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「 阿修羅さまがみてる 」 シリーズ
〜阿修羅さまがみてる〜 『 白い日に纏わる騒動 』
作:鬼 団六



 「オハヨー」
 「ごきげんよう」
 「うーす」
 「もーにんっ」
 「ちょいや」
 さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
 甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
 なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
 スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
 
 私立星影学園
 
 『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
 山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
 時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
 
 
 『 好きだ 』って、お互いに伝わったら、楽になる?
 いやいや、コトはそんなに楽じゃないっしょ。
 『 好きだ 』と伝えて終わりなのは、映画だけさ。
 実際は、互いの気持ちを確認してからの方が、大変なんだワ、困ったコトに。
 
 何なら相手は喜ぶか。何なら相手が悲しむか。
 お互いに、キレイ事ばっかじゃ済まなくなってくる。
 それはもぉ、交際期間が長くなればなる程に。


 ――ま、その辺の全てが、『 付き合いたて 』故に、まだあまり関係の無い、近藤 イサミ(コンドウ・イサミ)&土方 歳夫(ヒジカタ・トシオ)の新米カップル・2年生。

 土方よ……2年越しのチョコレートは、重いぞ、きっと(笑




雅2年のバレンタイン
〜 軽音部のアイツら篇 〜


 さてさて、雅2年のバレンタインの時期にもなると、軽音部の面々6名は、3組のカップルとして、青春を謳歌していたのであった。

 ヘタレでスケベで、寿司の代わりにティンコばかりを握っている寿司屋の跡取り息子こと、沖田 総太(オキタ・ソウタ)は、料理研究会所属で家事全般はお任せあれの腹黒・ロリー・昇龍拳娘の、原田 さくら(ハラダ・サクラ)と、ピュアってピュアってお付き合い中。

 バカでマッチョで、己の肉体美に生活の全てを懸けるオトコこと、斉藤 一太郎(サイトウ・イチタロウ)は、陸上部・中距離走のエースで、ミリタリー・オタクのハリセン・ツッコミ娘、永倉 真珠(ナガクラ・シンジュ)と、健全すぎる位に健全なお付き合いを。

 そして、われらがヒーローにして、時の暴君ハバネロよりもMore辛い、我が儘大王、土方 歳夫は、爆乳・癒し系・天然眼鏡っ娘にして、近藤流弓矢の使い手の才色兼備娘、近藤 イサミと、不器用に過ぎる不器用さで、目下お付き合いの真っ最中。

 彼ら6名にとって、雅2年のバレンタインは、『 カップルとなって初めて 』という、大変意義のあるバレンタインであった。


 ――まぁ、その当日は、登校時刻にいきなり『 校門に托鉢僧が出現する 』という、大変に『 波乱含みの展開 』であったワケだが(このあたりの事情に関しては、作品No.04『 February14 Another Day 』を参照のコト)


 とにもかくにも、軽音部には一足先に、春が来てしまったようである。




雅2年のバレンタイン
〜 トシ&イサミ篇 〜


 …廊下の窓の外には、雪が舞っている。
 今年は、ホワイト・バレンタインだ。

 本日の部活動(という名の雑談広場)も終了し、いつもなら6人一緒に、部室での雑談の雰囲気を延長したかのよぉな、バカっ話に花を咲かせながら帰るトコロだが、今日は違った。
 それぞれのカップルが、それぞれ思い思いの時間を過ごすために、散り散りになっている状況だ。
 これは多分、女3人衆が、予め示し合わせていたコトなのだろう。散会の仕方が、妙に段取りっぽかったもんな。
 …ま、ソレに気付かないフリして、敢えて乗ってやるってのが、オトコの美学だろぉから、野暮は申しませんでしたがネ。(言いかけてたマッチョがいたが、真珠に蹴り食らって黙らされてた)

 オッス、オレちゃん土方 歳夫!
 酸いも甘いも噛み分けガチな、高校2年生だゼ!!

 …とか、緊張に耐えられずに、心の中で自己紹介を繰り出す状況なワケよ、コレって。
 オレちゃんの隣を歩いているのは、軽音部の部長……つーか、オレの彼女、近藤 イサミ。
 部室を出て、ゆっくりと二人、中庭に向かって歩いていく。
 これは、部長の意向。そこへ行きたいんだとサ。
 それはそれで、構わないんだが、寒いのと、2人っきりっていう緊張下で、オレちゃんの脳は、フリーズ直前待ったナシだゼ、マジで。
 付き合うコトには、何の異論もないし、寧ろ望むトコロなワケだが、実はオレちゃんたち、2人っきりっていうシチュエーションを、避けてきたトコロがある。
 何て言うの? 気恥ずかしいってのか?
 とにかく、オレは部長とステディな仲になった今でも、2人っきりってのは、恥ずかしくってしゃーないんだ。
 こういう自分を思う時、部長には若干のすまなさを感じちまう。
 部長としては、もしかすっと、『 もっと2人で居たいのかもしんねぇなぁ 』とか、オレちゃんに有るまじきコトを考えちまうんだ。

 「雪、降ってるね」
 「ん、そうだな」

 という会話を廊下に出てすぐした後、何を言うでもなく、黙って歩く2人。
 ……小津かっ!!
 小津安二郎の世界かっ!!!
 …とか言ったら、雰囲気ブチ壊しなんだろうから、今は我慢だ。

 2人で歩き、下駄箱まで辿り着く。中庭は、当然お外なんで、靴を履き替える必要がある。
 …ああ、もぉ! 何でこんな当たり前のコトを説明するコトでしか、緊張感に耐えられねぇんだよ、オレちゃん!!

 …と、ふと『 去年のバレンタインのコト 』を思い出す。

 去年の今日、オレの下駄箱に、手紙とチョコが入っていたんだ。
 差出人は不明。だって、名前書いてねーもん。
 会って直接渡したかったんだろーが、急に怖気づいて、下駄箱に投函……ってトコだったんだろう。思春期には、ありガチだよな。
 ま、謎の女ってコトで。裏切りはオンナのアクセサリーさ。一々目くじら立てても始まらねぇジャン?

 …そっか……でも、あれから1年経つんだなぁ。結局、あの時のチョコって、誰からだったのか、わからず終いだったな。
 あの時の『 誰かさん 』が、もしもチョコをオレに直接渡してきてたら、オレはどうしていたんだろう。その『 誰かさん 』との関係が、チョコきっかけで近くなってたんだろうかね?
 そしたら、今、靴を履き替えてる『 眼鏡の部長 』とは、付き合うコトにはなってなかったのかな?
 そういう『 if 』を考えると、色んなコトが不思議ではあるよな。

 「?」

 部長が怪訝そうな表情で、オレを見てきた。視線に気付いたのか?

 「いや、何でもね」
 「そう?」

 言いながら、靴の踵を直し、爪先をトントンやって、足元を馴染ませている。
 こういう動作1つとっても、オレは彼女を可愛いと思う。
 それが、好きになるってコトだろうし。
 『 部長じゃない女 』が同じコトをやっても、可愛いとは思わないもんな。
 でも、照れ臭いから、その事実は言えなかったりもする。

 外へ出た。
 雪は、ハラハラと舞っている程度なので、傘はいらないだろう。
 2人で、また、歩く。

 「そういや去年は、部長は……」
 とりとめもなくそんなコトを言ってみる。
 …スンマセン、沈黙に耐えられませんでした。
 「インフルエンザで、寝てたよ?」
 うん、そう。それは覚えてる。
 授業中にブッ倒れたらしく、保健の松本先生が、オレのクラスまで真珠を連れにきたから、よーく覚えてる。

 「だよな」
 「そ。生まれて初めてだったよ、インフルエンザなんて」

 とは言え、『 去年は… 』ってフレーズだけで、『 去年のバレンタイン 』の話だってわかってくれるのは、話が早くて助かる。…まぁ、今日が今日だから、当然っちゃあ、当然か。

 そういや、もう1つ思い出した。
 件の『 誰かさん 』、実は事前に1通の手紙を寄越してきてた。
 バレンタイン当日に、中庭で待ってろ、という内容だったな、確か。
 多分、そこでチョコを渡すつもりだったんだろーなぁ、当初の計画では。

 で、今オレたち2人は、その『 中庭 』へ向かって、雪の舞う中を、並んで歩いている。
 不思議な偶然ってのも、あるもんだ。

 「そういや、去年さ……」

 オレは、言おうか言うまいか、ちょっと考えたが、部長に隠し事をしとくのも、何か後ろめたいんで、その『 誰かさん 』の顛末を、ざっと話してた。

 「ふうん……」

 案の定、あまり気乗りのしない返事が返ってきたが、まぁ、仕方ないか。
 部長、焼きもちとか、結構凄いっぽいし。
 つーか、去年の話なんだし、いーじゃん!!
 とか言いつつ、何だろう、この若干の後ろめたさは。
 オレちゃん、悪いコト、何1つしてナイデスヨー!?

 「…その時のチョコって、どんなのだった? 覚えてる?」

 …つーか、部長、そこ突っ込んで聞いてきますか? もしかして、怒ってらっしゃるんデスか!? それは勘弁してクダサァイ!!

 「いや…覚えてるっちゃあ、覚えてるケド……」

 …しまった、つい!!

 「そっか……随分、嬉しかったんだね」

 いや……それはそぉでしたヨ!? チョコ貰って悪い気するオトコノコなんて、そうはいませんヨ!?

 「いや〜、それは、その〜……」
 「ん? 嬉しくなかったの?」

 オレの顔を覗き込んでくる部長…彼女の上目遣いの表情に、ドキッとしちまう。そん位、オレの彼女は可愛い、とココロでは断言できる!!

 …いや、そうでなくっ!!!!

 こういう2択となると、難しいんだよぉ!!
 嬉しい、も違う気がするし…嬉しくない、も違う気がする。
 前者では、わかりやすく『 嫉妬の爆弾 』が…後者だと、その『 誰かさん 』の意を蔑ろにするのが赦せないという『 博愛の爆弾 』が炸裂しそうでよぉ!!
 っていうか、ええい! どうせ炸裂させるならば、前者の『 嫉妬の爆弾 』だろ!
 去年の『 誰かさん 』のチョコが嬉しかったのは、事実なんだから!!

