『 尾関 雅 』
作:コジ・F93

 甲府の盆地に佇む「私立星影学園」
 ここは、日本では珍しい、全寮制の高等学校である。
 季節は、桜が咲くには少し早い頃…早いハナシが3月下旬。
 学園からほど近い所に建っている学生寮には、この4月に新入生となる「まだ籍は義務教育にあるけど、もうすぐ大人の仲間入りよ」ってなカンジの、初々しい連中が犇いていた。今日は彼らの(順当にいけば)これから3年間お世話になる寮への入寮日である。
 ここの学生寮、男子寮と女子寮は、当然別々の建物ではあるが、敷地は同じ括りになっている。つまり、寮の正門は共通だというコトだ。全国から、入試を勝ち抜いた精鋭男子女子諸君が、次々と学生寮の門を潜って行く。

 新入生達は、かなりの緊張の面持ちだ。
 これを迎え撃つ(?)在校生たちは、というと…
 新2年生達は、この学園での始めての後輩達に、こちらもいささか緊張気味で奔走中。部屋への案内や、荷物の受け取り確認などは、全て2年生の仕事。
 新3年生だけは、まぁ、慣れたモンだとばかりに余裕綽々。寮の窓から、外の様子を眺め「懐かしいねぇ」などと言い合っている。

 新入生達の荷物が次々と玄関に届き、それを先輩達が打ち合わせ通りに、それぞれの部屋へ運び込んでいく。
 新入生達は、玄関で到着の受付手続きを済ませ、その足で、3年間住む部屋へと案内されていく。
 全寮制の星影学園だけの、ちょっと早い「春の風物詩」である。

 …そんな風物詩も、恙無く殆どの新入生たちが入寮して…と、ここでこれまた毎年必ず見られる光景が…特に男子寮から多発気味。

 まずは、男子寮の模様から。
 「おい、誰か406号のスギタって奴の荷物、間違って運んでねーか!?」とか、「誰だよ、3年の先輩に荷物運ばしたバカはよぉ!!」とか、様々な怒号が飛び交う。
 で、引き続きまして女子寮の模様。
 「もう全員、来てる?」とか、「受付済ませてないコ、いない?」とか、何やら確認のための言葉が飛び交うのは変わらないが、男子寮とはまた違った雰囲気。トラブルが少ないせいか、比較的スムーズに進んでいる。しかし、トラブルゼロとは行かなかったみたいで、こっちはこっちで大変だ。

 勿論、振り回されるのは2年生。振り回すのは新入生。
 女子寮の玄関では、そんな光景が展開されていた。
 
 さて、今宵、皆様にお届けするのは、そんな星影学園の最も慌しい日を「全く無視して」いつも通りの1日を過ごした、1人の女の子の話。
 あまりにも平凡で、ともすれば記憶の片隅に埋もれてしまいそうな、あの頃の1日。
 今となっては思い出すこともない、そんな1日のお話。



「Chapter 1」


 「ピピピピピピ…」時計のアラームが鳴っている…
 やけにその音が遠く聞こえるのは、単に彼女の寝起きが悪いせいなのか、それとも『夢の中で目覚まし時計が鳴る』という不愉快極まりない夢を見ているせいなのか…
 もぞもぞと布団が動いているところを見ると、おそらく正解は前者なのだろう。
 「ヤメた」
 これは彼女の独り言。というより『決意』と言った方がニュアンス的には近いだろうか…朝、布団から出る為の決意。大袈裟に聞こえるかもしれないが、これができないと、布団から抜け出せない人種は確かに存在するのだ。例えば、彼女とか…。
 布団から発生する『二度寝の誘惑』を断ち切り、布団から出てから(ココがポイント)枕元の目覚まし時計を止める。間違っても布団に入ったまま止めてはいけない。そのまま寝るのは、火をみるより明らかだからだ。
 時計は朝6時32分を指していた。

