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「 阿修羅さまがみてる 」 シリーズ
〜阿修羅さまがみてる〜 『 Virgin's High! 』
作:コジ・F・93



 「オハヨー」
 「ごきげんよう」
 「うーす」
 「もーにんっ」
 「ちょいや」
 さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
 甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
 なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
 スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
 
 私立星影学園
 
 『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
 山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
 時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
 
 『師走』──1年で1番忙しいとされる、この時期の慌しさは、モチロン星影学園でも例外ではない。
 「楽でいいなぁ」なんて社会人には言われるけど、学生だってこの時期は忙しい。
 クリスマスにお正月。年末年始の2大イベントに加えて、期末テストに大掃除。
 そこに帰省まで加わる星影生の年末は、普通の高校生に比べてハードなのだ。
  

  
「12月27日 夜」


 
 女子寮挙げての『48時間ブッ通し!星影学園大クリスマスパーティー!!(サブタイトル 後は泥のように眠れスペシャル)』の後片付けも終わり、(同時進行で大掃除もやった)帰省の準備を済ませた27日の夜。嘉穂(カホ)は女子寮の談話室(イメージ的にはロビーの方が近い)の窓からしんしんと降り積もる雪を眺めていた。
 「なに浸ってんのかねぇ、この子は」
 2人掛けのソファーが2組置かれたテーブル席で、嘉穂の右隣に座っている藤堂魁(トウドウ ラン)が、つまらなそうに言いながらNINTENDO DSをパタンと閉じる。
 「今年も、もう終わりだなぁ…って思ってただけだよ」
 嘉穂が曖昧な笑みを浮かべて答える。
 「それを世間じゃ浸ってるって言うのよ。世間ではね」
 さっきもそうだったけど、ランの言葉の言葉尻が妙にキツイ。
 「そうだ!」
 イイコト思いついたっ。とランが笑う。
 「雅のDS、嘉穂に貸してやってよ」
 (…そうきたか…)
 呆れ顔の嘉穂と、表情は変わってないものの、内心呆れかえっている雅(ミヤビ)の視線が交差する。
 「別に貸すのは構わんが…」
 「なによ?」
 「えっ!?、私、やったことないよっ!」
 「だからじゃない!今が勝機じゃないっ!!叩くなら今を置いて他にないわっ!!」
 ランは、雅のDSをグイグイ嘉穂に押し付ける。
 「オメーは、初勝利の相手が初心者でいいのかよ」
 力強く宣言した(自分を正当化した)ランに、斎(イツキ)が冷や水をぶっかけた。
 「そりゃぁ、スジが通ってねぇんじゃねか?」
 モデルガンをバラして、大掃除中の手を止めずに、斎は顔をあげてランを見据える。
 斎は最近、『金剛番長』という漫画にハマってるらしく、何かにつけて「スジ」を通したがる。
 「…そういうアンタだって、対雅戦の連敗の憂さを私で晴らすじゃない」
 「それはそれ!これはこれだぁっ!!!」
 『斎番長』台無しである。
 「この女には、開発者だって勝てねぇよっ!!」
 雅を指差して、負け犬の遠吠えが始まる。
