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「 阿修羅さまがみてる 」 シリーズ
〜阿修羅さまがみてる〜 『 渡せなかったチョコレート 』
作:鬼 団六



 「オハヨー」
 「ごきげんよう」
 「うーす」
 「もーにんっ」
 「ちょいや」
 さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
 甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
 なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
 スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
 
 私立星影学園
 
 『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
 山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
 時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
 
 
 『 好きだ 』って伝えられたら、楽になる?
 いやいや、コトはそんなに楽じゃないっしょ。
 恋って、楽しいケド、楽じゃない。
 そーとわかっていても、伝えたいモンなんだ、困ったコトに。
 せめて、知って欲しかったりするモンだよね、自分の気持ちをさ。

 でもって、日本の学生の冬って、恋のイベント・スパイラル。
 どっかにチャンスは転がってるんじゃないかぁ。
 だって、シチュエィション的には簡単に、『 好きだ 』と伝えられる日々が、盛りだくさんだもん。
 ざっと、『 理由をつけて、想い人を呼び出せるイベント 』を列挙するだけでも……終業式に、クリスマス。冬休み。あと、場合によっては初詣なんかも、OKっぽいよね。


 ――で、その辺の全てを、度胸足らずで、スルーしまくった女生徒・近藤 イサミ(コンドウ・イサミ)1年生。

 どうする!? あとはバレンタイン位しかねーぞ!?




1月の末、女子寮の一室の夜
Overture


 「…イサミ、何悩んでんの?」
 「へ?」
 ここは星影学園・女子寮。近藤 イサミと永倉 真珠(ナガクラ・シンジュ)の部屋。
 冒頭の永倉の言葉は、部屋の中心に置かれたテーブルに、長時間(約30分)頬杖をついていたルームメイトを見かねての発言。
 返しの言葉は、完全に『 自分が悩んでるよぉに見えていたコトに対する自覚が無かった 』、近藤の発言。
 「な、悩んでなんかいないよ?」
 「うそこけ。さっきっから、ため息ばっかついてんじゃん、アンタ」
 「そ、そうかな?」
 「そう」
 永倉が、近藤の対面に座る。二人分の緑茶を煎れて、湯飲みを相手に差し出した。
 「何かあった?」
 「ん〜と……もうすぐ、1月も終わっちゃうなぁ、と」
 緑茶を受け取り、チビッと飲んでから、近藤はそう答える。茶が熱いので、湯気で彼女の眼鏡が白く曇った。彼女は慌てて眼鏡を外し、曇ったレンズを拭く。
 「は? 何よ、ソレ?」
 永倉は、相手の答えに納得してないご様子。
 「何って、レンズを拭いてるんだけど……」
 「いや、ソコでなく」
 「へ?」
 眼鏡ナシの顔で、キョトンとなってる近藤。正直、大変に可愛らしい。
 「…いや、いいわ……」
 ちょっと頭を抱えてしまう永倉。
 そうなのだ、この近藤という女生徒、結構な『 天然&癒し系 』なのだ。学園では、イマイチ目立ってはいないが、同じ部屋に暮らしていれば、イヤでもわかる。
 この逸材に、なぜ誰も目を付けないのか、と永倉は真剣に思っている。
 ……まぁ、同学年に、目立ち過ぎるほどに目立つ連中がいるのだから、仕方ないのかもしれないが。
 あと、目立ち過ぎるほどに目立つ連中と比較した際に、この近藤イサミという女は、『 非常に野暮ったい 』という理由もある。
 服装や髪型に、特に執着するワケでもない。というか、執着しなさすぎている。
 髪は、伸ばしたままの、ストレート・ロング・ヘアーを、ヘアバンドで束ねているだけ。服装は、基本的にモノトーン系のコーディネートを好む。
 イケてないわけじゃないんだけど、イケてるわけでもない。
 あとは……
 「ねぇ、その眼鏡、やめたら?」
 永倉が、チョイと指差す先には、近藤の顔に納まった『 黒ブチ眼鏡 』が。
 「え、コレ?」
 近藤、慌てて眼鏡に手をやる。
 「ダメだって、今はコレが一番度が合ってるんだもん!!」
 「いや、顔が地味に見えるよ?」
 「いーじゃん、元から地味なんだからぁ」
 「ね、ね。コンタクトにはする気ないの?」
 「無いよー。だって、毎日大変じゃない」
 「さよけ」
 この調子である。
 彼女の道具選びは、使い勝手が良いコト、メンテナンスが楽なコトが中心なのである。見た目には、とことん頓着しない性質のようだ。
 「勿体無いよぉな気もすんだけどねぇ……」
 今度は永倉がため息をついている。今宵のこの部屋は、ため息が密かなブームらしい。
 「何が?」
 「アンタ」
 「はぁ?」
 「素材は悪くないのにねぇ……もう少し、魅せればいいのに」
 「もう少し見せれば、って……肌とかぁ!?」
 言葉の、すれ違い。
 「いや、そぉじゃなくて……自分の魅力をアピールするって意味でさぁ」
 「あ、魅せる、のコトだったのね。ビックリしたぁ」
 「折角……ねぇ?」
 永倉の視線が、近藤の胸に行く。
 「……真珠?」
 近藤が怒りのオーラを纏う。
 「アハハ、ゴメン、ゴメン」
 手をパタパタ振って、謝罪の意。
 近藤さん、胸に関してをピンポイントで言われるのが、ちょっとお気に召さないご様子。
 つーか、近藤の胸は、相当大きい。巨乳…いやさ、爆乳と言ってもよござんしょう。
 本人は、そればっかり言われるので、正直うんざりしているらしいが。本人の言葉を借りれば…
 『 え、何? ワタシの存在意義って、乳!? 』
 という悩みらしい。
 無いなら無いで、悩む。あればあったで、悩む。
 隣の芝生は真っ青現象であろう。
 「…ま、好きなオトコでも出来れば、少しは変わる、のかな?」
 永倉が独りごちた。
 近藤、実は聴こえていたが、敢えて聴こえなかったフリをして……
 「さ、お風呂行こっか」
 立ち上がり、女子寮名物・大浴場へ行く準備に入る。
 「ん。そっだね」
 永倉も、それに倣い、二人は部屋を出た。