 「う、嬉しかったよ」
 「そっか♪」

 正解っ!!
 危ねー……流石に、そこまでは嫉妬深くはなかったのね、部長……
 と、胸を撫で下ろしてると……

 「この辺でいいかな……」

 何故か上機嫌になっていた部長が、小さく呟いた。その聴こえるか聴こえないかの声は、オレちゃんには、バッコシ聴こえていたが、敢えて『 何が? 』とは訊かない。それが、オトコよ。オトコの優しさよ。
 そして、小さく、部長が息を吸い込んだ……

 「ハイ、コレ……」

 部長の手にあった小さな箱に、オレは見覚えがある。
 去年、オレの下駄箱に投函されていたモノと、全く同じであろうソレが、部長の手の中にあった。
 …ぐ、偶然なのかっ!?

 「偶然じゃないよ?」

 ぶ、部長! 貴女は、エスパーなのですかっ!?
 …いや、そうじゃないっ!!
 何で、部長が去年の『 誰かさん 』のチョコを知ってるんだっ!?

 「コレ……やっと、渡せるんだヨ?」




 そう言った部長の眼は、少し潤んでいた。
 その声に込められた想いを、オレは理解できた。流石に、そこまで粗忽者じゃねぇ。
 そして、去年の『 誰かさん=近藤 イサミ 』絡みの全てを、悟ったのだった。

 気付くとオレは、愛しい部長の身体を、ギュッと抱きしめていた……

 「部長、ありがとう……スゲェ嬉しいわ、マジで」




雅2年のホワイト・ディも近まったある夜
〜 トシ&総太のお部屋 〜


 「というワケなんよ」
 「え!? 今までの話、全部、回想ッ!?」
 オレちゃんは、ルーム・メイトの総太に、この間のバレンタインの顛末を話した。
 勿論、ラストの『 抱きしめていた 』の件は、カットしたがナ!!
 「長いよ〜、説明、長いよぉ〜」
 「っさい、総太! で、オレが訊きたいのはだなぁ……」
 ようやく、オレは本題へ……進もうとしたが、
 「ハッハァ〜ン、わかったよ〜、トシ〜イィッ!?」
 総太の『 ハッハァ〜ン 』が、妙にムカついたので、とりあえず蹴っといた。
 「な、何するんだぃ、人がイカシタ解答を発表しようとしてたのにっ!?」
 「ぃやっかましぃ!」
 「アイタッ! …いい考えが浮かばないからって、ヒトに当たるのは、良くないクセだよ〜ォッフ!?」
 今度は、ボディ・ブローで責めてみた。
 「ボォゥッフ!」
 前屈みに崩れ落ちる総太。しかし、ニヤけた顔は変わらない。タフガイさんめ…
 「…つまりトシは、近藤さんにあげるホワイトディのお返しが浮かばないんダネ!?」
 「グゥッ……」
 なぜ、真実はこうも、ヒトのココロに突き刺さるのだろうかっ!
 「しかも、2年越しだから、余計にわからなくなってるんダネ!?」
 「グフッ!」
 そして、なぜ、真実はこうも、残酷に腸(ハラワタ)を掻き乱すのかっ!
 「そんなトシに、ナ〜イスなアイディ〜アがあ〜るよ〜っ!」
 間延びした口調と、勝ち誇った面が、もの凄く腹立たしかったが、ここは我慢だ。
 「近藤さんへの、ベスト・プレゼントと言えば、そおぉっ!!」
 拳を突き上げ、演説も最高潮の総太さん。
 「ブ………」
 オレちゃん、一抹の不安を感じたので、そっと言ってみる。
 「ブラジャー、とか言ったら、そこの窓から突き落とすぞ」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…オイ、どした、総太?」
 案の定かよっ! コイツ、拳を突き上げたまま、完全にフリーズしたよっ!
 「…お……」
 「ハァ!?」
 『 お 』で始まる、ステキなプレゼント?
 「…『 おっぺかぶし 』だよっ、トシィ!!」
 「……あんだよ、ソレ?」
 「茨城弁で、ブラジャーのコトだよっ! しっかりしてくれよ、基本だよぉぉぉぉん…」
 最後まで言わせず、総太を窓から投げ捨てた。
 因みに、『 よぉぉぉぉん 』という間抜けな語尾は、落ちてゆく総太の叫び声だ。同時に、窓の下の植木に突っ込んだ『 ガサガサガサッ 』という珍妙な音もした。
 「……とんだ時間の無駄だった………」
 オレちゃんは、独りごちる。役に立たんルームメイトだ。
 …と、部屋の外から、ドダダダダダダ、という音が聞こえ……
 「バッターン!! トォシィ!?」
 …体中に『 葉っぱ 』をまとった総太さんのご帰還。しかし、なんで『 ドアを開け放つ擬音を口で言う 』かね、コイツ……
 「おかえり、葉っぱ魔人」
 「誰のせいで、こんなナリになったと思ってるんだぃっ!?…いや、思ってるナリィ!?」
 「無理すんな、バカッ!! ボケるなら、ちゃんとボケろや!!」
 「無理してないナリ!! コロッケが好きナリィ!!」
 「…可哀相に、総太さん……脳が……もぉっ!!」
 オレちゃんは、涙を拭った。
 「脳が、とか言うなぁ!!」
 泣き出しそうな総太さん。
 「で、よぉ、総太」
 「ナニよ、トシ」
 いきなり、フツーのトーンの会話に。
 「総太は、何あげんの?」
 「よっくぞ、訊いてくれましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……」
 満面の笑みが憎くって……そして、月が綺麗だったから……総太さんを、再び窓から投げ捨てちゃった。……エヘッ♪
 「バッターン!! 『 エヘッ♪ 』じゃないよ、トシィ!!」
 「おっ、さっきより速いじゃん。最速ラップじゃね?」
 「え、そうかな? ボク、速かった?」
 「おう、モナコ・マイスターも真っ青の記録だったぜ」
 「そっかぁ、ナマコ・マイスターも……」
 「モナコ、な」
 「モナコマ・イースターも真っ青かぁ♪」
 「変なトコロで切るな。何の復活祭だ、それは」
 …ま、それ以前に、モナコ・マイスターが『 窓から投げ捨てられる 』なんてシーン、オレちゃんは、今までに観たことがないし、今後も観ないだろう。
 「で、だ。総太よ」
 「何?」
 「お前さんは、さくらに何をあげる予定なんだ?」
 「教えてもいいけど…パクんなよぉ〜?」
 ニヤけ顔が舌打ちモンだが……『 刃の下に心 』と書いて、『 忍ぶ 』!!
 「じゃんじゃじゃーん!」
 効果音が、激しく癇に障ったが、『 なんか柵みたいなのの右に寸 』で、『 耐える 』!!
 「シルクスクリーンの、Tシャツー!!」
 合わせて、『 忍耐 』!!
 「って、お前、バッキャローかっ!?」
 「な、何ゆえっ!?」
 変な文字が書かれたTシャツを持ったまま、心底不思議そうな表情の総太。バカもここまで極まると、笑えねぇぞ、こりゃ。
 「あんだよ、その『 ごっつぁんです 』って文字はよぉ!!」
 しかも、ちょっと『 相撲文字っぽい 』のが、鼻につく!
 「いっつもいつも、美味しい料理を食べさせてくれる、さくらちゃんへの、ボクからの感謝のココロですが、何か?」
 …言い切りよった! 言い切りよったぞ、コイツ!!
 「……いや、だからよぉ……」
 オレちゃんは、コメカミがズギョンズギョンと痛くなってきてしまった。
 「何よ?」
 誇らし気な総太さん。
 「…ソレを着るのは、さくらだろ? 『 食べさせる側 』が『 食べる側 』になってんじゃん。もぉ、『 さくらが柔道部重量級並みの大食い 』としか見えんぞ」
 「…………」
 「…………」
 「…………あっ!」
 「遅いわぁあ!!」
 と、その時、部屋のドアが開け放たれ………
 「バッターン!! ワシは、『 鉄アレイ 』じゃあぁぁぁぁぁぁぁん……」
 何か、筋肉質な物体が飛び込んできたので、そのまま巴投げで窓の外へ。
 「……容赦ないね、トシ……」
 総太さんが、しみじみと呟いた。
 「イッタは、予想の範疇だったから、もぉいいっ!」
 因みにイッタってのは、斉藤一太郎のコト。隣の部屋の住人。
 「おい、総太。イッタが戻ってくる前に、鍵かけとけ」
 「……鬼だね、トシ……」

 その後、5、6分ドアがガンガン鳴っていたが、「ドア、ブッ壊したら、真珠に『 あるコト&ないコト 』告げ口したる!」と言い放ち、オレたちは気にせず就寝するコトにした。

 …歯も磨いた。電気も消した。クスリも打った(勿論、冗談です♪)
 さ、寝よっかなぁ、となったその時……

 『 美しい人生よぉ〜、限りない喜びよぉ〜、この胸のときめ 』

 ……総太の携帯の着信音だった……
 松崎しげるの『 愛のメモリー 』の生歌版……
 しかも、それを『 メール着信音 』に設定し、流す秒数を短めにしてるから、『 ヘンなトコロで歌が切れる 』し…

 「ドゥフフフフ〜」
 総太さんが、さながら『 取材カメラに興味津々のトドのよぉな、不気味な鼻息 』を漏らす。
 …ま、相手はさくらだかんな。しゃーあんめぇ。さくらからのメール着信専用音『 愛のメモリー 』…ベタだが、ま、総太らしいっちゃあ、らしいわな。
 しっかし、昼間、学校で顔合わせてんのに、ま〜だ夜になっても、言いたいことや伝えたいコトがあんのな。すげぇよ、お前ら。

 ん?……そういや、オレと部長って、こういうやり取りって、したコトねぇな。

 「ま、携帯持ってねぇもんな……」
 「ドゥフ?」
 「何でもね」

 そう、部長は携帯電話を持っていない。今時の高校生の規格外だ。
 …例えば、部長が携帯を持っていたとしたら……
 オレは今、彼女に何を伝えるのだろう。

 「おやすみ、とか……?」
 「ドゥフ?」
 「だから、何でもね」

 ちょっと顔と胸が熱くなった。
 らしくねぇ。らしくはねぇが……不思議と悪い気はしなかった………

 「ドゥフフフ〜♪」
 「っさい、早く寝ちまえっ!!」
 「フゴッ!?」

 オレちゃんは、暗闇の中、携帯ディスプレイのぼんやりとした明かりに照らされて唸る『 不思議生命体・総太さん 』に、枕元にあった漫画『 魔法先生ネ○ま!(裏表紙がお気に入りのキャラクターでない巻) 』を投げつけ、就寝した。

 「は、鼻が痛いよ、トシィ……」

 勿論、そんな泣き言なんざぁ、聞いちゃいなかった。




翌朝
〜 校門付近にて 〜


 「おはよ」
 いつもと変わらぬ笑顔で、部長がオレちゃんに向かって手を軽く振る。
 …ホント、可愛いと思う。思うだけは。
 「オッス」
 でも照れ臭いから、ちょっと無愛想なカンジになっちゃう、オレ。
 …我ながら、歯がゆいぞぉ!!