 「この女はなぁ、コースが同じ、取ったアイテムが同じ、相手が同じ、ラインにバナナの皮とかの障害物がない。っていう、つまり同じ条件で走るとなぁ!1000分の1秒まで同じタイム叩き出すんだぞっ!!しかも、それ以上は1000分の1秒も速くならないっていう、限界のタイムでっ!!何周走っても、ラインが1本なんだよっ!!!セナかっ!?お前は、A.セナかっ!!?一緒に走ってる最強設定のNPCなんかよりゼンゼン正確なんだぞっ!!!どうやって人間が勝つんだよっ!!?」
 ヒドイ言いようだけど、言ってる事は解らなくはない。実際のレースと違い、プログラムである以上、タイムの限界は必ずある。そして、その限界のタイムで走れるプレイヤー が、僅かなミスもしないとしたら…対戦相手が勝つ可能性はゼロに等しい。
 「あれ?でも、それを無くす為にアイテムがあるんでしょ?」
 ランが「カミナリ来いっ!」って叫びながらやってるのを良く見る気がするんだけど…
 「1位と2位じゃ、そんなにアイテムに差なんてねぇし」
 口を尖らせて斎が言う。
 「あ、そうなんだ」
 「2人共、赤甲羅ふつうに避けるし、カミナリが取れるような順位からじゃ、絶対に追いつかないし…目押しでガンガン、スター出すし…勝てるわけないってのっ!!」
 ランのグチは、斎のそれよりも深くて、重い。
 やった事ないけど、絶望的な状況だけは目に浮かぶ。っていうか、その状態で挑み続けるランもある意味凄い。
 「ってか、オメーはもちっと上手くなってから来いや。機械相手に勝ったり負けたりじゃ、話になんねーよ」
 「ぐっ…」
 「なぁ、300戦無勝」
 「それを言うなぁ〜っ!!!」
 ランは、ソファーの背もたれに身体を預けて、吹き抜けになっている天井に張られたガラス越しに天を仰ぐ。
 「そんなにやってるの!?」
 驚いた嘉穂に「ん」と、諦めた感じのランがDSを手渡す。
 (…348戦0勝348敗…)
 惨々な戦績だった…
 「この、『TOMSAN』って、雅?」
 ブッチギリで対戦数が多い、ヘンな名前を見て、嘉穂が尋ねる。
 「ああ」
 コクンと頷いた、雅の黒髪が揺れる。
 「…なんで『TOMSAN』?っていうか、『TOMSAN』って何?」
 当然の疑問を投げかける。
 「斎につけられた」
 「あぁ、そう…」
 その一言で全てを理解してしまった嘉穂は、それ以上言及しなかった。この世には、どうにもならない事って沢山あって、「斎が(に)…」という枕詞から始まる事象については、何をどうしようと、全て無駄で、ただ、『──だから、この話はここでお終い』と言って終わらせるのが、正しいあり方なのだ。
 「いい名前だろ?」
 誇らしげに胸を張る斎を、嘉穂はついつい優しい目で見てしまう。
 「んだぁっ!?雅っ!そのツラぁっ!!?」
 相変わらずの無表情の中から、「ヤレヤレ」を目ざとく見つけた斎が、雅に食ってかかる。
 「騒ぐと、ネジが失くなるぞ」
 「おわっ!危ねっ!!」
 雅の一言で、斎は再び掃除に集中。さすがは雅、斎をここまで上手くコントロールできるその手腕には、頭が下がる。
 ちなみに、その雅は、今年、『雅ちゃんに、ノーベル平和賞を!!』という、とんでもキャンペーンに巻き込まれ、(モチロン本人無関係)現学園長、金田舞次郎(カネダ マイジロウ)を中心に、世界中の識者を巻き込んで、発足した委員会の尽力により、あわや、本当に受賞するところまでいきかける(本人が「迷惑」と言ったら、瞬時に委員会は解散した。)という、新たな伝説を作った。…まぁ、なんていうか、お疲れ様としか言いようがないんだけど…
 それにしても。と嘉穂は改めて画面を見直す。
 (…雅、本当に、ご苦労様…)
 なにかにつけて相手をさせられたのだろう、全348戦中、実に216戦の相手が雅である。
 その雅に次いで多いのが…
