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「 阿修羅さまがみてる 」 シリーズ
〜阿修羅さまがみてる〜
『 〜豪傑たちの黄昏〜 』
作:渡辺浩造



 「オハヨー」
 「ごきげんよう」
 「うーす」
 「もーにんっ」
 「ちょいや」
 さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
 甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
 なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
 スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
 
 私立星影学園
 
 『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
 山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
 時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
 
 続くことが伝統であり、ぶっ壊すのも伝統だ!
 自分の近くに伝統がないというなら、この生き様をしかと見よ!!
 星影学園柔道部の伝統行事が、今、開かれた。
 
 
 

「4月半ばの出来事」

 
 
 ズダン!! 
 豪快な音が幾度となく、室内に響き渡る。
 腹の底から出ている気合を込めた声は、その何倍も轟いていた。
 ここは、格技場。色とりどり、選り取りみどりの格闘系の運動部が集う場所。私立の強みをフルに生かし、武道館を思わせるだだっ広い練習場には、今日も格闘、大好き!な男女が汗を流していた。
 ラジカセから流れる「燃えよ! ドラゴン」のテーマソングが、聞いている者のアドレナリンを増幅させ、「なんだか、格闘技をやりたくなる」状態にしてしまう。
 「ウリャアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」
 豪快な声と共に、人間の体が空を飛ぶ。
 ズダン!!
 「クッーーー!!」
 『佐川官』(サガワ ツカサ)は苦痛に投げ飛ばされた衝撃に顔を歪める。受身をしても痛いものは痛いのだ。
 「ばてたのか?」
 「まだまだーーーー!!!」
 官は、短めの髪を揺らしながら立ち上がると、相手に向かっていく。
 もう、練習も終盤に差し掛かっている時間。ほとんどの生徒がかなり、グロッキー。官本人も肩で息をするほど疲れていた。
 だが、疲れていようと、相手が男子であろうと投げられっぱなしではいられない。
 相手の飯沼貞義( イイヌマ サダヨシ )は同じ1年生。飲まされた苦汁は百倍にして返すのが彼女の流儀だ。
 お互いに技を掛け合うが決め手に欠いた状態が続き、ただ時間が経過していく。
 残りも30秒ともなろうかとした時、ついに均衡が崩れた。畳に広がっている汗に貞義が足を取られてバランスを崩したのだ。
 このチャンスを官は見逃さない。咄嗟に背負い投げをかける。貞義の懐に飛び込み、そのまま担ぎ挙げ、後はテコの原理で一回転、するかに見えたが、そこは貞義も男の子。
 足の指に懇親の力を力を込めて、畳から離れないように踏ん張る。
 両者はそのまま転がり込む。
 投げるには至らなかった。
 「う〜〜〜ん、駄目だったかぁ」
 「官、今のタイミング、良かったですよ!! 次は引き手を最後まで持って!!」
 項垂れていた官に、休憩中の主将から声が届く。
 「はい!!」
 元気に声を出す官。少し現金かなと思うが、主将に褒められたのだ。褒められたら、やはり嬉しいものだ。
 こうして、彼女の本日の稽古は、元気よく終わりを迎える。
 
 柔道は礼に始まり、礼に終わる。
 「一同!正面に礼!!」
 格技場に主将の古屋咲(フルヤ サク)が澄んだ声が響いていく。
 今日の練習も怪我人もなく無事に終わり、ホッと安堵の顔を浮かべる咲。彼女は女性でありながら、星影学園の主将を勤める女丈夫。
 その実力は歴代の主将の中でも一際、際立っていた。
 「今日も一日、お疲れ様でした」
 顧問の桂教諭が格技場を出たのを見送り、咲は部員たちに向き直す。他の部員たちは各々の場所で咲を見つめていた。
 「来月には、いよいよ、大会が始まります」
 「おう!!」
 大会という言葉に触発されたのか、部員たちの声は一段と力がこもっている。
 「皆さん、練習に熱をいれるのも、もちろんですが、怪我のないようにもして下さい」
 「オッス!!」
 「以上、解散です」
 「シターーー!!!!!」
 大会という言葉、練習が終わった開放感が混ざり合い、ちょっとだけ異様な雰囲気に包まれる部員たち。
 そんな彼らに咲は改めて、声をかける。
 「明日は日曜日ですが、朝10時に、ここに集まって下さい。但し、柔道着はいりませんので」
 ニッコリと菩薩様のように微笑む咲。
 柔道着がいらないということは、練習をするんじゃないということか。だが、何故、日曜日に集まることに?
 官の頭の上に?マークが何個も浮かぶが、無論、答えは出なかった。
 2年生は咲の言葉に歓喜の声を上げている。
 なんだか、嫌な予感に駆られながらも、1年生の仕事である、道場の清掃に入る官であった。
 
 
 

「開催」

 
 
 時間にして、9時30分。
 春の気温を感じながら、官は学園へと続く道を足取りも軽く歩いていた。
 今日は日曜日。
 本当なら、部活で疲れた体を癒すため、というのを名目に午前中はゆっくり眠っていたい。だが、集合しろと言われれば、行かねばならないのが部員である。
 「………おはよう」
 官に後ろから声がかかる。
 官が軽快に振り向くと、そこには同じ1年生である河合継夜(カワイ ツグヨ)の姿があった。
 「オイーッス!」
 「………官、寝癖」
 「うそ!?」
 元気に挨拶を返して、こんな事実を知らされるとは!!
 乙女の一大事と慌てる官。手で剥いて、直そうとしているが、如何せん、直ったかどうか分からない。
 「…………ホント」
 それを見かねた継夜は、後ろから官の髪を弄る。直そうとしているのだろう。
 「うぅ、ありがと〜」
 官は情けない声を出しながら、礼を言う。実際、情けなく思っているのだ。
 今朝はウッカリ寝坊をしてしまい、急いで、身支度を整えて出てきたのが原因だろう。しかも、目覚まし時計の時間を進めていたのを忘れていた。これでは情けなくもなる。
 「…………気にしない、官」
 顔に出ていたのか、継夜がそんな事を言ってきた。彼女は物静かだが、妙に鋭いところがあった。
 「アハ、大丈夫。もう、忘れたから」
 落ち込んでても仕方ないし、友人に心配させるわけにはいかない。この件は笑ってやり過ごすことにしよう。
 「…………終わった」
 「あっりがとーー!」
 元気よく振り向いた官は継夜の姿を観て、軽い違和感を覚える。
 手の甲が隠れるくらい長いTシャツ。ズボンの裾は大きく裏返されていた。
 「あれ?あんた、服がブカブカなように見えるんだけど、気のせい?」
 「…………気のせいじゃない。これが、仕様」
 継夜は自分の腕より長い袖を振る。
 「へぇ、そうなんだ」
 官は、それ以上は突っ込まないでおく。自分のファッションセンスがないのを自覚している(これは寝癖とは別問題らしい)ので、「こういうのもあるんだね」ぐらいの感覚だ。
 かくいう官は、パーカーにショートパンツ。動き易さを重視した格好だった。
 「…………巷で大人気」
 「巷って、どこ?」
 そんな他愛もない会話をしながら、校門を通り抜け、マリア像の前を通過し、そのまま甲府ドーム( 体育館 )に向かう。別に校舎に用があるのではない。
 彼女たちの目的地は格技場である。
 「でも、今日は何をするんだろう? 格技場に集合なんて」
 「………行けば、分かる」
 確かに、そうだ。疑問は残るし、不安にもなるが、考えても分からないことに答えは出るはずもなく、2人は格技場に急ぐことにした。
 
 「ザスッ!!!」
 「…………ザス」
 男子2人の大声が格技場にこだまする。格技場に入る時、必ず挨拶をするのがここでの嗜み。
 腹がはち切れんばかりに酸素を送り込み、その全てを惜しみなく格技場に向かって出し切る。そうすることで、ここから先に入れば、日常から離れることを確認する。
 そう!この格技場は彼らにとって、いや!!格技場に青春の汗を染み込ませる者にとっては戦場なのだ!!
 「おーーー、よく来たなぁ。2人とも」
 力士かと思わせる男子が出迎えた。
 「芹沢先輩! ザスッ!!!」
 「………ザス」
 「ハッハッハッ!! おはよう!!」
 この相撲取りのような男子、名前を芹沢・カモミール・浪( セリザワ・カモミール・ナミ )父方の祖夫が由緒正しきフランス人で日系三世だ。官たちの1つ上の2年生にあたる。
 芹沢は大きな体と揺らしながら、軽いステップで2人の元までやってきた。
 「先輩、今日は練習じゃないですよね?」
 「そうだ。」
 「じゃあ、何故、ここに?」
 「まぁ、待て。そう焦ることはない」
 北京オリンピック、女子レスリングの銅メダリストの親父のような笑い方をしながら、芹沢は柔道部の占領地域に向かって歩き始めた。
 よく見ると脇には、これまた、大きな男子を挟んでいた。
 「………先輩。く、苦しいッス」
 脇に挟まれているのは、大鳥恵介(オオトリ ケイスケ)だった。官と同じ1年生で、その体格は1年生の中でもダントツに大きい。
 そんな恵介を易々と組み伏してしまう芹沢は、やはり、只者ではない。
 芹沢はダルマのような体格なのに、その実、全てが筋肉で出来て、余分な肉がない。腕は丸太のように極太である。因みに、彼の今の悩みは腕が太過ぎて着られる柔道着が特注しかないこと。
 そんな人間に首根っこをロックされては、痛い、重い、暑苦しいの三拍子。
 だが、芹沢本人も痛めつけようとして、やっている訳ではないだけに、後輩である恵介は、それを受け入れるしかない。
 芹沢の腕にキュッと力が込められ、恵介の首を圧迫する。苦しかったのが、さらに苦しくなる。これでは呼吸をすることさえ困難だ。
 そのキュッとなる力は緩まることはない。芹沢が一歩進むごとに小さな力は加算され続ける。まるで、蛇の皮を首に掛けられた状態で灼熱の太陽の下で張付けにされたよう。
 これは軽い拷問では?
 恵介の脳内にそんな言葉が浮かび上がる。
 格技場の半ばまで来た時には、彼の首には極太の頚動脈が浮き上がっていた。柔道部の私有地ともいうべき畳張りは格技場の1番奥にある。まだ、先は長い。
 彼の顔にチアノーゼ的な症状が出始め、指先が痺れてくる。だが、それに芹沢は一向に気付いていない。
 「どうした?ピクンピクンして」
 「こぉ………呼吸…が…………」
 「おぉ!スマン!スマン!!」
 芹沢は急ぎ、恵介を開放する。
 彼は一気に肺に空気を流し込んだ。肺は新鮮な酸素を無性に取り込み、それを体中に送り込む。血管が熱くなり、指先の感覚が戻っていくのが、はっきりと感じられた。
 青ざめていた顔が次第に赤くなる。頭に血が上ってきたのだろう。
 軽い眩暈を覚えた恵介だったが、ゆっくりと意識が戻ってきた。
 「情けないわねぇ。これくらいのことで」
 言い切る官。そこらへんは容赦がない。
 「………じゃあ、佐川さんが食らってみなよ」
 「いや〜よ! だって、私、食らわせる専門だもん」
 官は立ち上がった恵介を肘で小突くとフラフラと揺れていく
 「………押さないで。今、押されたら………」
 「ふぅん、そうなんだぁ」
 でかい男が女の子の力でフラフラと揺れる。それが官のSっ気に火を灯した。
 「……ほれ……ほれ」と、官は指で恵介を突付く。すると、恵介は面白いように右へ左へとふらついていた。
 最後には、ドサッと倒れこみ、ハァハァと荒い息使いをしている。まるで、丘に上がった魚のようだ。
 「………こ、殺して。………いっそ、殺して」
 「お楽しみは、これからよ」
 官は、ペロリと舌で唇を舐める。その妖艶な表情を恵介は、在学中、忘れられることができなかったという。
 「危うく、今日の主役を落とすところだった。」
 芹沢は笑いながら、その光景を見つめていた。そんな中、痺れを切らしたのか、畳の上にいる女子が手を振りながら催促している。
 「もう、遅ーーーい!! ほら、芹沢も早く来なさい! 1年生も!!」
 「おぉ! こりゃあ、スミマセン!!」
 芹沢は大声で答え、ノッシノッシと歩き出した。官と継夜も後に続く。恵介は、親を追う産まれたての子馬のように、フラフラとしながも歩いていった。
 「先輩、今日は何をやるんですか?」
 芹沢の傍らを歩く官は疑問を素直にぶつける。
 官たちには1ヶ月、星影学園に通って分かったことがある。それは、ここでは他の常識が通用しないということだ。
 良くも悪くも、やることが彼らの想像を斜め前をいくどころか成層圏に達している。
 そりゃ、不安にならない方がどうかしているだろう。
 芹沢は官たち1年生の真剣な眼差しを見た後、視線を前に戻した。
 「まぁ、教えてもいいか。」
 畳の前で止まると、体ごと官たちに向き変え、大きく息を吸い込むと豪快に解き放った。
 「本日!!星影学園柔道部、新入生歓迎会を開催する!!
  主役はお前たちだ!!!」
 
