『 阿修羅さまがみてる 』
〜後編〜
作:コジ・F93
  
「Machinegun Etiquette」


 
 「はい、じゃぁ、昨日言った通りこれから学園祭のクラスの出し物を決めたいと思いまぁす。…ランちゃん、嘉穂ちゃん、よろしくネ☆」
 そう告げると、しづ姉は教卓を離れ、自分の机へと移動した。そして、しづ姉と入れ違いで教卓の後ろに立ったのは、2−Aクラス委員、星影学園史上『最凶のクラス委員』の誉れ高い、藤堂魁その人である。
 「だるぅ〜」
 開口一番台無しである。誰だ、よりよってこの女をクラス委員にしたのは?
 「まぁ、その、なに?学園祭の出し物を決める前に、日程を良く解ってないヤツがいるとアレなんで、再度、日程を…」
 「そんな回りくどいモンいらねぇよっ!ハデにやろーぜ、トードっ!!」
 机の上にクッションを置き、その上で胡坐というスタイルで、斎がヤジを飛ばす。
 「…アンタの為に言ってんのよ、斎。そもそもアンタ、やる気?それとも、ヤる気?もしかして、殺る気?」
 「当然、殺る気」
 邪悪な笑み全開で斎が答える。
 「いちおう、聞くわ。何を?」
 「サバゲー大会」
 「聞いたか、2−A諸君。現段階で、このクラスの出し物は『サバゲー大会』が最有力だ。代替案がない限り、諸君は『河上斎の公開処刑大会』に強制参加させられるわけだが…なにか、案のあるものは発言しろ」
 「お化け屋敷っ!」「喫茶店!」「スパっ!」「軽食店!」「クレープ屋っ!」「フリマっ!」「おでん!」「たこ焼き屋っ!」「やきそば屋っ!」「漫喫!」「芝居!」「金魚すくい!」「ベビーカステラ!」「お好み焼き屋っ!」「クイーンメドレー大会っ!!」
 「却下っ!!!」
 「いやぁ〜ん」
 「あわわ、あわわわわっ」
 嘉穂は書記として全速力で板書しようとしたのだが、なにか思いついた人間が、思いついたままに口走るので、ほとんど、聞き取れなかった…っていうか、みんな…もうちょっと私の事も考えてくれると嬉しいな…
 「14個…まぁ、それなりに数は出たか…」
 ランが、記憶の糸を手繰りつつ指折り数えて呟く。っていうか、あれを聞き取ってるという事実と、斎の案(ノーカウント)をダシに使って、危機感を煽るところなどは、ただただ凄いとしか言い様がない。
 嘉穂の手が『喫茶店』まで書いてピタっと止まる。
 「ラン、次、何?」
 「スパ」
 「次は?」
 「軽食店」
 ………
 …大変お待たせ致しました。やっと書き終わりました。
 「イトーっ!!サバゲーっ!サバゲーが抜けてんぞぉっ!!!」
 「ええっ!?」
 「カウント外っ!!」
 「んだと、トードっ!上等だコラ、オモテ出ろや」
 「斎ぃ、もし、ウチのクラスがサバゲー大会やったら、アンタ学祭期間中つまみ食いできないけど、いいの?」
 「却下だ、アホタレぇーっ!!!そんな横暴、ボクが許すとでも思ってんのかぁっ!」
 横暴を横暴で塗りつぶす女、河上斎。説得に必要なものは『食料』以上。
 「さて、どうするかな…」
 ランが本題にとりかかる前にひと呼吸置いた。
 「多数決?」
 小声で聞いてみる。
 「それが1番楽なんだけどね〜…どーも数で決めるってのは好きじゃないんだな、私は」
 「全員が納得する形にしたい?」
 「理想を言えばね〜。ま、キレイ事を言うのはタダですから…」
 そう言って、笑うランの顔はとても綺麗だった。
 「なんとかしますか」
 ランはクラスメイト達に向き直る。
 「では、この中から多数決で…ってのは簡単なんだけどさ、そんな芸のねぇ決め方もなんなんで、再度、審議っ!!コレを元に、もっとイケてる案を出せ」