 「優妃(ユウヒ)?」
 画面の『YU−HI』という文字を指差して、ランに見せる。
 「他に誰が?」
 不愉快全開。って顔でランが答える。
 まぁ、348連敗への軌跡を辿られたら、普通、不機嫌になるけど。
 「優妃って上手いの?」
 何度かランや、斎と対戦してるのは見た事あるけど、『爽やかスポーツ少女』(ちなみに対義語は『熱血スポーツ少女』代表例は、大石次子(オオイシ チカコ)。)の見本のような普段の優妃と、ゲームというのが、上手く結びつかない。
 「…まぁ、斎と勝ち負けってとこ」
 全然大した事ないわよ。って感じで、答えが返ってきた。…負けず嫌いが、必死になっている姿が、可愛くて仕方ないのけど、そこには触れないのが、優しさというものだ。…というか、
 「斎と互角なのっ!?」
 嘉穂、思わず大声を出してしまった。だって、斎は確か今年の夏に、日本チャンピオンになってるはずだ。
 「互角じゃねぇよっ!!ユーヒとは、36戦9敗だってのっ!!!27勝だぞっ!27勝っ!!!」
 斎が、すかさず反論してくる。
 「──そのうち8勝は、ラッキーだったけどな」
 ボソリと、雅がツッコミを入れる。
 「イチイチ細かいんだよ、テメーはよぉっ!!いーんだよ、ラッキーでも、勝ちは勝ちなんだよっ!スター使うタイミングだって、アレはしっかり狙ってだなぁ──」
 「そういう事にしておいてやる。」
 「──しておいてやる。じゃねぇよっ!そういう事なんだよぉっ!!」
 「………」
 「優雅に茶ぁなんて飲んでんじゃねよっ!聞けよっ!ボクの主張を聞き入れろよぉっ!!!」
 斎がまだ雅に向かってキャンキャン吠えてるけど、雅は全く聞いてない。
 それにしても…だ。348連敗のランといい、おそらく対雅、348連敗どころの戦績では済まないであろう斎といい、勝てない相手だろうが、なんだろうが向かっていこうとする、そのバイタリティは見習わないと。と、2−Aきっての穏健派である嘉穂は、事ある毎に思うのだが、なかなか上手くいかないのも、また、現実である。
 「ん?」
 「おっ!?」
 まず、斎を完全に無視して、紅茶を飲んでいた雅が見つけて、次に雅にキャンキャン噛み付いていた、斎が気づいて、2人のリアクションを見た、嘉穂とランが2人の視線の先、談話室の入り口へと向ける。
 「!?」
 どうやら、今談話室に入ってきた少女もコチラに気づいたようだ。
 「おーい!ユーヒぃっ!!ちょっとツラ貸せやぁーっ!!!」
 斎が、ブンブン右手を振ってアピールするより早く、少女は真っ直ぐ向かってくる。
 白いロンTの上に、黄色い厚地のノースリーブ、ダークブルーのショートパンツという、真冬に気合で真っ向勝負の服部優妃(ハットリ ユウヒ)が、ショートカットにトレードマークのカラッカラの笑顔を……アレ?
 「優妃?どうしたの!?」
 難しい顔をして現れた優妃に、嘉穂は戸惑いながら声をかける。
 「いや〜、それがさぁ…よっ、と」
 優妃は、ちょっとだけいつもの笑顔に近い表情に戻ると、隣のテーブルの、1人掛けのソファーを引っ張ってきて座った。
 「まいったよ。明後日帰ろうと思って準備してたらさ、イキナリ母親から電話がきてね。『今年は、お正月にグアム行ってくるから』とか言われちゃってさぁ。商店街の福引で当たった4人1組の旅行らしいんだけど…いくら私抜きだと丁度いいからって、行く?普通。それに、こんな直前になって言い出すし──」
 (うわぁ〜…)
 なんていうか、他人が聞いたら、笑い話だけど、当の本人には、不幸この上ない展開に、嘉穂は、開いた口が塞がらない。を、身をもって実感中。
 「──しかも、『4日の夜には帰るから〜』って、私は4日の昼から部活なんだけど…ってわけで、今年のお正月は、実家に帰って、1人で留守番ですよ。もう…流石に滅入るよ」
