期会長との呼び声の高い優等生だ。しかし、彼は、非常に「押しに弱い」。つまり…イイヤツ過ぎるのである。よって、佐伯が彼に目を付けたのは間違いではない。寧ろ、大正解。

 「さ、ど〜する〜?」
 悪戯っぽい視線で、編集長の決定を待つ佐伯。
 「どうもこうもないでしょ……」
 こちらも悪戯っぽい視線の編集長。意外とこの2名は似ている。というか、記者としての魂が似ているというべきか。
 「こっちも、追うわよ! 吉田ぁ!!」
 「了解ッス!!」
 力強く、吉田が答えた。


つづく



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