 付き合うようになって、生まれた暗黙の了解…それが、お互いに何となく気が向いた時に、校門のそば(あまり目立たないトコ)で待ち合わせて、下駄箱までは一緒に歩く、というモノだった。
 おおっぴらに『 ワタクシたち、お付き合いしてますのっ! 』というのが苦手な2人の、なんとなくな恋人同士っぽい行動。
 オレらをすっげぇ見てるヤツならわかるだろうが、そこまで皆、オレちゃんたちに興味があるワケじゃないからね。『 偶然、登校時間が一緒になった2人 』位にしか、見えないんじゃないの、多分?
 だって、下駄箱で、一旦別れっから。教室に一緒に入るのが、気恥ずかしくって。

 「今日もまだ、寒いね」
 「ん、そうだな」

 他愛の無い会話をしながら、のんびりと歩く。
 部長と付き合い出してからのオレちゃんは、始業時刻に関しては遅刻が激減だ。
 …いや、『始業時刻に関しては 』と、わざわざ断ったのは、部長との待ち合わせには、遅刻ばかりだからなんだが…
 ま、ドンマイッ、オレちゃんッ!

 「ん?」

 会話の途切れ目…決して、不快じゃない静寂の時間を破るよぉに、オレちゃんの携帯電話がムイムイと振動した(マナーモードにしてあったのを忘れてた)

 「メール?」
 部長が訊いてくる。
 「ん、そう」
 携帯をパカッと開き、メールの送信元を確認してみる。で、そのまま携帯をパタン。
 「総太だった」
 「何て?」
 共通の友人だからか、こういう時は遠慮をしない部長。この辺の距離感が、また好ましいよなぁ、ホント。
 「んにゃ、読んでない」
 「いいの?」
 ちょっと可笑しそうに言う部長。
 「どうせ大したコトじゃねぇだろ、こんな時間のメールだし」
 そう、総太には『 こんな時間のメール 』の前科があるのだ。
 「土方君が出かけるとき、沖田君は?」
 「爆睡中だったな」
 「じゃあ、この間と同じ内容かな?」
 「じゃねぇの?」
 そう言って、2人で軽く笑いあう。
 多分、総太のメールの内容は…

 『 酷いよぉ、トシィ!! 起こしてくれたって、バチは当たらないと思うよぉ!? 』

 自分が起きられないのを、ヒトのせいにするな、と。つーか、そんな駄文を打つ暇があるなら、さっさと仕度して出て来い、と。

 「……メール、か……」
 ふと、部長が呟いた。
 何となく、憧憬が混ざった呟きだったのは、気のせいか?
 「メールがどうかしたか?」
 ちょっと突っ込んで訊いてみる。
 「ん? いや、何でもないよ?」
 「そか?」
 「うん」
 そう言って、のんびり歩く2人。
 「部長は、さ」
 「ん、何?」
 「何で、携帯電話持ってないんだっけ?」
 あ、訊いちゃった。夕べから、ちょっと気になってたんだよなぁ、コレ。
 「えーとね……」
 言葉を探す、というよりは選んでいる風情の部長。…訊いちゃまずかったかな、こりゃ?
 「いや、言いたくないなら……」
 と、オレが言いかけた時……
 「何かね、持ちそびれちゃったの」
 「ハイィ!?」
 いや、大声も出るだろ、ここは。親御さんの方針とか、そういう『 本人では如何ともし難い理由 』かなぁ、とか考えてたトコだよ、ここ!
 「だ、だからぁ、持ってないなら、持ってないで、学園にいる限りは困らないし。実家への連絡は、主に手紙だし。今更、携帯電話の番号交換やアドレス交換とかするのって、ヘンじゃないかなぁ、とか」
 恥ずかしそうに、部長は早口でまくし立てる。
 「だから、さっき沖田君が土方君にメールしてたのを見て、ちょっと羨ましいかな、とは思ったんだけど、まぁ今更、私が携帯電話を持とうとするのとは、ちょっと違うような気もして。だって元々は、必要ないかなぁ、なんて思ってたんだし」
 「ちょ、部長! わかった、わかったから、ちょい待ち!」
 「ふぇ?」
 部長の頬が赤いのは、寒いせいだけではないだろう。
 「じゃあ、部長は携帯持ちたいの?」
 オレは訊いてみる。
 「うん……今更ヘン、かな?」
 俯きがちな部長。これはこれで、可愛いが……いや、そうではなくっ!
 「ヘンじゃないだろ、別に」
 「そかな?」
 ちょっと上向きに。こーいうトコ、わかりやすいな、部長は。
 「持ちたければ、持ったらいいんじゃん?」
 そーしてくれっと、洩れなくオレちゃんも、ちょっと嬉しいし〜…とまでは、言わない。いや、言えない。
 「そっか……そうだよね♪」
 笑顔の爆弾、炸裂!!
 「そ」
 でも、オレちゃんは、素っ気無く返すだけでした。ホント、根性なしでゴメン、部長。

 あ、追記。
 総太からのメールは、やっぱり、な内容でした、と。




同日・夜
〜 近藤&永倉の部屋にて 〜


 「って、コトは、まずは親権者の同意書が必要なのね?」
 「そういうコト」
 私の目の前で、神妙に頷く真珠。
 今朝のやりとりから、携帯電話を持ってみよーかな、と考えた私は、まずルームメイトに相談してみた。だって、真珠は携帯持ってるし。
 「同意書って、どこで手に入れるの?」
 私は手元のメモ帳に、チマチマと書き取りながら、更に必要な情報を探る。
 「電話会社のサイトからダウンロードするか……」
 「だっ、だうん・ろぉどっ!?」
 いきなりハードルが上がった! 未知のキーワードだわ、だうん・ろーど……侮りがたし、携帯電話っ!
 「そんな頓狂な声上げないでよ。アンタがPCはちゃんと使えるのに、ネットは苦手ってのは、アタシだって、よ〜……………っく、知ってっから」
 苦笑交じりの真珠。…それにしても、タメ、長すぎない?
 「確か、カタログの最後の方のページにも、付いてるハズだよ?」
 そう言って、机の上に無造作に置かれた電話会社のカタログを見せてくる。
 「あ……ホントだ」
 そこには確かに『 未成年者対象の、親権者の同意書 』が。
 「トシも同じキャリアだから、コレをそのまま使えば……」
 「ちょっと待って! 同じ『 きゃりあ 』って、どういうコト!? 経験!? 経歴!? それとも、国家公務員で、上級試験に合格したヒトのコト!?」
 ああっ! もぉ、何がなんだかっ!!
 「えーと……とりあえず、落ち着け」
 コメカミを押さえながら、真珠が私を嗜める。
 「キャリアってのは、要は電話会社のコト」
 「へ?」
 「かなり強引な纏め方だけどネ」
 「あ、そうなんだ……」
 忘れないように、メモメモっと。
 「どうせ、同じキャリアにすんでしょ、ヤツと?」
 …う。それは、そのつもりでしたが……
 「い、いや、き・きゃりあまで、一緒じゃなくてもいいかなぁ〜、とか」
 恥ずかしくって、そんな弱気発言をかましてしまう。
 「……えーと……何が恥ずかしいのかは知らんが、損するよ?」
 「ええっ!?」
 ど、どういうコトよっ、その論法!!
 「同じキャリア同士なら、通話もメールも非常に安上がりなプランが組める」
 「…もし、きゃりあが違うと?」
 「同じに比べて、かなり割高。略して『 オカダカ 』」
 略す意味はわからなかったけど、お支払いの面で、かなり違ってきそうな気配だけはわかった。こちとら、両親の無償の愛情『 仕送り 』で生活している身だ。そこは迷惑はかけられない。
 「だから、どうせ持つなら、ヤツと同じにしときなって。どうせ、それしか使い道ないんだし」
 ……アレ? 失敬なコトを言われたよぉな気がするぞぉ? …と考えながらも、『 土方君と同じにしておくと、得 』とメモ。
 「あと、必要なモノは、身分証だけど…ココ(星影学園)は特殊な学校だからねぇ。学生証だけで、OKになるハズだよ」
 「へ〜、そうなんだ」
 それも、メモメモ。
 「だから、とにかくアンタがするコトは、実家に連絡して、携帯電話を持ちたい旨を伝えるコトと、OKを受け次第、同意書を送付して、それに記入&捺印の上、速やかに速達で返送してもらうコト!」
 モノッ凄い早口でまくし立て、ズビシと私を指差す真珠。…明らかに、私のメモが間に合わない速度で言い切ったつもりだろうけど、それは私を甘く見すぎだヨ?
 「うん、ありがと」
 全部、しっかりと書きとめ、ニコッとお返事。あ、因みに『 速達で 』という言葉は、手続き上は不要だと判断できたので、カット済み。
 「えぇ〜っ!? 今のでちゃんと書けたのぉ〜!?」
 「勿論よ。伊達にアナログな生活送ってきたワケじゃないんだから」
 「ちょっと、見せてごらんっ…って、完璧な上、引っかけワードの『 速達で 』までカットしてあんじゃーん!!」
 「速達の意味がわかんないじゃん。必須なワケがないモン」
 「しくったぁ〜!!」
 「フフフ…私を甘く見ないで欲しいわねっ」
 因みに『 書留で 』と言われていたら、引っかかっていた自信があるが、それはナイショ。

 さはさりとて。

 実際、携帯電話を持ってるコたちの多くは、物を書きとめるのが、非常に遅いと思う。多分、『 しゃめ 』だっけ? あれで情報を保存するのに慣れきってるからだ。
 雑誌とかを見て、ちょっと行ってみたいお店の地図とか、買いたい物の情報とかを、簡単にパシャッとかやるから、頭に入らないし、残らない。やっぱり、覚えたかったら、手を使って『 書く 』のが一番だって、私は思う。
 携帯電話を持っても、私のこのポリシーはそんなには変わらない、多分。