 
 

「歓迎会」

 
 
 芹沢の大声に吹き飛ばされる1年生。この魂のこもった言葉の衝撃には何度も食らっている彼女たちでも腰を抜かしそうになる。
 そんな1年生を尻目に、
 「入り口から、ここまで来るのに何分かけるつもり?」
 中野竹美(ナカノ タケミ)が彼に似た大きな身体を揺らしながら、芹沢を睨む。
 「すみません、自分のせいです!」
 芹沢も上級生にかかっては、形無しである。
 「しかも、1年生にバラしちゃうし。」
 「いや、コイツらの不安そうな顔を見てたら、つい」
 「ついな、じゃないわよ〜。それを見るのも、先輩の特権でしょう!」 
 竹美の非難する眼差しを向けている。よほど楽しみにしていたのだろう。
 「全く、あんたは後輩に甘いんだから」
 (甘い?)
 先ほど、男子1人を三途の川流しにしかけたお方を甘い。一部始終を観ていた官としては、納得のできる意見ではない。
 恵介は見てみるとイグアナみたいな顔をして、驚いていた。
 「まぁ、いいわ。ほら、あんたたちも座りなさい」
 竹美の言葉に官たちは畳の上に腰を下ろす。目の前にはお菓子の山にジュースのペットボトル。普段、フラフラになるまで、練習している場所だけに違和感がある風景だ。
 「乾杯するから、ジュースを注ぎなさい」
 咲の号令で1年生は動き出すが、これは咲に止められた。
 彼女曰く、「今日は貴方たちが主役です」とのこと。
 「そういう訳だ。明日からしっかりやってもらうけどな。ほれ、コップ出しな」
 官の背後に回った伊庭八耶(イバ ハチヤ)がペットボトルを差し出す。
 後ろを見ると、1年生全員の背後にはそれぞれ2年生が配置していた。
 「はい! 有難うございます!」
 「俺も去年、注がれたんだ。伝統行事だしな。お前も来年、やってやれや」
 「分りました!」
 その言葉を残して、八耶は自分の席に戻っていった。
 こうして、先輩から後輩に伝統は引き継がれていく。2年生はこの瞬間、自分のことを思い出す。
 そして、1年生は来年、同じことで思い出すだろう。
 来年も再来年も、柔道部が残っている限り。
 
 官たちが2年生にジュースを注がれている間、咲は小声で、隣にいる竹美に話しかける。
 「本当にやるの?」
 「当たり前じゃない。去年もやってたでしょ」
 咲の問いかけに、竹美が当然と言わんばかりに答えた。
 「うぅ、恥ずかしい」
 「旅の恥はかき捨てっていうでしょ」
 「格技場にいるのが旅なの?」
 「人生が旅なの。分かる?」
 うまい事言ったみたいな顔をしている竹美。
 「できれば、代わっ…………」
 「あんたが主将。私が副主将。なんだから、あんたがやらなきゃ締まらないでしょ」
 咲が言い終わる前に竹美は正論を説く。これで、詰みだろう。
 「そうよね。………でも、恥ずかしいよぅ」
 最上級生同士のトップ会談は、殆ど無意味な様相を呈して、終わりを告げた。
 「では、皆さん、コップを掲げて下さい」
 2年生が座ったのを確認した咲は静かに告げる。
 「去年、私たちは高体連、新人戦、インターハイ共に、苦杯を嘗めました」
 咲の顔が苦渋に歪む。なんだかんだ言っても、結構、ノリノリなご様子。
 「私たちには、目標がある。それは、何!! 2年生!!」
 「全国制覇!!」
 「声が小さい!!」
 「全国制覇!!!!」
 「もう1丁!!」
 「ぜ〜〜んこ〜〜〜くせ〜〜〜は!!!!」
 突如、行われた咲と2年生による大合唱。
 それは阿と言えば吽と言う呼吸のように合っていて、事態の飲み込めない1年生は戸惑いを覚える。
 「1年生!! 貴方たちの目標は何!!」
 声が出ない官たち。そんな1年生の中で、
 「………全国制覇。」
 言葉を発せられたのは、継夜1人だけだった。
 「他の、みんなは!!」
 こうなると、洗脳されたように彼女たちの心の中にも同じ言葉が浮かんでくる。
 「………………全国制覇。」
 「もう1度聞くわ。………貴方たちの目標は何?」
 「全国制覇!」
 「声が小さい!!」
 「全国制覇!!!!」
 「もう1丁!!」
 「ぜ〜〜んこ〜〜〜くせ〜〜〜は!!!!」
 パチンと1つ、拍手を打つ咲。
 「貴方たちの目標、この古屋咲が、確かに聞き届けました」
 咲は女子にしてはゴツイ手を握り締め、自分の胸に持っていくる。 
 「今日より、貴方たちは同じ目標に向かう友であり、仲間であり、姉妹です。私は貴方たちの入部を歓迎します」
 そう宣言した咲は静かに眼を閉じて黙っている。
 他の部員たちも、そんな咲にかける言葉を持ってはいない。
 騒がしかった格技場に流れる沈黙。
 そして、
 「それでは、乾杯」
 咲の言葉で歓迎会が始まった。
 
 
 

「パーティーは、テンヤワンヤ」

 
 
 「1番!! 天野龍郎(アマノ タツロウ)!! 歌いまーーす!!」
 初手から、異様な盛り上がりを見せる一同。
 「甲府の〜♪盆地に〜♪風ひかり〜〜〜♪」
 ある者は肩を組みながら共に歌い、ある者は手拍子で、歌声にノリの添える。
 
 「ふぅ、恥ずかしかった」
 大役を終えた咲は安堵の息を漏らしていた。こういうことは試合以上に緊張するものなのだ。
 「お疲れさま〜〜」
 竹美はペットボトルを掲げ、咲のコップにジュースを並々と注いでいく。
 「ありがとう」
 咲は礼を言いながら、コップの中身に口をつけた。口の中に程よい酸味が広がり、喉を潤してくれる。中身はスポーツ飲料か。
 「美味しい」
 「いや〜、最初は嫌がってたのに、ノリノリだったじゃない」
 「わ、私は主将てとして、当然のことをしただけで………」
 「あれ〜? 「代わってよ」とか言ってたのは誰だっけ?」
 「うぅ〜〜〜」
 咲は軽く涙目になる。唸りながら、竹美を睨むが、正直、全然怖くない。
 「ごめんごめん! ホント、お疲れ様」
 咲の頭を撫でながら、竹美は笑わずにはいられなかった。
 官は、そんな光景を遠くから見ていた。
 「やっぱり、格好いいなぁ、主将」
 なんて、本音が漏れる。別に、ルームメイトのように同姓愛好者ではないが、自分が3年生になった時、あの人にどれだけ近づけるのか不安が過ぎる。
 「ん? どうした?」
 隣に座っていた貞義に聞かれたらしい。彼は学園指定ジャージに身を包み、胡坐を掻いていた。顔だけ官に向けている。
 「いや、私はどんな3年生になるのかなぁって思って」
 「難しいことを」
 「いや、主将って強いじゃない。それに優しいし」
 「まぁ、確かにな」
 貞義はチラッと咲を盗み見る。官の言っていることは、その通りだろう。
 あの人が本気で怒っているところは見たことがない。現に今も優しい微笑みを湛えている。男ならずも、官が憧れを持つのも頷ける。
 「憧れってやつか?」
 「まぁ、そうかもね。………で?」
 「で?とは」
 「………男としてはどうなの?」
 ニタリと笑う官。男子がこの手の話に乗ってくるのか、興味があった。
 「まぁ、主将が強いというのは認めるが………」
 「何!? 飯沼って、咲が好きなの!?」
 今まで咲と談笑していたと思われていた竹美は目をランランと輝かせながら、2人の会話に入ってくる。因みに、耳がダンボだったのはいうまでもない。
 「そういうことは、早く言いなさいよぉ」
 身体をを揺らしながら、豪快に笑う彼女は見ていると心が和む。官は、何だか恵比寿様を見ているような気持ちに陥った。
 「そっか、そっか! 飯沼が咲をねぇ。青春よね!!」
 「もう、竹美、笑いすぎ。・・・・・・ありがとう、飯沼君」
 「いや、そういう意味では・・・・・・・・・」
 咲が窘めても、竹美の笑いは収まらない。一頻り、笑った後、
 「でも、生意気よぉ。官!!」
 「はい!!」
 「やっておしまい」
 竹美は自分の首を掻っ切る動作で官を促した。
 「了解です!!」
 官は自分の言葉が終わるよりも早く、背負い投げを炸裂させる。そのまま流れるように官は貞義の肘関節を極める。
 官の得意技は関節技全般。不意をつかれた貞義に逃れるスキなどミクロの単位もない。
 「さぁ、いい声を聞かせて頂戴、坊や」
 
