〜阿修羅さまがみてる〜
『 〜Green Green〜 』
作:コジ・F・93
「オハヨー」
「ごきげんよう」
「うーす」
「もーにんっ」
「ちょいや」
さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
私立星影学園
『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
──5月。
入寮やら、入学やら、進級やら、クラス替えやら(3年生はないけれど)がやっと終わって、新しい生活のリズムを掴んだと思ったら、大型連休がやってきて。
休みが終わって、1週間もすれば、もう中間テストがやってくる。
激動の1月半を終えて、やっと訪れる平凡な日常。
──平凡な日常なんて、本当にあっという間に崩れるものだって、この時まで、わたしは思ってもいませんでした………
「Green Green」
わたしの通っている『私立 星影学園』はとてもヘンな学校です。
全寮制の学校で、制服がなくて、生徒全員が私服。この2つを満たしているだけでも、とても珍しいと思いますが、もっと変わってるのは『校則が1つしかない所』です。
守る、守らないは別にするにしても、校則って、だいたいの学校は生徒手帳にけっこうツラツラと書いてあると思います。(わたしの中学もそうでした)なのに、入寮の際に受付をしてくれた先輩から渡された生徒手帳に書いてあった校則は、
『適当に生きるなっ!!』
と黒々とした墨で書かれた一文だけ。しかも、よく見ると、これ、航空写真です。見開きに、どーんと書かれた文字の端っこに学園長らしき人が写っています。顔なんか全然写ってないですけど、この雰囲気は間違いなく学園長です。満足気に腕を組んでいる様子さえ分かってしまいます。…確かに、すごい達筆なんですけど……
ちなみに生徒手帳の残りのページには、
『自作の詩を作っ…詠んでみよう』
とか、
『学園長に応援のお手紙を出そう』
とか…
『昨年度、最も臭かった部室ベスト3』
とか……色々………フルコースです。たぶん、けっこうな数の生徒が、この手帳を見た瞬間に、「やめときゃよかった…」って後悔したと思います。
『後悔、先に立たず』、『後の祭り』。先人の言葉というのは真理なんだと頭ではなく心の底から理解できた瞬間でした。
それから、学校行事もたくさんあります。4月には、各部活のオリエンテーションがあって、身体測定があって、運動能力テストがありました。
行事の名前だけ聞くと、どの学校でも行われている事だと思われてしまいそうなのですが、この学校では身体測定1つとっても、サウナが常に満員になっていたり、寮の中にあるジムの機械がフル稼働だったり、女子寮あげての断食週間(希望者のみです)が始まったりするし、
さらに、2、3年生は1年間で1番身長が伸びた人、体重が減った人を表彰があって、身体測定なのに、大騒ぎです。
運動能力テストも各種目の上位3名の表彰と総合上位の表彰。そして1年間で1番記録が伸びた人の表彰が行われるのは、お約束です。
テストの進行中…好きな種目から自由に計測できるので、時間がたつと計測した競技数に差が出てくるのですが、そんなの関係なく、1時間ごとに、各学年の男女1名づつ、50メートル走の記録1位に『マリア・チクラミーノ』といわれるシクラメン色のビブス(サッカーとかで練習中に来てるゼッケンみたいなヤツです)が、1500メートル(女子は1000メートル)走の記録1位に『マリア・ベルデ』といわれる緑色のビブス、そして総合1位には『マイヨ・オロ』といわれる金色のビブスがそれぞれ与えられます。(ちなみに1人が複数を獲得した場合は、マイヨ・オロを着て、あとの2つは、それぞれの2位に繰り下げ、マイヨ・オロはとれなかったけど、マリア・チクラミーノとマリア・ベルデを獲得した場合はどちらを着るか選んでいいそうです)