 起きたらそのままバスルームへ直行する。
 蛇口から流れてくるのは、霊峰富士の湧き水で、春になりきっていないこの時期のそれは、指先が触れただけで、切れてしまうくらい冷たく、『無色透明』という色が見えるくらいに澄んでいる。
 両手が切れるような感覚に耐え、顔を洗って、やっと『目が覚めた。』と言える状態になる。
 パジャマ代わりのジャージと、中に着ていたTシャツを洗濯カゴに。
 そして、歯ブラシを銜える…
 …。……「寒い…」
 3月の下旬、自室の中。であったとしても、下着だけではさすがに寒かった…
 前言撤回。
 彼女の名誉のためにも、『まだ、目は覚めていない。』ということにしておいて欲しい。
 歯ブラシを銜えたまま、クローゼットを開け、とりあえず1番上にあったTシャツを、引っ被る。歯ブラシを銜えたままだから、頭の通し方が、やや特殊な通し方になってしまう。ちなみに、この着かたは、通常より早くTシャツの襟が伸びるので、あまりオススメしない。
 Tシャツを着て、これもまた1番上にあった。という理由だけで、「EDWIN503Z」を穿く。「503」でいいじゃないか。と思われる意見は至極最も。だが「Z」にこそ彼女なりの拘りがあるのだと、ご理解頂きたい。古着屋で1980円だったから。なんて理由では決してない。
 
 顔を洗い、歯も磨き、着替えもした。(多少のイレギュラーもあったが)となると、次は朝食だ。早速キッチンへ向かう…
 途中で、部屋に脱ぎ散らかしてあったルームメイトの着替えを発見。洗濯カゴに放り込む。これはいつも通り。…やっと平和な日常が戻ってきた…
 と、ここで1つの疑問が浮上して来た。
 「なんで、目覚ましが鳴ったんだ…?」
 今日は3月22日。彼女達「高校生」は春休み真っ最中である。
 部活や、アルバイトに勤しんでいれば、なるほど目覚ましをかけるのは至極自然である。また、休み中も規則正しい生活を送るべきだと考え、いつも通りに目覚ましをかけるのも、大変結構な心がけである。
 だが、彼女は部活に入っていなければ、アルバイトもしていない。ついでに言えば、休みの日に目覚ましをかけるなんて『修行僧かドM』のすることだ。とすら思っているような人間である。というか、そもそも彼女に『目覚まし時計をセットした記憶がない』から、疑問に思ったのだ。
 昨日の夜の事を覚えていない?馬鹿を言ってはいけない。コレでも彼女、中学時代から、
 全国模試では常に1位で、性格は冷静沈着。もちろん記憶力は完璧。ちなみに、運動神経抜群で、容姿端麗。教師からの信頼も厚く、女性生徒からは羨望の、男子生徒からは垂涎の眼差しを一身に浴びている文字通り『完璧を絵に描いたような』人間で通っているのだ。…朝は、余り強くないようだが…
 「アイツのだけ洗濯するのよそうかな…」
 トーストを左手に、時折齧りつつ、右手はスクランブルエッグの調理真っ最中。お取り込み中ながら、すでに結論は出たもよう。どうやら、この部屋ではハムラビ法典が採用されているらしい…ルームメイトちょっと哀れ。
 出来上がったスランブルエッグをテーブルに運んで、本日の朝食完成。ちなみにメニューは『トースト、サラダ、スクランブルエッグ、ヨーグルト、コーヒー』定番中の定番。
 レタスを食べながら、見た本日の天気は
 「1日中、晴れ。か…」