 「元?」
 教卓の目の前の席で次子が聞き返す。
 「例えば、そぉなぁ…『喫茶店プラスなにか』みたいな…」
 「メイド喫茶ぁっ!!!」
 「うっせ!馬ぁ鹿っ!!!」「…まぁ、悪くないかな…」「はぁっ!!!?」「ナイスっ!ナイスアイディアっ!!」「キモっ!」「グッジョブっ!!!!」「ちょっとやってみたいかもね」「ブラボーっ!」「いやぁんっ!素敵っ!!!!」
 いきなり、ガチのバトルが始まってしまった。
 (ラン…『全員が納得』は、遠くなったみたいだよ…)
 『メイド喫茶』という単語をきっかけにして、一気にヒートアップした教室内は、いたる所で反対派と賛成派の論争が勃発してしまっていて、とてもじゃないけど、まとまりそうな雰囲気ではない。この紛争状態の中、窓際、1番後ろの席で机の上で胡坐をかいて、『食べ物を扱うならなんでもイイ』スタンスの少女と、その隣の席で、『好きにしろ』空気全開で、頬杖をつきながら、空いた右手で『2本同時にシャーペン回し』の離れワザ(しかも、1本は横回転、もう1本は縦回転!)を披露している少女だけが平静を保っているのが、唯一の救いだと言っていい。特に『胡坐の方』は事態を後退させることはあっても、その逆はありえないジョーカーなので、あの地帯に飛び火しないことを祈るくらいしか今の嘉穂にできることはなかった。
 「しづ姉は、メイドのカッコできないよ?」
 念のために言っとくけど。ランが、しづ姉に釘を刺す。
 「ヒドイっ!ランちゃん、どうしてそんな意地悪するのぉっ」
 しづ姉が、クネクネしながら、ランに抗議する。ちなみにクネクネするのは、しづ姉が悲劇のヒロインを気取ってる時の癖だ。
 「どうして?クラスの出し物で教師が店番できるわけないでしょうがっ!!」
 「だったら、アタシ、生徒になるっ!!生徒になって、このクラスに編入してやるわっ!!」
 「はぁっ!?」
 「見てなさいっ!まだまだ若い子には負けないんだからぁっ!!」
 …もう、めちゃくちゃだ…
 もしこの事態を収拾できる人間がいるとしたら、それはラン以外にはいない。だが、その肝心要のランが、死角からの刺客を相手に完全にスイッチが入ってしまったため、それは期待できなくなってしまった。
 (なんとか…なんとかしなきゃ…)
 なんだろう?なにかがひっかかる。さっきから、考えようとする度に、嘉穂の頭にひっかかる言葉がある。
 「全員が納得する形にしたい?」私が聞いた時、ランはそうしたいと答えた。だとしたら、今できることはなにか───
 声のボリュームは、ランや斎、しづ姉に遠く及ばない。だけど、方法は必ずあるんだ。声だけで足りないなら、手を叩いてでも注目を集める。それで足りないなら、…できればやりたくないけど、黒板を叩いたって構わない。だって今大事なのは、元の話し合いに戻してみんなで考えることだから。
 「パンパンっ!!!」
 「ちょっとみんな、聞いてっ!!」
 そう思って手を叩いたら、自分でも以外なほど大きな音が出た。そして、それは幸いな事に、教室内の騒動を治めるのに充分な効果を発揮してくれた。
 「嘉穂?」
 クラスを代表するかのように、ランが嘉穂に声をかける。
 嘉穂は小さく頷いてから、言った。
 「えと、まだ、『メイド喫茶』に決ったわけじゃないんだけど、こんな騒ぎになるくらいなんだから、現時点では『メイド喫茶』が1番可能性がありそうな選択肢なわけだよね?だから、まず、メイド喫茶反対の人の理由を聞いてみようと思うの。それで、それを聞いてから、賛成の人と反対の人で妥協できる点っていうのかな?そういうお互いが納得できるポイントっていうか、そういうのを探していけば、いいんじゃないかな?…どうかなラン?」
