〜阿修羅さまがみてる〜 『 #−3 雪の記憶 』
作:コジ・F・93
去年の暮れ、ウインターカップが終わって、3年生が引退した。
今年初めての部活。
先輩達の早過ぎる冬が終わって、
そして私達のラストイヤーが始まる。
体育館へと続くいつもの道。
見上げた空からは、白い雪が零れていた。
「優妃は、PG(ポイントガード)の方がいいんじゃない?」
入学した時SF(スモールフォワード)だった私に、そう持ちかけてきたのは、当時エースだった安富先輩。
「はい?」
聞き返してしまった。
無理もない。3年生のエースと、新入生。声を掛けられることすら、まずないのに、それが『コンバート』の話だったら、100人中99人が聞き返す。現実味が無さ過ぎて。
「だから、ガードやんない?」
「…無理ですよっ、やった事ないですしっ!」
「そんなの、これから2年かけて、やってけばいいじゃない」
「…」
「優妃の得点力を、ガードで生かす」
「ガードで…ですか?」
「そう。ガードで。正直、ウチのガードは、みんな点取れなさ過ぎなのよ。…ドリブルして、ボール運んでパス出したら、はい、おしまい。なんて時代は終わったってのに…」
「はぁ…」
「だから、どうよ?優妃?」
「考えさせて下さい」
体育館の扉を開くと、1年生が『自主練』と称して、オールコートでゲームの真っ最中。試合に出られるチャンスが少ない以上、こうやって時間を作らないと、いつまでたっても出番なんかやってこない。
私に気づいて、試合をしていない子達が、遅れて試合中の子達が挨拶をしてくる。
「おはよう。寒いね、今日も」
「そうですね」なんて、返事をするものの、彼女達はさっきまで動いていた(いる)ので、実際『寒い』のは私1人だけだ。
私は、彼女達の邪魔にならないように、体育館の隅っこでストレッチを始める。
「お手伝いしますっ」って、元気よく言われたけど、それは丁重にお断りした。私に触る時間があるくらいになら、ボールに触れていた方がいいし、どうせなら、集中して、ゲームを見た方がいい勉強になるに決ってる。
私の視線に気づいたのか、ボールを持っていたガードの子が、強引にドリブルで切り込んだ。
(…悪手だよ、それは)
案の定囲まれて、パスの出し所も失ってしまった様子を見ていると、いつの間にか、自分の口元が緩んでいた──
──気持ちは痛いほど良く分かる。
そして、去年の自分が通った道を、彼女達がまた通っている。という事実が、なんだか妙にくすぐったかった。
1年前の冬。
雪の降る日に行われた、新チームになって初めての練習試合。
そして、初めて袖を通した星影学園の『4番』。
1週間ちょっと前まで、安富先輩が着けていた番号。
『36得点11アシスト』
新しい番号を背負って、ドリブル突破が冴えに冴え、文字通り大爆発した私を出迎えたのは、難しい顔をした監督だった。
「優妃…おい、ゴールデンルーキー。お前、もう天狗か?」
「…え?」
試合が終わって、いきなりベンチで始まったお説教に、私だけじゃなくて、チームメイトも固まってしまった。
「36得点、11アシスト。試合も19点差で勝って万々歳。さすが、この前のウインターカップでブレイクした1年はスゲーや、チームでパス回すなんて、メンドクセー事しなくても、1人で持ち込んで、点取るか、アシストしちまうんだからな」
「…」
「自信を持つのは悪い事じゃない。でもな、優妃。お前はもうフォワードじゃねぇんだよ。テメーが活躍したらメデタシ、メデタシ。で終われる立場じゃねーんだ。ゲームを作って、その上で、テメーが活躍しなきゃ、いけねーんだよ」
「…ハイ…」
「3年がいなくなって、お前が自覚を持つのはオッケーだ。それは『4番』を渡したアタシが望むモノだからな。でも、それは、1人でヤレって意味じゃねぇ。お前がチームを引っ張れってことだ。違い、分かるか?」
「…ハイ…」
「次は頼むぜ?」
「ハイ」
「よし。…んじゃぁ、あとは…今日、見事に外しまくった吉村だな…?吉村っ!?…吉村はっ!!?」
「優妃が怒られてる間に逃げちゃいました…」
「あっんのっ、ちゃらんぽらん娘はっ!!!」
──多分、この日が私のPGとしての本当のスタートの日。安富先輩には恩を返せなかったけど、その分はこの新チームに返そう。私は改めてそう思った。
新年1発目だから、今日は軽めに。なんて言っておきながら、いつもよりみっちり走りこまされた私達が体育館を出る頃、雪は、白い世界をさらに白く染め続けていた。
「…」
体育館を出て、白い世界で、私はただ空を見つめる。
白い雪が私の頭に、肩に、舞い降りる。
シンシンと。音も無く。うるさいくらい静かに。