 「ハッハッハ! 元気があっていいな」
 コップ片手に恵介の隣りに座った『星学の重戦車』こと芹沢は、苦笑いを浮かべる。あくまで止める気はないらしい。
 「さて、お前たちに聴きたいことがある」 
 気を取り直したように、芹沢は口を開く。
 「これは大切な質問だ。正直に答えて欲しい」
 真面目な顔付きな芹沢に緊張する恵介、あくまで無表情な継夜。
 芹沢の表情には、上級生だけに培われる威圧感があった。
 「…………な、なんでしょう?」
 ゴクリ、と生唾を飲み込んだ恵介は、いつもよりオクターブ高い声で、恐る恐る、この無闇なまでに威圧感を醸しだす上級生に尋ねた。
 正直なところ、勇気を出しての行動ではない。ただ単に沈黙に耐えかねたのだ。
 動じた様子のない継夜もお菓子を食べる手を休めている。
 そんな只ならぬ雰囲気のなか、芹沢は鋭い眼光を放ちながら恵介を一瞥し、口を開いた。
 「……………お前たちは『柔道部物語』派か?それとも、『帯をギュッとね!』派か?」
 「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」
 
 時が止まる。
 誰1人として、芹沢の質問に明確な答えを出せないでいる。
 「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」
 「ン?質問の意味が分からなかったか?
  お前たちは、『柔道部物語』の方が好きか?『帯をギュッとね!』の方が好きなのか?」
 
 因みに、芹沢の言っている『柔道部物語』と『帯をギュッとね!』とは、同じ時期に連載されていた柔道漫画である。連載当時、柔の道を志す者なら誰でも読んだ柔道家のバイブルである。
 『柔道部物語』は講談社から大好評発売中。
 『帯をギュッとね!』は小学館から大好評発売中。

 「で、どうなんだ?」
 ニンマリと笑いながら、再度、回答を求める芹沢。この先輩の中では両方、読んでいることは常識になっているようだ。
 「………柔道部物語。」
 「おぉ!!継夜は柔道部物語か!!」
 そうか、そうかと笑いながら、さも楽しそうに継夜の頭を撫でる芹沢先輩。
 「で、恵介は?」
 「俺は、『帯をギュッとね!』……………。
 「………………」
 ……………だったんですけど、たった今、『柔道部物語』がいいかなぁって。」
 「………おぉ!!そうか!!」
 違いの分かる男、大鳥恵介。
 彼の土俵際のうっちゃりが功を奏し、落ちかけた芹沢のテンションも好調をキープ。
 
 一方、貞義はというと、
 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 まだ、官に弄られていた。
 「飯沼、あんたは…どっちが…好きなの?」
 官に腕の関節を極められながら貞義は問われる。それは云わば、拷問っぽい……いや!拷問だった。
 もはや、貞義は満足に話すことも出来ない状態だ。
 しかし、問われたからには、答えなければならない。それが彼の心意気だった。
 「俺は!………じゅ!じゅ!じゅ!柔道部もの………あぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 「何で、『帯ギュ』じゃないのかしら?」
 「幻のぉ!技がぁ!!出ないぃ!!!………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
 「私は、『帯ギュ』派なのよ。………この意味、分かる?」
 「そいつはぁぁ!!良かったぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
 最後まで答えさせない。ドS 官の本領だ。
 ここまで来ると、完全に貞義の苦痛に歪む顔と悲痛になびく声を楽しんでいるとしか思えない。
 「あなたも、当然、『帯ギュ』派よね?」
 ここで、彼が意見を変えていたら、官の心は興醒めしたかもしれない。だが………
 
 「それはない………ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
 
 ……馬鹿正直に答えてしまう辺り、彼が彼たる所以である。
 そんな同期の男気が官の好虐心に油を注ぐ。
 「これは、教育( 調教 )が必要ね……。」
 「お前に教育される謂れはああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」」
 妖艶に微笑む彼女は関節技を外すと、貞義をそのままプロレス同好会の特設リングに連れて行く。
 グッタリとしている彼は、抵抗することが出来ずに引きずられたままだ。
 「芹沢先輩。あれ、いいんですか?」
 恵介は貞義が壊れる前に、芹沢に一応、聞いてみる。止める、止めないは別として。
 「官のことなら大丈夫だぞ。怪我をさせるようなことはないだろう」
 それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす恵介。その横でポテチをパリパリ食べている継夜。彼女はあくまで無関心。
 「官はプロレス同好会から、スカウトされたほどの腕前だからな。」
 「あぁ、それなら怪我はしませんね……って、違う意味で危ないんじゃ!?」
 恵介たちが再びリングを見ると、官はコーナーポストから華麗に飛び降りていた。
 
 その後は、開放された半死状態の貞義の回復を待ち、1年生の自己紹介。
 上級生の星影学園の思い出話に花が咲き、による柔道部の戦歴の紹介。
 など、1年生は先輩の話に一喜一憂し、騒がしくも楽しい時間は過ぎていく。
 そして、時刻にして、13時。
 新入生歓迎会は第2幕に突入した。
 
 
 

「遁走」

 
 
 「ハァ、ハァ…………。」
 教団の前の机の横に腰を屈め、隠れるように座る官。周りにいる数名の生徒がいたが、構っている状態ではない。
 自分の置かれた状況。その整理をする時間が欲しかった。
 まずは呼吸を整える。
 深呼吸を1回、2回、3回………。
 心臓に新しい空気を送る度、体の1つ1つを回復する。
 落ち着くと考えが及ぶのは離れ離れになった仲間のこと。
 継夜………飯沼………大鳥………。
 名前を思い起こす度、浮かんでくる彼らの顔。無事でいてほしいと祈りにも似た思いを込める。
 だが、彼女とて楽な状況ではない。
 ………相手は待ってはくれないのだ。
 教室の扉が開く音が聞こえる。
 中にいる、他の生徒が騒ぎ始めた。そして、隠れている官を交互に見ている。
 官の位置は教団の直ぐ傍の教師が使う机の横。侵入者からは、彼女の姿は見えない。
 ……だが、他の生徒の反応から、自分の位置は丸分かりだろう。
 「こうなったら、やるしかない」
 官は呟く。考えてみたら、戦うなとは言われていない。このまま逃げ続けるより、自分的には、こっちのやり方の方が性に合う。
 そうと決まれば、小細工はいらない。この状況を脱するためにも、こちらから仕掛けるべき。
 彼女は2,3回、深呼吸をすると、スッと立ち上がる。
 すると、彼女の瞳の中には鮮やかな銀と赤が入ってきた。
 「………………………………これが、鬼」
 「デヤ!!」
 
 そこには、円谷プロのトップスター、『ウルトラマン』の姿がある。
 
 話は30分ほど前に戻ろう。
  
 「缶ケリ大会?」
 「そうだ!」
 1年生の疑問に芹沢は笑顔で答える。その顔はさも楽しそうだ。
 「缶ケリっていうのは、あの?」
 「恐らく、恵介の考えているものと同じだ!」
 
 ここで、軽く、『缶ケリ』というものについて解説しておこう。
 缶ケリとは、日本昭和期以降の子供の遊びの1つである。呼び名が違う地域もある。
 ルールは、
 1、鬼を1人、または複数決め、参加者は鬼とそれ以外に分かれる。
 2、チョーク、または、小石で円を描き、その中心に缶を置く。
 3、鬼でない者が缶を円の外に強く蹴り出す。
 4、鬼が缶を円の中心に置き直し、いくつか決められた数を数え終わるまでに、鬼以外の者はどこかに隠れる。
 5、鬼は隠れた者を探す。見つけた場合、その者の名前を大声で叫び、缶の所に戻って缶を踏む。その時、踏む際に見つけた者の名前を叫ぶ。
 6、見つかった者は円の中に捕らわれる。ただし、見つかっても鬼が缶を踏みつけるよりも先に缶を蹴ってしまえれば、セーフ。
 7、鬼は見つけていない者に缶を蹴り倒されると捕らえていた者が自由になり振り出しに戻るので、死守しなければならない。
 8、鬼が隠れている者を全員見つけるか、見つけられず皆が飽きてしまった場合、缶ケリは終了となる。
 以上。
 因みに、地方によってはルールが多少違う!!
 