 黙って聞いていたランは、「はぁっ」と息を吐くと、
 「…どうしてそこで、私にフるかね、この子は。極上でしょ」
 少しハニカミながら、クラス全員に呼びかけた。
 クラスのみんなや、しづ姉も肯定的な返事をしてくれた。
 「ラン」
 「なに?」
 「後お願い」
 「はぁっ!?私っ!!?」
 「うん」
 「…いや、うん。じゃないでしょ!今の流れだったら、この先も嘉穂でしょ」
 「クラス委員はランでしょ?」
 「…それは、そうなんだけど…」
 「?」
 嘉穂は、ランが何を言いたいのか、まったくわかっていなかった。
 「…あ〜、はいはい」
 ランの言葉には、『観念』という念がぎっしりつまっていた。
 「ではっ!まず、反対派の意見から…反対派挙手っ!」
 「………………」
 返事がない
 「…ほう?なんだ、貴様ら死ぬか?それともなにか?反対してたのは私1人か?」
 ランの周りの温度が一気に15度くらい下がった感じがする。まぁ、改めて反対の理由を言えといわれると、大抵の人間は言いにくいだろうな。と思う。単純な人数も反対派の方が少なかったみたいだし…
 「ランが代表して、言えば?1つ出れば、違う意見も言いやすいだろうし」
 とりあえず、ラチが空かないので、ランに突破口を開いてもらうことにする。
 「…まぁ、恥ずかしいってのが、1番かな、カッコもそうだし、キャラも、私には合わないでしょ?」
 「そんなことないわよぉっ、ランちゃんのメイドさん、とっても素敵だと思うわぁ〜」
 おそらくまだ『メイドになる夢』を諦めていないオールバックのマッチョが、ランをおだてる。
 「とにかくっ!恥ずかしいものは、恥ずかしいっ!!」
 「あのさぁ、ラン」
 「何?」
 さっきからずっと黙っていた次子がランに声をかける。
 「メイドの服とキャラが気にいらないんだよなぁ?」
 「そうね」
 「ならさ、メイド以外になればいいんじゃん?」
 「メイド以外?」
 「おう、いくつか候補をあげといて、自分は店番の時にその中から好きなのを選んで店番するってどうよ?」
 「おおっー!」と、それは名案だとばかりに各地で声があがる。
 (…そうすれば、アタシは色んなカッコの雅とランと嘉穂を愛でられる…)
 …なんだろう…あの次子の目は、とても良くない目のような気がする…っていうか、いつも私にセクハラしてくる時の目に凄く似てる気が…
 (気、気のせいだよね…きっと…)
 嘉穂はそう自分に言い聞かせて、その疑惑に蓋をした。
 「…ツンデレ?」
 「それはアンタにゃ、無理だ」
 「えっ!?そうなのっ!!?」
 心底意外って感じで、ランが次子に聞き返す。
 「アンタのドコに『デレ』がある」
 笑いながら、次子は決定的な理由をランに突きつけた。
 「おおっー!」確かに、納得。と、またも各地で声があがる。
 「あ、確かに無いわ」
 …自分で納得してどうする藤堂魁よ…
 「他にはどんなのがあるの?」
 メイド以外にどんなものがあるのか、嘉穂は興味津々である。
 「ん〜…タケ、パスっ」
 「私なのっ!?」
 言ってはみたものの、次子もその手の知識はそれほどでもないらしい。と、いうわけで、『2−Aの雑学姫』こと、武田裕美の出番である。
 「実際にある(あった)ものだと、『妹』『幼馴染』『軍人』『巫女』『シスター』『魔法学校』『執事』…これは、男性バージョン、男装バージョンがあるわね。…私が知ってるのはこんなトコロかしら」
 「………」
 すいません。あっけにとられてしまいました…そんなにあったんだ…っていうか、『魔法学校』ってなに!?