 その夜、それぞれの布団に入り、明かりを消した後、近藤はルームメイトに対し、心の中で詫びた。

 「ゴメン、真珠。私、好きなヒト、いるよ……」




2月のアタマ、軽音部部室にて
〜 イサミ Side-1 〜


 カラカラカラ……
 部室のドアが、軽い音を立てて横に開く。
 「あ、まだ、誰も来てないんだ……」
 HRの終わりの時刻は、それぞれのクラスによって異なる。だから、軽音部のクラスメートがいない私は、しばしば、こんな状況に陥る。
 「どうしよっかなぁ……」
 椅子に鞄を置きながら、私は独り言を言ってしまう。
 今の『 どうしよっかなぁ 』は、別に『 今現在独りきりだから、何をして暇をつぶそうかなぁ 』という『 どうしよっかなぁ 』ではない。
 あと10日弱で来てしまう『 X-Day 』を『 どうしよっかなぁ 』という『 どうしよっかなぁ 』である。



 軽音部は、1年生ばかり。男子3名・女子3名の6名で構成されている。
 『 X-Day 』には、女子3名から、男子3名への『 義理チョコ 』が贈られるコトに決まった。というか、女子3名で、一応、決めてある。
 それに関しては、特に問題は無いと思う。女子に1人、料理の得意な娘がいるから、彼女に一任するってコトで、話は纏まっているし。
 で、多分、男子3名も、それが一番喜ぶと思うし。
 どうせ食べるなら、やっぱり、美味しいチョコの方がいいに決まってるし。

 で、ここで私の悩みが炸裂するんだ。

 軽音部男子のたった一人のコトを、特別に好きになっている自分がいるから。

 あと、自慢じゃない位に、料理が下手な自分がいるから。

 つまり、これは、その『 好きな男子 』に対してのみ、『 こっそりと、私が独断で特別なチョコを差し出す 』というコトが、かなり難しいってコトになる。
 誰も、不味いチョコなんて、嬉しくないに決まってる。
 義理チョコに圧倒的に味で負けてる、本命チョコって、凄く惨めだと思う。
 『 気持ちはこもってるの 』とか言ったトコロで、それは単なる言い訳にしか過ぎないと思うし。だって、私が作るチョコは、『 溶かして固めたダケのくせに、別の味がしてしまう 』という、『 錬金術の失敗 』みたいな代物だもの。
 じゃあ、美味しいのを買って渡せばいいじゃん、という意見もあるだろうとは思う。
 けど、今度は『 それなりに美味しいチョコ 』ってのは、結構値が張るってのと、私には圧倒的に似合わない『 モテ女・オーラ力(モテオンナ・オーラチカラ) 』が出てるってコトが問題になってきちゃう。
 私は(これまた自慢じゃないが)凄く地味な女だと思ってるから、そんな女から、バリバリの『 モテ女・オーラ力 』発散中のチョコなんて、差し出されたら、相手は引いてしまうんじゃないだろうか。
 これが、私と同じクラスの「藤堂 魁(トウドウ・ラン)」ちゃんなんかだと、悔しい位に様になるんだろーなー、とか考える。

 余談だが、彼女も料理のセンスは壊滅的に無い。私が『 錬金術の失敗 』なら、ランちゃんのは『 イリュージョン 』だろう。
 調理実習の時だったか、彼女が作った玉子焼きが、比喩でもなんでもなく、『 爆発した 』という事件があった。
 …まぁ、その間3人空けた隣の、私が作ってた玉子焼きは『 緑色のプルプルするナニカ 』でしかなかったんだけど。

 でも、ランちゃん位の器量の持ち主なら、バレンタイン限定販売の『 ちょっとお洒落チョコレート 』なんかを差し出す姿は、様になると思うんだ。多分、可愛い。もの凄く、可愛い。

 それじゃ、私は? と、自分に問いかけると、やっぱり、引かれるだけのような気分になっていく。似合わないなんてモンじゃないもの。
 目の前で「えっ…」とか固まられたら……
 私は、それが、怖かったりする。

 いや、そもそも、その『 好きな相手 』と、意識的に2人きりになる度胸がない。
 今まで考えてたコトそのものが、『 何かの偶然で、2人っきりになれたら 』という仮定の元の想像。もしかすると、単なる妄想。
 クリスマスの時だって、一応、想い人用の軽いプレゼントの準備はしてた。2人っきりになれたら渡せるように、ってね。
 でも、状況が流れてくれなかったから、私の準備は水泡に帰してしまった。
 …一体、何をやってるんだ、私は。

 「ハァ……ホント、どうしよ……」
 ため息をついてしまう私。ここの所、同じ所で悩みが堂々巡りだ。
 今度のチャンスこそ、逃したくない自分がいる。
 でも、まだ1年生が終わるだけで、2年間の時間が残されてるんだから、焦らなくたっていいじゃないか、と思う自分もいる。

 …っていうか、誰も来ないなぁ……
 今までにも、何回かはこういうコトあったけど、今日もかなぁ。

 この部活、完全にやる気がない。というか、覇気が無い。
 大体、軽音部なのに、楽器の演奏できるの、副部長の土方 歳夫(ヒジカタ・トシオ)君だけだし。
 日々の活動って言ったって、フラフラ集まって、ダベって帰ってく、みたいなもんだし。
 なんで、こんな部活で、部長やってるんだろうなぁ、私……

 あれは、なんでだっけ……
 そもそも、私が軽音部に誘われたきっかけは、土方君と真珠が同じクラスだったからで…それから、何か、なし崩し的に、部長が私になっちゃってたんだっけ?
 何か、もう、よく覚えてないなぁ……
 それ位に、どーでもいい決め方をしたんだろうなぁ。

 あーあ、どうしよっかなぁ……って、さっきから、コレばっか。
 ホワイトボードに、落書きでもして、帰っちゃおうなぁ……

 …って、ドコにも建設的な要素がないよぉ……




2月のアタマ、軽音部部室前・廊下にて
〜 トシ Side-1 〜


 ……おいおい、何で部長しか居ねーんだ?
 これじゃ、オレちゃん、部室に入りにくくね?