 「この缶ケリ大会も1年生と上級生の親睦を深める意味を込めて行われる伝統行事の1つだ。」
 「め、珍しい伝統ですね。」
 「他の学校のことは知らんが、そうなのかもしれんな。」
 まぁ、良いだろう。と笑う芹沢。この様子だと、かなり、楽しみにしていたようだ。
 「チーム分けは鬼が2年生チーム。1年生チームは逃げる側だ。」
 「あれ?3年生は出ないんですか?」
 官は当然の疑問を口にする。
 「そりゃね、出たいけど………」
 それに対し、竹美は、さも残念そうに言う。
 「私たち3年生から見たら、あんたたちは孫みたいなものよ。可愛い孫に怪我をさせられないからねぇ」
 ………怪我?
 不吉な言葉を、当然のように口にする竹美。
 1年生たちに不安が過ぎる。
 「怪我をしないように頑張ってね」
 咲は笑顔で励ましの言葉を贈る。いや、そんなに爽やかに言われても………。
 「………質問です」
 「うん? 何だ、継夜」
 「…………戦力比が2対1で逃げる側が…………圧倒的に不利だと……………思うのですが。」
 「うむ。普通の缶ケリでは、な」
 「………普通じゃない?」
 「勿論だ!!」
 「………やっぱり」
 継夜は、こうなることが予想していたのか、顔色を変えずに一言だけ発した。
 「普通の缶ケリなら、鬼は見つけるだけでいい。だが、今回の場合はそれだけでは駄目だ。」
 「………というと?」
 「継夜、俺たちは何部だ?」
 「…………柔道部ですが。」
 「それが答えだ!!」
 「………スミマセン。意味不明です」
 「な、何ぃ!?」
 驚愕する芹沢。彼の中では質問の回答内に柔道( 部 )という単語があると、全てが通じると思ってるようだ。
 「う〜〜〜ん、何と言ったら良いのか………。」
 「お〜〜い。ここは俺、伊庭八耶が代わりに説明するぜぇい」
 「おぉ、頼むぞ。」
 「任せとけぇい。
  先ほどの『駄目だ』の件だが、確かにこのままだと逃げる側が不利だなぁ。
  だから、そのハンデとしてだぁ。鬼は逃げる側を捕まえて、自分の組み手に持ち込まなければならないという星学柔道部ルールを適用する。
  鬼が自分の組み手を取り、缶を踏めば、組まれた者はアウトって訳だぁ
  組んだかどうかは、各々のスポーツマンシップに任せるぜぇ」
 クククと含み笑いをする八耶。そんな笑い方をされると、裏がありそうで恐い。
 「逃げる側は見つかっても、そのまま逃げ切れば良いから、戦力的にも大丈夫だろぉ。
  1年生が全員捕まるか、捕まえられず、3時間経つか、若しくは、1年生が缶を倒したら終了とする」
 「な、なるほど」
 官にとっては、この歳になって、こういう遊びをやるとは予想外だった。
 「ただし、缶が倒れた時点で終了だぁ。と、いうことは1度鬼に組まれたら、そいつは戦線復帰はできねぇから、気をつけな。因みに、鬼は見分け易い格好をしてるから、安心しろぃ」
 「見分け易い格好ッスか?」
 「今日は日曜日だけど、他の部活の生徒とかいるからねぇ。」
 「な、なるほど。」
 やるからには勝つ、と考えている官。
 さらに裏があるのでは、と深読みしている継夜。
 納得している貞義。
 帰りたい、と思っている恵介。
 と、1年生の反応は様々だ。
 「了解でーす!!」
 「さぁ、ルールも分かったところで、早速、缶の場所へレッツゴー」
 「オォーーー!!!!!」
 八耶の言葉で全員が意気揚々と移動を開始した。
 
 場所は変わって、体育ドーム裏。
 ここに缶があるはずだが、たちには、それらしい物が見つけられない。
 「あの〜、伊庭先輩、缶がないんですけど?」
 「……あるじゃねぇか、恵介の隣りに」
 クククと笑っている八耶の対応。まるで、その質問が来るのが分かっていたというか、待っていたというか。
 いや確かに、恵介の隣りには、ドラム缶があるわけだが。
 「ドラム『缶』…………えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 「じゃあ、それを蹴り倒しておけよぉ。その間に俺たちゃぁ着替えてくるから。」
 「蹴り倒すって、ニトロ( 危険物 )って書いてますよ、これ!!
  しかも、オモッ!!中身入ってるし……って、中身入ってるし!!!!」
 「大丈夫だって。ちょっとや、そっとじゃ爆発しねぇ」
 八耶はガツンと1発、ドラム缶に蹴りをお見舞いし、
 「じゃあ、頼んだぜぇ」
 と軽く言い放ち、上級生は楽しそうに姿を消した。
 
 残された1年生は堪ったものではない。
 八耶が蹴りを入れた瞬間、不覚にも驚く事しか出来なかった官と貞義。立ったまま気絶している恵介。その恵介の後ろに姿を消した継夜。
 互いの顔を見合わせて、継夜以外は困り果てている。
 しかし、何時までも、このままではいられない。缶ケリを始めるためにも、このデカ物を倒さねばならないのだから。
 貞義は決意し、皆に言う。
 「ここは俺と恵介でやるから、2人は先に隠れててくれ」
 「え? 言ってんのよ?」
 「これは女子には重たすぎるだろう」
 ドラム缶をコンコンと叩きながら、貞義は2人を促す。
 「飯沼君の言い分も分かるし、ありがたいけど………」
 だが、官の考えは違っていた。
 「あぁ」
 「4人で持っていった方が早いでしょ」
 ニコッと笑う官。確かに、2人で運ぶよりは明らかにいいだろう。
 「だが・・・・・・」
 「私たちは全員、1年生。違う?」
 「違わん」
 「なら、全員でやりましょ♪」
 薄っぺらい胸を張り、言い切る官。こうまで言われては貞義は降参するしかないようだ。
 「分かった。………全く、格好くらい付けさせろ」
 「大丈夫、格好良かった格好良かった」
 頭を掻きながら、溜息を吐く貞義の背中を官は軽く叩く。確かに申し出は有難がったが、どうしても、やりたい気持ちが強かったのだ。
 「継夜もいいわよね?」
 「…………(コクリ)」
 と無言で首を縦に振る。内心、楽ができたのにとか思っているかもしれない。
 「おい、恵介、起きろ」
 「ふぇ?」
 貞義は気絶している恵介を、揺すって起こす。1番の力持ちをこのままにしておく訳にはいかないし、彼も1年生だ。仲間外れにするわけにもいかないだろう。
 「仕事の時間だ」
 「仕事って何? バイトしてたっけ?」
 「これを運ぶんだ」
 貞義はドラム缶を指差して、促す。
 「何で運ぶの?」
 寝起きみたいな状態の恵介は話を飲み込んでいない。だが、これまでの経緯を説明すると、駄々をこねそうなので省いた方がいいだろう。
 「いいから、そっちを持て。1,2の3で上げるぞ」
 「え?どういうこと!?」
 「早く位置に着きなさいよ!!」
 「いや、説明くらい………」
 「………御託はいいから………早く」
 「どういうことーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!?」
 ………
 ……
 …
 「キエエェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!」
 
 恵介の奇声が辺りに木霊する。因みに、彼は気合を入れて力を込めると奇声を上げる癖があった。
 「うるさいわよ! 大鳥くん!!」
 「だ、だって、………これ……重いぃ………」
 「……重いのは……みんな一緒よ!!」
 「……だってぇ!!」
 「……ここいら辺でいいだろう」
 取り合えず、グラウンドに運んだのはいいが、これをこのまま放置するのは、なんだか面白くなかった。
 「あれ?継夜は?」
 「ん?……さっきまで居たぞ」
 「……………これ」
 「うわっ!!ビックリした!!」
 継夜は、いつの間にか姿を消していたと思ったら、何やら、リヤカーを引っ張ってきた。
 中には、スコップと有刺鉄線。
 こうして、継夜の提案に従い、行動することにした。
 まず、グラウンドにドラム缶を埋めた。その場所に格技場から持って着た有刺鉄線( プロレス同好会の所有物 )を張り巡らせ、「柔道部、缶ケリ中!!」の立て札を立てた後、4人は校舎に向かって走り出した。
 地面に埋めたのは、隠すのが目的ではない。缶は元の場所に戻さねば缶ケリは始められず、当然、埋められると掘り返さなけれならない。地中のどの深さに危険物と書かれたドラム缶があるのか分からず、思い切って掘れないことを計算してのことである。
 有刺鉄線は、張っておけば撤去するのに多少の時間がかかるだろう。また、目立つので先輩たちが発見しやすい上に無関係の生徒が巻き込まれないようにするための配慮でもあった。
 「河井、…………えげつないな。」
 「……………褒め言葉」
 「いや、褒めちゃいないが」
 無表情で走っている同期の顔は、いつもより、少しだけ輝いている。
 3人は、継夜の知られざる一面を垣間見た気がした。
 だが、これで時間が稼げる。
 
 官の心には少しばかり、余裕が生まれていた。
 しかし……………、
 (………この時、私はまだ、この缶ケリの奥深さを知らなかった。)
 ドラム缶は想像以上の速さで元の位置に戻され、1年生は満足に隠れることは叶わなかった。
 そして、現在に至る。
 
 「デヤッ!!!」
 言葉が出ない官に対して、ウルトラマンは戦闘態勢にはいっている。
 学園の教室には余りにも似つかわしくないヒーローがやる気でいる。
 その気迫は官にもビシビシ感じ取れた。これが、長きに渡り、銀河の平和を守っていた者の闘気なのか。
 「面白いじゃない」
 こんな機会は滅多にない。
 官は決意し、全身に気合を入れる。
 そして、両手で頬を叩き、心にも戦闘態勢を敷いた。
 
 対峙する両者。
 先に動いたのは官だった。
 官は勝負を急ぐ。ここでグズグズしていると、相手の増援が来る確率が高い。
 こんなところに兄弟、ご両親、果ては王様まで来られたら、彼女に勝ち目は万に一つもなくなる。
 体勢を低くし、相手の懐に飛び込む。それはまさに獣のような動きである。自分の間合いに一気に詰めると、手を伸ばせば届く距離だ。それは官にも危険な間合い。
 だが、彼女は怖じることなく飛び込んだ。これは、相手に対する敬意をも含まれているのかもしれない。
 互いの手が交差した時、
 
 ピコーーーーン!ピコーーーーーン!
 
 と、音が聞こえ、両者の動きが止まる。
 音の出所は、ウルトラマンのカラータイマー。
 「デヤ!?」
 慌てふたく我らがヒーロー。
 ウルトラマンはキョロキョロと辺りを見渡している。明らかに何かを探しているのだが、このような状況なら、このヒーローは勝負を急ぐはずである。
 だが、彼はデヤッ!デヤッ!と叫びながら、壁に視線を向けている。
 そして、遂にお探しの物を発見したのか、今まで聞いた中で1番大きなデヤッ!!を言い放ち、その場所に向かう。
 そこにあるのは、コンセントだった。
 ウルトラマンは何処からか取り出してきたアダプターをコンセントに差し込む。
 すると、どうだろう。
 先程まで、もうアキマヘンと騒いでいたカラータイマーがピタリと鳴り止んだではないか。
 「デヤ〜〜〜」
 ウルトラマンも一息付いていた。流れているはずのない額の汗を拭きながら。
 「…………ふ〜〜〜〜ん、動けないんだ」
 「デヤ?」
 何事もなかったように振り替えるウルトラマン。そこには、ニンマリと邪悪な微笑みを浮かべる官の姿があった。
 「デヤッ! デヤッ!!」
 1歩、1歩と近づいてくる官が死神に見える。
 「デヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 他の生徒の前で行われるであろう公開処刑。
 教室に断末魔がこだました。
 
 
 

「連戦!!」

 
 