──ほんの1週間前。
去年の暮れ。先輩達の最後の日も、やっぱり雪の日だった。
「優妃お願いっ!!」
怪我と、例年より一足早いインフルエンザ。レギュラー4人を欠いた星影学園。
優勝候補の一角は16年ぶりに、ウインターカップの緒戦で姿を消した。
2点ビハインド。
ラスト8秒でのマイボール。
ゴール下まで、一直線に切り込んで、ワザとジャンプのタイミングをワンテンポ遅らせる。
──イチかバチかの『3点プレイ』狙い。
コートの4人。ベンチに座っている、先輩や、マネージャーに監督。そして、スタンドにいるベンチに入れなかったみんなの声援と、祈りを受けて、飛ぶ。
微かな可能性にかけて。
延長戦に入ったら、私達は勝てないだろう。レギュラー4人抜き。将棋でいえば、『飛車、角、金、銀落とし』。ここまでもつれた展開になったのが、もう奇跡としか言いようがなかった。
──そして
ファールを誘いたかった私のシュートが、何事もなく決まって、
私達は、延長戦で力尽きた。
勝者はその後、ベスト4まで勝ち進み、私達は次の日、雪の東京から、さらに雪深い甲府へと帰った。
帰りのバスの中、ひと際明るい先輩達の声が、とても悔しかった。
──この体育館で、私が経験した2度目の引退式。
先輩達は、よく笑って。
それから、部員みんなで泣いた。
練習の前に顔を洗おうとして、扉を開けると、外は相変わらずの雪。
(目の腫れが少しは引くかな…)
なんて、思いながら体育館を出た私は、扉の前で待っていた楠先輩に呼び止められた。
「優妃…」
「…楠先輩」
先輩の顔が滲んで見えたのは、多分、気のせい。
お互いの顔が滲んで見えているせいだろう。私と先輩は、それきりなにも言えずに、体育館の壁にもたれかかって、白い雪がハラハラと舞い落ちる世界をただ、見つめている。
「…優妃、ゴメン」
そう言って、先輩は空を見上げる。
「そんなっ、私の方こそゴ──」
「私達がしっかりしてれば、こんなことにならなかったのに…ゴメン。優妃…本当にゴメン…ゴメン……ゴメンネ………ゴメ…………」
私の言葉を遮った先輩の話は、でも、最後まで言葉にならなかった。
必死に空を見上げる先輩の隣で、やっぱり私も空を見上げる。
2人並んで、雪の空を見上げる。
楠先輩は、今、私の隣でなにを思っているんだろう。
私が、ガードにならなければ、先輩は今年、レギュラーだったはずなのに。
1年以上、先輩達の控えとして頑張ってきたのに、ぽっと出の1年にベンチ、それからレギュラーを奪われて。それでも、不満を口に出さないで、練習してたのに。
私のせいで、先輩は、1度しかスタメンになれなかったのに。
最後の試合。SG(シューティングガード)でスタメンだった先輩は、本来のポジションじゃないのに、凄く頑張ってた。
なのに、勝利の女神は微笑んではくれなかった。
1番悔しいのは、先輩のはずなのに──
空を見上げているのに、それでも、涙が零れるから、私はもう涙を拭うのをやめた。
先輩は、今、なにを思っているんだろう。
「──もう、行くね」
先輩が壁から身体を起こす。
「…ハイ」
さっきから、私の世界は滲みすぎて、もう白い色しかない。
「…うん。ゴメンネ、優妃………それから……お願い…」
先輩が、声を絞り出す。
「……ハイ…」
声が震える。
「…じゃぁ…」
静かな世界に、雪を踏む音だけが響く。
「あ…りがとう…ございました…」
深々と頭を下げる。
顔を上げる。
雪の降る白い世界には、今、私1人しかいない。
目の前には、先輩の足跡だけが残っていた。
「……」
(たった1週間前の事なのに…)
それは、何年も前の思い出のようにさえ、感じてしまう。
少しでも、遠い記憶にすることで、私の心は、なにを守ろうとしているんだろう。
そうすることで、遠くて深い場所に置く事で、それは、キレイなまま残るのだろうか…
白い息を吐きながら、私は自分の歩いて来た道を振り返る。
あの時の先輩の足跡は、もう消えてしまっていて、代わりに私が点けた足跡が、私の足元まで続いている。
雪はきっと
この足跡も消してしまうんだろう
先輩の足跡を消してしまったように
あの時の涙も
あの時の喜びも
誰かの笑顔も
誰かの悲しみも
それでも
私は歩いていく
私達は歩いていく
先輩達がそうしてきたように
後輩達がそうするように
ずっと
ずっと
だから今は、雪の中を歩きながら、春が来るのを待とうと思う。
大切なものを、大切に抱えて、この道を歩いていこうと思う。
〜 Fin 〜
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