 オレは、放課後の楽しみの1つである所の、『 部活動 』に勤しむために、こうして部室までやって来たのだが、軽くドアを開けたら、中に部長しか居ないという惨劇を目撃し、静か〜にドアを閉め、廊下で待ちぼうけ、という状況である。

 自慢じゃないが、オレは部長と2人きりってのは、かなり避けて通りたい道だ。
 いや、別に悪いヤツじゃないのは、流石に知ってるんだ。
 だが、出会いが出会いだったが故に、部長はかなりオレに対してキビシイのよ。
 …まぁ、確かに、アレは可哀相な目に遭わせたかなぁ、とは思う。だからと言って、オレちゃんが悪いワケではないんだが……

 オレと部長の出会いは最悪だった。
 入寮日に、ほんの僅かな遅刻をしてしまったオレちゃんと、その時何故か男子寮の入り口に、つっ立ってた部長とが、ガツーンと衝突。
 …いや、ここは正直にいこう。
 ボイ〜ンっと衝突、が正しい。
 要は、駆け込んだオレが、振り返った部長のバストに突貫をかけたカタチになってしまった、と。
 それが、オレたちの出会いだった。
 ……な? 別に、オレが悪いワケじゃねぇだろ?

 なのに、部長ときたら、コトある毎に、オレちゃんに対して、アレやコレや厳しくって、厳しくって……
 具体的には……何だっけな……ちょー待て。あまりにあり過ぎっから、ちゃんと思い出す。
 ああ、アレだ、アレ!

 あれは、そう。オレが『 ほんの〜小さな〜出来心 』という、サ○テンの花の替え歌みたいな、ライトな心境で、生徒会室の看板に『 ボランティア部 』って書いてきたのよ。
 で、それを部室で皆に報告したのよ。
 オレちゃんとしては、そこでドッカーンってなって、皆で大爆笑。鈴とか振って、シャンシャンシャン♪みたいな、な? わかんだろ、オレの狙い?
 したっけ、部長が烈火の如くお怒りになられまして……
 「何でそんなコトしてくるのよっ!!」
 と、きたワケですよ。しかも、ただお怒りになられるだけなら、まぁ、オレも……
 「ゴッメ〜ン♪」
 とか、おどけて言えば済む場面だったのよ!
 部長、お怒りになられた後、涙ポロッポロ零し出しちゃってさぁ……
 何つーのかなぁ、あの『 他人の葬式に間違って参列しちゃった気まずさ 』的なカンジでよぉ。
 皆から責められるし、もう、最悪でしたよ、あん時は。

 …つーか、恋愛ゲームとかだったら、部長だけは『 好感度マイナス・スタート 』みたいなモンだからさぁ、仕方ないのはわかってるんだよぉ。
 で、さらに、部長なんていう『 面倒なポジション 』を、なし崩し的に押し付けちゃったりしてっから、好感度は、下がりこそすれ、上がりはしてねーだろって思うワケよ。
 真面目すぎるきらいはあるけど、信用はできるし、普通に話してる分には、楽しいヤツだし。イイトコは、結構挙げられるんだ。
 ただし……なぁ?
 やっぱ、2人きりってのは、避けたいワケだ、オレちゃんとしては。




2月のアタマ、軽音部部室にて
〜 イサミ Side-2 〜


 ……急に思い出した。所謂、思い出し激怒ってやつだ。

 いつだったか、生徒会の役員の先輩たちに、呼び出しを受けたコトがあった。
 理由は、土方君の素行不良、いや奇行……からくる、軽音部への注意勧告。
 そりゃあ、まともな活動はしてないわよ。
 でも、そこじゃない理由で注意勧告?
 ふざけないでって思った。
 だって、理由がおかしいモン。
 軽音部が軽音部なのは、土方君のみが楽器ができるからなのに、その土方君を理由にして、難癖つけてくるなんて、絶対におかしいモン!
 私たちさえ、楽器が出来るような環境であれば、彼は多分、音楽を楽しめたんだモン。
 …とまぁ、お気づきのように、その時、何故か私は、彼を庇うかのような、無茶苦茶な論理を展開してしまった。
 あ、勿論、そんなコトは生徒会の人たちには言ってないケド。あくまで、ココロの中で、っていうコト。
 大人しく、生徒会の皆様のご高説を聞いてきましたよ、45分位。
 っていうか、明らかに、生徒会の人たちは、私をナメてたんだと思う。近藤イサミっていう、顔と名前が一致しそうにない地味な部長だから、どうにでもなるって判断したんだと思う。土方君本人を相手にするのは厄介だから。
 …まぁ、その目論見通りになっちゃったんだけどね、実際は……
 一切の反論が、私には出来なかったし……あ、これは度胸的な問題でね。意気地がないんだよなぁ、私。

 で、それから数日。意気地の無い不甲斐無い自分と、何故土方君を庇うような論理を頭の中で展開したのかに、悩みつつ日々を過ごしてた。
 ある日。土方君が、颯爽と部室に入ってきて……
 「生徒会室の看板に、ボランティア部って書いてきたぞ〜!!」
 と、凄く得意気に絶叫した。
 私は、数日前の呼び出しの件が頭を過ぎり、同時に、「そんなコトをするから、生徒会の人たちから名指しで文句を言われるんだっ」と思った。だから……
 「何でそんなコトしてくるのよっ!!」
 って、絶叫してた。
 土方君は、かなり予想外だったみたいで、まずは目をパチパチさせてたっけ。
 で、叫んだ私は、気付いた。
 『ああ、あの時私は、土方君をバカにされて、悔しかったんだ』って。
 そしたら、涙が止まらなくなってた。

 悔しかったのに、一言も言い返せなかった自分。
 好きな人を庇うコトさえ、言えない自分。

 そんな弱い自分が、情けなくって、皆に申し訳なくって、泣いた。

 その後、場がどうなったのかは、よく覚えてない。
 真珠が土方君に怒って、私がそうじゃないんだって言ったりしてたのは、何となく覚えてはいるけど……

 とにかく、私は、あの時の自分が、今でも赦せないままだ。




2月のアタマ、軽音部部室前・廊下にて
〜 トシ Side-2 〜


 …そういや……部長絡みで思い出したコトがある。
 コッチはいい方の思い出な。

 学園祭で、オレちゃんは軽音部の威信を背負って、『 ベース漫談 』でステージに立ったのよ。ウチの部活、他所と兼部してるヤツ多いし。
 オレのルーム・メート、沖田 総太(オキタ・ソウタ)はゴルフ部との掛け持ちだし。
 総太のクラス・メートの斉藤 一太郎(サイトウ・イチタロウ)はボディビル同好会の会長だし(但し、会員はヤツのみ)
 クラス・メートの永倉 真珠は陸上部との掛け持ち、原田 さくら(ハラダ・サクラ)は料理研究会との掛け持ち。
 つまり、皆忙しくて、学園祭で軽音部の威信を背負えるのは、オレか部長しか居なかったってワケだ。
 で、オレは考えた。
 部長にこれ以上の何かを押し付けるのは、あまりにも申し訳ないな、と。
 ってコトは、ここは一発、オレちゃんが、六尺玉を打ち上げるしかねぇ、と。
 その末の、『 ベース漫談 』だったのだよ、アッハッハ♪

 ……ま、クスリともウケなかったケドな!!