 「なぁ、タケ?」
 「なに?」
 「『妹喫茶』はあるのに『姉喫茶』はないのか?」
 普通に疑問って感じで、次子が裕美に尋ねた。
 「そうね、とりあえず、私の知る限りではないわね」
 「なんで?」
 今度はランが首を突っ込む。
 「妹に比べて需要が少ないって事じゃない?商売だもの、1発デカイ花火をあげて、その後は尻切れ蜻蛉じゃ、経営がなりたたないでしょ」
 「…つまり、逆を言うと、1発ドデカイ花火を打ち上げればイイ私達は、そういう需要の少なそうなトコロを狙っても問題ないわけだ」
 「そうね、目新しさで勝負するという方法もあるわね」
 「なるほど…そうか…」
 ランは1人でウンウン唸っている。
 「あのさ、ラン」
 「ん?」
 とりあえず、嘉穂は、この話し合いの最大のポイントの現在地を確認することにする。
 「幼馴染とか、姉とか妹なら、服だって特別なものは着なくていいし、キャラもそんなに恥ずかしくないんじゃない?だったら…」
 「ん?あぁっ!そっか、まだ決ったんじゃなかったっけ…ゴメンゴメン。普通に忘れてた…」
 いや、まぁ、知ってるから別にいいんだけどね。こういう女だって事は。
 「どうだろ、恥ずかしいって線はかなり薄くなったと思うんだけど…まだ、恥ずかしいとか、あるいは別の反対理由がある人間、挙手」
 「………」
 (なんか、一気に可決の方向にいったし、ここまで外堀を埋められたら、他のものをやりたかった人もそうそう反対できないだろうなぁ。)
 黒板の前に立ち、教室内を見回す友の背中を見ながら、嘉穂は、出し物が決定したのを確信する。
 「では、2−Aの出し物は『メイド喫茶(仮)』…まぁ、より正確に表現すると『セレクト』の方がニュアンスは近いか…『セレクト喫茶』という事になるが…その事に異論のある人間はいない。全員一致の意見だと、そう考えて構わないな?」
 「………」
 「結構。では、2−Aの出し物は『セレクト喫茶』に決定する。細かい営業形態などは、随時決めていくので、各人キチンと自分の考えをまとめておくように。それでは5分前だが、これで解散とするっ!!!」
 「ちょっ、ちょっとランっ!?」
 意見を纏めたのはいいが、勝手に解散はまずいだろう、解散は。
 「おつかれー」「あー、腹減ったぁ」「いよっし、食堂1番ノリぃっ!!」
 あぁ、もう速攻で教室内が昼食モードになってる…。
 「アタシもお腹すいちゃったわぁ〜」
 そう言って、しづ姉も出ていってしまった…つまり、完全にお昼休みである。
 いや、まぁ、いいんだけどね。多分、みんなが普通なんだよね、ズレてるのは私なんだよね…
 「あはははは…」と力無く笑いながら、生徒会に申請する用紙に決定事項(といってもなにをやるかしか決まってないけど)を記入する。
 (場所決めの抽選会が、あさっての放課後で、それから、たった3週間…10月6、7、8が学園祭…間に合うのかなぁ)
 クラスによっては夏休み前から準備しているトコロもあるくらいなのに、ウチのクラスは…溜息がでるくらいには順調に遅れている。っていうか、
 (体育の日に学園祭ってどうよ?)
 「お〜い!嘉穂、そんなん後にして、ご飯行くよ〜っ」
 「…はぁ…うん。今行く〜」
 (もぉ…クラス委員がそんなんとか言わないのっ。これがお仕事なんだから)
 伊東嘉穂、この学園では気の毒なくらいに常識の人である。
  

  
「Girls Can Rock」


 
 「大分出来てきたね」
 学園祭まであと1週間。放課後の家庭科室は今や、かなり喫茶店になりつつある。
 それにしても…と、嘉穂は思う。学園祭のために家庭科室を1回何も無い状態に戻してしまう。という暴挙には、開いた口が塞がらなかった。っていうか、そんな許可が下りるこの学園の懐の深さに、頭が下がる。
 「嘉穂ぉ〜、裕美ぃ〜、コッチコッチ」