いちいちビブスが出てくるのも凄い事なのですが、特筆すべきなのは、そのビブスには、今日の日付と、『その生徒の名前とクラスがプリントされている』ことです。どんな早業でこのビブスを作っているのか、わたしにはまったく見当が付きません。集計だけでもとんでもない手間がかかりそうなのですが…なにか凄いコンピューターで集計とかしてるんでしょうか。
ちなみに、このビブス。『名前入り』なので、もちろん貰った人のもの。たとえ次の集計で1位じゃなくなっても着れなくなるだけで、返さなくてもいいという事なのですが、運動部なんかではこのビブスを持っているというのは、大変な名誉らしいです。特にマイヨ・オロなどは、時として先輩後輩の間柄を逆転してしまうほどだとか…残念ながら、わたしがこのビブスを着るのは夢のまた夢ですし、そもそも運動部でもなんでもないので、関係ないと言ってしまえば、それまでなのですが…
運動能力テストが終わって、ゴールデンウィークが終わると、次は『12代目学園長聖誕祭』なのですが…今年はその学園長が、「誕生日に高々度高速度レコードを塗り変えてくるわいっ」と意気揚々と飛び出して、お手製飛行機で高度85000をマッハ2.8で飛んだのを最後に消息を絶った(3日後にスリランカで発見されました)ので、何も行われませんでした。
そして、そのまま中間テストになだれ込んで、無事(?)終了。今週はなにもないけど、来週は球技大会。正直、こんなに高校生って大変だと思っていませんでした。
だって、ドラマとかで見る高校生が、学校行事でこんなに振り回されてるのなんか、見たことないですよね?それなのに、現実のわたしの高校生活は毎日がジェットコースターみたいに突然で、唐突で──
「──おっ!?なに?嘉奈(カナ)、実験?」
渡り廊下で、廊下を曲がってきた、ショートカットの女の子に声をかけられました。
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
声をかけられたのは、わたしなのに、周りにいたクラスの女の子たちが一斉にざわめきだします。
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
「うん、そう」
「んじゃ、一緒に学食行こうよ」
「えっ!?ちょっと水月姫(ミツキ)ちゃ──」
わたしの返事も聞かずに水月姫ちゃんはわたしの両肩を掴むと、くるっと回れ右をさせて、後ろから押してきます。
「──ちょっと、これっ!教科書!」
当然さっきまで授業を受けていたわけですから、わたしは教科書とノート、それからペンケースを両手に抱えています。
「持ったまんまでいいわよ。それに今から教室戻って、それから学食行ったら遅いって。席もないし、食べたいものも食べられないよ」
「…わかった、わかったから、行く、行きますから押さないでって──」
わたしは両手に抱えた勉強道具一式を落とさないように抱え込んで、そうお願いしながら、首だけで振り返ると、肩を押している女の子と真正面から視線があってしまって、思わず息を呑んでしまいました。
「──………」
「…ん?なに?なんかヘン?」
そう言って、わざと顔で考え込む顔を作って、それからいつものカラッカラの笑顔を浮かべながら、わたしの隣に並んで歩き出します。
あ、紹介が遅れてしまいました。今、わたしの隣を歩いている女の子。彼女は『服部 水月姫』(ハットリ ミツキ)ちゃんと言って、わたしのルームメイトです。身長はわたしと同じくらいなのに、水月姫ちゃんはバスケ部期待の1年生で…そうそう、先月の運動能力テストではしっかりマイヨ・オロを最後まで守り通した、すごい運動神経の持ち主なんです。しかも2、3年生の先輩からは『ミス新入生』に選ばれるほどの美人さんだし、性格は明るくて人当たりがいいんだから、自分自身に自慢するところがなに1つないわたしの、自慢のルームメイトです。
