『 相馬 和恵 』
作:鬼団六

 甲府の盆地に佇む「私立星影学園」
 ここは、日本では珍しい、全寮制の高等学校である。
 季節は、桜が咲くには少し早い頃…早いハナシが3月下旬。
 学園からほど近い所に建っている学生寮には、この4月に新入生となる「まだ籍は義務教育にあるけど、もうすぐ大人の仲間入りよ」ってなカンジの、初々しい連中が犇いていた。今日は彼らの(順当にいけば)これから3年間お世話になる寮への入寮日である。
 ここの学生寮、男子寮と女子寮は、当然別々の建物ではあるが、敷地は同じ括りになっている。つまり、寮の正門は共通だというコトだ。全国から、入試を勝ち抜いた精鋭男子女子諸君が、次々と学生寮の門を潜って行く。

 新入生達は、かなりの緊張の面持ちだ。
 これを迎え撃つ(?)在校生たちは、というと…
 新2年生達は、この学園での始めての後輩達に、こちらもいささか緊張気味で奔走中。部屋への案内や、荷物の受け取り確認などは、全て2年生の仕事。
 新3年生だけは、まぁ、慣れたモンだとばかりに余裕綽々。寮の窓から、外の様子を眺め「懐かしいねぇ」などと言い合っている。

 新入生達の荷物が次々と玄関に届き、それを先輩達が打ち合わせ通りに、それぞれの部屋へ運び込んでいく。
 新入生達は、玄関で到着の受付手続きを済ませ、その足で、3年間住む部屋へと案内されていく。
 全寮制の星影学園だけの、ちょっと早い「春の風物詩」である。

 …そんな風物詩も、恙無く殆どの新入生たちが入寮して…と、ここでこれまた毎年必ず見られる光景が…特に男子寮から多発気味。

 まずは、男子寮の模様から。
 「おい、誰か406号のスギタって奴の荷物、間違って運んでねーか!?」とか、「誰だよ、3年の先輩に荷物運ばしたバカはよぉ!!」とか、様々な怒号が飛び交う。
 で、引き続きまして女子寮の模様。
 「もう全員、来てる?」とか、「受付済ませてないコ、いない?」とか、何やら確認のための言葉が飛び交うのは変わらないが、男子寮とはまた違った雰囲気。トラブルが少ないせいか、比較的スムーズに進んでいる。しかし、トラブルゼロとは行かなかったみたいで、こっちはこっちで大変だ。

 勿論、振り回されるのは2年生。振り回すのは新入生。
 女子寮の玄関では、そんな光景が展開されていた。
 
 今回お話しするお話は、「この春」から一年前の「春」から始まる。



「ボクノ、最初ノ、春」


 今年もまた、桜の花が咲いた。
 当たり前っちゃあ、当たり前のコトなんだけど、やっぱり『イイ気分』になれる。
 今年から始まる高校生活。
 だから、この場所で見る桜は、初めてのモノ。けれど、桜は桜。そんなに違いは無いと思うし、実際にボクには違いがわからない。

風が吹いた。


 見上げれば、視界を覆う『花びらの色』……これが、ボクはたまらなく嬉しい。それを見ている間は、そのコトに集中できるっていう「自意識過剰な逃げ」もあるけど、もっと単純に、季節が移り行く様が、楽しい。

春風が吹いた。


 身体の脇を駆け抜けていく風は、明らかに冬特有のツンケンしたカンジではなくって、何て言うか… ほんのりとデレっとしたカンジ? あ、所謂、ツンデレ?
 …微妙に違うかナ……
 そんな、「頭の中の独り上手」が、最近ホントに上手になってきてるなぁ…と、内心は微妙。でも、それがボクだし、そんなに嫌いではないんだなぁ、困ったコトに。