 家庭科準備室に繋がっている扉から顔を出して手招きしているのは、『確率35分の1』のクジで2年連続家庭科室使用権を勝ち取った絶対強者、藤堂魁だ。
 (まぁ、実際にクジを引いたのは、斎なんだけど)
 さすがに『歩く万馬券』の異名は伊達ではない。クジを引く順番を決めるジャンケンで35人の頂点に立ち、いの1番に引いたクジで、イキナリ当たりを掻っ攫うなんて芸当ができるのは、星影学園広しといえど、河上斎にしかできない芸当である。
 「うわっ!凄ぉいっ!!」
 厨房に改造された、家庭科準備室に入ると、途端に甘い匂いに包まれた。嘉穂の目の前には、これでもかってくらいに色々な種類のカップケーキが並べられている。…そして、1番奥ではどこからか匂いを嗅ぎつけてきた斎が雅にがっちり押さえ込まれている。
 「とりあえず作ってみましたぁ〜」
 言いながら、エプロン姿のランは嘉穂にお皿を手渡す。
 「?」
 「嘉穂ぉ〜、アンタ鈍過ぎ…目の前にケーキがあって、皿渡されたらやる事は1つでしょ?」
 呆れた。と大袈裟な溜息をついて、ランが言う。
 「そんなの解ってますっ。問題はそこじゃなくて、なんで、私と裕美がっていう…」
 周りには10人近く女の子がいるのんだから、ワザワザ私達じゃなくてもいいと思うんだけど。
 「毒見?」
 「お前が作ったのかぁっ!!!?」
 普段あまり大声を出さない裕美がズザッっと後退しながら声を張り上げる。
 「いやー、みんなに手伝ってもらったんだけどさぁ〜。なんていうか、まだ死にたくない?」
 あははは。と、さらりと言ってくれる。
 周りにいた子達もウンウンと頷いている。
 嘉穂と裕美は顔を見合わせて固まっている。
 (私は知っている。ホットケーキを焼こうとして、なぜかフライパンの底を抜いたのが誰であるかを…)
 嘉穂の頬を一筋の汗が伝う。
 (私は知っている。そうめんを茹でようとして、なぜか家庭科室を全焼させたのが誰であるかを…)
 裕美の喉が「ゴクリ」と鳴る。
 (私達は知っている。料理という名目で、2、3日は意識がトぶ劇物を精製できるのが誰であるかを…)
 2人には、手に持った皿がまるで自分が座っている電気椅子のスイッチのように思われた。
 「い、斎があんなに食べたそうにしてるんだから、斎に食べさせてあげようよっ!」
 「そうだ、斎に食べさせてやればいいじゃないっ!あんなに食べたそうにしてるのに可哀相に」
 2人の前に、1本の道が現れた。この道を行けば、あるいは助かるかもしれない。微かな希望を抱いて、少女達がその道を進む。
 「斎が食べられても、それは私達が食べても安全だという保障には繋がらない」
 目の前の道はランに一瞬で閉ざされた。
 …そうでした…出された料理の材料、調味料の分量まで完璧に選別できる絶対的な舌を持ちながら、ランが作った劇物に耐えうる胃袋を持つという、身体の中に最強の矛と最強の盾を併せ持つ奇跡の少女。それが河上斎なんだった。
 「嘉穂」
 「なに?」
 「今、お前を失うわけにはいかないっ!後は頼んだわよっ!!」
 そう言うが早いか、裕美はフォークを持った左手を高く振り上げた!
 「〜っ!!」
 上げられた左手が振り下ろされるより早く、嘉穂はカップケーキを1口かじった。
 友を盾に得られる生など、嘉穂はいらなかった。
 その嘉穂の横で、裕美は「ニヤリ」と笑みを浮かべる。
 (ハメられたぁ〜っ!!!)
 そう、嘉穂が気づいた時にはもう、ひとかけらのカップケーキは「ゴクっ」喉を通り過ぎていた。
 飲みこんでしまった嘉穂は、本能でテーブルに置かれた紅茶にてを伸ばす!
 (…アレっ?)
 そこで嘉穂は違和感に気づく、
 (…なんともない?)
 ランの劇物の特徴は極めて高い即効性だ。お腹に収めてなお、いや、喉を通過した時点で意識を保っているなど、ありえない話である。
 (っていうか、今、美味しくなかった?)