「嘉奈んトコは火曜の4限は科学なんだね」
「うん。水月姫ちゃんは?」
「カツラ」
「…イントネーションが違うでしょ…桂、先生」
「どっちでもいいじゃん。通じれば」
あはははっと水月姫ちゃんが笑うと、背中の三つ編みも楽しそうに揺れます。正面から見ると、普通のショートなのに、後ろから見ると首の後ろに三つ編みにした細い髪の束が1本隠れているという不思議なヘアスタイルは、でも水月姫ちゃんにとても良く似合っていて、その三つ編みが楽しそうに揺れるのを見るのが、わたしは大好きなんです。
でも、
水月姫ちゃんといると、困る事があるんです。
さっきからチラチラ…ううん、チクチク感じる視線と、時々聞こえる話声。
水月姫ちゃんに憧れる気持ちと、その水月姫ちゃんのルームメイトを羨ましがる気持ち。
きれいな人に憧れる気持ちは男女共通で、そういう意味では、わたしは(水月姫ちゃんファンの)男女共通の敵みたいなもので…
(ああ…視線が痛い……)
わたし、目立つの苦手なんです。授業で指名されて、教科書を読むだけでも、緊張で頭がボーっとしてきちゃうくらいです。それなのに、中学まではクラス委員とかよくやらされました。成績もよくないのに、(悪くもないけど)なぜか担ぎ出されて、押し付けられて、学級会とかでみんなの前に出されるたびに、心臓をバクバクさせて、顔を真っ赤にして、震えながら小さな声で話をするのがとてもイヤでした。
でも、この学校は水月姫ちゃんみたいに、目立つ人がたくさんいるから(水月姫ちゃん程目立ってる人はそうはいないけど)クラス委員に担ぎ出される事もなかったし、特別人前に出される事もなかったしで、わたしは完全に埋没することができて、すごく落ち着けるんです。
1人でいれば……
「──お〜い!嘉菜ちゃ〜ん!水月姫ちゃ〜ん!」
遠くから、かけられた声に、わたしはビクっとして、そのまま急いで水月姫ちゃんの後ろにかくれようと必死の抵抗を試みます。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
声の主が誰だか分かると、周りいた視線の主たちが一斉に黄色い悲鳴をあげます。
「藤堂先輩、伊東先輩コンニチハっ」
近付いてきた2人組に水月姫ちゃんが挨拶をします。
「こんにちは」
「ご機嫌よう。水月姫さん」
2人の先輩のうち、エキゾチックなお顔立ちの先輩が、微笑みを浮かべて水月姫ちゃんに挨拶をかえすと、周りから再び「キャーっ!!」という歓声があがります。
「……なんスか?それ?」
「いやだわ、水月姫さんったら、ご挨拶にきまっているじゃありませんこと」
「…は、はぁ…」
優雅に微笑む藤堂先輩に、水月姫ちゃんはあいまいに答える事しかできません。
「はぁ…ラン。いくらギャラリーがいるからってそんな微妙なサービスはいらないと思うよ」
「何言ってんのよ、周りはこんなに喜んでるじゃない」
「…水月姫ちゃんは、半引きだけどね」
「…アハハハ…ええ、まぁ…」
ちょっとだけ引きつった顔で水月姫ちゃんが答える。
「否定するのっ!そこは否定するところなのよっ!!」
「いえ、正直微妙っス」
「可愛くないっ!っていうか、こういうところでその冷めたリアクション、ホンット誰かさんにそっくりだわ」
「………いっぱい居すぎて、誰の事か特定できないね」
「私の周りは、人でなしばっかかぁ〜!?」
そういって、藤堂先輩は大袈裟に仰け反って、頭を抱えて、
「時に、少女よ。君はなぜ隠れた」
素早く水月姫ちゃんの後ろに回りこんで、わたしの首に手を回して、水月姫ちゃんの影から引っ張り出してしまいます。
「あ、えと…その…」