 
「その頃」
             

 「ロシアの武器は銀河一ぃぃぃぃぃっ!!!」
 目覚まし時計の鳴る30分前程前に時計の針を戻す。
 ここは星影学園女子寮から少し離れた、まだ夜も空け切らぬ…いや、ほとんどまだ夜。といったほうが適切な、暗闇残る森の中。都会で目にする『自称、森』とは違い、見渡す限りを木で覆われた、森というよりは『樹海』と表現した方がおよそしっくりくるような場所で、少女は躍動していた。右手に『BAR』(アメリカ製)左手に『スチェッキン・フル・オートマチック・ピストル」(ロシア製)を携行し、目の前で動くモノを片っ端から蜂の巣にしていく。
 「こちらA地点、敵は1人だ!繰り返す、敵は…
 すぐ近くで銃声が響いた。
 「A地点!どうした!?A地点!!」
 「いよぉぅ。坊や達(スイートパイ)今からソッチ行くからなぁ。小便は済ませたか?神様にお祈りは?木の陰でガタガタ震えながら、命乞いをする準備はOK?(オォケイ?)」
 言いたい事を一方的に言うだけ言って、通信を終了すると、少女は再び狩りに向かう。
 楽しい。
 自分に狩られる為の獲物が、まだまだいる。コレを楽しいと言わずに何を楽しいと言うのだ。邪悪に歪んだ顔を隠そうともせずに、少女は仕掛けられたトラップを無力化し、あらゆる角度から襲い来る銃弾を避けつつ、銃弾の発射点に倍返しで弾丸を叩き込む。
 『狩り(ハント)』いや、この光景は狩りというより、古今東西、篭城を破られた城で日常的に行われてきた光景。『只々一方的な虐殺』だった。
 「てっててけ てけてけ てけてけてん ぱふ♪てってけ…」イキナリ場違いな『笑点のテーマ』が少女のポケットから聞こえてくる。
 「んじゃい!雅(ミヤビ)。ボクは今取り込み中なんだよ!!テメーと楽しくおしゃべりしてる暇はネぇんだよぉっ!」
 …ケータイの着メロだった…
 「斎(イツキ)。帰りにフルーツ蜜豆買ってきてくれ。」
 …しかも買出しの電話。
 「アホかっ!テメーは!!今、ボクは戦場にいるんだぞ!んなもんテメーで行けや!!」
 至極最もな言い分である。ここは戦場なのだ。気を抜いたら、待っているのは『死』のみである。
 「…昨日、私が風呂入ってる間に最後の1個を食べたのは誰だ?」
 「う…」
 「今朝、サバゲー行く時に、嫌がらせで私の目覚ましをセットしたのは誰だ?」
 「う、うるせー!言い掛かりだ!横暴だ!!コレは戦争だ!ココは戦場だ!!サバゲーとか言うなぁっ!!!」
 「じゃあ、頼んだからな」
 「あっ!おいっ、雅!ちょっ、雅さん!?」
 ケータイから聞こえてくるのは、聞きなれたルームメイトの声ではなく、「ツー、ツー」という電子音だった。


 
「Chapter 2」


 とりあえず、すべき事はやった…さて、これからどうするか?雅は今日の予定を頭の中で組み立てる…
 (とりあえず、出かけるか)
 別になにか用事があるワケでは無いが、今日は寮には絶対、居たくなかった。去年は新入生の荷物の片付けの手伝いもあり、寮に残らなければならなかったが、今年は居ても、居なくてもイイ立場だ。ならば、
 『今日は絶対に出かけるべきだ』
 瞳を閉じなくても、浮かび上がるあの悪夢…思い出すだけで頭が痛くなる…
 その日雅は2年生の義務を果たすべく、新入生の荷物を運ぶ手伝いをしていた。すると、何人かの新入生が荷物を部屋に入れた後、戻ってきて、雅を取り囲み、あれこれと質問をしてきた。
 最初のうちは、「親元を離れての寮生活。期待よりも、不安の方が大きいのだろう。」と、丁寧に答えていたのだが…どうもおかしい…包囲している人間が一向に減らない。それどころか、寧ろ増えている。さらに質問の内容も段々ヘンな方向にシフトしてきている…
 例えば、好きな『女の子』のタイプとか…
 元々愛想のイイタイプとは決して言えない雅だけに、この時はもう、大分顔が引きつっていた。にも、関わらず追撃の手を緩めない新入生の中には雅の事を
 『雅お姉さまっ♪』なんて、目を輝かせながら呼び出す生徒が出てきた。
 …正直、引いた…ドン引きだった…
 あの瞬間、下級生の間での雅の呼び方が決まった…しかも、今年は雅をそう呼ぶ生徒が単純計算で去年の倍になるのだ…これはもう立派に悪夢である。彼女が寮に居たくない気持ちも、これで少しはご理解頂けたと思う。
 さて、当の雅だが、前述の部屋着にパーカーを被っただけ。というシンプル極まりないスタイルで出かけることにしたらしい。シンプル・イズ・ベストである。ただ、やはり天気がいい分、気分も良かったのだろう。彼女のトレードマークである『腰まで届く漆黒の髪』は今日はアップにしてあり、いつもの雅より、いくぶん軽い印象を与えていた。