 説明したせいで、やり切れなさが戻ってきたのか、優妃はため息をついて、ゴトンと、顔を横に倒して、右耳をテーブルにつける形で、突っ伏した。
 「そんなら、帰んなきゃいいじゃんか」
 当たり前のように、斎が言う。
 「出来るならそうするよぉ」
 首をクルっと回して、今度は左耳をつけるようにしながら優妃が嘆く。
 「寮、閉まっちゃうもんね…」
 初めて見る、優妃のローテンションモードにつられたのか、嘉穂の声にも元気が無い。
 「いや〜、ゴメンね!こんな話して!!」
 バッと顔を上げて、男女を問わず、見た人の心を掴んで離さない優妃スマイルを浮かべるものの、やっぱりいつものような光がない。優妃のファンは、それもまたヨシ!なのかもしれないけど、嘉穂には、優妃の空元気が、やっぱり痛々しく見えてしまう。
 「で?なにやってたの?」
 「だからよぉ、ボクと一緒に雅ん家泊まりゃいいじゃんか」
 無理やり話を変えようと、努めて明るい声でテーブルを見回す優妃の気遣いを、完全に無視して、斎が提案をする。
 「…」
 「…」
 「…」
 「…」
 「はぁっ!?」
 「そうだな」
 斎を除いた4人が一瞬沈黙して、雅を除く3人が同時に聞き返して、
 「えっ!?」
 3人の視線が、今度は雅を捕らえる。
 「だろ?」
 斎が勝ち誇ったように片眉を上げる。
 (っていうか、なんだ?この超展開は…)
 一瞬嘉穂が戸惑った隙に、話はドンドン流れていく。
 「いや、泊まるって言われても…」
 優妃が、尻込むのも当然だ。いくら、帰るのが面倒だからって、人様の実家に、しかも、お正月の期間ご厄介になるのは、さすがに敷居が高過ぎる。抵抗を覚えるな。と言う方が無理というものだ。
 「問題ねーだろ、雅ん家、部屋余ってるし」
 「その言い方だと、豪邸みたいな感じがして、イヤなんだが…」
 「へー、雅の家って大きいんだ」
 なぜか乗り気なランが食いつく。泊まりに行くのは、優妃で、ランは全く関係ないんだけど…
 「一般的な家より少し大きいくらいだな」
 「…大きい…」
 ランが視線を宙に飛ばす。
 「プールとかついてるヤツは想像するなよ」
 「ないの?」
 「ない」
 「ボクん家にはあるけどねっ!!」
 「ふ〜ん………なにぃっ!!?」
 斎の言葉に、ガバっと反応したランに続いて、
 「プールあるのっ!?」
 優妃が食いつく。
 「あったりめーじゃんっ!」
 「…お前は帰れ」
 「はぁっ!?なんでだよっ!!」
 「お前、入学してから1回も帰ってないだろ。今回こそ帰れ」
 「イヤだねっ!遠いし、メンドイっ!!」
 「斎…たまには帰って、親に顔見せてあげなよ」
 話に乗り遅れていた嘉穂が、ようやく入ってくる。
 「親っ!?」
 嘉穂の一言にランが固まった。
 「…そうだったよ、雅の家に行ったら、私、邪魔だよ」
 尾関一家の家族団欒の邪魔になる…それを思い出した優妃が、両手を顔の前でブンブンやる。
 「問題ないぞ」
 「なんで?」
 またも、なぜかランが食いつく。確認の為にもう1度繰り返すが、泊まりに行くのは、ランではなく、優妃だ。
 「父しかいないからな。どうせ、父も元日の昼には出かけるし」
 (うわっ、ランっ!いきなり地雷踏まないでよっ)
 優妃が視線をランに飛ばしたのをきっかけに、ラン、嘉穂、優妃の視線が絡み合う。
 (ゴメン…そんなつもり、全然なかった…)
 (それにしても、雅の家って…優妃っ!雅のためにも、雅のお父さんのためにも、行くべきだよっ!)
 親子2人水入らずを邪魔してしまうのは、気が引けるけど、元旦の昼から、雅1人でお留守番は、可哀相だ。それならば、優妃と一緒にいた方が、雅のお父さんも気が楽だろう。
 (…あ、やっぱ?そう思う?)
 (これで行かなかったら、私はアンタの人格を疑うね)
 (…決ったか?)