穏やかな春風が吹いた。


 そう、ボクはボクが嫌いじゃない。
 そりゃあ、「好きだぁ!」って、胸張って言えるナルシーじゃないけどサ。
 ……うん、嫌いじゃないんだ。

 だから、ボクは……

穏やかな春風に、微笑む。




「ボクノ入学式」


 いやはや、「思った以上に面白い」や、この学園。
 ボクは、入学式が終わったその夜に、ベッドに入ってそう考えてた。

 ボクら新入生を歓迎するための挨拶が、何故か「人気投票で選ばれた2年生の女子」(そりゃあ、すごい美人だったケドさ、それって本来は3年生の仕事じゃないの?)だったり、その「2年女子が名前を呼ばれて、壇上に姿を見せるだけで、会場中から『雅お姉さまァ!!』ってな、黄色い声援が飛び交う」し……(ビックリしたのは、ボクの隣に座ってた新入生女子も、黄色い声援を上げてたコト。アンタ、ノリ良すぎじゃない?)
 学園長(と名乗る不可思議なオッチャン)は、新入生の入場の際に、「ステージ前に作られた櫓の上で、ず〜っとノリノリで和太鼓を叩き続けてた」し……(その行動に、なんの意味があるん? つーか、わざわざ作るなよ、櫓を)
 う〜ん、寮に入って約2週間弱…ちょっと妙なノリに、慣れたつもりだったんだけど、いざ学園生活が始まってみると、こりゃ予想以上だネ。
 楽しいコトが、沢山ありそうで、イイかんじだヨ。
 期待にそっと微笑みながら、ボクは眠りに落ちた。



「夢ノ話」


 …ボクは、ピアノに向かってる。

 ボクの指が、鍵盤を通じて音を奏でている。

 眼に見える光景は、オレンジがやや強いものの、基本はセピア調。

 …温かい。そう、感じる。

 昔から耳に残っている旋律を奏で終わると、見えていた光景の中から、強かったオレンジ色が褪せてゆき、完全なセピア調となる。

 弾き終わったピアノから離れ、立ち上がって部屋の中を見回す。

 『確かに、昔住んでいた家だ』と、正しく認識しながら、見回す。

 そのうちに、見えている光景に、ブルーが強くなっていく。

 …寒い。そう、感じた。


 夢は、いつも、ここで、終わる。


 この夢を見たあとの目覚めには、いつも涙が共にある。
 普段はあまり、気にしてないんだけど、この夢を見ると、ちょっとだけ思う。

 「笑おう」って。



「ボク、全開」


 で、今日から授業。っていうか、ホントの始まりはこの瞬間からだよネ、きっと。
 昨日は式が終わって、振り分けられたクラスに行って、担任教師の珍奇な挨拶と、クラスメート同士の簡単な自己紹介イベント(しかも、皆で出方の探りあいだから、どうにも余所余所しいったら、アータ)だけだったので、実際には何も始まってなかったし。
 ボクは、まだ誰も登校してきていない、無人の教室に入り、自分の席につく。

 あ…そういえば、昨日の「腹の探りあい自己紹介」の時から、トバしてた2人組がいたっけ。

 『市村鉄矢です!』
 『松原忠次です!』
 『2人、合わせません!!』

 …勿論、クラス中が失笑。でも、ボクは声を殺して爆笑。
 聞けば2人は、ルームメイトらしいんだけど、わざわざネタを合わせてきた心意気に、爆笑。
 ネタをやるなら、1人でやんなさいって。

 …と、朝の教室で1人、思い出し笑いに興じていると、あの2人組がやって来た。
 「おすぎでぇす!」
 「ピーコでぇす!」
 …普通に入ってくるコトを好しとしない、その心意気は認めるヨ。
 で、2人組は、入ってきた勢いそのままに、喧々囂々。
 「…だから、早すぎるっつたべ、忠次!?」
 「何が!? 時期がか、テツ!?」
 「ちゃうわ! オレ様達の登校時間が、だよっ!! 折角の小粋なネタなのに、ギャラリーが居ねぇじゃねぇかよぅ! じゃねぇかよぅ!!」
 「居るじゃねぇか、ソコに!!」
 忠次が、ボクを指差した。 ……ボ、ボクデスカ?
 「ああん? …あ、ホントだ」
 鉄矢が、こっちを向く。そして、両手を広げて、こう続ける。
 「いいのよぉ、笑いなさぁい! 気にせず、ドッカンドッカン笑いなさぁい!!」

 …プッ……変だなぁ、コイツ。
 気づくと、ボクは声を出して笑っていた。指を差されたお返しに、二人組を指差して、大笑いしてやった。…うん、こんな風にして、感情を表に出すのは、やっぱり楽しい。