「Chapter 3」


 「消えろ…」
 一切の反論を許さない、低く、怒気というよりも殺気を孕んだ声。その声プラス細い眉と少し吊り上った切れ長の目。その眼光が相手を鋭く見据える。
 美人の中でも『極上』の部類に入る人間にそれをやられると、大抵の相手は引き下がる。『美しさは武器だ』という言葉もあるが、それは真実だ。雅のそれは、まさに『狂気を呼び起こす凶器』であった。
 街に着いて、フラフラしだしてまだ30分。その間に声をかけてきた男の数12人…はっきり言ってウザ過ぎる。見せしめに次に声をかけてきた奴を8分の7くらい殺してやろうか…なんて危険な考えも頭をよぎる…と、ふと目に入ったのは『クレープ屋』の看板だった。
 (とりあえず、落ち着くか)
 もっともらしい理由をつけてクレープを食べる事にする。
 (ツナ…ツナなら、食べてもダイジョブ…なハズだ。…多分…そう信じたい…)
 雅だって年頃の娘さんである。たとえ男に1マイクロリットルたりとも興味が無くても、プロポーションの維持には、やはり気を使う。少しでも、痩せたい。少しでも、綺麗になりたい。そう、思うのは当然である。 
 「いらっしゃいませ♪ご注文、お決まりでしたらどうぞっ」
 「ちょこばなな、きゃらめるプラスで……ぁ…」
 「かしこまりました♪少々お待ちくださいっ」
 「………………」
 (なんで、イキナリ聞いてくるんだっ!反射的に答えちゃったじゃないか…)
 酷い言い掛かりである。
 お金を払い、クレープを受け取る…
 (んんっ〜♪おいしっ♪♪)
 普段はポーカーフェイスが板に着いている雅ではあるが、(本人にその自覚は全く無いのだが)この時ばかりは流石に笑顔である。普段は『ツンツン』している美少女の『デレた顔』という表現になるだろうか。今風な表現を使うと。ただし、その『デレた』対象が『クレープ』というのがまた、なんとも色気の無い話ではある。

 …さて、非常に個人的な意見で大変申し訳ないと思うのだが、『甘い物を食べている時の女の子の顔』というのは、どうしてあんなに幸せそうなのだろうか?というか、はっきり言って羨ましいし、『凄い』と思う。だって、あんなに幸せそうで、見ている人間まで、自然と口角が上がってしまうような顔をすることができるなんて…あんたら天才?とか思ったりするのだ。こういった創作の世界の末端に身をおいている以上、私は1人でも多くの人の笑顔を見たいのだ。…奇麗事を並べるとそうなる。ぶっちゃけると、手段は問わないので、とりあえず笑わせたい。以上、独り言おしまい。引き続き本編をお楽しみ下さい。

 甘い物を食べたら、次は服とかをテキトーに見る事にする。雅は服に強いこだわりがあるわけでは無いので、割りと買い物はサクサク進む。判断基準は『気に入ったこと』と『あんまり高くないこと』くらいだ。親の脛をかじって生きている身分で、1万円もするようなカットソーを、ご購入。なんて判断は流石に下せないものである。
 (っていうか、これなら、同じようなのが、古着屋で980円で売ってそうだが…)
 と、さらりと思ってしまうあたり、自分が自覚している以上に貧乏性なのかもしれない。
 (まぁ、見てるだけなら、金はかからんからな。)
 どうやら、本格的にウインドショッピングにする。と決めた模様…ま、予算の関係上、こういう事態はよく起きる。
 服屋というよりは『ブティック』と呼んだほうが、しっくり来る店を8軒周り、お金はビタ1文払っていない。
 ふと、ケータイを見ると結構な時間になっていた。
 (何食べようかな?)
 ランチタイムは、とっくに終わってしまっている。
 さて、ここで問題。一般的な女子高生が出先で昼食を食べるなら?
 そう! 全世界に羽ばたく『Mのマーク』の…
 (バーガー…って気分じゃないな)
 スイマセン外れました…
 (牛丼か…)
 えっ!?『安くて、早くて、美味いヤツ?』
 (そうするか…安くて、早くて、美味いし…)
 どうやら、雅の本日のランチは『牛丼』に決定したようだ。
 