繰り返しになってしまいますが、目立つの…というか、人前が苦手なんです。
「嘉菜ちゃんは、ランと違って目立つの嫌いなのっ!」
「わっ!?ちょっと!おねぇ…わぷっ」
突然違う方向から引っ張られた私は、その力に逆らう事もできずに、その腕の持ち主の胸に顔をうずめてしまいます。と、同時に周りからあがる悲鳴。
(…お姉ちゃん…言ってる事と、やってる事が正反対だよう…)
心の中で泣き濡れるわたしを抱きしめる腕からは力の抜ける気配がありません。
「いや、アンタの行動のが目立ってるって」
「ホントっスよね。あ〜あ、お暑いこって」
藤堂先輩と水月姫ちゃんが両手を肩の辺りで「あ〜あ」とすくめて、わざとらしくため息をつきます。
「えっ!?あ、ゴメンっ!嘉菜ちゃん」
…今、慌てて私を放した人。フワフワの柔らかい茶色の髪を、サイドポニーにしているこの人は『伊東 嘉穂』(イトウ カホ)といって、私のお姉ちゃん。この学園の3年生です。ちょっと天然っぽいところもあるけれど、優しくて頭が良くて、この学園でも指折りの美人、しかも背が高くてお胸も豊か。と、何から何までわたしとは正反対のお姉ちゃん。実家にいる時はなぜか目立たない人だったのに、(今だに、なぜお姉ちゃんが、目立ってなかったのか、さっぱりわからないのですが)高校生になって急にオーラが出てきたというか、お姉ちゃんが1年生の夏休みに帰ってきた時は、家族みんながとても驚きました。どこのお姉さまが帰ってきたんだって。
そして、お姉ちゃんと一緒に歩いてきた、サービス精神旺盛なエキゾチックなお顔立ちの美人さんは、同じく3年生の『藤堂 魁』(トウドウ ラン)さん。お姉ちゃんのお友達で、いつもお姉ちゃんと一緒にいて、下級生の女の子たちの間でとっても人気があります。(藤堂先輩派の子たちによると、カッコイイから!っていうのが、1番の理由だそうです)とってもオシャレな先輩で、毎日、とってもカッコイイ服を着ています。でも、明らかに高校生が買えるようなモノばかり着ているので、色使いと組み合わせくらいしか参考になりません。そして、水月姫ちゃんが「月におこずかい、いくらもらってるんですか?」って直球を投げ込んだ時の「ヒ・ミ・ツ」っていう答えに隠しきれなかった邪悪な笑みと、蒼い顔をして視線をそらしたお姉ちゃんの顔が忘れられません。
「嘉菜ちゃんたちは、これからご飯?」
「そうで〜す」
お姉ちゃんの質問に水月姫ちゃんが答えます。
「うん、よしっ!さぼろう」
そう、力強く藤堂先輩が宣言します。
「さぼろうじゃないでしょ…後輩に悪い見本みせないの」
「え"〜なんだよ〜。妹の前だからってマジメぶりやがってぇ〜」
「人聞きの悪いこと、言わないでよ」
「…?お昼じゃないんですか?」
2人のやりとりを聞いていた水月姫ちゃんが、『?』を頭の周りに浮かべながら尋ねます。
「これから、会議なの」
「会議?」
お姉ちゃんの答えに、わたしと水月姫ちゃんは2人揃って首を傾げます。
「体育祭の打ち合わせをしなきゃいけないのよ」
「あー、シンドイ」と心底イヤそうな顔で藤堂先輩が再びわざとらしくため息をつきます。
「でも、そういうのって、生徒会の仕事じゃないの?」
「生徒会と先生たちでアウトラインを決めて、そのあとクラス委員が集まって、会議、それから体育祭実行委員が実務に入るの」
「へ〜」
体育祭まで、あと1月もあるのに、もうとっくに裏方さんは動いているという事実と、体育祭まで生徒主導で行われているという事実に、わたしたちは感心するしかできません。
「まぁ、去年は、体育祭実行委員会が強烈に暴走してくれて、わたしらの話し合いなんて、全く意味なかったけどね」
皮肉を込めた笑顔が嫌味っぽく見えないのは、選ばれた美貌のなせる業。シニカルなはずのそのお顔が、どこか憂いを含んだアンニュイな雰囲気になっていて、多分、周りにいる藤堂先輩のファンは、ウットリとそのお顔を眺めているんだと思います。