 「み、雅っ!?」
 「いきなり入ってこないでよ…あ〜ビックリしたぁ」
 「自分達の事ながら、凄いアイコンタクトだったね」
 「まぁ、やればできるってことよ」
 「…なんか違う気もするけど、まぁいいか」
 優妃が、カラッカラの笑顔で笑う。
 「でも、本当にいいの?」
 邪魔じゃない?と、一転、申し訳なさそうな顔の優妃に、
 「全然。それに、斎もいるしな」
 雅は、言いながら親指で、右隣をクイっと差す。
 「いえーっ!!」
 雅の「ヤレヤレ」など、気にも留めずに、斎は、顔の前で右手のピースを振る。
 「あ、結局、連れてくんだ?」
 「…帰れと言って、帰るならそうするけどな…」
 「…帰るわけないね」
 「帰らないわね」
 「帰らないね」
 「帰るわけねーじゃん!」
 「自分で言うなっ!!」
 みんなを代表してランがツッコミを入れて、みんな笑って、それはとても楽しくて。
 そして──
 〜♪Quando sono sola songno all'orizzote…〜
 「あ、ゴメン。ちょっと」
 通話のボタンを押して、「もしもし」と、嘉穂が席を外す。
 「もしかして、嘉穂の家族も、お正月いなかったりして?」
 ランが、嘉穂の電話の相手と、内容を勝手に想像して笑う。
 それを聞いた優妃は「そんなわけ無いって」と、手をヒラヒラさせて否定する。自分のケースは極めて稀な例だと。そういうことらしい。
 「だったら面白いなぁ。って話よ。まぁ、そうなったら、私も雅の家に押し掛けるけど」
 笑顔のまま、とんでもない事を口走る。
 「…ラン」
 優妃が苦い顔で、ランを見つめる。
 「もしもの話よ」
 「そうじゃなくても、来たいなら来ればいい。今いる人数くらいなら、全員来ても、まったく問題ないぞ」
 雅が普通に言い切った。
 「ほら、雅もこう言ってることだし」
 ランが、学園3大美女と呼ばれるのに相応しい、満面の笑みで勝ち誇る。
 「いや、そうかもしれないけど…」
 そうじゃないって言うか…上手く説明できないんだけど…と、優妃が口籠っている間に、ランと雅、2人の間で、ドンドンとランの望む方向へと転がっていく。
 5分ほどたっただろうか。廊下で話していた嘉穂が、沈痛な面持ちで談話室に帰ってきた。
 「嘉穂…まさか…?」
 嘉穂が纏う独特の空気に覚えのある優妃が、ソファーから腰を浮かす。
 ランは、なぜか雅とハイタッチ。
 「…厚かましいお願いで、本当に悪いんだけど…私もお邪魔していいかな?」
 ――5人の年末年始の予定が決まった。
  

  
「12月31日 昼すぎ」


 
 9回表2アウトランナー1塁、カウント2-3(フルカウント)、得点は0-2。
 満員の広島市民球場、ライトスタンドからは、『あと1球!!』の大歓声。
 降りしきる雨の中、18.44メートルの距離で対峙する、打者と、投手。
 サインの交換が終わり、両者の緊張と集中が極限まで高まり、
 セットポジションから、最後の1球が放たれる。
 「ズバンっ!!」
 小気味いい音を立てて、白球がキャッチャーのミットに収まる。
 「…」
 「…」
 「…」
 「…」
 「ボール!フォアボール!」
 「なぁぁぁんで、振らねぇんだよぉっ!!」
 「いや〜、ここでボール球振るほど、下手じゃないって」
 悔しがる斎の隣で、優妃はカラッカラのいつもの笑顔。
 「あっと、代打、代打〜」
 優妃がタイムをとる。
 「んだよ〜、誰だって一緒だろぉ?どーせ三振なんだからよぉ」
 「そうならないように、選ぶんじゃない」
 「あれ!?終わったの?」
 嘉穂は隣に座でファッション誌を見ているランの肩をつつく。
 「今の流れが、どうして『終わった』って結論に結びつくのよ、アンタは…タイムよ、タイム。まだ終わってない」
 メンドくさそうに、左手をヒラヒラさせると、ランは手元に視線を戻す。
 「…だって野球、全然解んないもん…」
 ぷぅ。と頬っぺたを膨らませた嘉穂の方を振り返って、優妃が笑う。
 「まぁ、見ててよ、ここからひっくり返すからさ」
 「あ”〜?んなわけね〜だろっ!?ボクが負けるわけ…代打、平田ぁ?あひゃひゃはひゃひゃひゃ──」
 優妃が選んだ代打を見て、斎が画面を指差して笑う。
 「悪い?」
 自分が選んだ以上、責任は自分が持つ。優妃の言葉からはそんな意志が伝わってくる。
 「──ぶわはははははははははっ!!悪かねーけどよっ!もわははっはははは…そっちはホントにバッターいねぇなぁ!?」
 「私は、堂上兄弟より買ってるよ」