 その可能性だけは、ありえない。それは解っている。でも、万が一…いや、億が一の確率にかけて、さっきのカップケーキの味を冷静に思い出してみる…
 「…嘉穂?…」
 罪悪感からか、それとも単純に嘉穂が心配なのか、裕美が声をかける
 (う〜ん…)
 「吐き出していいよ、嘉穂」
 ランもいつになく弱腰で嘉穂に声をかけてきた。
 (もう1口)
 嘉穂は、今度はやや大きめにケーキをフォークに乗せると、それを口に運んだ。
 「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
 信じられない嘉穂の行動にランが絶叫する。それはどう考えても致死量だ。
 「………」
 周りにいる女子生徒達も呆然として言葉が出ない。
 「………」
 「うん。美味しいよ、コレ」
 「う、嘘だぁ〜」
 誰よりも1番自分の料理の腕を信じていないランが真っ先に反応すると、その他の女子生徒達も騒然としだした。
 「食べてみたら?ホラ」
 嘉穂はケーキをカットすると、それをランの口元に持っていった。
 「だ、騙されないっ!私は絶対そんな手に騙されないっ!!」
 迫り来るフォークから顔を背けつつ必死に逃げる。
 「平気だって、美味しいから、食べてみてよ」
 なおも、執拗にフォークがランの口を追尾して行く。いつもは逆の立場なので、こういうのも意外と楽しい。
 「ウソだっ!そんな事言いながら、私を亡き者にしようとしてるに決ってるっ!!」
 「…おんっ!?あんいぇおぁえーんあ?おぇ、おぁいお?」
 「?」
 いつの間にか拘束を解かれ、口の中に入るだけケーキ詰め込んだ、斎がなんか、「もふもふ」言いながら話しかけてきた。
 「斎、飲み込んでからもう1回」
 嘉穂が訊ねる。
 「…んっ…あんっ!?なんで喰わねーんだ?コレうまいぞ?」
 「ほら、斎もこう言ってるし」
 「斎の言う事なんか信じてたら、私の人生3桁は終わってるわよっ!!」
 ランはあくまでも、徹底抗戦の姿勢を崩そうとしない。
 それでも食べさせようと、腕を伸ばした瞬間、嘉穂とランの間に1人の少女が割り込んだ。
 「…ふむ」
 絶妙のタイミングとポジショニングで嘉穂のフォークに刺さっていたケーキの横取りに成功したのは、尾関雅である。
 「み、雅っ!?」
 いきなり出てきて、しかも、予想外の行動をとらないで欲しい。いくら慣れたとはいえ、それでも雅のドアップには今だにドキドキするのに…心臓に悪いったらない。美人は自分のアップがどれだけ周囲の人間に影響を与えるのか、しっかり自覚しておいて欲しいものだ。
 (まったく…もうちょっとで、唇が触れ合いそうだったじゃないか…)
 ランは、赤くなった顔をごまかすように、自分の顔のすぐ前で「もぐもぐ」やってる少女に心の中で毒づいた。
 「…ん。…もうちょっとシナモンが効いてる方が私は好きだ」
 「いきなり飛び出してこないでよ、雅ぃ…」
 嘉穂もほんのりと顔を赤くしている。
 「でも、これ美味しいよねっ?」
 「あぁ」
 当の雅はそんな2人の動揺はどこ吹く風といった感じで、素早く嘉穂の皿に残ったケーキを口の中に放り込む。
 「…ん。美味い」
 「ホントにぃ〜?っていうか!アンタも手伝ってんじゃん!!シナモンもっと入れた方がいいなら、作ってる時言ってよっ」
 「?」
 「フォークをくわえたまま、キョトンとするなっ!!」
 (カワイイからっ!しかも激しくっ!!)
 「…」
 「?」
 「だからって、小首を傾げるなっ!!!」
 (くそー…めちゃくちゃカワイイじゃないか…)
 「雅、あんまりランで遊んじゃだめだよぉ。すぐキレるから」
 「私より、斎の方がキレるの早いじゃんっ!!」
 「斎は別っ。ランは瞬間湯沸かし器だけど、斎は、水入れたのにお湯になってるんだから。」
 「そーそー。機械とイリュージョンの差?諦めなって」
 「あれ…次子、部活もういいの?」
 「この時期は集まり悪いからねぇー。軽くやって解散してきたわけよ。」
 「へえー」
 「しっかし、美味そうだなオイっ!」
 言いながら、次子は1番近くにあったケーキを手づかみでいった。
 「うん、美味しいよ。ランが作ったとは思えないくらい」
 「…」
 「?…次子?」
 「早く言えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