 自動ドアが開き、中からは店員さんが元気な声で「いらっしゃ…!」
 あ、店員さん「いらっしゃいませ」失敗。
 さらに、昼飯時をやや外しながら、割りと大入りな店内の客も驚愕する。
 新しい客が入ってくると、なぜか確認してしまう(出ていく客は確認しないのに、アレって何故だろね?)そんな彼等も一瞬自分の目を疑った。
 「え?…牛丼!?」
 なにせ入ってきたのは、昼飯ではなく、『ランチ』。牛丼ではなく、『ペペロンチーノ』的な感覚のする超絶美少女である。そりゃぁ、驚くな。というほうが無理というものだろう。
 だが、当の雅はそんな周りの混乱を一切気にせずに、空いてる席に腰を下ろす。
 お茶を運んで来る店員さん。
 世界が静寂に包まれる。
 その場にいる全員が固唾を飲んで見ている。
 「並。ツユだくで」
 極自然に、注文をする。
 「うぉぉぉぉっ…」とか「信じられん」とか「ツユだくぅっ!?」とか。そういったざわめきが広がっていく。
 (…?)
 ハッキリいって、雅だけが取り残されていた。

 聡明な読者諸氏は、なんとなく気づいていると思うのだが、いちおうの断りをいれておく
 「雅、食べてばっかじゃん」
 とお思いの皆様…あなた方がそう思われるのも、無理はない。なぜならば、この短い文章の中で、もう3回目である。食べるの。こうなると、書いてる人が腹減ってるようにしか思われないのだが、実際の時間は朝5時…そりゃ、腹も減るってものだ。以上、独り言2おしまい。
 では、もう暫くお付き合いください。

 昼食をとったら、買い物(午前中は何も買っていないが)再開である。今度は裏通りの方をメインにして、古着屋を回って行く。
 (ふむ。)
 デニム¥2980とか、ロンT¥480とか…やはり、こういう値段のほうが見ていて落ち着く。1万円もするようなカットソーは、もはやカットソーではない。カットソーという名前のドレスだ…
 雅はそう毒づいていた。何度も言うが、お小遣いでは厳しいのだ。月、6000円のお小遣いでどうやったらそんなものが買えるというのか…そりゃ、生活費を切り詰めて、お小遣いに還元。ちょっと高めの買い物するコトもあるケド…そんなのは稀なケースで大体の場合は我慢をすることになる。
 (バイト…すればよかった…)
 そう思っても、今となっては後の祭りである。全寮制の星影学園ではアルバイトをするのが非常に難しい。繁華街からも遠いし。なので、バイトをする生徒達のほとんどは「長期休暇中」や、「休日限定」でアルバイトをする。雅は前者で「長期休暇型」なのだが、この春休みは、1週間ほど実家に戻らなければならかったので、バイトは見送っていた。
 そんなワケで軍資金は非常に心許ない。結局3時間ほど見て周り、成果は7分丈のTシャツ1枚と、カーゴパンツ1本。〆て¥1280なり。
 でも、チョット満足。7分丈のTシャツは相当気に入った。
 (早速、明日着てみよう)
 足早に、雅は帰宅の途に着いた。