 で、だ。
 肝心なのは、ここからさ。

 オレちゃんの『 ベース漫談 』、軽音部で観に来てくれたのは、全員。
 でも、最後まで観てたの、部長のみ。
 …どーよ、コレ? あんまりじゃね?
 理由聞いたら、4人とも、「サブかったから、耐え切れず」だとよ!
 じゃあ、そんな中でもちゃんとラストまで観ていてくれた部長の立場はどーなんのよっ!?

 あん時ばかりは、部長に感謝したね。
 何かとキビシイコトを言ってくるヤツだとは思ってたけど、ちょっと見方を改めた。
 真っ直ぐなイイヤツなんだと、思うようになったかな、アレ以降。


 …つーか、ホントに他は誰も来ないの、今日?
 だったら……オレちゃん、帰っちゃおうかなぁ……
 今までも、こういう日、結構あったし。
 その度に、待ちぼうけを部長に喰らわすのは申し訳ない気持ちで一杯なのデスが…
 …だが、それでも、敢えて! オレは、帰る!!

 真っ直ぐな部長を、独りで相手できる自信、ねぇッスもの。




2月のアタマ、軽音部部室にて
〜 イサミ Side-3 〜


 時計を見た。
 ……ウン、コレ、今日、誰も来ないね。
 私は大きく伸びをして、鞄を手にした。

 独りで待っている間、ちょっと用意してみたモノ。
 それは、ほんの小さな、私の勇気だった。
 封をしてしまう前に、もう一度だけ、いや、この短時間に何度もしてるんだけど、内容と文面に問題が無いかどうかを確認する。

 『土方 歳夫 様
  2月14日、バレンタインデー。
  お渡ししたい物がありますので、放課後になりましたら、
  中庭付近でお待ち下さいませんでしょうか?』

 ゴメン、これが精一杯の文章。
 私の名前を書かないのは、これから2週間弱の部活を気まずく過ごしたくないから。
 場所が「中庭付近」という曖昧な表記なのは、当日は学園中でチョコ受け渡しをする人たちがいて、場所を確定させるなんて不可能だろうと考えたからだ。中庭なら、その付近にいてくれれば、すぐに見つけ出せる。

 とりあえず、便箋とセットの封筒に、封をする。これで「 薄い檸檬色のお手紙 」の完成。
 …ここまでは、今までの私にだって出来たコト。
 問題は、ここからだ。

 これを、土方君の手元に届けるにはどうするべきか。
 散々考え抜いた結果、下駄箱が一番確立が高いんじゃないか、という結論に達した。
 彼の教室の机とか、ロッカーなんかも候補に入っていたが、外した。決め手は、「土方君は、机の中もロッカーも、ただの物置にしかなってないだろう」という推論。
 …どんだけ、すちゃらか学生なんだ、私の想い人は。

 あとは、下駄箱にこの手紙を投函できるか、にかかっている。
 果たして、その勇気が、私にあるのだろうか。
 私は部室の扉を閉め、玄関へ向かって歩きだした。

 歩きながら、イロイロ考える。

 「渡したい物」…それは勿論チョコなんだけど、現物がまだないし、アテもない。作るのは、絶対にナシ。だから、買ってくるしかない。どうしよう……シンプルなチョコ(モテ女・オーラ力が低め)で、見栄えが悪くない程度の物って、どんなチョコなのかなぁ……
 あと、それをクリアーして、ちゃんとチョコを渡せる状況になった、と。そしたら、何て言って渡せばいいのかなぁ……
 っていうか、そもそも14日って、部活あるじゃん。さくらが作った義理チョコを皆に渡すって段取りなんだし。ってコトは、それが終わった後になるのか、中庭は。うっわ、時間読めないじゃーん。

 考えているうちに、玄関に辿り着いた。
 えっと……土方君の下駄箱は……あ、ここだ。
 失礼しますっと、下駄箱の蓋をパカッと開ける……ウン、今日はもう帰ってるみたいだ。

 ……さて、どうしよう。

 今なら、何かイロイロ理屈をでっち上げて、中止にできる。
 今なら、誰にも迷惑はかからない。

 ……よし、やめよう!

 と、決めかけた。
 でも、それじゃ今までの私と変わらないね、って気付いた。
 皆の前で泣いた、あの時と同じだね、って。
 意気地なしのまんまだね、って。

 踏み出せ、私!

 私は、そう強く念じると、震える手で、手紙を下駄箱の上の段…つまり、上履きが乗っている段……その、上履きの上に、スッと置いた。
 土方君の上履きの上で、私がさっき書いた手紙は、完全な異質な物体として、キーンと冴えた存在を主張していた。
 私は、この爆弾めいた異質な物体が、明日どのような運命を辿るのか。そして、この爆弾が炸裂するコトによって、私の運命がどう変わるのか。それに想像を廻らせると、にわかに楽しくなり、靴を履き替え、外へ飛び出した。
 得体の知れぬ楽しさの中、とにかく、駆けた。
 弾む息が、白かった。




2月のアタマ、自室にて
〜 イサミ Side-3.5 〜


 …やってしまった……
 駆け出して上機嫌だった、あの高揚感も、部屋に着く頃には、完全な後悔と化していた。
 もう、戻れない。
 今から、手紙を回収に行くか?
 それだけは、ダメだ。よくわからないが、決定的にダメだ。
 それじゃ、何の意味もない。
 私は部屋に帰るなり、布団を頭まで引っ被り、自問自答を繰り返す。

 「イサミぃ、大丈夫? ご飯、食べれる?」
 真珠が心配して、声を掛けてくれる。
 「うぅん……今日、ちょっと、無理っぽい……」
 私は、そう答えるしかない。ゴメン、真珠。体調が悪いワケじゃないんだ、今は。
 「そう。じゃあ、何が食べられそう? それを、部屋に持ってくるよ?」
 真珠の優しさが、痛い。
 「…何か、フルーツがいい」
 甘えてしまうコトにした。今更気取っても、もうどうしようもない。
 「OK、じゃあ何か持ってくるから」
 そう言って、真珠は食堂へ行った。

 真珠は、蜜柑と林檎と檸檬を持ってきてくれた。
 ……え、檸檬? 齧るの、コレ?