同日
〜 女子寮1Fロビーにて 〜


 で、寮の1階にあるロビーへ。
 そこには、公衆電話が置いてあるから。(しかも、肌色の硬貨しか使えないヤツ←コレは多分、携帯普及率の低い頃の、生徒の電話乱用を防ぐための名残)
 …ほぼ、私専用機と化しているんだけどね。
 あ、1年生のコで1人、使ってるコがいたなぁ。(やはり、このご時世で、公衆電話を使っているヒトは目立つ)
 私が携帯電話を持つと、もう本格的に彼女専用機になるんだろうか。
 で、彼女が卒業するか、携帯電話を持った時には、もう誰もこの電話を使わなくなるのかなぁ。

 …数枚の百円玉硬貨&十円玉硬貨を手にした私は、人気の無いロビーで、そんな取りとめも無いコトを考えながら、実家のダイヤルを回す(この言い方も、古風なんだろうか? 私にはよくわからないんだけど)

 コール数回。相手が出る。
 ガチャン、と硬貨が飲み込まれる音。

 「モシモシ、こちら近藤でございます」
 落ち着いた初老男性の声が聴こえてくる。
 「モシモシ、イサミです」
 懐かさに包まれる。心なしか、実家の匂いまで思い出されるようだ。
 「あ、イサミお嬢様ですか? 如何なさいましたか、このようなお時間に」
 電話の相手、彼は私を『 イサミお嬢様 』と呼ぶ。別に、私の父親が『 執事ごっこ 』にハマってるワケではなく、彼はホンモノの執事。
 「お父様、いらっしゃる?」
 「旦那様ですね? 少々お待ち下さいませ」
 彼の名前は『 チャールズ・蒔田(マキタ) 』。元々は英国で暮らす日系人だったそうだけど、私の父が英国に留学していた時に、『 何か、彼の命を救った事件があった 』らしく、以来、恩義に報いるために来日し、近藤家の執事をやっているという謎の多い人物。因みに趣味は『 ミュージカルの観劇 』で、大のお気に入りは『 ジーザス・クライスト=スーパースター 』。
 ま、執事と言っても、私にとっては、『 生まれた時からそばにいる大切な家族の一員 』なんだけどね。

 『 ちゃらららら ちゃららら〜 らららら〜 らららら〜 』

 保留音の、エリーゼのためにが流れている。
 私は、追加の硬貨を投入して、父が電話口に出るのを待つ。

 「どうしたんだぃ、マイ・スィート・ハニー?」
 …久々の娘からの電話に、心底嬉しそうな父の声。でも、スィート・ハニーは言いすぎだと思う。英国帰りの父親って、どこもそうなのかと思っていたら、私の父は極端らしい。
 「あ、お父様。実はですね……」
 私はコトのあらましを伝える。電話口からは、愉快そうな父親の声。
 「そぉかそぉか、イサミちゃんも遂に、携帯電話を持ちたいお年頃かぁ」
 「お年頃、と言いますか、まぁ……そうです」
 「うん。ダディに異論はないよ。好きになさい」
 何ともあっさりとお許しが出た。
 「今の時代、情報ツールの使い方を知っていて、損はない。キミが生きている時代は、そういう時代だからね。ただ、流されてはいけないよ、スィート・ハニー」
 「ハイ、お父様」
 お父様の意見は、尤もだと思う。便利なモノに依存し、流されるのは、やはり間違っている気が、私もするから。
 「じゃあ、書類をこちらへ送りなさい。記入して返送するから」
 「ハイ、よろしくお願いします」
 「あ、春休みは、こっちに帰れるのかな? ウチのスィート・ハニー(イサミ注:お母様のコト)が、寂しがっているんだよ」
 …それは、お父様もでしょ、と思って、自然頬が緩んだ。けど、
 「春休みは、ちょっと戻れそうもありません…学生寮のイベントがありますから…」
 「ああ、そうだったかぁ…」
 残念そうなお父様の声。私も、残念です。
 「じゃあ、今度会えるのは夏休みかな? それまで、元気で頑張るんだよ、マイ・スィート・ハニー」
 「ハイ」
 返事をした瞬間、電話が切れた。ちょうど時間切れだったってコトだろう。
 寂しさを憶えるのと同時に、こういう電話の仕方も、いいものだと思う。
 私は、時間制限付きの仕事をこなした電話機を、ちょっとだけ眺め、心の中で「ありがと」と言った。
 遠くの家族と私とを繋いでくれて、ありがとね、と。

 私は、部屋に向かって歩き出す。
 と、ロビーを出るか出ないかの所で、『 もう1人の公衆電話使用者 』を見かけた。こっちへ歩いてくる、眼鏡をかけた、よく笑っている1年生。
 お互いに、会釈をして、完全にすれ違う。
 『 彼女も、誰かに電話をしに行くのかな? 』
 そんなコトを、ちょっと考えた。
 彼女の手が、硬貨を握っているかのように見えたから。

 そういえば、彼女とは『 公衆電話仲間 』みたいな一種の連帯感があった。初夏の頃、お互いに『 ソレ 』に気付いてからは、出会ったときは二言三言の会話位はしてたんだけどなぁ……
 今は、会釈だけ。
 それも、彼女の方が私を避けているカンジで、そうなってる。
 んーと……学園祭の後くらいからかな。
 傷つけたり、怒らせるようなコト、何かしちゃったのかなぁ、私………

 振り返ると、彼女……相馬 和恵(ソウマ・カズエ)さんは、私に背を向ける格好で、電話中だった。




数日後・修了式の日
〜 校門付近にて 〜


 「オッス」
 何となくの待ち合わせ場所に立って、少し待っていると、土方君がやってきた。
 今日は、一緒に歩ける。
 それだけで私の心は、弾む。

 本当は毎日でも、一緒に歩きたいんだけど、それを言って『 鬱陶しい 』とか思われるのが怖くって、言えなかったりする。
 また、毎日毎日、待ち合わせ場所で立ってるのも、『 鬱陶しい 』に繋がりそうで、怖くって、私自身も本当に『 何となく 』のタイミングでしか、場所には立たないようにしている。
 だから余計に、『 お互いに気が向いたときの、待ち合わせ 』が成立すると、凄く嬉しい。

 「今日は、修了式だね」
 「ん、そうだな」

 こうして肩を並べて歩いてるだけで、私は満足してポ〜ッとなっちゃうので、あんまり気の利いた言葉が出てこない。いつも、天気や学園行事の話ばかりだ。
 でも、最近気付いた。
 実は、土方君の返事も、大概が『 ん、そうだな 』なんだ。
 ……つまんない……ってワケじゃないよね?
 そんな不安を振り払って、土方君も私と同じように、ポ〜ッとなってて、同じ返事をしてるのかなぁ、とか思うと、ちょっと嬉しい。
 …そんなコトを思いながら、2人でのんびり歩く。

 「あ、そういえば……」
 「ん?」

 私はポ〜ッとなりすぎていたのか、話そうと思っていたコトを忘れかけてた。

 「今度の空いてる日に、携帯の契約しに行くコトに決めたの」
 「あ、遂に?」
 「うん。親からの同意書が、昨日届いたから、手続きに入ろうかなって」
 「…そっか」

 ちょっと嬉しそうな土方君の横顔。見間違いであって欲しくない。
 そんな横顔に、私は数日前から温めていたプランを提案しようと口を開いた。

 「…でね……」
 「あ、一緒に行ったろか?」

 …凄い。なんで、私の言いたかったコトがわかったんだろ。
 いや、これが『 もし、よかったら… 』とかまで言ってからの返事なら、私もここまで驚かない。というか寧ろ、そこまで言って気付かないのは、鈍感だろ、とか。
 でも、『 …でね…… 』しか、言ってないのに、私。

 「え、え!? な、何でわかったの?」
 「な、何でって言われても……ふ、雰囲気的な何か!?」

 いや、何で土方君がそこで狼狽するのよっ?
 大体、『 雰囲気的な何か 』って、どういう意味っ?
 …とか考えたけど、まぁ……狼狽してる姿が可愛かったから、いいや。

 「フフフ……」
 「な、何よ、部長ぉ」
 「何でもないですよ?」
 「な、何よ、その語尾! 急に敬語はやめてっ、怖いからっ」

 今、覚えたコトが1つ。

 『 土方君を狼狽させるのは、面白くて、可愛い 』

 で、『 それが出来るのは私だけ 』って……思い上がりかな?
 私の中に、そんな独占欲があるってコトに、自分でビックリだ。
 けれど、好きなヒトと一緒って、幸せなんだもん。しょうがないじゃん。

 そして、私達は『 何となく 』じゃない、ちゃんと待ち合わせをする、『 初めてのデート 』の予定を立てたのでした。
 気恥ずかしいけど……凄く、嬉しいなっと♪




数日後・2人の初デートの日
〜 学園からそう遠くはない、ショッピングアーケードにて 〜


 学園からそう遠くはないショッピングアーケードに、オレちゃんは来た。
 所謂、初デートが今、始まるワケだよ、オイッ!!
 約束をした時は、部長が携帯を持つってのに、何故か妙に浮かれてしまって、少々フライング気味な発言をしちまった……何してんだか……
 まぁ、結果的には、部長の機嫌を損ねるような発言にはならなかったらしかったんで、オーライだったんだけどネ!

 …さて、待ち合わせの場所は、っと……
 メイン通りとサブ通りの交差する所に設置された、『 何かよくわかんないけど、ありがちな銅像 』のそば!(こういうのって、誰のセンスで造ってるんだろーね?)
 さ、今日は時間通りの到着だぞぉ、オレちゃん!!