 「ハァァァァァーーーーーーーー!!!!!!」
 雄たけびをあげながら、官は走る。
 「ここは何!? フジ急!?」
 後ろには鬼と思われる全身黄色の特警隊員、バイクルの姿があった。
 うつ伏せに寝転がり、胸の辺りにあるタイヤでバイクのように走行してくる。その姿は正直、ヒーローには見えない。
 官は後ろを振り向く暇もなく、ただ、ひたすらに走り続けた。
 教室に駆け込んでは、もう一方のドアから出てくる。それを何度も繰り返し、障害物の多い場所を駆使して、何とか距離を縮めにようにするのが精一杯だった。
 廊下に出れば、直線コース。自動一輪で追いかけてくる相手では有効な逃げ方ではない。
 だが、このままでは、いずれは自分の体力が無くなるのも明白。
 そうなる前に、この事態を脱する方法を考えねばならない。
 官は教室と廊下を行き来しながら、思案する。
 
 自動一輪は障害物が多いと、自慢のスピードを発揮出来ない。
 今以上に障害物が多く、自らももっと自由になる方法。
 
 廊下に出た官の眼に、とある場所が映った。
 それは、階段。
 そこなら遁走経路そのものを障害物に出来て、自分は自由に移動することが出来る。
 だが、彼女は躊躇する。
 階段に行くのは名案だと思う。しかし、そこに行くには廊下を走り抜かなければならない。
 その直線でバイクルに追い付かれる可能性も高い。
 迷った官だが、決断する。
 座して死を待つより、出でて活路を求めん!!
 彼女は教室から廊下に突入すると、ドアを閉めて一気に廊下を走りだした。
 それを逃すまいとアクセルを全開にするバイクル。そのままドアをブチ破り廊下に飛び出してきた。
 直線の廊下は自分の土俵だと言わんばかりにスピードを上げ、官との距離をドンドン縮めていく。
 多少の時間稼ぎのつもりでドアを閉めたが、殆ど効果がない。
 官にはそんな事を残念に思う余裕はなく、足を前へ、一歩でも前に出すことしか考えられない。
 背後に迫りくる黄色い悪魔。走る官。
 逃げ切れるか、捕まるか。
 バイクルは官に手を伸ばす。
 その指先が届くかと思われた寸前、彼女は階段を降り始めていた。
 
 安堵の息を漏らす官。急ぎ、階段を二段飛ばしで降りていく。
 「これで何とか逃げられる」
 だが、現実はそう甘くはなかった。
 階段を下りた先には「愛知万博」のマスコット、モリゾーが立ちはだかっていたのだ。
 官は階段の中央で立ち止まってしまう。
 階段の上からは、……ガシャン、……ガシャンという機械音が聞こえてくる。
 上の階にいたバイクルがゆっくりとだが追ってきたのだ。
 このままでは挟み撃ちになる。
 「逃げ道は!?」
 焦る官だったが、相手は待ってくれない。
 モリゾーはジッと彼女を見詰め、前を塞ぎ、後ろからはバイクルが迫ってくる。
 まさに前門の虎、後門の狼だ。
 万事休す。
 官が諦めかけた、その時、窓ガラスが派手な音を立てて割れた。
 「キャーーーーー!!」
 悲鳴を上げる官は、何が起きたのか確かめる間もなく、誰かに抱きかかえられた。そして、気付いた時には階段を飛び降りていた。
 「ウソーーーーーーーーーーーーーー!!」
 みるみるとモリゾーとの距離が縮んでいく。
 そのまま、モリゾーの上に着地した。
 「何!? 何が起きたの!?」
 事態が理解できない官だったが、「大丈夫か?」と頭の上から声がした。
 それは、貞義だった。
 「うん、大丈夫。………ありがとう」
 「何のことだ?」
 「いや、助けてくれて」
 「あぁ、そのことなら礼はいらん。俺も逃げていて、偶々拾っただけだ」
 拾ったって、普通、そういうこと言う?
 「………あのねぇ、人がお礼を言っているんだから、素直に受なさいよ! て、いうか、何で小脇に抱えてるのよ。こういう時って普通、お姫様抱っこじゃないの!?」
 「今から、そうした方がいいか?」
 「ウッサイ!! はよ、降ろせ!!」
 天然で言っているのか、ワザと言っているのか。
 足をバタつかせる官。なんだかんだと言っても、やはり、恥ずかしいようだ。
 そんな2人のやり取りも、なんら状況を変える訳ではない。
 貞義にバイクルは襲い掛かる。
 階段の半ばから飛び降り、二本の警棒を振り下ろすバイクル。
 彼は素早く、飛び退いた。
 「まだ、いるのか」
 朋友を倒されたことに怒っているのか、バイクルの黒いサンバイザーの奥に潜む両目が火が付いたように赤く光り出す。
 そんな気の抜けない中、
 「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!」
 廊下の向こうから聞こえてくる奇声。
 「恵介!!」
 見ると、恵介は奇声を上げながら、何故か全力でリアカーを引いていた。そして、リアカーには継夜が乗っている。
 「何事?」
 官がそれに気を取られた瞬間、バイクルは警棒を振り回してくる。
 「河井さん、お願い!」
 恵介の言葉を聴いた継夜は静かにバズーカ砲を構える。
 照準をバイクルに合わせ、
 「…………撃つ」
 と、声を発すると同時にトリガーを引いた。
 バズーカ砲から飛び出した弾は、空気抵抗を受けX状に花開く。
 それは、バイクルの横っ腹に吸い寄せられように飛んでいき、見事に命中した。
 その衝撃は凄まじく、バイクルは「くの字」のまま横っ飛びしていく。まるで、香港映画のアクションシーンのように。
 壁に叩きつけられたバイクルは倒れこみ、自らの機能が停止したことを告げるように輝いていた瞳の光を消した。
 「無事だったんだ」
 「………な、何どが」
 「…………(コクリ)」
 息切れしながらも笑顔で答える恵介と継夜。かなり、身なりが汚れている。それだけ、逃げ回っていたのだろう。
 「行きましょう。ここにいると危険だわ」
 官の言葉に皆、頷き、動き出す。
 缶ケリは、まだ、終わらない。
 
 
 

「学園長室の主」

 
 
 彼女らがいるのは学園長室。
 4人は取り合えず、今までの経過を報告し合うことにした。
 今後の対応策も必要だ。それには何よりも情報がいる。1人では駄目でも4人合わされば何とかの知恵である。
 「飯沼君! 怪傑ズバット!! ズバットがいた!! ズバッと参上してた!!」
 興奮しながら話す恵介。
 「俺はライダーだった」
 「何ライダーだった!?」
 「そこに食いつくのか………ブラック、途中でRXに変わってたけど。」
 思わぬ、恵介の言葉に貞義は呆れ顔で話す。
 「あぁ、今日、晴れてるものなぁ………」
 「…………………私は全身銀色の人が藍色の龍に乗ってた。」
 「ギャバン!? いいな! いいなぁ! 僕も観たかったよぉ」
 「…………特オタ、黙って」
 「宇宙刑事シリーズだけだよ! 戦隊モノの興味はない!!」
 「は〜〜〜い、大鳥君、いい子だから黙っててねぇ」
 咄嗟に官が2人の会話に割って入る。今は、そんなことを議論している場合じゃないのだ。
 「だって、これはハッキリしておかなきゃ………」
 「今は大鳥君の好みは、どうでもいいの」
 「いや、でも!!」
 「いい加減にしないと、殺すわよ」
 ニッコリと笑った官から放たれる冷たい殺気。その笑顔が堪らなく、恐い。
 「はい、スミマセンでした」
 恵介が沈黙するのを見届けると、継夜は話を続けた。
 「…………相手は連絡を取り合って、私たちを追い回している。」
 「え!? そうなの!?」
 そんなこと思いもよらなかったと驚く恵介。どうやら、本当に逃げるにのに必死だったようだ。
 「………恐らく。………じゃなきゃ、説明できない」
 「ど、どうやって!?」
 「…………携帯とか、使って…………」
 「ヒーローが携帯!? 駄目だぁ、そりゃ駄目だぁ!!」
 沈黙もつかの間、大仰にガッカリする恵介。彼の中で、譲れないものがあるようだ。
 「「…………ハァ」」
 官と継夜は辟易しながら溜息を吐く。もう、いらんスイッチの入った彼に掛ける言葉が見つからない。
 そんな3人のやり取りを他所に貞義はただ1人考えていた。
 連絡を取り合っていそうなことは彼にも予想が付いた。でなければ、あそこまで連携の取れた行動は出来ない。
 腕組みをしながら、あることを思い出した。
 自分が考えても答えが出なかった。だが、他の誰かが分かっているのかもしれない。
 「なぁ、先輩たち。俺の居場所を分かってるかのように追ってくるんだが」
 「………私もそう感じた」
 「やっぱり、そうか………」
 「………何かしらの特殊な方法が………使われているのは確か。」
 「その心は?」
 貞義の問いに継夜は首を振る。
 トリックがあるのは確かだったが、その謎が誰も解けていない。
 このままでは、いずれ追い込まれるだろう。
 こうして考えている間にも、鬼は彼らに近づいているかもしれない。
 悪い予想が頭を過ぎり、重たい空気が4人に圧し掛かる。
 誰もが無口になり、カチカチと時計の音だけが室内に響いていた。
 「お困りのようじゃな、若人よ」
 「ウワーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 突然、聞こえた、決して若くない声に驚く一同。声をした方を振り向いてみれば、そこには小さな老人が腕組みをしながら立っていた。
 「が、学園長」
 「いかにも、ワシが金田舞次郎じゃ!!」
 「どうして、ここに?」
 「ん? ここは学園長室じゃぞ。いわば、ワシのプライベートルームじゃ」
 確かに、ここは学園長室。そこに学園長がいても何ら不思議ではない。だが、ここは仕事場であって、プライベートルームではない点については突っ込まない方がいいのだろう。
 「いや〜、今日は風水の関係で仕事もやる気がせんし、暇を持て余しておったのだ」
 いやいや、仕事してください。つーか、風水って。
 「して、何を悩んでおるんじゃ?」
 生徒たちの気持ちを気にする様子も微塵もなく、学園長は自慢の顎鬚をクイっと上げ、ニヤリと笑った。
 