翌日、下駄箱前にて
〜 トシ Side-3 〜


 …何だ、コレ?




翌日、教室にて
〜 イサミ Side-4 〜


 サイは投げられた。
 だから、私はもう逃げられない。やるべきコトをやろう。
 まずは、手始めに……

 「ねぇ、ランちゃん。ちょっと相談があるんだけど……」
 朝の始業前。チュッパチャップスを舐めながら、雑誌を読んでいたクラス・メートに話しかける。
 「ん? ろしたの、イサミ?」
 顔を雑誌から上げて、返事をくれるランちゃん。ただ、飴を咥えたままなので、「ど」が発音できてない。しかし、それですら可愛いのは、彼女の凄いトコだ。
 「今度の日曜、買い物に付き合って欲しいんだけど、どうかな?」
 「え、そりゃイイけど……何買うの?」
 飴を口から放した。彼女の興味を引いたらしい、私の質問は。
 「え、えっと……チョコレートとかを……」
 「はぁっ!?」
 教室中に響く声で、ランちゃん絶叫。一気に注目を浴びる私たち。
 「あ、いや、なんでもないんです。あの、何でもないんで、コッチ見ないで下さい」
 私は慌てて、周囲のクラス・メートたちに言った。それから、小声で……
 「ちょ、ランちゃん、声でかいって!」
 「ゴメン、ゴメン。ちょっと驚いちゃったからさぁ」
 申し訳無さそうに、両手を合わせるランちゃん。それから、小声で……
 「チョコってコトは、バレンタイン用?」
 「うん、まぁ……ランちゃんは、もう用意したの?」
 「アタシは、今年はアレにあげる位かなぁ」
 微笑んで、教室の後ろを親指で指す。
 そこには、幾つかの机を並べて、簡易ベッドをこさえ、爆眠をむさぼるクラス・メートの姿があった。
 「アレ、って……斎ちゃん!?」
 今度は私の声が教室中に響く。再び注目を浴びる私たち。
 「あ、いや、なんでもないから。何でもないんで、サンナン、コッチ見んな」
 ランちゃんが周囲に言う。因みに「 サンナン 」ってのは、クラス委員の山南(ヤマナミ)君の愛称。世話焼きのわりに、オシとヒキが弱い、というのが、私の人物評。
 「アナタが、そう言うのなら、ボクはソレで、構わない」
 聴こえるか聴こえないかの声でそう呟くと、山南君は静かに微笑んで席についた。
 「っていうか、イサミ、声でかい!」
 「いや、だって、斎ちゃんって、女の子じゃん!」

 斎ちゃんっていうのは、河上 斎(カワカミ・イツキ)のコト。誰よりも早く登校し、誰よりも早く下校するコトに命を懸けるオンナ。今日も、学園の門が開くのと同時に登校し、それから教室の後ろで机を並べて爆眠中だ。
 追記。彼女が使っている机は4つだが、そのどれも、彼女の机ではない。つまり、今、4人の生徒が「自分の机につけない」という状況に陥っている。
 追記の2。そのうちの1名は、山南君だったりする。
 追記の3。じゃあ、さっき山南君がついた席は誰のか? 止せばいいのに、彼は斎ちゃんの席に座っている。

 「アタシの今年のバレンタインは、あの娘にあげてオシマイ。こないだから、すんごい強請られて、強請られて。それに、他にあげたい人いないもん」
 「あ、そうなんだ……」
 近くで盗み聞きしてた男子達の、落胆の音が聞こえた、ような気がした。
 「その様子じゃ、イサミは健全にオトコノコにあげるのかなぁ?」
 「うん、そう」
 あれ? 何か自分でもビックリだ。何でこんなに度胸がついたんだろ。普段の自分なら、誤魔化すくらいしかできないはずなのに。
 客観的にみてもそうだったのだろう、ランちゃんの目が、ちょっと見開かれてた。
 「…ぃよっし、じゃあ普段のお礼も兼ねて、日曜は街へ繰り出しますかっ」
 「お礼?」
 「普段から、宿題とか見せてもらってるからねぇ。そのお礼ってコト」
 「あ、そーいうコト」
 「そ。あ、もうすぐ先生来るね」
 「そんな時間? じゃ、詳しい話はまた後で。よろしくね、ランちゃん」
 「はいはい」
 雑誌を閉じ、机の中にしまうランちゃんは、微笑んでいた。
 言葉にはなってなかったけど、私にはその笑みがこう言ってるように思えた。
 「イサミ、頑張ってんじゃん」
 って。

 「どっけぇえええええ!! サンナンー!!」
 教室の一角、山南君が、いつの間にか起きてた斎ちゃんに、蹴り飛ばされていた。
 …だから、止せばいいのにって思ったのに。
 私は、4つに並べられた机の1つを、元あった位置に戻し、その席についた。
 そう。私の机も、斎ちゃんベッドになってたのでした。
 ちゃんちゃん。




翌日、教室にて
〜 トシ Side-4 〜


 「…あんだろうなぁ、コレ……」
 オレは今朝、下駄箱に入っていた封筒を手に取り、しげしげと眺めていた。
 「檸檬色の封筒、だね」
 「どうわぁっ!?」
 急に掛けられた声に、オレは心の臓物が飛び出んばかりの驚愕に襲われた。
 振り返ると、そこに立っていたのは……
 「あんだ、裕美かよ。ビックリさせんなよ」
 「あれ位のコトで驚くキミが悪い」
 コイツは武田 裕美(タケダ・ヒロミ)。何というか、掴み所のないオンナだ。細身の眼鏡の裏で、何を考えているのかわからない。言動も、意味深なモノが多いし。
 「それはそうと、どうしたんだぃ、それ?」
 「あ? 別にいいじゃねぇの、どうしようが」
 「ふーん。ま、じゃあソレでいいか」
 あっさり引き下がる。わからん。何を考えてるのかが、全くわからん!
 「中は見たのかぃ?」
 立ち去り際、ふとそんなコトを言ってくる。
 「いや、まだだ」
 「……良かったね」
 そう言って、自分の席に向かう裕美は、もうこっちを振り向こうとはしなかった。
 「……何が、良かったね、なんじゃ」
 オレは、そう呟いたが、このまま外面を眺めていてもラチが明かん。
 封筒の端を、ビッと切り裂いてみるコトにした。