 「えっ!?なに!?」
 「飲んだ、飲んだっ!飲み込んだっ!!どーすんだよっ!飲み込んじまったじゃんかっ!!!死ぬ…死ぬっ!アタシ、死んじゃうんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
 「言い過ぎだぁっ!と言えない自分が大嫌い」
 「なにその微妙な落ち込み方っ!次子も落ち着いて、大丈夫!大丈夫だから」
 「(ひょい)」
 「雅も、手伝ってよ、っていうか食べ過ぎっ!それ何個目?」
 「…」
 少し間を置いてから、雅はスっと指を3本立てた。
 「4つ目でしょ!?いちいち小さいフェイクをいれないのっ!!」
 「…」
 立てた3本の指に視線を落とし、嘉穂に視線を戻しながら雅はスっと指を4本立てた。
 「なんで『指の数間違っちゃったぁ。』みたいなマイムを挿むのよっ!!」
 「…いや、まぁ、その…」
 珍しく、雅が言い澱んでいる。
 「なに?」
 「早く食べないと、ケーキ無くなるぞ」
 「え…?うわぁぁっ!!」
 慌ててテーブルに視線を戻すと、あれだけ大量にあったケーキが、クラスの女子達の手によって絶滅の危機に瀕している。特にテーブルの反対側で『ケーキ掃討戦』を展開中の斎は片っ端からケーキを口の中に放り込んでいる。ちなみにその隣で裕美も黙々とケーキを片付けている。…最初は友達を売り渡してでも食べないってスタンスだったのに…
 
 
 「…全然食べられなかった…」
 後片付けをしながら、がっくりと肩を落として、嘉穂がボヤく。
 「まぁ、気にするな」
 「気にするわよ、結局また、雅に遊ばれただけなんだもん」
 嘉穂は頬を膨らませて、唇を尖らせた。
 「人聞き悪いな。からかっただけだ」
 「同じだよ、もうっ。…あ、そうだ雅?」
 「?」
 「学園祭の当番の時、何やるか決めた?」
 「いや、まだ決めてないが…」
 嘉穂が洗って、雅が拭く。連携プレーで洗い物は次々になくなっていく。
 「じゃあ、リクエストしていい?」
 「断る」
 「えぇ〜、ケチ〜。」
 「と言ったらどうする?」
 ティーカップをキュッキュッと磨きながら雅が言う。
 「…だから、私で遊ばないでってば…」
 「…それで?私に何をやって欲しいんだ?」
 「妹っ!!」
 「はぁっ!?」
 本気で呆れ顔をする。雅がこんなに感情を露わにするのはハッキリいって珍しい。『眠い』以外の感情の変化は全然顔に出ないのに。
 「妹やって欲しいな。雅の事だから、真っ先に候補から外したんでしょ?妹。」
 「まぁ、そうだが」
 「だから、妹。」
 「私が?」
 「うん」
 「妹?」
 「うん」
 「…」
 雅はキョロキョロと辺りを見回す。
 他のみんなは、家庭科室の方で作業をしているので、準備室の方には今、雅と嘉穂しかいない。
 「…ゴホンっ。…あー、あー、…ンっ。…『ねぇ、かほお姉ちゃん。今度、みやびと一緒にケーキ作ろうよぉ〜』……駄目だっ!スマンっ!!コレは凄く恥ずかしいっ!」
 「………………………」
 「…?嘉穂?おいっ嘉穂っ!?なんとか言えっ!頼むっ!!お前が黙ったままだと、余計に恥ずかしいじゃないか!」
 いつもの雅からは、決して想像できないどころか、多分生まれてから1番顔を真っ赤にして、雅は嘉穂の身体を揺する。さっきまで嘉穂の袖を引っ張っていた手で、かなり一生懸命に揺する。だが、当の嘉穂は
 (雅……今のはダメ……いや、ホントに……よぉ〜しっ!!お姉さん、いくつでもケーキ作っちゃうぞ〜っ!!って。あぁ、欲しい『妹みやび』、『妹みやび』が欲しい…)
 完全にアッチ側へと逝っていた。
 「おいっ!嘉穂っ!!なんとか言えっ!!おいっ…」
 「えっ!ああっ!うん、ごめんっ!!ちょっとビックリしたから…って!それより雅っ!!」
 コッチ側に戻ってきた嘉穂が、『ガシっ!』と両手で雅の肩を掴む。身長があまり変わらないので、当たり前のように視線が真正面からぶつかり合う。
 嘉穂の目の前には、雅のドアップ。
 「はふぅ〜ん」
 「おいっ!嘉穂っ!!意味が解らんぞっ!おいっ!!」
 再びアッチ側に旅立ってしまい腰砕け状態の嘉穂の身体を支えながら、雅は必死に呼びかける。…余談だが、嘉穂が本格的にコッチ側に社会復帰したのは、明くる日の朝のことだったと言う。
  

  