 …って、居ないよ、部長。

 いつもは、オレちゃんが待たせてしまってたから、ちょっと新鮮♪(←バカ)
 …と、オレちゃんは何となくの癖で、携帯をパカッと開け、メールが来ていないかを確認。
 いや、だから、部長は携帯を今日から持つんだろ? 遅れますメールなんて、来てるワケねーじゃん!!(←バカ2)

 で……、部長の姿を探しながら、廻りを見ると……

 「遅れる、じゃねーよ、バーカ」と、携帯片手にキャンキャン吼えるオンナ。
 「あんだよ、今ドコだよ、アイツ」と、苛々しながらメールを打っているオトコ。

 ……コレって、何なんだろーね?
 別に、30分とか待たされてるワケじゃねーだろ?
 ちょっと、せっかちさんすぎねー?
 …って、場所に着くなり「メール確認した」オレちゃんが言えた義理じゃねぇんだが。

 …と、オレちゃんが『 携帯に纏わる社会的疑問 』を切り取ってみてるうちに、向うから、ちょっと小走りで部長がやって来た。
 いや、踵のある靴(踝の上くらいまである、編み上げブーツ)で、そんなに走ると……
 「キャッ!」
 案の定、軽く躓き、よろける部長。周囲の目を気にして、真っ赤になってる彼女には悪いが(照れ隠しからか、眼鏡のレンズを拭いてた)……可愛いなー、チクショー!!
 因みに部長、見た目に反して(っつったら失礼だが)運動神経は良い方。だから、推測できるのは、『 普段はあまり履かない、踵のある靴を履いたが故の、躓き 』であるコト。
 デートだから、っていうお洒落心がまた、可愛いじゃあーりませんかっ!
 …いや、直接は言えませんけどね、例によって。

 「ご、ごめんなさい。待たせちゃった?」
 靴だけに止まらない、デート仕様の部長が、そこには居た。
 「んにゃ、オレも今来たトコ」
 割とテンプレートな返答。だが、本当だから、仕方ないじゃん?
 「ちょっと、思ったよりも、時間かかっちゃって」
 だろうな。学園での部長とは、気合の入り具合が違うもん。それは、見たらわかる。

 白のロング・ワンピースに、淡いピンクを基調としたカーディガン。腰周りには、黒の細いアケセサリー・ベルト。肩から提げているのは、少し不思議な質感の革のトートバック。
 そして、何よりも特筆すべきは、髪型。
 普段の部長は、ストレート・ヘアをそのままストーンと落としているのだが、今日はリボンを使って、後頭部で1つに纏め上げた……所謂、ポニーテールってヤツ。そして芸が細かいのが、縛った先のテール部分と耳の横に垂らしたもみ上げに、緩いウェーブをかけている。
 こりゃ、『 手間かかってんなぁ 』ってカンジだ。
 …それが、今日のため…いやさ、オレちゃんのため、って思うと、スゲェ嬉しいじゃん?
 だから、オレちゃんは……

 「いいって。気にすんな」
 と、返す。これも、テンプレート気味だけど、本心だから仕方ないじゃん? 例え、若干の素っ気無さが見え気味だとしても、本心から「遅刻を気にして欲しくない」って思ってるから、いーじゃん?
 「うん。それじゃあ、行こっか」
 「ん、そうだな」

 オレちゃん達は、まず、携帯電話の契約手続きが出来る店に向かった。
 オレちゃんの隣を歩く部長は、いつも学園で会っている部長ではなく、何と言うか……本当に気恥ずかしい限りなんだが…『 The オレの彼女 』ってカンジだ。
 「えっと、真珠の話だと、この辺に……」
 ふと足を止め、手帳を見ながら、部長が言う。
 「ん?」
 オレちゃん、部長の手元を覗く。どの店に行こうとしてんのかを確認するためであって、他意はない。例え、フワッと『 何とも言えない、よい匂い 』がしたとしても、他意はなかったのだヨ?
 「あ、もうちょっと先だ」
 部長が歩き出す。
 「あ、よい匂いが」
 しまった、つい!!
 「え?」
 「あそこだろ? ホラ、看板あんじゃん」
 徹底的に、無かったコトにするコトにした。
 「ホントだ。じゃ、行こっ」
 「へ?」
 部長が、オレの腕を取り、自身の腕を絡ませる。
 オレはただ、ドギマギしながら、『 腕を組んで歩くのは初めてだなぁ 』、とか考えてた。そうしたら不意に……
 「よい匂いはしますか?」
 部長が、悪戯っぽく笑った。
 「き、聴こえてたのデスかっ!?」
 「そりゃ、ね」
 「そ、それなら、聴こえなかったフリはやめろよぉ!」
 そんな風に、狼狽するしかないオレの腕をグッと引き寄せると、
 「バレンタインの時に、いきなり抱きしめてきた、お・か・え・し」
 …と、小悪魔が耳元で囁いた。

 ハイ、天下の往来でいちゃつくバカップル、爆誕!!

 ……でも、悪い気はしなかったんだ、不思議なコトに。


 で、契約はスムースに進んだ。
 まぁ……機種を選ぶ時に『 一緒のが無い… 』と呟いて、オレちゃんをドキッとさせたが(オレの機種は、もう現行ではないんだな、コレが)、どうやら『 機種まで一緒じゃないと、格安プランが組めない 』という勘違いをしていただけのようだったので、事なきを得た。
 いや、これで機種まで一緒だったら、他の連中(特に真珠あたり)から何を言われるか、わかったモンじゃなかったので、オレとしては、ある意味ラッキーだったのかもしんねぇ。
 とにかく、契約は無事に完了し、あとは、受け渡しまでの時間をどう過ごすか、ってコトになった。

 「どうする?」
 「結構時間かかるみたいだし、適当にブラついてみて、それでも時間余るようなら、お茶でいいんじゃね?」
 我ながら、投げやりな回答だとは思う。しかし、当初の目的は(半分だが)果たしているので、その先を考えてなかったのに気付いちゃったんだよぉ……
 「ん、そうしよっか♪」
 その返事から、直感的に、部長もそうだったんじゃねぇかな、と思った。
 意外なトコロで、似ているコトを実感すると、ちょっと嬉しいモンだ。

 話しながら、適当にアーケードをブラつくオレたち(流石にもう、腕は組んでない)
 部長の視線や歩調が止まる店や、その商品を見て、『 ああ、らしいかも 』と納得したり、『 へぇ、こんなのも好きなのかぁ 』と発見したりするのは、楽しかった。
 …勿論、同じように『 オレが観察されてた可能性 』は高いんだが。
 それを楽しんでくれてっといいなぁ、と思う。んにゃ、願う、の方が妥当かも。
 隣を歩く部長が、楽しんでくれていれば、もうそれだけでいいってな気分だ。

 そんなこんなで、一通りはブラついたかなぁ、というタイミングで…(このアーケードはそんなに広くも大きくもないんだ、コレが)
 「さ、どうしよっか?」
 当初の予定なら、ここでお茶、というカンジだったのだが、部長は敢えて確認してくる。
 コレ、多分、『 もう一回行きたいお店、見たいお店、ある? 』なワケで。
 「んにゃ、まだ時間余ってるし、あそこのサテン(←喫茶店のコトだが……古いか?)にでも、入んべや」
 一通り回って、オレちゃんには、あるアイディアが閃いていたので、とりあえずは落ち着ける場所へGOである。

 ホワイトディのプレゼントが、中々決められなかったが、もう決めた。
 そして、それは別に、敢えて探し回る必要のないモノだったから、もう後は、タイミングさえ逃さなければOKだ!
 ブラボォ、オレちゃん、ブラボォ!!

 そして喫茶店に入り、まずはそれぞれで注文&会計。(いや、初デートで『 ここはアタクシが… 』みたいな男子高校生って、ムカツカね? 手前が稼いだ銭なら、まぁ納得もするけど、大半の連中は親の金やん? 『 ここはアタクシが… 』じゃねぇだろ)
 注文の品が乗っかったトレイを持って、席を探す。
 で、空いてた席が丁度あったから、そこで向かい合わせに座る2人。
 「部長のソレ、何?」
 ここはチェーン展開の喫茶店だから、カップは基本的に同じモノで、ホットだと蓋まで付けられてしまう。となると、中身は訊かなきゃわからない。
 「ホット・カフェ・ラテ。土方君のは?」
 うーん、実に『 らしいオーダー 』だわ。
 「ブレンド」
 「フフフッ、土方君らしいね」
 蓋を外しながら、部長が微笑む。
 「そういえば、私、この蓋をそのままにして飲んでるヒト、見たコトないや」
 「…では、とくと見よ」
 オレちゃん、蓋の端に開けられた穴から、ブレンドを飲み出す。
 「…ゥアチィッ!!」
 不覚! こんなに熱くて、飲みにくいとはっ!! 設計者、出て来い!! そして、正座せよっ!!
 「な、何やってんのよぉ!」
 部長は苦笑しながら立ち上がると、オレが自身の胸元に零した、若干のコーヒーをハンカチで拭く。
 「いや、ハンカチ汚れるって。シミになっちゃうぜ?」
 慌てて止めるが、目の前の彼女は続けた。
 「こっちは、汚していい方のハンカチだから、平気。それよりも……ん、服は大丈夫みたいね」
 そう言って、もう一枚の綺麗なハンカチをヒラヒラ見せると、彼女は席から離れ、セルフサービスのコーナーへ歩いていく。
 …そうか、万が一の時用に『 汚していい方のハンカチ 』&手を拭く時用の『 水にしか触れさせないハンカチ 』なんてシステムがこの世にはあるのか……女の子って、スゲェ……
 「ハイ、これ」
 ひとしきり感心してると、目の前にお水が差し出された。
 「ん?」
 「唇、熱かったでしょ? だから」
 「あ〜、そういうコトね? サンク」
 「…何で『 ス 』まで言わないのよ。『 サンクス 』でしょ、フツー」
 「サンクスだと、何かスカしてるみたいで、ヤじゃん」
 「サンクの方が、スカしてるように聴こえるんだけどなぁ……」
 「え、ウソォ!?」
 「ホント」

 そんな他愛の無い話をしながら、時間はゆっくりと流れる。
 他にも、イロイロ話した。

 いよいよ最上級生になるね、って話だったり……
 ようやく寮長の仕事から解放された、って話だったり……
 真珠と魁(ラン)ちゃんは、相変わらず仲が悪くて困る、とか……
 総太は、相変わらずバカだぞ、とか……
 この間、雅(ミヤビ)ちゃんと斎(イツキ)ちゃんが、また窓ガラス割って飛び出してった、とか…
 次の寮長に指名した1年生が、中々見込みのあるバカで、オジサン嬉しいわ、とか……

 気付くと、互いの飲み物は空になり、受け渡しの目安時間は、とうに過ぎていた。
 「あ、そろそろ行かなきゃね」
 左手首を返して、腕時計の時刻を確認する部長。…なんで、女の子は手首の内側に時刻板をもってくるように、装着するのだろーか?
 「ん、そうだな」
 ま、そんな疑問はさておき、オレちゃん達は席を立ったのであった。


 そして、先程の携帯ショップへ。
 カウンターで、受け渡し表を差し出し、店員さんの仕事を待っている部長。
 ここだ! チャンスはここにあるっ!
 オレちゃんは、さり気なくストラップのコーナーに移動。
 そして、猫のキャラクターの携帯ストラップを手に取る。

 さっきアーケードを回っててわかったコトの1つに、部長は『 猫グッズがお好き 』というのがあった。
 で、今日から折角携帯電話を持つのだから、そのおニュー携帯に『 猫的なストラップ 』でも付けたらいーじゃないっ! …と、考えたワケですが、何か?