「あれは、ヒドかったよね…って、ラン!時間っ」
藤堂先輩の意見に同調して、ちょっと遠い目をしたお姉ちゃんが、腕時計に一瞬目線を落とし、それから弾かれたように、藤堂先輩の体を揺らします。
「遅刻したって別にいいじゃない」
「ダメに決ってるでしょ。ホラっ」
「あ〜、ハイハイ。じゃ、嘉菜ちゃん、水月姫ちゃんご機嫌よう」
「じゃぁね、2人とも」
台風一過。そう言い残して、お姉ちゃんと藤堂先輩は、わたしたちが歩いてきた方向へ消えていきます。…取り巻きを引き連れて。
「会った時も『ご機嫌よう』。別れる時も『ご機嫌よう』…じつは便利な言葉だったりする?」
「…う〜ん。確かにそうだね。朝も昼も夜も使えるし」
「うわっ!便利だっ。よしっ!今度使ってみよう」
「え…それは、ちょっと……」
日本語としては確かに間違っていないかもしれませんけど、ヘンです。絶対にヘンです。
意気揚々と宣言した水月姫ちゃんの隣を、わたしは微妙な表情で歩きだしました。
「──おっ!?嘉菜っ、水月姫っ、チュス」
……イヤ、いいんです。今日はこういう日なんだ…って。そう思わないとやってられない日もあります。女子高生にだってあるんです。そういう日が。
「チュス!大石先輩」
「…こんにちは」
「んだぁ?嘉菜ぁ?元気ねーなぁ…ひょっとして、あの──」
「──はいっ、そこまで〜。水月姫だけならどーでもいいけど、嘉菜ちゃんの前でそういうのやめてくれる?」
あはははっと笑いながら、ショートカットの女の人が大石先輩の暴走を停止させました。でも、周りにいた女の子たちがザワザワとしだしました。
「というか、最近アンタ親父くさいわね」
そして、1番最後に現れた眼鏡の女の人が一刀両断。凄いです。一切の慈悲がないです。
「んなことねーよぉっ!!だいたい親父くさいってなんだ!親父くさいって!アタシはただ、純粋に美しい華をめでっ"む"……」
「噛んだからダメ〜」
「いくら慣れてない言葉使いだからって、こんな所で噛む?普通?」
「いや〜、噛まないっス。普通、噛まないっス」
あはははっと笑いながら、水月姫ちゃんも同調します。
「水月姫まで言うか〜…」
大石先輩は、分かり易く『ショック』!って顔をして──
「──へっ!…ちょっ、大石先ぱ…わっ」
「ん〜、嘉菜は素直でかしこくて、可愛いなぁ〜」
いきなりわたしを抱きしめました。…わたしより背が高いお姉ちゃんに抱きしめられるのと違って、大石先輩はわたしより背が低いから、ちょっと不思議な感じがします。
「……次子〜、いくら嘉穂に脈ないからって、嘉菜ちゃん(ヒトンチノイモウト)にまで手ぇ出す事ないでしょ?」
「ハァッ!!?バカ言うなっ!!脈あるっつーの!!バっクンバっクンだっての!」
「バっクンバっクン?」
「『脈がある』の『脈』を人体の『脈』とかけた、次子渾身の知的なギャグ。いいのよ?『義理で』笑ってあげても」
「ああ〜」
納得。と、水月姫ちゃんが、手を打ちます。
「ああ〜じゃねよっ!!」
「アハハハハ…オモシロ〜い」
「最悪っ!コイツ、最悪っ!!ここの姉妹は揃ってカワイクねぇっ!!ツラがいいぶん余計に気にいらねーっ!!」
「………」
「………」
「…んだよ?」
訪れた沈黙を大石先輩が破ります。
「文句言ってるのか、褒めてるのか分かりにくいんだけど…」
「思った事をそのまま口に出すからこうなってるのよ」
「…あぁ、納得です」
「…はぁ…」
3人の息を吐く音がピタっと重なりました。
「なんなんだよぉーっ!!」