翌日、教室にてex
〜 ヒロミ Side 〜


 そうか、昨日見たあの「誰かさん」は、土方に封筒を渡したかったのか。
 下駄箱の前で、じっと固まって、不意に決意を滲ませて、封筒を突っ込んでダッシュで逃げ去ったから、何事かとは思ったが……まぁ、爆弾の類ではないだろうと、無視しておいた。
 野暮ったい印象ではあったが、中々の器量の生徒だった……誰だったかなぁ、アレは。
 もしかすると、顔を知らない先輩、という可能性もあるな。土方は年上から好かれそうだし。
 あの様子からすると、悪い方向の呼び出しではなかろう。

 「ぴえっ!?」
 ふと、土方が、間抜けな声を張り上げた。ちょっと横目で見ると、あの檸檬色の封筒は開かれ、同じような色の便箋を手にしているのが見える。
 そうか、中を読んだのか。
 みるみるうちに、ヤツの顔が驚きから、ニヤけに変わっていく。
 …やっぱりね。
 どこの「誰かさん」かは知らないが、あんなバカが服を着て歩いてる土方に、懸想か。
 世の中には、物好きもいるのだなぁ、と実感した、2月のある日。




その週の日曜日の夜、自室にて
〜 イサミ Side-5 〜


 買ってしまった……
 昼間、ランちゃんに選んでもらったチョコレートは、シンプルなのに、大人っぽくはなく、私レベルに丁度釣り合うような、絶妙なバランスの逸品だった。

 実は、それ以外にもお願いしたコトがあった。
 それは、私の眼鏡の新調にも付き合ってもらったのだ。
 彼女に、私に似合う眼鏡を選んでもらった。
 新しい私の眼鏡は、「銀のフレームの、やや細身の眼鏡」である。
 試着してみた時から、顔が違って見えた。
 そうか、眼鏡だけで、こんなにも見た目の印象って変わるのか、って思った。

 今日1日付き合って貰って、本当に彼女はセンスがいいなぁ、と羨ましく思う。
 が、彼女は彼女で、私は私。
 この数日、妙に自信をつけてきた私に、今は怖いものなどない。
 あとは、間近に迫ったバレンタイン当日を待つだけだ。
 今日は街の人いきれに、ちょっと酔ったのかもしれない。早く寝てしまおう。




その週の日曜日の夜、自室にてex
〜 ラン Side 〜


 あのイサミがねぇ……と、アタシは口元が緩む。
 チョコの話だけじゃなくって、眼鏡まで変えたいって言い出すとは思ってもいなかった。
 ホント、オトコはオンナを変えるんだねぇ。

 ま、今日選んであげた2つ、イサミ本人も気に入ってくれたみたいだし、なんちゃってコーディネーターとしての、面目躍如ってヤツかしら。
 本人が気に入ったモノを差し出し、本人が気に入ったモノを身につける、根本はこれだけでいいとは思うんだけどね。ま、イサミはまだ、そういう自信って持ててなかったんだろうし。
 とにかく、人助けが出来てよかった

 そういや、イサミってば、斎へのチョコも買ってたなぁ。
 アタシに合わせる必要なんかないって言ったら、
 「え、斎ちゃんって、チョコが好きなんじゃないの?」
 って言ってたっけ。
 「アイツは、他人が何か貰ってる時に、自分が何も貰えないってのが許せないだけ」
 「え、どういうこと?」
 「斎の同室は、雅だから」
 「あ、そっか……」
 斎のルーム・メートはご存知、尾関 雅(オゼキ・ミヤビ)。学園随一の美人。
 多分、雅は、バレンタイン当日は、鬼のような数の女子生徒からチョコを受け取るハメになる。斎としては、そこに張り合いたい。つーか、負けるワケがないと信じ込んでいる。
 「そういう理由なら、なおさら斎ちゃんにあげないと」
 「え、そうなの? イサミ、アンタ何考えてんの?」
 「クラス・メートじゃない。応援しなきゃっ!」
 そう言って、拳を握って「コレ、斎ちゃん好きかなぁ?」とか「コレはどう?」とか。実際、オトコ用の本命チョコを選ぶのより、イキイキとしてたっけ。
 「アイツは、質より量だって。食えりゃなんでもいいんだから」
 「じゃあ……できるだけ入ってるヤツ!」

 ホント、イイコだわ、イサミって。
 あのコに想われる『 幸せなヤロゥ 』ってのは、一体どこのどいつなんだか……
 そんなコトを考えながら、アタシは眠るコトにした。

 あ、そういや、今日の午後あたりから、イサミが咳き込んでたっけ。
 すぐにマスク買って、対処してたけど……
 明日も止まってないようだったら、のど飴でも渡してあげよっかなぁ。




X-Day前日、教室にて授業中
〜 イサミ Side-6 〜


 …なぁんか、ここ数日、体調が良くない気がする。
 日曜に、街に出た時に風邪でも貰っちゃったのかな?
 今は、ヒトに感染さないように、マスクをして生活してるけど……
 ちゃんと、薬も飲んでるし……そろそろ良くなってくれないと、困るなぁ。
 特に、明日にはちゃんと、治ってて欲しい!

 「では、この問題をぉ……近藤クンッ、前へ出てやってみたまへ」
 うう、頭がガンガンしだしたのに、このタイミングで指名解答ですか、先生!
 因みに今は、物理の時間。私、物理はあまり得意じゃないんだよなぁ……
 「ハイ」
 立ち上がり、黒板へ向かおうとした足から、急に力が抜ける。
 「アレッ?」
 前に倒れるカンジではなくて、そのまま下へストンってカンジ。膝から下に力が入んない。
 「近藤クンッ、なぁにを、しちょるのかねぃ?」
 独特の抑揚で喋る、佐久間先生の声がする。
 みんなも、私がなにかの冗談をしているのだと思って、ちょっと笑い声が起きている。
 「いや、その」
 1回床に座ってしまったら、もう立てなかった。腰の力が抜け、私の上半身がゆっくりと後ろに倒れ、そこで、私は動けなくなった。

 「イサミッ!?」
 ランちゃんの声がする。他の皆の声もする。何か、一番慌てた声を上げてたのは、佐久間先生なような……
 ああ、なぁんか、ぼーっとする。
 私は、そのまま、眠ってしまうコトにした。




X-Day前日、教室にて授業中
〜 トシ Side-5 〜


 かったるい授業中、急に保険医の松本先生が教室に入ってきた。
 「永倉さん、ちょっと……」
 真珠を呼び出すと、授業の担当の先生に何かを小声で伝え、そのまま真珠を連れて、教室を出て行った。

 …何か、あったのかね?