 いや、間違ってないハズだ! …と決意を固めて、こっそりとレジへ。
 「あら、土方君じゃない」
 …オレは一瞬、目を疑ったぞ、マジで。
 「し、しづ姉っ!?」
 「シー! いいの? 近藤さんにバレちゃうわよ?」
 白いタンクトップのナイス・ガイに口を押さえられる。
 …幸い、こっちのレジは受け渡しカウンターの死角になっているので、バレた様子はない。だが……
 「な、なんでアンタがここに居るんだよっ!」
 小声で、当然の疑問を投げつける。
 だって、しづ姉は本名:高杉 しづる(タカスギ・シヅル)、星影学園の英語教師だぞ!? 何で携帯ショップの店員やってんだよぉー!!!
 「ここのオーナーが、アタシの知り合いでね、今日の夕方だけちょっと代理で居てくれって頼まれたのよ」
 …何でわざわざ、そんなミラクル・タイムに居合わせちまったんだ、オレ達は……
 「いや、それにしたってよぉ……」
 「アタシは神出鬼没の、恋泥棒」
 …ポーズをキメるな。
 「で、コレは近藤さんへのプレゼント?」
 「え、いや、ハイ、まぁ、そう、です」
 照れ臭さが、オレちゃんを狂わせる。
 「フーン……ね、いいアイディアがあるんだけど、乗るかしら?」
 レジカウンターから、身を乗り出し、悪戯っぽい笑みのしづ姉。一応断っておくと、このお方は、ゴツイガタイのハードゲイだ。
 「な、何スか?」
 流石に、圧倒されるオレちゃん。
 「コレ(←猫ストラップ)、近藤さんの携帯セットの中に混ぜておきましょうか?」
 「ハァ!?」
 「だから、寮に帰ってからのお楽しみみたいな、サプライズ・プレゼントにしてあげましょうか、って言ってるのよぉ」
 目の前で、身体をクネクネさせないでくれ、頼むから。
 …って、それも悪くない……つーか、面白いじゃん!!
 「…出来るのか、しづ姉?」
 「アタシは不可能を可能にするオンナよ?」
 不適な笑みが、レジカウンターで交錯する。…多分、他の客はどん引きだろうが、知ったこっちゃない。
 「……よろしく、お願いします」
 レジカウンターに手をつき、思いっきり頭を下げる。
 「畏まりました♪」
 嬉しそうなしづ姉。どんなカタチであれ、生徒の役に立てるのが嬉しいんだろーなー。まるで、聖母サマのよぉだ。……外見以外は。
 「田中さーん、申し訳ないんだけど、ちょっと来てくれますか?」
 部長の死角から、普段とは違うバリトンボイスで店員さんを呼ぶ。そんなしづ姉の芸の細やかさに、恐れ入りつつも、オレちゃんは、バレやしないかと戦々恐々だ。
 「ハーイ。…申し訳ございません、少々お待ち下さいませ」
 田中店員がやってきた。20代半ばくらいの、デキるカンジの女性だ。部長に、操作説明などを行っていたのだろう。それを中断して高杉オーナー代理の所へやってくる。(普通の接客業としては、『 接客中の店員を呼びつける 』なんてのは、特大のNG行為であるが、オレちゃんには関係ないんで、無視しとく)
 しづ姉は、やってきた田中店員に、何事かを耳打ちし、すぐに解放した。
 「申し訳ございませんでした。それでですね……」
 田中店員、つつと戻って、部長への説明を再開。
 そっと部長の様子を伺うと、別に不審に思った様子はない。とにかく、今から自分が手にする携帯電話の操作方法を覚えようと必死だ。(まぁ、あんなモノは使ってるうちに、覚えてくモンなんだが……)
 「さて、土方君」
 「あによ?」
 「プレゼント用に包装するから、それに添えるカードでも書いて待ってなさい」
 そう言って、名刺サイズ位の淡いピンクのカードを出してきた。……部長のカーディガンの色に合わせてくれたのだろうか? だとしたら、気が利きすぎだぜ、しづ姉!!
 「……何、書いたらいいんスかね?」
 「そうねぇ……アタシだったら、自分の名前と、携帯番号…しか書かないけど?」
 言いながらも、包装中の手元は休まない。ホントにこのヒト、英語教師か!?
 「いや、ソレって、キザすぎじゃん!?」
 「フッ……女の子はね、時々でいいから、キザに、お洒落にもてなして欲しいモノなのよ」
 「そ、そーいうモンッスか?」
 「そーいうモンよ…ハイッ、出来上がりっ♪」
 …アレ? オレちゃんが用意したのって、ストラップだよね? 何で、ちょっとした小箱に納まってんの!? 何で、リボンまでかかってんの!?
 「ちょ、やりすぎじゃね!?」
 「だぁかぁらぁ、時々はキザに……ネ?」
 ……ホントに大丈夫かっ、コレ!? ドン引きされたら、洒落にならんぞ!?
 「近藤さんみたいな、知的で優しいコなら、絶対に効果アリよ♪ このしづ姉を信じなさいっ」
 ……グヌゥ……ここまで言われると、その気になっちまうじゃねーか……しづ姉、恐るべし!!
 「じゃあ、コレで!」
 オレちゃんはカードに、名前と携帯番号だけを書き記すと、それをしづ姉に渡した。
 しづ姉は微笑むと、カードをリボンの間に差し込み、プレゼントが完成した。

 で、部長の方は、説明も終わったようで、田中店員が……
 「では、コチラ(←携帯セット一式が入った紙袋な)、出口までお持ち致しますので、どうぞ」
 と、部長を出口へ誘導する。
 「ん、終わった?」
 オレちゃん、何食わぬ顔で、部長と話したり。
 「うん。大変だね、携帯電話を使いこなすのって。操作説明だけで、頭がこんがらがっちゃったよ」
 微笑む部長の後ろでは、田中店員が『 件のプレゼント 』を、さり気なく、スッと紙袋に入れていた。
 …中々いい仕事するやん、田中店員。
 (因みに、しづ姉は一旦、裏手へ引っ込んだようだった ← 流石に目立つから)
 オレたち2人は、田中店員に誘導されて、店の外へ出る。
 「では、コチラをどうぞ」
 部長が、差し出された紙袋を受け取り、本日のミッション・コンプリート!!
 「ありがとうございます。またどうぞご利用下さいませ」
 田中店員が、深々とお辞儀をし、それに見送られるようにして、オレ達は帰路についた。




初デートの終わり
〜 それぞれの寮への分岐路にて 〜


 「今日は、ホントにありがとう」
 部長が微笑む。
 辺りは少し暗くなりかけていたが、まだ夕陽が残っていた。
 その明かりに照らされた部長の笑顔は、とてつもなく、可愛らしかった。
 「いや、オレも楽しかったし」
 …少し素直な想いを口にできるようになったのだろうか、オレちゃんは。

 「…………」
 「…………」

 何となく、黙ってしまう2人。
 こんなに長時間を2人っきりで過ごした経験がないから、デートの終わり…それぞれの部屋へ帰るきっかけがわからなかったのだ。

 「…………」
 「…………えっと……」

 部長が口を開く。

 「今度、使い方覚えたら電話するから」

 そう言って、オレの手をキュッと握ってきた。
 その手は、小さく、柔らかかった。

 「お、おう」

 オレもそう答えて、握ってきた小さな手を、キュッと握り返した。
 痛くないかな? とか、余計なコトを考えた。

 「じゃあね」

 ちょっと寂しそうに手を離し、部長が駆けて行く。

 「いや、だから、その靴でそんなに走ると……」
 「キャッ!」
 あ、やっぱり躓いてよろけた。




初デートが終わって
〜 近藤&永倉の部屋にて 〜


 「たっだいま〜♪」
 「おっかえり〜♪」
 陽気な私の言葉に、真珠がのってきてくれた。
 「その様子じゃ、楽しかったみたいね?」
 真珠が、ニヤニヤと訊いてくる。けれど……
 「うんっ♪」
 私はありったけの想いで返事を返せる。それ位に、今日はいい日だったから。
 「ありゃりゃ、からかい甲斐のないコトで」
 苦笑いでお手上げのポーズの真珠。
 「そりゃ、ごめんなさいね」
 私は、ベッと舌を出して応戦。

 土方君と別れ、駆け出して、躓いて、寮の玄関に着いて……と、この辺りまでは、ちょっとした寂しさの方が勝ってて、嬉しさの実感がないカンジだったけど、靴を脱いで、部屋まで上がるためのエレベーターのボタンを押した辺りから、嬉しさと恥ずかしさが勝ってきた。
 で、普段はやんないような、行動まで出始める始末。(舌を出す、とかね)
 すっごい、ハイになってるんだ、私。

 「それ?」
 肩に提げてたトートバックを下ろしている私の背中に、真珠が言った。多分、『 それ 』とは、今は私の足元に置いてある、紙袋のことを指しているのだろう。
 「うん、そうだよ」
 カーディガンを脱ぎ、ハンガーにかけつつ、私は答えた。
 「中、見ていい?」
 「へ、いいけど? フツーの携帯電話だよ?」
 チラッと真珠の方を見てから、ハンガーにかけたカーディガンを、クローゼットへ入れるため、私は部屋の中を歩く。
 「イサミがどんなの選んできたのか、気になってさぁ〜」
 私の背中の方で、そう言いながら、もう紙袋をガサガサやっている。もう、しょうがないなぁ。
 「ブッ!」
 「な、何よぉ、急に噴き出したりしてぇ!?」
 慌てて振り返る。
 「いやいやいや〜……ホイ、コレ」
 そんなに意外なモノが入ってたのかな? その何かを私のほうに、ヒョイッと投げてきた。
 「って、ちょっと!?」
 クローゼットの扉を閉めようとしていた私の手は、真珠の方に向いてない。
 慌てて『 投げられた何か 』のほうへ向き直り、両手で受け止めようとする。
 紙袋に入ってたモノだから、そんなに大きくもないし、重くもない。それが幸いし、『 何か 』を何とか受け止められた。
 で、改めてその『 何か 』を確認。