 「おおぅ、ウケてるぞぉ、忠次ィ!!」
 「おおさ、ウケてるなぁ、テツゥ!!」
 感涙を流しながら、抱き合う2人組。
 「キミたち、面白いねぇ。」
 「おおぅ、オレ様は、面白いゾォ!!」
 「なんだぃ、テツ! その手柄独り占めみたいな言いようは!!」
 「まぁ、今のだと、テツやんの1人勝ちかナ?」
 『て、テツやん〜ッ!?』
 2人組の声がハモる。そんなに可笑しなコトを言ったつもりは、ないヨ? …まぁ、「こう呼んだらビビるかなぁ」位の、茶目っ気はあったケド。
 「な、なんですかぁ、貴方達2人は、もう『互いをあだ名で呼び合う仲』ですかぁ!? 校門の前で待ち合わせて、ご一緒にお下校ですかぁ!?」
 「お、落ち着けぃ、忠次ィ!!」
 「これが落ち着いていられますかってんだいっ!! ルームメィトが、知らないうちに『ウフフ&アハハな禁断の妄想領域』にシフトチェンジしてやがったんですわよっ!? それを、事もあろうに、当の本人サマが、『落ち着けぃ』ですとっ!? んなん、聞けぬ命令じゃあ!! 雪の八甲田山を進軍しろって言われる位に、聞けぬ命令じゃあ!!!」
 「だがそれでも、落ち着けィ!!」
 途端、テツやん(←もう決定事項)が忠次の後ろに回りこみ、両腕を腰に巻きつける。そして、そのままブリッジ!!
 「ゴフゥッ!?」
 綺麗にアーチを描いたジャーマン・スープレックスを決められ、流石に声を失う忠次。
 「落ち着いたか、友よ……」
 突如教室に架けられたアーチの姿勢をキープしつつ、ダンディな口調(アクマでも、口調だけが)で語りかけるテツやん。
 「お、お前なぁ……どこの世界に、暴走する友を止める為のドラフト1位に、ジャーマン・スープレックスを指名するヤツがいるんだよぉ……」
 あ、忠次、泣いてる。
 「お前さんの、すぐ後ろに、だ、友よ……」
 「1・2・3!!」
 ボクは、悪ノリしたくなって、和田キョーヘー(有名なレフェリーです)ばりの、イカシたカウントを決める。
 「勝った! 市村選手、勝ちました!! 金メダルを越える、プラティナ・メダルですっ!!今、このオリンピック・スタジアムに、日章旗がギュオンギュオンはためいております!!」
 アーチ解除。そしてそこから、ロッキー2ばりの、ガッツポーズのコンボをキメるテツやん。
 「ちょー待て!!」
 「あんだよ、忠次?」
 「言いたいコトは山ほどあるが、凡そ3点!!」
 「伺いましょう」
 「プラティナ・メダルって何!? で、オリンピック・スタジアムってコトは、この謎の競技は屋外競技なの!? あと、日章旗がはためく効果音で『ギュオンギュオン』って、あんまりじゃねぇ!?」
 うん、ボクもそれは思った! だから!!
 「そうだよ、日章旗がはためく音は『ブゥオンブゥオン』だモン!!」
 「それだと、日章旗の意味が、暴走族になってしまいマスガ!?」
 目が『石川賢画伯(代表作:ゲッターロボ)』になってしまった忠次が、ボクに詰め寄る。
 「つーか、待て、忠次!」
 「何よぉ!?」
 「コイツ、誰?」
 テツやんが、ボクを指差し、聞いてくる。…ま、昨日の今日だし、憶えてないわな。
 「クラスメィトだよ。名前は、ホラ…アレだ、アレ!!」
 コレは……案の定、忠次も憶えてないってコトかナ?
 「憶えてないなら、もう1度……ボクの名前はネ、そ……」
 「待てィ!! 最初の1文字さえあれば、あとはわかったも同然!! あとは我々が引き継ぐっ!!」
 バッと手を広げ、ボクの名乗りを邪魔するテツやん。…何でやねん、とは思ったが、楽しそうなので、そのまま流れに任せてみよっかなぁ、と。
 「ん。言うてみな、言うてみな」
 「そ……曹操孟徳!!」
 「惜しい、『う』までは合ってた」
 「じゃあ、そう……双眼鏡!!」
 「それは、人には中々つかないネーミングだねぇ」
 「では、そう……走馬灯!!」
 「おっ、3文字目まで合ってたヨ」
 「フフン、ではもう分かったも同然!! お前さんの名前は『ソウマ』だなっ!?」
 「おお、正解、正解」
 「フッ…ソウマとやら……オレ様たちに不可能は無いコト…身を以て知ったか……」
 シニカルな笑みを浮かべ、悦に入ってるテツやん。…ちょっと、意地悪してやろっかナ♪
 「じゃ、下の名前は?」
 「鉄矢」
 そりゃ、キミの名前だ。
 「忠次」
 …アンタもかぃ!!
 「キミ達、バカでしょ?」
 『うん』
 おや、見事なハモり具合だネ♪
 「ボクは、相馬和恵。ま、相馬って呼んでくれればいいからサ」
 『うん』
 「じゃあ……テツやんと……チュウでいい?」
 「是非、ご主人様で!!」
 「ホントにそう呼ぶよ? クラス中に響き渡る声で」
 「是非、チュウで!!」
 「ん。そんじゃまぁ、よろしくネ、2人とも♪」
 『うん』