「Tomorrow Together」


 
 「ラン、お疲れ様」
 隣の部屋のベランダの手すりに身体を預けている親友に向かって、嘉穂は呼びかけた。
 「マジで疲れたよ…死ぬね。コレで明日学校あったら、マジで死ぬね」
 「みんなそう思ってるから明日はお休みなんだよ?」
 「そりゃそうだ」
 2人の少女は、顔を見合わせて、屈託なく笑った。
 まだ、お祭りの後の余韻が身体の中に残っているのだろうか、10月の甲府の夜風が心地いい。
 ラン達の眼下にある女子寮の庭では、有り余ってる生徒達が、月光に照らされながら、明日の打ち上げ本番に備え、早くも打ち上げの真っ最中だ。
 「みんなは?」
 ランがその光景を見下ろしながら、聞いてきた。
 「次子と裕美はあの中のどこかにいるよ」
 月明かりの中、ランと並んでみんなを探すのは、なんだかとても楽しかった。
 学園祭の戦利品だろうか、クラスメイトの井上さんと吉村さんが、たこ焼きを持って真下で手を振っていたので、私達も2人で手を振り返す。
 「雅と斎は…寝ちゃった?」
 背後にある薄暗い部屋の方に向き直って、ランが言う。
 「小さい電球1個だからね。」
 真っ暗なのは、斎が泣いて嫌がるもん。と嘉穂が言ったところで、そういえばそうだったと、またランが笑う。
 「まぁ、しょうがないでしょ。2人とも身動きできないくらいお客さんに囲まれてたもん」
 男装に片眼鏡をした執事雅と、新妻だと言い切って、普段着にエプロン(それが逆に可愛かった)の斎は、この3日間ずっとお客さんに囲まれていた。休憩どころか、それこそつまみ食いなんかできる暇がないくらいにモテモテだった。…気の毒だけど、傍から見てる分にはとても面白かったけど。
 「嘉穂も人の事言えないって」
 「それを言うなら、ランだって。でしょ?」
 「………」
 「………」
 「あっははははっ!違いないわっ!」
 「あははっ、…ね」
 またもや、2人は顔を見合わせて笑う。
 「結局、ウチのクラスって、誰か学園祭を満喫できたわけ?」
 「全員満喫したと思うよ?だって誰も、休憩出てないもんっ!」
 嘉穂がそう言うと、また2人は笑い出す。暫くはこの流れ、止まりそうにない。
 「あ〜失敗した。あんな客寄せ2大巨頭がいるんだから、これくらいの混雑は予想するべきだったわぁ」
 「去年クレープ屋さんやった時も同じ事言ってたよ?」
 「そうだっけ?…忘れたなぁ…そんな昔のことは」
 「ふふっ…ランは来年も同じ事言うんだろうね」
 「それは来年の私に聞いてもらわないと解んないなぁ」
 「…あ、そうだっ!ランっ、コッチ向いて」
 「なに?」
 『カシャッ』
 嘉穂の方を向いた瞬間、ランは光に包まれた。
 「保存っ。後夜祭のラン。ランのスーツなんて次はいつ見られるかわかんないからね」
 「なんなら、スーツの日でも作る?月に1回2−Aの連中は、全員スーツ」
 「あはっ、それいいね。やってみる?」
 「…っていうか…」
 「なに?」
 「なんで、アンタはもう着替えてんのよっ!?私だけ写メ撮られんのズルくない?」
 「しょうがないでしょ、私、メイド服だったんだもんっ」
 「いーや、許さん。今からでも遅くない、アレに着替えろっ。今日はずーっとアレでいろ」
 「謹んでお断りしますっ」
 「あっははははっ!ケチーっ」
 「あははっ、じゃぁ、ランが着る?」
 「さて…寝るか…」
 笑いながら、ランは右隣の部屋の扉に手をかける。
 「なによ、それぇっ」
 笑いながら、嘉穂は左隣の部屋の扉に手をかける。
 「今から寝れば、明日の昼には目が覚めるでしょ?」
 「目が覚めたら打ち上げ?」
 「モチロン」
 「昼くらいなら、次子と裕美は多分まだみんなと騒いでると思うけど…雅と斎は?」
 「雅は寝たまま参加よ。ダイジョブ、雅ならできるっ!斎は…昼に拾えばいいでしょ。どうせ、朝から全開で食い倒れツアー敢行中だろうし」
 「あっははははっ!!…」
 「あはははっ!…」
 「お休み」
 2人の声が綺麗に重なって。そして2人は別々の部屋へ消えていく。
 薄暗い部屋の両隣の部屋が暗くなっても、月下の庭では明るい笑い声が絶えることなく響いていた。



〜 Fin 〜




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