 『 WhiteDay-Gift 』という銀色の文字がプリントされた白い包装紙に包まれ、リボンをあしらわれた『 何か 』……
 そして、そのリボンの間に刺さっている、淡いピンクのカード……
 私はカードを抜き取り、書いてある文字(刺さっている状態でも読めたんだけど)を、じっくりと確認する……
 さっきまで会っていた、大好きなヒトの名前と、多分、その彼の携帯電話の番号……

 「え……えぇ!?」
 かなり素っ頓狂な声が出た自信がある。
 「へ? イサミ、知らなかったの、ソレのコト?」
 真珠も意外そうな顔だ。
 「う、うん…全然知らなかった」
 一体、いつの間に紛れ込んだのだろう?
 「フゥン……中々にキザったらしい真似してくれんじゃん、トシも」
 ニタニタ笑う真珠。
 「この番号って……」
 「ん? …ああ、確認しよっか?」
 「…うん、お願い」
 真珠は、携帯をシャコーンとスライドさせると、電話帳にメモリーされてる番号と、カードに記載された番号とを照合してくれた。
 「…ん。コレ、トシの番号だね、間違いなく」
 そして、彼女はニタッと笑う。そんなに楽しいか。
 でも、私は……
 「ど、どうしよぉ……」
 「な、何がよ? そんな情けない声出しちゃって」
 「い、いや…だから…その、あの……ど、どうしよぉ……」
 「だから、何がよぉ〜!?」
 流石に挙動不審が過ぎたように映ったのか、私の肩をガッシと捕まえ、顔を覗き込んでくる真珠。その目はいつしか、真剣なモノになっていた。
 そして私は、彼女と目が合うと……
 「ふぇぇぇぇ……」
 軽く、泣き出してしまった。
 「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! 何なの、何なのってばぁ!?」
 うん、そりゃそうだろう。真珠にして見れば、そりゃそうだろう。全然、理由がわかんないよね。
 「どうしよぉ、真珠ぅ」
 「だから、何が?」
 真珠の口調が、だんだん子供をあやすようなカンジになってきた。
 「すっごく、嬉しいの。嬉しすぎて、どうかなっちゃいそう」
 私は、完全無欠の事実答弁をした。
 「……イサミ、ちょっと、そこ動かないでね」
 ニコッと笑った真珠の手が、私の肩を離れ、机の上のハリセンを掴む。そして……
 「こぉんの……色ボケ・ピヨピヨ女がぁああああああああ!!!!!」
 スッパーン!!!
 「痛っ!!」
 真上から真下へと、綺麗に振り下ろされたハリセンは、私の頭を縦方向に打ちっぱなした。
 「アンタねぇ、ヒトが真剣に心配してみりゃあ、ただの幸せボケかぃっ!!」
 そう言いながら、今度は私の頬を掴んで横に引っ張る。
 「ひたひ! ひたひれすっ!(痛い! 痛いですっ!)」
 ムニョッと頬が伸びてるので、言葉すら、ままならねぇ状態です、私。
 「アンタはいいわよねぇ! こんなキザなコトしでかしてくれる彼氏サマがいてさぁ!!」
 「あ痛っ!!」
 そのまま、真横へバチーン! …ものすっごい、頬がヒリヒリしてる。多分、真っ赤だ。
 「いや、でも、斉藤君だって……」
 赤いであろう頬をさすりながら、思ってもないコトを口にしてみる私。
 「思ってもないコトを、口走るなぁ!!」
 スッパーン!!
 「痛っ!!」
 というか、バレた!?
 「アイツは、どうせロクなモンを寄越さないね! きっと、そうだねっ!!」
 腕を組み、自信たっぷりに言い放つ姿は、堂々としててカッコイイんだけど、何かが間違ってるんでないかぃ? ホラ、まだ貰ってないんでしょ?
 「そんなコトは……ないんじゃないかなぁ?」
 えーと、口元が引きつっているのは、自分でもわかってます。
 「じゃあ試しに、アイツが寄越しそうなモン、答えてみ」
 腕を組んだまま、真珠サマが仰るのです。だから、私は……
 「えと………て…」
 「ハイ、『 て 』!!」
 「て、鉄アレイ……とか?」
 「ハッハッハ」
 「いや、まさか、いくら斉藤君でも、そんなコトはないよねぇ、ハハハ…」
 腕を組んだままで真珠サマが笑うので、私もつられて笑うしかなく……すると突然、真珠サマが…
 「クローゼットの下段」
 「へ?」
 私はクローゼットの下段を見やる。さっき閉めようとしたタイミングで、真珠が『 アレ 』を投げてきたので、まだ閉まりきってないから、すぐに確認できた。
 「うわぁ、立派な鉄アレイ♪ ………って、えぇ!?」
 「とくと見よ!!」
 腕組みはそのままで、仁王立ちの真珠サマ。…もう、自棄でしょ、アナタ……
 「…えと、ホラ……この調子でイベント毎にプレゼントが増えてったら、立派なトレーニング・ジムに……」
 「慰めてるつもりかぁあああああああああああ!!!!」
 「だぁってぇええ!!!」
 「いっそ、笑えよ、チクショオオオオ!!!」

 この部屋にしては、大変に珍しい絶叫大会が開催されてしまいました、とさ。

 …いや、『 とさ 』じゃないよ、『 とさ 』じゃ!
 速く、事態を収拾して、土方君にお礼の電話しなきゃっ!!!




初デートが終わって
〜 土方&沖田の部屋 〜


 …………ちくと、遅いんでないかぃ?

 …いや、何が?って、部長からの電話。

 番号書いたカードは忍ばせてあるんだから、かかってきても良さそうなモンなんだけど…… いっくら、操作に慣れてないって言っても……ねぇ?

 オレちゃん、総太を追い出し、準備万端で待ち構えてマスデスヨー?(恋人と電話をしてるのを見られるのって、恥ずかしいじゃん?)

 …って、まさか!? ドン引き!? マジ引きッスか!?

 だとしたら、ヤバイ!! オレはヒトを1人…ハード・ゲイを1人、殺めねばならぬ!!
 クッ…完全犯罪にするには、どうすればよいのだろうかっ!!
 アリバイ工作は!? 凶器の廃棄方法は!? そして何より、殺害方法は……

 …って、オーイッ!!!!!!!

 何を考えてるんだ、オレちゃん!!

 バカか!? バカなのか、オレちゃんってばよぉ!!
 どこまで追い込まれれば、そんな思考法になんだよぉ!!

 と、ここでオレの携帯電話がムイムイ震えた。
 速攻で、相手の番号をチェック!!
 …よし、見たことねぇ番号っ!! コレは……このタイミングでの『 知らない番号 』は、部長だろっ!!

 「ハイ、もしもし、土方歳夫でございますっ」

 …声が半オクターブ高くなった。
 落ち着け、オレ!!

 「あ、トォシィ?」

 ……あれれぇ? なんか、さっき追い出したハズのルームメイトの声がするゾォ?

 「……総太か?」
 「そうでぇ〜ぃす♪」
 「……えと……誰に携帯借りた?」
 「1年生の、松原 忠次(マツバラ・チュウジ)く〜ん♪ トシに追い出されちゃったからさぁ、彼らの部屋に遊びに来てるんだぁ〜♪」
 「なるほど、な……」
 「どう? どう? 中々、イカシた遊びでしょ〜?」
 オレとしては、おとなしく『 センチ○ンタル・グラ○ティ 』でもやってりゃいいのに、と思う。いや、切実に。
 「…そこに、松原後輩はいるかね?」
 「うん、いるよ〜♪ 代わるね〜?」
 …いや、激しく『 いらぬ世話 』だ。
 「あ、もしもし、総長ッスかぁ? 松原ッス〜♪」
 …オレは男子寮の寮長職を引退し、後輩に引き継いだので、現在は『 総長 』と呼ばれている。
 いや、そんな戯言はええねん。
 問題は、いかにして、このバカ2名様をシメるか、だ。
 「あ〜、松原後輩?」
 「何ッス?」
 能天気な声が、腹立たしい!
 「……そこに、新・寮長……所謂、市村 鉄矢(イチムラ・テツヤ)後輩はおるかネ?」
 「いますよ〜♪ オイ、テツ、総長から電話〜」
 …間違うな、かけてきたのは、お前らだ。
 「…市村ッス」
 「市村後輩……お前の目の前の2名様をだな、身包み剥いで、廊下に叩き出せ」
 「いいっ!?」
 「お前に拒否権は無い。返事は、ハイかイエスか喜んでのみだっ」
 「ラ、ラジャー!!」
 「通話は繋げたまま、40秒で叩き出せ!!」
 「イ、イエッサー!!」
 電話の向うで、ドッタンバッタンと音がし、
 「な、何をするんだい、市村クン!」
 とか、
 「テ、テツ、どうした、気でも触れたか!?」
 とか、
 「っさい、こっちだって追い詰められとるんじゃああああ!!!!」
 などの、聞くに堪えない罵詈雑言がして……そして40秒ジャスト。
 「…たっ…叩き出しっ…叩き出しましたっ!!」
 息も絶え絶えの市村後輩の声が聴こえた。
 「パンツまで剥いたか?」
 「勿論です、サー! そして扉には、鍵を掛けておきました!」
 「ウム、それでこそ、オレちゃんが寮長に相応しいと判断したオトコだ」
 「サンキュー、サー」
 「…で、ヤツらは何と喚いているかネ?」
 「え〜と…扉をドンドン叩きながら『 オーイ、寒いよぉ、市村く〜ん 』と『 オーイ、入れてくれよぉ、テツゥ〜 』ですね」
 「ウム、ご苦労」
 オレちゃん、大満足♪
 「では、グッナイ、市村後輩♪」
 「サー、グッナイ、サー♪」
 通信完了。
 オレちゃんは、満足して携帯電話をパタンと閉じる。
 そして、あのバカ…今は『 裸でガンをぶら下げた男 』こと、総太が帰って来れないように、部屋の入り口に、ガチャリと鍵をかける。そして……

 「……ミッション・コンプリート………」

 フッ…20歳を過ぎていたら、シガレットの1本も吹かしたい気分だゼ……
 それくらい、ダンディーに独りごちた。


 「って、そぉじゃねぇだろぉ〜!!」

 今度はオレ自身がパタンと倒れる。
 もの凄く、くだらないコトに、時間を費やしてしまったぁ……
 何やってんだ、オレちゃん……

 と、携帯電話がムイムイ震えた。
 『自己嫌悪モード』のまま、やる気な〜く出るオレ。

 「はぁい〜、もぉしもし〜?」
 「あ、土方君?」
 「あ〜、部長ぉ〜?」
 「う、うん。そう、だけど……」

 ………あり?