「ボクノ独白ニヨル、最初ノ年ノ回想」


 …とまぁ、そんなカンジで、アホ2人組と仲良くなったワケ。
 で、それからのボクは『アホ2人組とギャイギャイやってる、完全な変わり者の女の子』ってなカンジのレッテルを貼られまくった。そりゃあ、『閉店間近のスーパーの鮮魚コーナー・ちょっと色身の悪い〆鯖パック』ばりに、バッシンバシン貼られたネ♪
 それもそのはずで、クラスの女の子達ときたら、アホ2人組とは、会話が成立しないんだもん。どうも、思考っつーか、発想が合わないらしく、ポンポン会話が弾むってコトにはならないらしい。だから、飽きもせず(実際、飽きるこたぁ無いんだケド)ギャイギャイやってるボクは、かなり希少な女子なんだそうな。

 で、春先の頃に、よく言われたコト。
 「どうして、あんなアホなコトばっか言ってる2人と一緒に居られるの? 疲れない?」
 …まぁ、余計なお世話なんだけどネ、これって。
 だって、ボクはボクが楽しいと思うから、彼らと居るワケだし。それが疲れるなんて思ったコトは、無いワケじゃないけど、そんなに強くうんざりするように思ったコトは無いし。

 あと、夏休み前位から、結構言われたコト。
 「あの2人って、怖くないの? 私が話しても、平気?」
 …怖いワケじゃないヨ。別に危害を加えようって連中じゃないし。で、ボクの勘で言うと、多分、貴女がボクのようなカタチで、あの2人と会話するのは、きっと無理。何故ならば、貴女は『ただ笑っているだけ』だから。あの2人を眺めるのには、向いているけど、参加してくるには不向きだと、ボクは思うヨ?

 そして、1年生の後期にホントによく聞かれたコト。
 「和恵って、あの2人のどっちかと付き合ってるの?」
 …冗談ポイだって! ボクにだって、選ぶ権利はある! 無論、彼らにも!! ちょっと仲良くしてるだけじゃん? それで、いいじゃん?

 まぁ、総括すると……ボクが仲良くしてる2人組は、良くも悪くも目立つ連中だったってコトだよネ。人目を惹くっていうか、何て言うか…… ウン、きっと『魅力的』ではあるんだよ。だから、その近くに居ると、色々な事を聞かれるんだ。皆、気になるんだけど、直接は聞けない。よって、問い合わせ窓口を探す、と。…問い合わせ窓口の業務をこなすのは、実は楽しかったりしたんで、それはそれで、いいケドね。

 …ん、今にして思うと……何よりも、以前のボクより、格段に「感情を表に出すコト」を楽しめるようになってきたんだなぁ。
 アホな2人組だけど、彼ら相手に、ボクは変わったかもしれない。
 以前のボクは、少〜し褪めた目で周りを見てたし、そうして考えついたコトを表には出さなかった。出しても、それを受け取ってくれるヒトがいなかったし。色んな事情からか、みんなで、ボクに遠慮してたからなぁ……
 その辺がクリアーになった(つーか、不問にされてるのか、はたまた、知らないのかな?)からか、ボクはこの1年間で、よく笑ったヨ。

 ん。楽しかったな、最初の年は。



「デ、2年生ヘ進級。2度目ノ、『この春』」


 また、桜が咲いた。やっぱり『イイ気分』になれる。

 そういえば最近、あまり「例の夢」を見なくなった。そう思うと、少しだけ、去年の桜とは色が違うような気もする。う〜ん、違いのわかる女になってきたかナ?

 で、新入生が入ってきたりなんかして、今日からボクは、2年生。
 今日は、クラス替えの発表がある。この学園は、クラス替えが1回しかないから、今度一緒のクラスになった連中とは、卒業までの関係だ。

 桜の花びらが舞う道を、学園に向かって歩くボクに、校舎の窓から声がかけられる。

 「おぅ、相馬ァ!! また一緒のクラスだなぁ、オイ!!」

 …テツやんだった。横にはチュウの姿もある。
 2人とも、笑顔だ。
 だけど、ボク本人は、まだクラス発表の掲示板を見ていない。
 ちょっとしたドキドキ感を味あわせてくれたっていいじゃないかっ、と思うよりも早く、自然に微笑んでいるボクがいた。



 ん。ボクは今、嬉しいんだ。



〜 Fin 〜




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