えーと、今、わたしを抱えたままイジメら…色々とツッコまれているのが、『大石 次子』(オオイシ チカコ)さん。またまた3年生…というか、ここにいるあとの2人も3年生ですけど…女子ソフトボール部の部長さんで、その小さな(失礼。)身体からは想像もできないほどの絶大な運動能力と、やんちゃ(だと大石先輩のファンの子が言ってました)な性格で、下級生の一部の女の子に絶大な人気があります。基本的にはいい先輩なんですけど、わたしを見つけると、必ず追いかけてくるので、ちょっとタイヘンです。
そして、登場と同時に女の子たちをザワつかせたショートカットの人が『服部 優妃』(ハットリ ユウヒ)さん。なんとなく分かってるかもですけど、水月姫ちゃんのお姉さんです。やっぱり女子バスケットボール部の部長さんで、なんと全国ナンバーワンプレイヤーって噂があるくらいに凄い人。それでいて、水月姫ちゃんを少し大人っぽくしたような美人なので、当然人気があります。(特に下級生の女子に。カッコイイから!!って理由で)優しくて、いつもニコニコしてて、とってもいい先輩で、こんなお姉ちゃんがいる水月姫ちゃんがちょっと羨ましいな…あっ、もちろん自分のお姉ちゃんの事も大好きですよ。
最後に、紹介するメガネをかけた人が、『武田 裕美』(タケダ ヒロミ)さん。服部先輩のルームメイトさんです。ちょっと目立たない感じの所とか(またもや失礼)、人気者のルームメイトがいる所とか、ちょっとだけわたしに境遇が似ていて、個人的に勝手な親近感を覚えている先輩です。ただ、学年トップ10を常にキープしていたり、なんとなく立ち居振る舞いに品があったり(ご実家が京都で有名な料亭をされているという噂があります)で、実はけっこう凄い人だったりします。
「…あの…」
「ん?なによ?」
わたしは抱きしめられたまま、大石先輩に質問をします。
「お姉ちゃんとうまくいってないんですか?」
「………」
「………」
「………」
「………」
沈黙が一帯を支配して、そして、
「アハハハハハハハハっ!!!!」
大爆笑が起こりました。…わたし、なにかヘンなこと言っちゃったんでしょうか?
「いや〜、嘉菜ちゃんイイっ!最高っ!!」
目に涙を浮かべて、服部先輩がわたしの頭をポンポンと叩きます。
「間違いなく嘉穂の妹。…伊東家恐るべし…」
「勝てないっ!生まれ持ったものには勝てないよっ!」
武田先輩と水月姫ちゃんも同じように涙を浮かべながら、身を捩っています。
そして、
「あ〜、そうな…──」
巻き込まれた感じの大石先輩が、決り悪そうに人差し指で頬っぺたをポリポリしながら、歯切れ悪く言います。
「──…別にうまくいってないわけじゃなくて、だ…」
「次子が片っ端から違う女の子を追いかけるから、愛想つかしたのよ」
武田先輩が横槍を入れます。
「止めろっ!誤解されるっ!!」
「誤解ってのは『誤った理解をされる』ってことだよ?日本語は正しく使わなきゃ」
大石先輩の反論に、今度は服部先輩がツッコミます。完全に2対1。大石先輩、すごく不利です。
「大石先輩って浮気者なんスね」
服部姉妹の流れるような連続攻撃。しかもこれで3対1。大石先輩、絶体絶命です。
「だから違うっつーの!それにランだってアッチコッチに手ぇ出してんじゃねぇかっ!!?」
「いや〜、ランはああ見えて結構相手選んでるよ」
「っていうか、嘉穂と雅以外は完全にネタじゃない。ランの場合」
「う……」
今度はルームメイトの連続攻撃。そしてさすがは全国ナンバーワンプレイヤー。誰とでも流れるようなコンビネーションです。
「チクショー!覚えてろよぉーっ!!」
捨て台詞を残して、大石先輩はものすごいスピードで走り去ってしまいました。
「覚えてろって言われても…ねえ?」
服部先輩が大石先輩の消えた背中を目で追うようにしながらつぶやきます。
「アンタじゃないんだから、学食着くまでに忘れるわけないじゃないの」
同じように、武田先輩がこぼします。
「さて、じゃあ私たちも行こうか」
そう言って、向き直った服部先輩はカラッカラの笑顔を浮かべて、右手でわたしの肩を、左手で水月姫ちゃんの肩を抱いて歩き出しました。