 「今年も始まったか」
 イスに深々と腰かけた学園長はご隠居様のように笑っていた。
 「なるほどのぉ、それで逃げ込んできたと」
 逃げ込んできたと言われると、少し癪だが、事実なので仕方がない。
 「お騒がせして、スミマセンでした」
 そろそろ、ここも出ないと危ない気もする。官は皆を促して、部屋を出ようとすると、学園長は彼女たちを止めた。
 「まぁ、待ちなさい。そのカラクリ、ワシが解いてやろう」
 「えぇ! 本当ですか!!」
 「無論じゃ! しかし、ただでは駄目じゃ!」
 「…………生徒からお金を巻き上げるんですか?」
 「いや、金銭ではない!」
 「では、なんですか?」
 「そのぉ、なんじゃ………雅ちゃんの………」
 息巻いていた学園長は急に頬を染めて、言いよどむ。
 「…………分かりました。……………尾関先輩の写真ですね」
 ブンブンと頭を上下させ、そう! それ! と継夜を指差す学園長。この学校は本当に大丈夫なんだろうか?
 「種明かしは、これじゃ!」
 学園長は、写真が手に入るのが余程、嬉しいようだ。興奮気味に言い放つと、机から薄っぺらい機械を取り出す。何かの装置かもしれない。
 「これはな、電探じゃ」
 「デンタン?」
 「…………レーダーのこと」
 官のよく分からないという言葉に、継夜が答えてくれた、こういう時、彼女がいてくれると助かる。
 「ほれ、これを良く見てみるといい。」
 学園長の言葉に促され、官たちは機械を覗き込むと、液晶が張られてあり、それには4つの光の球が映っていた。
 「その光の場所はな、ここじゃ」
 学園長は人差し指で下を指しながら、ニヤリと笑う。ここって、学園長室?
 ここまで話を聞いた継夜は、急に、声を上げた。
 「………………!みんな、服に何か付いてない?」
 「え? 何かって?」
 「………いいから、探して」
 「さ、探すって、何を? ちょっと、継夜。どこ触ってんの!」
 官の疑問を無視して、継夜は彼女の服を弄り始めた。貞義、恵介は自分の体を調べている。
 そして、見つかったのが………
 「何? これ?」
 「…………発信機」
 「先輩たち、こんなものまで使ってるの!?」
 ここまでくると、サバイバルゲームどころの非ではない。改めて、2年生の本気が窺える。
 「どうやら、分かったようじゃな」
 「はい! ありがとうございます! 学園長!」
 「何々、悩んでいる若人を導くのは、大人の! いや! 学園長の! いやいや! 金田舞次郎の務めじゃ」
 良い事を言っているのだが、この発信機自体、学園長が工学部に頼み込んで作ってもらった物だった。何に使うのかは………分からない。
 それに気が付いていない官たちは素直に感謝を述べている。継夜は気が付いてようだったが、黙っていた。
 今、彼女の中で最優先事項は缶ケリに勝つことだったから。
 これで今までの謎が解けたばかりか、問題も解消したことに繋がる。
 この点だけでも感謝しているのだろう。
 「これで何とか、なりそうね」
 皆の気持ちを代弁したように官は言う。だが、その直後、学園長室の扉がノックされた。
 
 
 

「学園長室は波高し」

 
 
 不意に開かれる扉。招かれざるものが開けたのか、暗くしていた室内に光りが差す。
 その光を背にして現れたのは、ゴンタ君だった。
 「考える時間も無しか」
 貞義は毒付いたが、これで、確信した。やはり、先輩たちは自分たちの居場所を分かっている。
 すぐさま、戦闘態勢に入る官と貞義。
 「なんじゃ!? あのケッタイなヌイグルミはーーー!!」
 狼狽する学園長。こういう時くらいドッシリと構えてほしいものだ。
 この状況では、いつもは愛らしい顔が邪悪に見えてくるから不思議だ。
 ゴンタ君は両の手をブラブラさせ、鼻を上下に動かしながら一歩、また一歩と近づいてくる。
 獲物が大量に居るのが嬉しいのか、時折、「ウホホホホ!」と声を出している。
 普通に歩いているのかもしれないが、小躍りしているようにも観えた。
 茶色い悪魔がフラフラと近づいている時、官は気になることが1つあった。
 それは魚のヒレを思わせる両腕。
 「あれで組み手できるの?」
 「確かにな」
 貞義も、その疑問に頷く。
 「………心配ない………よく見る」
 継夜がそれに解答する。別に心配しているわけではなんだけど………。
 よ〜〜く、見てみると、ゴンタ君の手から5本の指が出ていた。
 「ちょ! キモ!!」
 あんなのとやり合うの!?
 「ウホホホホ!!! ウホホホホ!!!」
 抗議の声を上げているのか、歯をむき出しにしているゴンタ君。両の手をワキワキさせながら、にじり寄ってくる。
 その動きは見た事がある。確か、映画「AVP」に出てきた人間と分かり合えない方………。
 「ムリ! あんなのムリ!!」
 「お、おい」
 余りの気持ち悪さに官は貞義の背後に回り、彼を押し出した。継夜も同じことをしている。どうやら、彼女も同じ思いのようだ。
 だが、これ以上、引ける場所もない。
 「おい、恵介」
 貞義は1歩前に出ると体格だけは信頼できる戦友の名を呼ぶ。だが・・・・・・・・・
 「どうして、私は、このようなーー!! つ〜〜〜〜らい勤めを、せにゃならぬーーーーーーー!!!」 
 戦意を喪失していた。本当に信頼できるのは体格だけである。
 「やれやれ」
 4名いて、戦えるのは1名だけ。もとより学園長は頭数には入っていないが、この目も当てられぬ惨状に貞義は半ば呆れて、最前線に赴く。
 こうなったら、やるしかない。状況は試合に例えるなら、団体戦、4引き分けで来た大将戦といったところか。しかも、ルール上、組み手を取られたらお終いなので、技ありを取られた上に、残り時間5秒。
 絶望的だが、ラスト5秒の逆転ファイターになるしかない。
 貞義は相手を見据える。
 四つん這いとなり、ハァハァと荒い息使いで待ち構えているゴンタ君。デカイ頭が、さぞ重かろう。
 先に攻め始めたのは貞義だった。ゴンタ君の頭を目掛けて両手を伸ばす。
 相手はデカイ頭をしているし、それを半回転とまではいわず、少しでもズラしてやれば視界が遮断されるだろう。そうなれば大きな隙ができる。後は、
 だが、現実はそれほど甘くはなかった。
 ゴンタ君は四肢に力を込め、そのままの状態で飛び上がる。まるで息を吹きかけた埃の固まりように。
 貞義の手を軽くかわすと片手だけ貞義の襟を掴み、大外刈りをかける。
 「な!?」
 驚きの声を上げる貞義。なんという機敏な動き。外野から「キモ!!」という声が聞こえたような気がする。
 ただ、そんなことばかり気にしてはいられない。床の叩きつけられる直前に、何とか腹ばいになり衝撃を吸収する。
 「クッ! まだ、完全に組まれたわけじゃない」
 確かに、完全に組まれなければ終わることはない。だが、状況は更に悪い方へと流れていた。
 貞義が立ち上がるよりも先に、ゴンタ君は背中を向けている彼の後ろを取っている。
 「ウホ♪」
 喜びの声を1声上げる。
 そして、天龍ばりの引っこ抜きバックドロップ。
 綺麗に弧を描き、空を舞う貞義。ここの床であって畳やリングの上ではない。叩きつけられたら、それで致命傷。ジ・エンドである。
 だが、無常にも彼は、ズドンという鈍い音と共に地面に激突した。
 しばしの静寂のあと、ゴンタ君から開放される貞義は床に横たわる。
 その光景を観た継夜は目を大きく見開いていた。
 「………い、飯沼くん………。」
 官はそっと近づき膝を着く。名前を呼んだ相手に反応はない。彼女の頭に最悪の状況が浮かんだ。
 「………飯沼君?ウソよね?………。」
 再び、貞義に言葉を掛ける。だが、彼は答えないどころか、横たわったままでピクリとも動かない。
 「そ、そういう冗談、止めなさいよね」
 官は半ば祈るように口走る。
 先ほどまで話していたのに、騒ぎ合っていたのに。
 こんなことが、起こるはずがない。
 こんなことが…………。
 「飯沼くーーーーーーーーーーん!!!!」
 「イテ」
 貞義、復活。
 「この馬鹿ーーーーーー!!!!」
 折角、復活した友を殴り飛ばす官。
 「何、する、恵介」
 「返して!! 悲しみに暮れた私の純粋な心を返して!!」
 「いや、そう言われても……」
 怪我をした貞義( 頭に小さなタンコブを作っただけだが )は、何故か責められている。
 「久しぶりよ、この裏切られた感! 大鳥君級!! 大鳥君の体格に反比例する腰抜けっぷりくらい、裏切られたわよ!!」
 「いや、それは…………ぬぉ!!」
 貞義は言い訳をするより先に、官の関節技が極まっていた。それも完全に。
 「何か、言ったかしら? 私には聞こえなくてよ」
 「うぉ!…………ス、スマン〜〜〜」
 こうなると貞義は謝るしかない。
 「……………官、離して」
 だが、天の助けは現れた。いつの間にか傍に居た継夜である。
 官は、まだやりたいのか不平を漏らしていたが、継夜の言葉に従い、技を外す。
 「スマン………助かっ(スパン!)…………」
 継夜から、いきなりの平手打ち。そして、何事もなかったように問われる。
 「………………本当に、大丈夫?」
 「あぁ………今の方が痛いぐらいだ」
 いつもより、眉間にシワが寄っている継夜。もしかしら、怒っているのかもしれない。
 「怒ってるのか?」
 「怒ってない」
 即答。継夜にしては珍しく速い返しだった。
 「いや………」
 「怒ってない」
 「………了解」
 ここまでハッキリ言われると貞義も黙るしかない。心配はかけたのは事実だ。肘と頬を傷めたぐらい我慢しよう。
 タンコブを摩りながら、貞義は自分でそう答えを出して納得することにする。だが、そんな彼を目掛けて突進してくる牡牛が1匹。
 「いいどぅばぐ〜〜〜〜〜ん!!!」
 それは恵介だった。どうやら「飯沼君」と言っているらしい。
 「ぼかぁ、ぼかぁね! いいどぅばぐん! 君が死んじゃったんじゃないのかと………」
 「スマン、心配かけた」
 「ううん、いいんだよぅ、君が無事なら〜〜〜〜」
 鼻水塗れた顔で恵介は素直に喜んでいる。少しだけ、あちらで学園長と「BLじゃ! BLじゃ!」と騒いでいる2人にも見習って欲しい。
 「………でも、なんで無事だの?」
 そんな外野を気にせずに、当然といえば当然の疑問をぶつけてくる恵介。
 「まさか、頭部を鉄板で覆われる改造手術をさせられたとか!?」
 「んなわけあるか」
 「じゃあ、なんで?」
 「ん? それはあれが答えだ」
 貞義は親指で、自分が倒された現場を示した。
 そこには、彼の代わりのように横たわっているゴンタ君の姿がある。たまにピクン、ピクンと動いているが概ね、行動出来るような元気はないようだ。
 「あぁ、なるほどね」
 「……………理解した」
 それを観ただけで、官と継夜は状況が分かったらしい。
 「え?え?どういうこと?」
 この場で理解していないのは貞義を除けば恵介、ただ1人だ。
 そんな恵介に、立ち上がりながら貞義は説明する。
 「音がしたのは俺の頭じゃなくて、ゴンタ君の頭だ」
 要するに、ゴンタ君はバックドロップを華麗に決めたのはいいが、自分の頭の大きさを忘れていたらしく、先に床に激突したのはゴンタ君のデカイ頭だったのだ。
 哀れなゴンタ君。自分がデカイ頭じゃなかったら。バックドロップを掛けなかったら。そもそも、ゴンタ君じゃなかったら。
 いくつもの偶然が重なり事故は起きたのだった。
 