X-Day前日の夜、自室にて
〜 イサミ Side-7 〜


 とんでもないコトになってしまった。
 私は、インフルエンザにかかってたらしい。
 で、高熱で動けなくなったみたいだった。
 自室の布団の中で、ぼんやりと今日の出来事を振り返る。

 教室で一旦眠ってしまってから、起きたのは保健室だった。
 真珠が来ていて、私の遠隔地保険証を、取ってきてくれてた。
 その後、松本先生の運転する車で、近くの病院に3人で移動。
 診断の結果、インフルエンザ、と。
 熱を測ったら、40度近かった。
 そんな高熱、人生初だ。
 思えば、ちょっと前から風邪気味だったのだろう、私は。で、そこで街へ行き、インフルエンザ・ウィルスに感染されて帰ってきた、と。

 今は、私は部屋に独りで寝ている。
 真珠は、隣のさくら&ランちゃんの部屋に間借り中。感染るといけないからね。

 部屋のドアが開いた音がした。
 「具合はどう、イサミ?」
 真珠だった。
 「最悪」
 素直に事実答弁。ホントのコトだから、仕方ない。
 「しばらく、学校は休まなきゃね。あ、今何度位ある?」
 そう言って、体温計を差し出してくれる。
 私はそれを受け取ると、腋の下に挟んで、計温を待つ。
 しばらくすると、ピッピ、ピッピと、計温を告げるデジタル音が流れた。
 「……38度9分」
 「…高いね。汗とかどう、かいてる?」
 「うん。ちょっとベタつくかも」
 「じゃあ、着替えよっか」
 真珠が私の着替えを出してくる。あと、タオルも。
 「それで身体拭いて、で、新しいのに着替えなよ」
 「ん。ありがと」
 真珠は一旦部屋から出て行ってくれた。
 同性だし、一緒にお風呂に入ったりしてるけど、今は恥ずかしいから、助かる。
 私は言われた通りに、身体を拭き、着替えて、また布団に横になる。
 ちょっとして、また真珠が入ってきた。私がさっきまで着ていた一式を手に抱える。
 「じゃ、コレは洗っておくから。あと、何か欲しいものある?」
 「冷えたタオル。おでこ冷やしたいんだ」
 「OK、ちょっと待っててね」
 で、また独り。
 なぁんか、忘れてる気がするんだけど……何だったかなぁ……

 「ハイ、コレでどう?」
 真珠がタオルをおでこに乗せてくれる。ひんやりとして、気持ちいい。
 「ありがと。気持ちいいよ」
 事実、ガンガンしてた頭が、和らいだようだった。
 「明日のコトは気にしないでいいからね。アタシとさくらで、ちゃんと渡しとくから。勿論、イサミの名前も連名でね」
 あ、明日はバレンタインだもんね。義理チョコを皆の分、用意したんだっけ。作ったワケでもない私まで、連名にされるのって、凄くおこがましい気がするなぁ……せめて、渡す場にくらい、居ないと……

 ……あ。

 多分、元気なら、私はガバッと布団を撥ね退けて、起き上がったことだろう。
 でも、今は出来ない。それは、身体が一番よく知っている。
 だからだろうか、身体は別の表現方法をチョイスした。

 「え、何、どうしたの、イサミ!?」
 真珠が驚きの声を上げる。
 そりゃそうだろう。目の前の病人が、いきなり泣き出したのだから。
 「な、何がどうしたってのよ?」
 私は、もう、全てを話してしまう位しか、出来なかったし、思いつかなかった。

 ……で、グズグズ話す私の言葉を、真珠は辛抱強く聞いてくれた。

 「イサミ……アンタ、わざわざ、アレを好きになっちゃったの?」
 いや、開口一番が、ソレッスか? もう少し別の言い方をしてよぉ……
 「ま、それは仕方ないとして……問題は明日かぁ……こう言っちゃナンだけど、トシのヤツ、ここ数日妙に浮ついてやがったのよねぇ。そっかぁ、原因は、アンタかぁ……」
 う、浮ついてたんだ、土方君。嬉しい気もしたけど、土方君は差出人が私だって知らないんだと思いなおした。
 「アタシが代わりに渡す……は、ナシでしょ?」
 「それは、やめて」
 「じゃあ、どうするか、よねぇ……」
 2人で、うーん…と考え込んだ。
 「下駄箱に、手紙とチョコを入れとくってのは?」
 不意に真珠が言った。
 「あ、それなら、土方君も中庭でずっと待ってなくってもいいね」
 私も、賛成した。
 「…心配所はそこだったのかい……アンタ、ホントにイイコだわ」
 「そんなコト、ないよ……」
 こんな勝手な思考で好きな人を振り回す人間が、イイコなわけがない。
 「じゃ、そうと決まれば、手紙用意しなきゃね。代筆…しかできないよね、今は」
 「よろしくお願いします」
 で、例の「 檸檬色の手紙セット 」が再び登場。
 「じゃあ、私が言うとおりに書いて下さいまし」
 もう、何か気分はドラマなんかの「瀕死の奥方」みたいなカンジだ。
 「畏まりました、奥様」
 真珠も、何かノリノリで執事の真似なんかしてる。

 『土方 歳夫 様
  本当にごめんなさい。事情があって、
  本日お会いすることが出来なくなってしまいました。
  お渡ししたかった物とは、このチョコレートです。
  受け取って頂ければ幸いです。』

 「以上でお願いします」
 私は言い終えた。遺言を残す奥様の気持ちだ。
 「畏まりました、奥様」
 真珠は真珠で、間も無くお別れする、長年仕えた奥様の心情を慮って、沈痛な表情を浮かべている。
 ……2人とも、ノリ、良すぎ。
 おまけに、1名は病人だし。
 真珠と目が合う。どちらとも無く、笑いがこみ上げてきた。
 2人で笑う。まだ頭はガンガンするけど、すごく晴れ晴れとした気持ちだ。

 しばらく笑いあって……
 「一応、確認させて?」
 真珠は檸檬色の便箋を私に差し出した。

 『土方 歳夫 様
  本当にごめんなさい。事情があって、
  本日お会いすることが出来なくなってしまいました。
  お渡しした物とは、このチョコレートです。
  受け取って頂ければ幸いです。
                近藤イサミより 』