 ひたすら笑い続ける斎の隣で、タイムを終えた、優妃の纏う空気が明らかに変わった。
 「うわはははははははっ…ひーひー…」
 斎は、優妃の変化に気づいていない。
 (斎…気づかないと、やられるよ)
 野球のルールは知らなくても、たとえ、ゲームを普段やらなくても、そして、確かに運動神経は悪いけど。でも、解る。優妃が纏う、研ぎ澄まされた日本刀のような鋭い空気。トップアスリートだけに許された、集中力による、一瞬の限界突破…『聖域(ゾーン)』。その領域に到達した今の優妃を、相手を見下してしまっている斎が、勝てるはずがない。嘉穂には、この勝負の結末が解ってしまった。
 「はん!まぁ、いいか…」
 瞬間──
 画面の中のピッチャーが、セットポジションから
 「プロの世界は非常だぜぇっ!!!」
 ──斎の纏う空気が変わった。
 1球目を投げる。
 「がっ!!!???」
 「っ!!」
 カコンっ!!と乾いたいい音が響く。投げた瞬間に「!」マークがピッチャーの頭の上に出てド真ん中に入った失投を、優妃が見逃すわけがなかった。
 「…あぁ、いったわね、コレは」
 ランがぼそりと呟く。
 白球はグングン伸びて、レフトスタンド中段に消えていった。
 「イエスっ!!!」
 「な〜が〜○〜わ〜………」
 斎がコントローラーを「ゴトっ」と落とす。
 余りにも非情かつ、タイミングの良過ぎるゲームの気まぐれに、地球で1番沸点が低いと言われる女は簡単にキレた。
 「永○ぁっ!!テメー、なにしてくれんだ、ああんっ!?劇場か!?毎度お馴染み『○川劇場』かっ!!?テメーはリアルで『永○劇場』なんだからよぉっ!!!せめてゲームのなかでくれー、ぴしっと抑えろやっ!!!今シーズンだけで、14回だぞ、14回っ!!!!こんだけ失敗したら、普通リストラの対象だってのっ!!!!それを…現状維持だぁ?ふざけんなぁっ!!!!!!!テメーに8500万(推定)も使うなら新井に8500万(推定)上乗せして引き止めるわっ!!──」
 (は、早く…雅、早く…)
 電光石火の早業で、斎を羽交い絞めにした優妃が、雅の到着を切に願う。
 「──うぉいっ!鈴○ぃっ!!テメーだ!テメーに言ってんだよぉっ!!!エースを育てて、FAでメジャーに高飛びされて、4番を育てりゃ、読○か阪○にかっぱがれて…当たりの助っ人は契約延長できねーで、新入団の野手の紹介は必ず、『走・攻・守・三拍子揃った…』他の表現知らねーのかぁぁぁっ!!!!仮に、仮に、この表現が当たってるとしたらなぁ…もしそうならなぁ…同じタイプばっか取ってんじゃねぇよぉぉぉっ!!!たまには『長打力が自慢』とか『左右に打ち分けられる』とか取ってこいっ!!!!──」
 (雅…早くしないと、寮の備品が壊れちゃうんだけど…)
 斎の両足を抱えて、持ち上げている(実は1番キツくて危ないポジションだったりする)ランも、雅の到着を待ち侘びている。
 「──もう何年だっ!!何年もずーっとBクラスじゃねぇかぁっ!!!しかも4位が1度であと5、6(ゴンロク)…入れ替え制だったら今頃2部だわぁぁぁぁっ!!!カーンバーックっ!!鉄薔薇さま(ロサ・アイアン)(衣笠祥雄氏のことだと思われる)かーんばぁぁぁっくっ!!!!漢(オトコ)、前田をっ!漢、前田をっ!!もう1度漢にする為にも、監督をベース投げヤ○キー(アメ○カ人をよくない表現で呼んだと思われる)から鉄薔薇さまにっ!!」
 (雅…)
 PS2の本体とコントローラーを素早くどかし、周囲のテーブル、ソファー、観葉植物…動かせる物を手当たりしだいに遠ざけながら、嘉穂もまた、雅を待つ。
 3人は強く願う。
 『斎、どうにかして』と。
 その時、「ガチャ」と談話室のドアが開いて、ナイスすぎるタイミングで尾関雅が現れた。
 「雅っ」
 「あ”〜ん?」
 「…」
 ドアを開けて視界に飛び込んできた光景を見て(その前に、斎の怒声が聞こえていたのもあるだろうけど)状況を一瞬で理解した雅が、開口1番、
 「…野球は2アウトから。お前はまだ、裏が丸々残ってるが?」
 斎という燃え盛る炎に、あろうことか、雅は燃料を投下する。
 「…」
 (怖い…さっきまで、怒鳴り散らしてた分、沈黙が怖い…)
 嘉穂が、観葉植物の鉢をもう少し後ろにずらす。
 「演出だよっ!演出っ!!1度逆転させといて、こっからサヨナラ勝ちするっていう、ボクの演出に決まってんじゃん!んだよぉ〜、オメーら、みんな、まんまと騙されちまってよぉ。ったく…」
 (ウソダ!それは絶対にウソダっ!!)