それは、もう、もちろん覚悟はしていたんです。今日はこういう日なんだって、いちおう頭の中で理解はしていました。それに、服部先輩と武田先輩と合流して、大石先輩が待っていてくれて(?)いるわけですから、こうならないわけがない。とまで思っていました。思ってはいたんですよ。…いたんですけど……
「………」
わたしの正面で、モヤシラーメンを食べている、髪の長い人。この人は『尾関 雅』(オゼキ ミヤビ)さん。学園では…というか、周辺の学校では知らない人がいないというくらいの『超・有名人』で、頭脳明晰、運動神経抜群、おまけに眉目秀麗etc.etc...『天は2物を与えず』どころか、3つも4つも与えらてしまったとんでもない人で、学園中どころか、近隣の学校の生徒の憧れ的。特に下級生の女の子からは『雅お姉さま』と呼ばれているほどの人気で、この学園はもちろん、他の学校にまで私設のファンクラブがあるそうです。
そして、そんな全女生徒憧れのお姉さまである尾関先輩と同じテーブルで食事をするというだけでも、周りの視線が痛いのに、なぜかわたしの正面にご本人さまが…しかも…
「…ん?どうした?杏仁豆腐と私のメンマ、トレードするか?」
当の本人は、周りの目などまったく意に介せずに、ヒョイとメンマを掴みあげながら、気さくに話しかけてくれます。
「え、いえ、その…」
「はぁっ!!?オメー湧いてんのか!?どこの世の中に杏仁豆腐とメンマで成立するトレードがあんだよっ!!おいっ、カナカナや、このボケに略奪される前にボクのレンゲとチャーハンとのトレードを強くオススメするぜっ!!」
そして、尾関先輩の隣のお誕生日席に座っている背の低…一際小柄な人が『河上 斎』(カワカミ イツキ)さん。尾関先輩とはまったく逆方向の魅力を持っていて、自他ともに認める星影学園のマスコット。運動神経の塊のような人で、その運動能力をフルに使って暴れまわるやんちゃな先輩です。あと、けっこうな人材が揃ってるこの学園でも1、2を争うほど俗世の常識が通用しない先輩でもあります。最初お会いした時は、1番苦手なタイプだと思いましたが、実際にお付き合いさせていただくと、「ああ、もう、しょうがないか」と、おおらかな気持ちになるという、周りにいる人を人間的に1回り成長させてくれる先輩であることに最近気がつきました。お姉ちゃんがよく言ってる「斎だからしょうがないよ」の意味も今はよく分かります。
「レンゲは食い物じゃないじゃん」
大石先輩が呆れながら、わたしの代わりに河上先輩にツッコミます。
「それに、嘉菜ちゃんレンゲあるし」
「っていうか、アンタ、レンゲとチャーハントレードして、どうやってチャーハン食べるのよ?」
続いて、服部先輩と武田先輩が流れるように続きます。
「うわっ!?しまったぁっ!!カナカナっ!ボクのレンゲとカナカナのチャーハンとレンゲをセットで交換だっ!!」
「……お前のレンゲは落合か?」
「落合は3対1だったろうがぁっ!!!」
「いや、なんで次子がキレるのよ?」
「へっ?…あっ、そういやなんでだろ…?」
「いよっし、決まりだぁっ!!カナカナ、チャーハンとレンゲに杏仁豆腐もつけろ」
「えっ!?」
「うわぁ〜、しっかり3対1トレードを申し込んでるよ」
「う〜ん、さすが河上先輩。超、上から目線」
「でも、確か中国の人って、チャーハンにレンゲは使わないらしいわね」
「…ああ、みたいだな」
「んじゃぁ、なにで食うの?」
「箸。」
「箸ぃ〜!?」
「いや〜、確かに食べられないことはないけどさ…」
「随分、食べ難いよ『ねぇ〜』」
「おお〜。ハモったぁ〜」
「アンタんトコも基本仲いいわよね」
「そりゃ、姉妹ですから『ねぇ〜』」
「…今のはナシだろう」
「雅、辛いなぁ」
「今のはワザとらしかったもんなぁ〜」