 「………でも、学園長のおかげで対策が立つ。」
 継夜は官をたちを見ると、口を開いた。
 「…………作戦が出来た…………乗る?」
 珍しく口元緩めながら、継夜は一同に問いかける。どうやら、彼女は今の状況を楽しんでいるようだ。
 その言葉に一同は一斉に頷いた。
 「学園長、ありがとうございました」
 「うむ、約束、忘れるなよ」
 「…………必ず」
 苦笑いする官に変わって、継夜が明瞭に返事を返す。
 
 
 

「反撃、開始!!」

 
 
 缶ケリ、開始から1時間経過。
 「やれやれ、こりゃ、参ったねぇ」
 ここは、体育ドーム裏。缶ケリの始まりの場所だ。
 今は缶を防衛するためジャイアントロボに扮した八耶とアラレちゃんの着グルミを着た芹沢が待機している。
 無線機で連絡を取り合い、1年生をマンツーマンで追いかけていき、余った2名を遊撃隊として配備し、徐々に包囲し殲滅する作戦は八耶が考案したものだった。
 故に彼は今作戦の指揮官に選ばれたのだが、ここで、2つの誤差が生じている。
 1つは1年生が中々に手強かったのだ。八耶としては、相手を過小評価していたことは素直に認めている。
 そのため、作戦は包囲殲滅から、標的を1人に絞って潰していくことに切り替えもした。
 現に、官を追い詰めた。だが、寸でのところで取り逃がした。これが2つ目の誤算。
 缶ケリと銘打っているので、みな、本能的に個々で逃げる習性を利用したのだが、まさか、こうも早く1年生が一箇所に集まるとは思っていなかったのだ。
 それ以降、学長室に逃げ込んだとの報告をしてきた龍郎からも連絡がない。
 恐らく、単身、突っ込んでやられたのだろう。
 「龍郎からの連絡は?」
 「ないねぇ」
 「そうか…………」
 芹沢も、それ以上は何も言わなかった。恐らく、同じ結論に達したのだろう。
 司令部に流れる重い空気。
 さて、どうするか。八耶が考え始めた時、無線機から連絡が入った。
 「こちらフォックス4!! スカルリーダー、応答せよ!!」
 八耶は、軽快に無線機の受話器を取る。
 「こちらスカルリーダー。フォックス4、状況を報告せよぉ」
 「こちらフォックス4!! 現在、1年生4名と交戦中!!救援を乞う!!」
 「こちらスカルリーダー。フォックス4、落ち着けって。場所は何処だい?」
 「場所は正門前!!繰り返す!!救援を乞う!!」
 「スカルリーダー、了解っと」
 彼は少しだけ、思案する。
 今ここで全員を動かしていいのか?
 間に合わないことも念頭に置き、再度、指示を出す。
 「こちらスカルリーダー。総員、一度、昇降口に集まれ。それの後、正門に急行してくれぃ」
 恐らく1年生の狙いは各個撃破。なら、こちらは一箇所に集めてから、行動すればいい。
 「こちらフォックス2!! 了解!!」
 「こちらフォックス6。了解」
 「…………フォックス1、どうした? 返事をしろ。フォックス3。フォックス5」
 「…………やられたか。」
 倒れた仲間を思い、目を閉じた芹沢は呟く。
 「…………やるねぇ。腹立たしいよ、全く」
 八耶は吐き捨てるように言うと、芹沢は静かに立ち上がる。
 「八耶、ここで待っていてくれ」
 「おいおい、まさか………」
 「………俺が行ってくる」
 「フォックス4の連絡が罠ってこともあるぞ」
 「あぁ、そうだな」
 現に3名も連絡が途絶えている。相手は確実に、こちらの手の内が分かっているだろう。
 「だが、友からの救援を請う声を無視できん。それが罠だとしてもな」
 芹沢は八耶を捉えて、きっぱりと言う。
 「………はぁ、これだから、俺たちの大将は」
 「すまんな、八耶。後を頼む」
 「あぁ、待った待った。残るのはお前さんだよ」
 「なに?」
 「俺が、ここに残ったって、やられる可能性の方が高い。1対4じゃぁな。なら、俺が出向いて救援に行った方が勝算が上がる」
 「だが…………」
 「気持ちは分かるが耐えてくれ。これも、勝つ為だ」
 芹沢は八耶をジッと見詰めていたが、決心がついたのか、ゆっくりと頷いた。
 「分かった、頼む」
 「おぅ、任せときなって」
 八耶は軽快に受話器をとると、残っている仲間の元へ連絡をいれた。もしかすると、これが最後の通信になるかもしれない。
 だが、そんな感覚は微塵も感じさせなかった。
 「こちらスカルリーダー。フォックス2、フォックス6、聞こえるか?」
 「こちらフォックス2!!感度良好!!」
 「こちらフォックス6。同じく。」
 「今から、スカルリーダーも昇降口に向かう。合流しだい、1年生を追撃する。」
 「こちらフォックス2!!了解!!」
 「こちらフォックス6。了解。」
 静かに受話器を置いた八耶は芹沢に振り返り、
 「ちょっくら、行ってくるぜぇ」
 と言葉を残して、走っていった。
 
 残った芹沢は静かに待つ。それは、2年生の凱旋なのか。それとも、1年生の襲撃なのか。
 その心は誰のも分からない。
 ただ、静かに待っていた。
 呼吸もしていないのでは思わせるくらいの静けさで。
 そして、ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。
 両目を開き、体育ドームの屋根を見据える。その視線の先には4人のヒーローの姿があった。
 「何奴だ?」
 静かに、だが、威圧感の含む声が芹沢から発せられる。
 「ある時は、友の友情に涙する男、スパイダーマン!!」
 「ある時は足がヤタラに長いリアル・オバQ!!」
 「…………ある時は怪傑ズバット。」
 「ウホホホホ。ウホホホホ。(ある時はゴン太君)」
 「かくして、その実体は!!」
 その言葉を合図に4体の着ぐるみが宙を舞う。
 「星学柔道部1年生ズ!!」
 4人の背後でドーーンと舞い上がる4色の煙。
 余りの爆音の大きさに驚く1年生ズ。
 「ちょっと! 危ないじゃない!! もう少し、考えなさいよ!!」
 「だって、派手に登場したいって言ったの佐川さんじゃん」
 「ものには限度ってもんがあるでしょ! こっちも吹っ飛んだら、折角、決めたポーズも台無しじゃない!!」
 官は最後の決めポーズを崩されてしまったことが不満のようだ。
 「こんな時に言い合いをするな」
 「………煙たい」
 緊張感の欠片もない光景。それを観た芹沢は笑いながら、出迎えた。その笑顔はいつもで見ているものと同じだった。
 「遂に、ここまで来たか」
 感慨深げに話す芹沢。そこには無念さよりも嬉しさの方が勝っている。
 自分たちの作戦を潜り抜け、予想以上の行動をとる後輩を頼もしくも思えたのだ。
 「質問がある。お前たちは正門にいたのではないのか?」
 芹沢は問いかける。
 「その答えはこれッス」
 貞義は右手を差し出す。そこには無線機が握られていた。
 「……………これで先輩たちの会話を聞いた」
 継夜が珍しく答える。もしかすると、少しだけ興奮しているのかもしれない。
 「…………後は残っている先輩たちの………コードネームが分かれば、準備完了。………フォックス4に成り代わり、先輩たちを誘き出した」
 「ムゥ、逆に利用されたか」
 渋い顔になる芹沢。どうやら、この展開は予想していなかったようだ。
 「本当は正門に仕掛けた罠の発動を待つから動くつもりだったんですけどね。」
 官が、髪の毛を掻き揚げながら、言い、
 「その前に芹沢先輩が発見されされたッス」
 貞義がぶっきらぼうに続く。そして、正門の方から聞こえる爆発音。1年生ズが仕掛けた罠が発動したようだ。
 これで、2年生は全滅。ここに増援が来ることはない。
 「芹沢先輩! この勝負、私たちの勝ちです!!」
 官から出た勝利宣言。
 残るのは芹沢1人、4人で掛かれば何とかなる。その思いから自然と出てきた言葉だった。
 だが、芹沢から返ってきた言葉は、違うものだった。
 「ふ、ふふふ。ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
 芹沢の笑い声が木霊する。
 「まだ、早いぞ、官」
 官の言葉を一笑に伏す芹沢。真剣な顔つきを取り戻し、
 「まだ、俺が居る。」
 そう言い切った芹沢には諦めた様子も自棄を起こした様子も見られない。
 本当にたった1人で1年生全員を相手にする気でいる。その顔は勝つ自信に満ち溢れていた。
 「お前たちに星影学園2年の実力!見せてくれん!!」
 その言葉を最後に芹沢は手にしていたアラレちゃんの頭を被る。これで戦闘準備が完了した。
 「掛かって来い!!1年生ズ!!!!!!!」
 着ぐるみ姿のフザケタ格好だが、その威圧感は離れた体育ドームの屋根まで届いてくる。
 大気が揺れ、常人離れした威圧感は波動となって官の肌を刺す。
 「マジね、芹沢先輩。」
 「あの人は、いつでもマジだ。」
 官たちは躊躇している間に芹沢は動いた。
 「来ないのならば、こちらから行くぞ!!」
 芹沢は肺が破けるのではないかと思われるほど空気を吸い込み始めた。そして、それを官たち目掛けて解き放つ。
 芹沢から放たれた空気は塊となって1年生ズに襲い掛かる。
 「んちゃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 それは最早、空気ではない。ミサイルが飛んできたのと同義だ。
 直感で危険を察し、寸でのところで回避に成功するが、直撃を受けた体育ドームには大穴が開いていた。
 今まで自分たちが居た場所が変わり果てた姿になっている。
 「ほ、本当に人間な、あの人?」
 この事実は彼女たちに途轍もない衝撃を与えた。
 官が再び芹沢を見やると、顔面に大穴の開いたアラレちゃんの被り物の中から笑っている顔が見える。
 芹沢にとって、この「んちゃ砲」は挨拶変わりだと言わんばかりだ。
 彼は第2射の準備に入る。
 芹沢の顔を見た官の体を戦慄が走る。
 こんな攻撃を受け続ければ、勝ち目はないのは明白だった。守りに入った瞬間、自分たちの敗北は決定する。
 そう本能が理解した。
 「これって、かなりヤバ目?」
 「あぁ。全く、この威力には恐れ入る」
 「…………でも、やりようがない………わけじゃない」
 「超恐い!!」
 それぞれの感想を漏らすが、事態は刻一刻と悪化している。迷っている時間もない。
 「んちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 芹沢から放たれる第2射。それは先ほどのよりも大きく、威力も増していた。
 「行くわよ! みんな!!」
 官の掛け声で1年生ズは動き出す。
 吹き荒れる爆風を潜り抜け、彼女たちは体育ドームから帯び出した。
 