 「…悪ぃ、部長」
 「え?」
 「もう一回、チャンスくれ」
 「え、ええ?」

 戸惑う部長。それも当然。しかし、これでは、オレがオレを赦せないっ!!

 「ハイ、もしもしっ! 土方でございまぁす♪」
 「あ、え、えっと…近藤です」
 「なぁンだ、部長かよぉ♪ 見たことない番号だったからさぁ、誰かと思っちゃったよぉ♪」
 「え、あ、そうだよね。私、番号、教えるの忘れちゃってたもんね」
 「いやいや〜、オレも聞き忘れちゃってたし〜」
 「……えっと……」
 「……ん?」
 「ホントは、今みたいなカンジで出ようとしてたの?」
 「………ん?」
 「いや、『 ん? 』でなく」
 電話の向うで、部長が笑っている。
 「…笑うなよぉ」
 「だって、可愛いんだモン」
 「可愛いとか、言うなぁ!」
 「可愛いモノは、可愛いってば。いいのに、そんなに気を遣わなくっても」
 ホントにコロコロと笑っているよぉだ。聞いていて、悪い気は一切しないが、恥ずかしくはある。
 「いや、もぉそろそろ、勘弁して下さぁい…」
 「うん」
 実際にも、頷いたであろう、部長の返事。でも、声には出さないだけで、まだ笑ってるハズだ。
 「あ、そうだ」
 「ん、何?」
 「今日はありがとう、付き合ってくれて」
 「いや、オレも楽しかったし」
 デジャヴな会話。
 「それでネ……あと……」
 「ん?」
 「ストラップ、ありがとう」
 「あ、あぁ」
 「すっごい、嬉しかった」
 「そ、そう? そりゃあ、良かったヨ、うん」
 「もう、早速付けちゃった♪」
 「そうか」
 「うん♪ 可愛い猫だよね、コレ。どこで買ったの?」
 「あの携帯ショップだぞ」
 「あ、やっぱり? それで、どのタイミングで私の紙袋に入れたの?」
 「ん〜…話すと長くなるんだが……」

 オレは、しづ姉の一件を説明した。

 「あ〜、なるほどねぇ…しづ姉先生かぁ……」
 妙に納得したような声。
 「ん?」
 「いや、正直なトコ、土方君にしては、キザ過ぎたから、誰のアドバイス受けたんだろうって」
 「キザ過ぎたかな?」
 「うん。あ、でもネ、嬉しかったよ、すっごく」
 …絶対に『 手をブンブン振って否定してる 』よな、部長。
 「ん、ならまぁ、いっか」
 「私のために、って一生懸命になってくれてるのは伝わってきたし」
 うおっ! 言い切っりよった! 言い切りよったぞ、コイツ!!
 「………ん?」
 そして、ビビッてしまい、最低な返事のオレちゃん……
 「……違うの?」
 ヤバッ、ちょっと寂しそうなトーンだ。
 そりゃそうだよな、『 私のために 』なんて言葉、実際に発言するのって、相当勇気が必要だモンな。否定されたら、と思うと怖いモンな。ここは、ちゃんと肯定して欲しいトコだよな。
 「いや…まぁ、その…部長が喜んでくれればなぁ、って」
 逃げてはアカンので、ちょっとたどたどしくはあったが、オレは言う。
 心底、総太を追い出しておいてよかった。
 「…ありがと。嬉しかったよ、すっごく」
 「ならば、よし!」
 これにて、一件落着!! カッカッカ♪




 「あ、そう言えば……」
 少しの間、軽い雑談をした後、部長が不意に切り出した。
 「ん、何?」
 「今日、思ったんだけど……」
 な、ナンだ? オレ、何かやらかしちゃってたか!?
 「なななな、何よ?」
 …あ、動揺が出てしまった。
 「いや、そんなに慌てるような話じゃないよ?」
 …案の定、笑われた……
 「あ、そうなの?」
 「うん」
 「じゃあ、何さ?」
 電話の向う、部長が少し深呼吸した、ような気がした。
 「あのね…私の呼び方」
 「へ?」
 予想もしていなかった、斬新な切り口のご意見。
 「……『 部長 』は、ちょっと……」
 徐々に消え入るような口調で言う『 部長 』……

 ああ、そっか……

 オレたち、付き合ってるんだよな……

 今日が学園を出ての、初のデートだったから、今まではあまり気にしてなかったけど…
 学園外に出て、2人の時間を過ごして気付いたけど……
 そうだよな、いつまでも『 部長 』って、ヘンだよな……

 「あ、そうだよな。ゴメン、つい慣れてる呼び方しちまってたわ」
 「あ、ううん。それはそれで、構わないんだけど……」
 「……けど?」
 「あ、あのね……」
 「……うん?」
 「そ、その……」
 「……んん?」
 「も、もぉ! 言わせないでよぉ、バカァ!」
 …ハイ、スンマセン。口調等、電話口から伝わる雰囲気があまりに可愛かったので、つい意地悪をしてしまいました。
 「ゴメン、ゴメン」
 オレはちょっと笑ってから、(一応)部屋を見回し、魔術か何かで総太が帰ってきていないかを確認する。そして……

 「2人でいる時は、別の呼び方がいい、って話だろ?」

 思ってた以上に、温かい声が出た。

 「…端的に言うと、そうです」
 急に敬語になる、オレの彼女。今回の敬語は、多分計算じゃなく、照れ隠し。
 多分、真っ赤なんだろーなぁ。
 …とか思ってニヤけてる場合じゃない! ここからがオレの試金石!!

 「じ、じゃあ……」
 「…うん……」
 「近藤、さん?」
 「…………」
 …って、無言ですかぃ! チクショゥめ…さっきの報復だな……
 こっちも、わかってはいるんだよ、『 求めている答え 』は。
 でもよぉ…でもよぉおお!!

 恥ずかしいんだよぉおおおおおおおお!!!!!

 …とは言えない。ここで、オトコを見せねば! ここで踏ん張るのが、オトコよ。オトコの優しさよ!!

 「えっと……」
 「…うん……」
 「今、部屋?」
 「え、あ、うん、そうだよ?」
 「真珠は、そこに居ねえな?」
 「うん。恥ずかしいから、ちょっと隣に行ってもらってる」

 …あんだよ…2人とも、一緒の感覚と思考じゃん。
 この事実が…オレちゃんを、軽くした。

 「…イサミ」
 「…うん♪」

 手前の彼女の名前を呼ぶだけで、この苦労。
 ホントに、笑えるな、オレちゃん。
 でも、まぁ、悪い気なんか、サラサラしてねぇ。
 寧ろ、気分がいいゼ!!
 あ、でも、釘を刺すコトを忘れないようにせねば!!

 「皆がいる時は、今まで通りに『 部長 』って呼ぶからな。恥ずかしいんで」
 「うん、そうだね。それで、構わないヨ?」
 「…で、『 イサミ 』は、オレちゃんのコトは何て呼ぶんだ?」
 ウム、流石にまだ、全ッ然こなれてこねぇ!!
 「え? 今まで通りで……」
 「ダウトォ!!!!!」
 「ピエッ!?」
 「オレちゃんのコトも、下のお名前で呼ぶがいいっ!!」
 だって、不公平ぢゃないかっ!!
 「え、えと……じゃあ……」
 …というか、多分、『 こう呼びたいかな 』ってのを持ってると思う、部ち…いや、イサミは。
 「…『 トシ君 』…でいい?」
 ホラ、持ってた。でも、気付かないフリをしてやるのが、オトコよ! オトコの優しさよ!!
 「おう、いいぞ♪」
 「えへへ〜…トシ君♪」
 …あ、ソレやっちゃいますか? よっぽど嬉しいんだね、部ち…いや、イサミさん……
 「イサミ♪」
 ま、オレちゃんにも、異論はないんダガな!!!!
 「トシ君♪」
 「イサミ♪」

 と、流石に真っ裸が寒かったのか、ドアがガンガン叩かれる音がした。

 「トォシィ!? 寒いよぉ!! マジでぇええええ!!!!」

 ったく、誰かから服を借りるという知恵は無いのか、アイツには……

 「あ、総太が帰ってきた」
 「あ、じゃあ、今日はここまでだね」
 「そだな」
 「後で、真珠からメールアドレス教えてもらって、送るから」
 「ん」
 「それじゃ」
 「じゃあな」

 こうして、オレとイサミの初めての電話は、終わった。
 ドアの外では、

 「トォシィィイイイ!?」
 「おう、何じゃ、沖田クン。トレーニングか?」
 「ほっとけ、バカ・マッチョ!!!」
 「バ、バカ・マッチョとなっ!?」

 …オレちゃんの日常が待っていた。




電話の後
〜 土方&沖田の部屋 〜


 メールが来た。


 <題名>
 『 イサミです 』
 <本文>
 トシ君へ
 うまく届いてるかな?
 今日は、本当に本当に、ありがとう。
 楽しかったです。
 そして、今日改めて思いました。
 私は、貴方のことが、大好きです。
 これからも、よろしくお願いします。
 イサミより


 絵文字も顔文字もなかったが、オレちゃんはそのメールを見て、

 『 ウキョッ 』

 と、『 ジャングルに生息する、妙に派手な毛並みの猿 』のような奇声を上げてしまい、総太さんから、注意を受けたのでした。

 …オマエにだけは、言われたくねぇやぃ! この、トド。



〜 Fin 〜




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