「まったくね。私達は偶然のユニゾンにこそ、感動を見出せるのに…ナメられたものだわ」
「人聞き悪いなぁ…ヒロは」
「嘉菜からも、なんか言ってよ」
「えっ!?いきなりわたしっ!?」
「人生ってのは、突然の連続なのだよ」
「同い年だよねぇ?なんでイキナリ人生語ってるの?」
「んなことどーでもいいからボクのトレードの返事は?『ハイ』か『イエス』で答えていいぞ」
「んだよ、斎まだ諦めてなかったのかよ?」
「諦めてねーよっ!!諦めたらそこでネバーギブアップだっての!!」
「あはははっ、なんとなく意味は分かるけど、まったくの不正解だね」
「んだとぉぅっ!!?」
「というか、なんで、レンゲ放出してレンゲ獲得してるのよ」
「必要だ(イル)からっ!」
「…なんだ…食べられない(デキ)ないのか」
「おう…ネクラぁ…?今なんつった?」
「本場では箸で食べるのに、お前は箸じゃ食べられないのか」
「バカブッコケぇっ!!中国人にできてボクにできない事なんて、机の脚、食うことくらいだってのっ!!!」
「それは食べないものでしょ」
「うん食べないものだね」
「うるせーっ!ああ言えば、こう言うなぁっ!!」
「そこまで言うなら見せて貰おうか。ホントに箸で食べれるかどうか」
「上等だコラ。勝負だっ!カナカナぁっ!!!」
「は…えぇっ!?わたしですかっ!?」
「他に誰がいんだよ。ホレ、はよ、スタンダップ」
「お待ちなさいっ!!その勝負、『熱々餃子一気食い対決』に変更よっ!!」
「…ヒロ?…えと……なんでそんなに、別の方向に難易度がハネ上がるの?」
「画的に楽しい」
「重要だ」
「おぉ〜、雅ってば、こんな時だけ即答だよ」
「上等だぁっ!!受けてやらぁっ!!」
「ええっ!!?ちょっ──」
「──お2人さん。1人、忘れちゃいませんかい?」
「んだよ?オーイシ」
「大石…ナルホド、確かにそんな名前で呼ばれたこともあった…でも今となっては、名もないただの石ころ。路傍に落ちてるただの石ころさ。…ギョウザを早く食うだけが取り得のなっ!!」
「石にも取り得があるんスね〜」
「ん〜。とは言っても、ホントは出たいんでしょ?」
「え、と…ちょ、お姉ちゃん…?」
「こう見えてお姉ちゃん暦長いんだから、妹の考えてることなんて、お見通しで〜す」
「え…いや、全然見通せてな…ちょっとっ!!」
「…これで、4人か」
「5人よ」
「私は出ないぞ」
「優勝者には、『学食、1週間バイキング権』プレゼント」
「エントリー用紙はどこだ?」
「はい。1名様ご案内〜」
「んだよ、雅までやるのかよ」
「自信がねぇなら、1年に混ざってイタリアンでも食ってろ、マカロニ女」
「オメーこそ、あの辺の隅っこでタコス食ってろや、このチョロスが」
「やんのか?」
「やらいでか」
「なんで、わたしたちまで…」
「ん〜、こうなったらやるしかないんじゃない。なんかギャラリーが集まってきてるし…」
「い、イヤすぎる…」
「いや〜、なんか凄い集まって来たね」
「ここまでは計算通り。あと、もう一押しね…優妃」
「…ったく、しょうがないなぁ…──」
「──さぁっ!『第1回!熱々餃子一気食い大会っ!!』参加は自由っ!!優勝者には『学食、1週間バイキング権』、準優勝には『1日中華食べ放題っ』3位は『1日点心食べ放題っ』いいですよねっ!おばちゃん!?」
「(コクっ)」
「いよっしゃぁぁぁぁっ!!!!」
「はーい、参加者、こっち。並んで、並んで…」
「……兄さん、兄さん誰よ?斎?堅いねぇ〜、毎度。お嬢ちゃんは?おっ!?雅?イイね。イイよそういう買い方、お姉さん好きだなぁ〜。あ、兄さん、兄さんもどう?……」
わたしの通っている『私立 星影学園』はとてもヘンな学校です。
〜 Fin 〜
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