 
 

「最終決戦!!」

 
 
 「…………フォーメーションC」
 着地と同時に継夜は号令する。それを聞いた他の3人は一気に地面を蹴り、走り出す。
 貞義を先頭にして官が続き、恵介、継夜はそれから少し後方に位置して芹沢に近づいていった。
 「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 轟く貞義の咆哮。
 みるみると芹沢との距離が縮まっていく。
 相手は挨拶が飛び道具になるような怪物だ。恐ろしくないといえばウソになる。額から流れる汗も普通の汗か冷や汗なのかも分からないくらいだ。
 だが、何もしないで負けを認めるのは、腹立たしい。今でも負けるつもりはなかった。
 貞義は大きく左に飛び、官の進路を開ける。2人は左右から同時にタックルを掛けた。
 芹沢はそれを避けようとはせず、腕組みをしたままで受け止める。
 その巨体は一度だけ動じたが、それ以降はまるで足に根っこでも生えているように動かない。
 「………うそ」
 2人は同時なら、多少は体勢を崩すことが出来る。そう思っていた。だが、芹沢という牙城はそれほど脆くはなかったのだ。
 2人は全力で押すがビクともしなかった。
 「いい当たりだぞ、2人とも」
 芹沢はそう言うと組んでいた両腕を無造作に解き放つ。
 「え!?」
 「な!?」
 ただ、それだけ。
 それだけで2人の体は重力から解放されたように宙に浮き、弾き飛ばされた。
 「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!」
 恵介は雄叫びを上げて芹沢にぶつかっていく。
 「本気だな、恵介!!!」
 ぶつかり合う巨体と巨体。
 骨も折れろといわんばかりに恵介は当たっていくが、芹沢は動じず高々と上げた両腕を恵介の肩に乗せると力任せに押し込んだ。
 恵介に掛けられた圧力はどれほどのものか、彼も押し返そうとするが効果は皆無。
 この時、恵介は見てしまった。芹沢の瞳を。
 その瞳に捕らえられた者、全てを潰す。
 恵介は、その恐怖に襲われ、心の中は半狂乱に陥る。
 (恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛い辛い恐い痛…………)
 洪水にも似た恐怖の流され、ついに、彼の中で何かが弾けた。
 「馬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
 片膝を付いていた恵介に異変が起きる。徐々にだが、芹沢を体を押し戻し始めていた。
 「いい気合だぞ!恵介!!」
 芹沢は恵介を笑いながら見下ろしている。
 そんな彼に恵介の背後から、誰かが飛び越えたのが見えた。
 それは、継夜だった。
 「…………打つ」
 彼女は芹沢が被っている着ぐるみの頭部に手を掛けると迷わずに膝を入れる。
 入った。着ぐるみの柔らかさとは違う感触が継夜に確証を持たせた。
 両腕を塞がれていた芹沢は防御することは叶わず、その巨体を大きく仰け反らす。着ぐるみの頭部がズルリと抜け落ちる。
 だが、巨体はしなやかに戻っていった。 
 「………いい膝だ、継夜」
 芹沢は悠然と1年生ズを見渡す。ただ、そこにいる。それだけで動けなくなるような存在感が彼にはあった。
 「お前たち、いい本気だ」
 両目を閉じた芹沢は静かにだが、確実に彼らに届く大きさで口ずさむ。
 「…………だが、足りん!!!」
 見開いた目に闘志が宿る。
 「ホオオオオォォォォォォォォォォ!!!!」
 芹沢から放たれる燃え盛る炎ような闘気。それは着ぐるみを破り捨て、彼の上半身を露わにした。
 うねりを上げる威圧感に耐えるしか出来ない1年生ズ。
 芹沢が大きく見える。
 これは目の錯覚だと分かってはいる。だが、その余りにも大きなプレッシャーが彼女たちから錯覚という言葉を掻き消してしまう。
 「必死を出せ。或いは、この身に入るかもしれんぞ。」
 芹沢の言葉が雄大に響き渡った。
 
 「ウオオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
 官はガムシャラに突進する。他の3人もそれに続く。
 4人同時に芹沢に当たっていく。
 だが、芹沢は気合い1つで彼女たちを吹き飛ばす。
 何度となく、あらゆる方向から芹沢に向かっていったが、その全てが不発。
 さも楽しげな眼差しで1年生ズを見詰めてる。
 「どうした?もう終わりか?」
 まるで稽古をつけているような感覚でいる芹沢。
 倒しても倒しても立ち上げる後輩の心意気が素直に嬉しいようだ。
 官はフラフラになりながらも立ち上がる。少しでも気を抜けば、意識を失うだろう。もはや、気力だけで立っている状態だ。
 周りを見ると、継夜も、貞義も、恵介も、ボロボロだった。立っているのが不思議なくらいに。
 芹沢の人間離れした実力を噛み締める一同。
 「こいつは、白旗でも挙げるか?」
 「冗談! 私は、まだ、やれるわよ。」
 貞義の問いに、フンと、鼻を鳴らす官。
 「それより、あんたは降参?」
 「あいにく、白い布を持ち合わせてない」
 「それは、残念でした」
 継夜も「……………負けるを認めるなら…………死んだ方がマシ」
 恵介は「馬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 まだ、正気に戻っていなかった。それなら、それで面倒臭くなくていい。
 「その意気やよし」
 芹沢は満足そうに頷くと、全身に力を込める。
 「最後の情けだ。苦しまぬよう、一撃で終わらせてやろう」
 芹沢の言葉に圧がこもり、圧は荒れ狂う風となって、4人を襲う。彼の本気はこれから始めるのだ。
 コレは争ってはいけないものだった。先ほどの会話をも忘れて、官は改めて自分のとする。
 「熱血!! フィーバーーーーー!! フィーーーーーーー……」
 彼が筋肉を見せ付けるポーズをとると全身から目も眩ますような光があふれ出す。
 全てをなぎ払いそうな姿に絶望すら覚える1年生ズ。
 これを食らえば、待っているのは確実な死。だが、避けようにも体がいう事をきかない。
 もう駄目だと思った直後、
 「はーーーーーーい! そこまでーーーーーー!!!」
 意外なところから、助けがやってきた。
 「…………中野先輩」
 芹沢の驚いた声に一同が振り向く。そこにいたのは、古屋咲、中野竹美の3年生の姿があった。彼女たちの後ろにはウルトラマンやバイクル、モリゾーやゴンタ君の姿もある。
 しかも、竹美は八耶たち罠に嵌まった2年生を1人で担いでいた。
 「ストーーーーーップ!!」
 竹美の声が豪快に響く。
 「しかし、まだ、決着が着いていません」
 「駄目です、これ以上は確実に死者が出ます」
 「むう、確かに…………」
 芹沢は咲にたしなめられ、唸る。
 「なら、勝負は引き分けですか?」
 芹沢としては、これは譲れなかった。彼の中に流れている武人(?)としての夾義が決着を付けることを望む。
 それは、ここまで戦った1年生に対しての礼儀も含まれていた。
 「そうね、白黒はハッキリ着けないとね」
 竹美は、そう言いながら、ドサっと、まるで荷物を降ろすかのように、気絶中の2年生を地面におろす。そして、主将を無言で促した。
 咲は両者を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。そして、心に決めた勝者の名を口にした。
 「勝者は………1年生とします」
 周囲から、どよめきが起こる。2年生は芹沢を除き、壊滅。1年生は全員が立っているとはいえ、確実に芹沢に仕留められるほど、ボロボロな状態だ。
 3年生が割ってはいらなければ、2年生の勝ちは動かなかっただろう
 「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
 「後輩が貴方と戦って、今だに立っていられるだけで、その資格は十分でしょう」
 芹沢は、ゆっくりと、1年生を1人1人、見渡していった。官、継夜、貞義、恵介、誰もがボロボロだった。だが、自らの足で確かに立っている。
 「………確かに。それで、手打ちにしますか」
 その姿が素直に頼もしかった。自然と顔も緩んでいく。
 「よーーーーーし!! お前たちは俺の兄弟だ!!!」
 官と貞義を軽々と抱き上げる芹沢。その姿は本当に嬉しそうだ。
 だが、その厚い腕の中で官と貞義はグッタリとしていた
 「どうした? 弟、妹よ?」
 「私たち、危うく死に掛けたんですよ………」
 「まぁ、そう言うな。今思えば、お前たちも楽しかったろ?」
 いや、殺そうとした本人がそんな軽く言わないでほしい。
 「まぁ、浪に、ここまで本気にさせたんだから、いい記念でしょ?」
 竹美も軽く言い放つ。
 確かに、これ以上の体験は生涯を通じて、ある方がオカシイ。そんな、記録よりも記憶をみたなことを言われても。
 「………私たち、勝ったの?」
 「そうらしい」
 「そうなんだ」
 官の声にあまり喜びの入っていない。
 「嬉しくないのか?」
 それが気になったのか、貞義が問いかける。
 「分かんない。今は取り合えず、休みたいぃ」
 「右に同じく」
 周りを見ると、継夜は竹美に抱きしめられ、その余りある身体に減り込んでいる。
 八耶も「やれやれぇ、やられたぜぇ」と体を起こしていた。他の2年生も無事なようだ。
 恵介はというと
 「馬ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
 …………まだ、意識を戻してはいなかった。
 「恵介は、精神から鍛える必要があるな」
 芹沢が「共に山に籠もるか」などと言っている。大鳥君が正気で戻って来られればいいと思う。
 
 季節は春。桜の花びらが風に乗って舞っていた。



〜 Fin 〜




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