「Chapter 4」


 寮に帰り、夕食をすませ、食後のお茶を飲みながら、テレビをなんとなく見る。どこにでもある平和な日本の食後を雅が満喫していると、
 「っおいっ!雅ぃ!!買ってきたぞぉ!!!」
 と乱暴にドアが開いた。
 「ああ、お帰り。斎。遅かったな」
 視線を向けることなく、お茶をすすりながら、雅は言った。
 「馬鹿ですかオメーさんはよぉっ!!誰のせいでこんなにおそくなったと思ってんだぁっ!?オメーがいつも食ってるアレなぁ!!近くの店、どこ行ってもねぇんだよ!お姉さん甲府まで買いに行ったっての!!!」
 どうやら、嫌がらせに頼んだ買い物を、律儀に真っ当してきたらしい。しかも、片道1時間かけて。
 「そうか。では、冷蔵庫に入れといてくれ」
 「はぁ!?オメーには『感謝のココロ』ってのはねぇのか?えぇっ?あのよう、雅さんよう、オメーは『アリガトウゴザイマス斎さん。』くらい言えねぇのか?」
 「自業自得だろ、そもそも」
 「うっ!くぅぅっ…」
 「あ、それからな、その泥だらけの格好であまり動き回るなよ。掃除するの大変だから」
 「んな事くらい分ってるよ!風呂!!風呂入ってくる!!!」
 冷蔵庫に戦利品を押し込むと、斎はバスルームへ向かった。慎重に、ソロソロと。なるべく泥が落ちないように。
 「…もちろん風呂なんて、まだ沸かしてないぞ」
 一応、声はかけてみた。聞こえる、聞こえないは別として
 「早く言えぇぇっ!!」
 パンツ一丁になった斎がダッシュで出てくる。
 「騒ぐな、部屋が汚れる」
 「これが騒がずにいられるかっての!なんで風呂沸いてねーんだよぉっ!!?」
 「何時に帰ってくるのか分らなかったからな」
 「ぐっ…」
 「ったく、なんの為のケータイだ?」
 「う、ウルセー!!今日はシャワーが良かったんだよぉっ!!」
 「それは好都合だったな」
 「チクショー!!!青い空なんて大っ嫌いだぁぁっ!!!」
 負け犬はそう吠えると、バスルームへ引っ込んでいった。


 
「Chapter 5」


 次の日。目覚ましの鳴らない、清々しい朝。あぁ惰眠って素晴らしい。そんな事を思ったかどうかは分らないが、雅はズルズルと布団から這い出した。
 時計は朝8時を少し回ったところだ。
 休日の雅としては少し早起きだが、まぁ、楽しみな事があれば、多少は早く目も覚めるというものだ。
 まだ、覚醒しきっていない体でバスルームへ向かう。
 「おっ?早えーな雅」
 キッチンから斎が声をかけてくる。彼女は完全朝型人間なので、いつも早い。
 「…あぁ、目が覚めた…」
 1テンポ遅れた返事。まぁ、朝は仕方がない。
 
 顔を洗い、歯を磨き、『それから』洗濯物を脱ぐ。同じ過ちを繰り返さないところが、雅が雅たる所以である。
 バスルームからリビングに戻る。同居人は『機関車トーマス』を見ながら、朝食の真っ最中。ちなみに今日のメニューは『カップヌードル醤油』
 「…朝から、ソレはやめろ。身体に良くないぞ」
 「あ〜?そりゃ、オメーら凡愚の話だろ?ボクほどの超越者になるとそんな常識というモノサシは通用しねーんだよ」
 「あっそ」
 まったく、この女は…心配してるのにコレだ。
 そんないつもの朝のやりとりの中、雅は我が目を疑った。 
 「おいっ!斎、そのTシャツ…」
  今まさに、雅が取り出そうとしていたTシャツが、触れてもいないのに、目の前に存在していた。
 「あぁ、借りたぞ。なんか丁度良かったから…」
  身長差があるため、雅の7分丈は斎のロンTと化している…
 「…こっ…」
 「…?…雅?」
 「この阿呆っ!!!」
 「っ!うぉっい!雅、何キレ…痛っ!イダっだだだだっ!!!ギブっ!!ギブギブ!!」
 見事な『腕ひしぎ逆十字固め』だった。 
 「…ギブ?何をくれるんだ?えぇ、斎ぃ…」
 「いだっ!ちガッ…雅!話せばっ!!放せばわかるっ!!!」
 「黙れぇ!大体、お前はいつも、いつも…」
 
 寮の外は今日も雲1つない抜けるような青い空。もうすぐこの山の中の学園に夢のような風景が広がることになる。
 春の足音は、すぐそこまでやって来ていた。



〜 Fin 〜




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