 …えっとぉ………
 「署名なんか、いらんのじゃあああああああ!!!!!!」
 便箋を親切な友人に叩きつける。
 「ええっ!? 名乗らなくって、何の告白なのよっ!?」
 目を白黒させている、親切すぎた友人。
 「それは、ありがとう! でも、そういうのは、直で言うからいいのっ!!」
 「ええ〜っ!? そんなんでいいのぉ!?」
 「いいのっ! ゴメン、書き直してっ!! 今年に関しては、諦めたから、いいのっ!!」
 納得いきかねる様子で、しぶしぶ書き直す真珠。
 「……ゴメンね、我が儘言って」
 「いいの、いいの。そんなコト気にしないで」
 「さっき言ったように、今年はもういいんだ。焦らなくたって、時間はまだ十分にあるんだし」
 「そうそう。まだ2年位はあるんだから、大丈夫だって」
 「うん。私も、そう思ってる」
 「ま、何とかなるでしょ。ランと買いに行ったっていうNew眼鏡、似合ってたし」
 「え、そうかな?」
 まんざらでもない気分。土方君も、そう思ってくれるといいんだけど。
 「そ。アンタは、ちゃんとすれば光るんだって、何べん言わせる気?」
 「ちゃんとしてなかったみたいな言い方だねぇ」
 それはそれで、ちょっと複雑な思いだ。それなりに、ちゃんとしてたつもりだったのだから。
 「もっとちゃんとすれば、雅とはいかなくても、そのチョイと下くらいには、見てもらえるよ、きっと」
 「いやいや、それは流石に……」
 そんなワケがない。ヨイショも度が過ぎると、信憑性が欠けるよ?
 「ハイハイ、書き直し、終わったよ。コレでいい?」
 また目を通す。今度は完璧。
 「ん。大丈夫。ありがとね、ホントに。感謝してるよ、真珠」
 素直な想いを言ったつもりだったのに……
 「アホなコト言ってないで、病人はとっとと寝なさい。後はアタシが上手くやっとくから」
 アホ扱いですかい。
 「ありがと」
 後ろ姿で、手をヒラヒラさせながら出て行く真珠を見ながら、私はまた眠りについた。




X-Day、下駄箱にて
〜 トシ Side-Last 〜


 ………フッ……謎のオンナ、峰不二子。気まぐれは、オンナのアクセサリー……か……(声:山田○雄)




X-Dayの夜、自室にて
〜 イサミ Side-Last 〜


 今日はまだ、流石に熱が下がらない。
 一日中、ぼんやりしたまま、寝たり起きたりを繰り返していた。
 真珠はきっと、上手くやってくれただろう。
 土方君には悪いが、今年の私は『 謎のオンナ 』でいいやって思っちゃった。
 いつか、きっと、今日の真実を……
 とか、考えてたら…

 「うおぉおおい! コンドー!!!!」
 轟音とともに、ドアを蹴破り、斎ちゃんが入ってきた。いや、乱入してきた。
 「なっ、何っ!?」
 昨日に比べれば、幾分か熱が下がっているので、身体は撥ね起きるというのを選択できたらしい。
 …寒っ!! 私は慌てて毛布を纏った。
 「コンドー! チョコよこせ、チョコ!!」
 「は、はいぃ!?」
 「……斎、病人相手に押し込み強盗は、ヤメロ」
 あ、雅ちゃんも来てたんだ。
 「うるせー!! コンドーのチョコがあればなぁ、ボクがオマエなんかに、負けるワケがねーんだよっ!!」
 「数の差は、1つではなかったハズだが?」
 「インフルエンザ・コンドーの、レア・アイテムだぞ! カウントは100ヶだよっ!!」
 「……それでも、オマエは勝てんのだがな」
 「あ、あのー、話が見えないんだけど……?」
 私は、半ば呆然としながら、2人の会話に口を挟む。
 「スマンな、突然押しかけて」
 「い、いや、それはまぁ、構わないワケじゃないけど……」
 「トードから聞いてんだよ、コンドーがボクの! ボクのためのチョコを!! 用意してくれてるってなぁ!!」
 「あ、それは確かに用意したけど……」
 「どこだぁああああああああああああああああああああ!!!!」
 「ひえっ!?」
 頼むから、部屋中を暴れまわらないでぇ!!
 「…と、いうコトらしい」
 暴れてた斎ちゃんの首根っこを、ヒョイと摘み上げて、雅ちゃんが言う。
 持ち上げられた斎ちゃんの足が、前にピョコっと上がってるから、斎ちゃんは狩り向きの猫だなぁ、とか、いらんコトを考えた。
 「えっと……タンスの2番目の引き出しに、入ってるよ?」
 「よぉっし、タンスの2番目だなっ!?」
 雅ちゃんの手を振り解き、斎ちゃんがタンスに走る。
 「……コンドー! トラブル発生だぁ!!!!」
 「え、何、何が起こったのっ!?」
 「上からか!? 下からか!?」
 「え、3段しかないよっ!?」
 「あ、真ん中かよぉ。じゃあ、そぉ言えよぉ」
 つ、疲れた……ガックリ、疲れた。
 「……スマン」
 なぜか、雅ちゃんが謝る。この2人って、すごくいいコンビだと思うなぁ。
 「おっ、これか!? これなんだな、コンドー!?」
 「そ、そう、それだから」
 「ありがとなっ、コンドー!!」
 そして斎ちゃんは、来たときと同様に、怒涛のように去っていった。
 「……邪魔したな、近藤」
 「あ、いえ、大してお構いもできませんで」
 つい、妙なコトを口走ってしまう私。
 「とりあえず、お大事に、な」
 そう言って、雅ちゃんも部屋を出ていった。

 …後には、破壊されたドアが残るのみ……
 …って、寒いっ! 寒いってばぁ!!
 せめて、ドアは直して出てってよぉ!!!!

 そんな私の思いには構わず、夜は更けていったのでした。








 …っていうか、本題に戻らないとっ!!
 これじゃあ、『 起・承・転・ケ…転ン!? 』じゃん、この話!!

 いつの日か、土方君に、今日の真実を伝えなきゃならない。
 そう、私は決めた。
 ちゃんと、話せるような自分になろう、って。

 …ああ、でも、寒い!!
 真珠ぅ…ドア直してよぉ………


〜 Fin 〜



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