 ランと嘉穂、そして優妃が顔をあわせて、ため息を1つ。
 (優妃、解ってんでしょうね!?)
 (斎の『演出』通りに!だよ?)
 (ちょ、無理だよ〜)
 (なんでっ!?)
 (バレないわけないじゃない。相手は斎なんだから)
 (いや、まぁ…そうなんだけど…)
 (優妃!頑張ってっ!!)
 (嘉穂…私は、嘉穂だけは信じてた…)
 「いよっしゃーっ!!こいや、ユーヒっ!!岩瀬だろっ!?岩瀬ぇっ!!」
 「はぁ…」
 スタンバイOK、気合充分の斎に急かされて、優妃が渋々コントローラーを手に取る。
 「これじゃ、勝負にならなくない?」
 完全に勝ちにきてる斎と、なんだかよく解らない展開になってしまった優妃とでは、モチベーションが違い過ぎる。今の状況で、優妃がゲームに集中するのは無理だ。と、嘉穂は感じたのだ。
 「問題無いだろう」
 雅が嘉穂の疑念を一蹴する。
 「始まってさえしまえば、優妃は勝ちにいく」
 「そうなの?」
 「そういうふうにできてるんだ、アイツは」
 「ふーん。」
 よく解らないけど、まぁ、雅が言うんだから…嘉穂はそのまま、雅の隣に腰をおろし、勝負の行く末を見守る事にした。
 「…あれ!?私、あと1アウト残ってなかった?」
 優妃が斎に尋ねた。
 「オメーが早くこねーから片付けといた」
 しれっと、言い切った。
 「…はぁ…まぁ、いいか。どうせあそこからじゃ、点取れないだろうし」
 (それでいいのっ!?)
 あまりにも聞き分けの良すぎる優妃に嘉穂は心の中でツッコミを入れてしまった。
 「…余裕じゃんか…」
 その態度が気に入らなかったのか、斎の周りの空気が一気に黒くなった。(ように見えた)
 「自信あるからね」
 さっきまでの、中途半端な感じはどこへやら、完全に臨戦態勢の優妃が宣言する。
 「抑えるよ」
 「…上等」
 野球ゲームとは思えないくらいの圧力が2人から噴き出す。
 もし、どちらか片方が自分だったら…
 (逃げるね。間違いなく)
 そう自信をもって言える伊東嘉穂17歳。真剣勝負の空気は、結構苦手。
 そして、ゲームはどうなったかと言うと、
 「………」
 「勝ち〜」
 「…も、もう1か──っ!?くらぁっ!!雅っ!離せっ!!リベンジっ!!!リベンジっ!!!!」
 「移動だ、移動」
 雅は斎を羽交い絞めにして、そのままズルズルと引き摺っていく。
 「私達も行こうか?」
 「そうね」
 「あはははは、そうだね」
 3人で手早く片付けをして荷物を持って雅達(こういう状態でも「達」って表現なんだろうか)を追いかけると、談話室を出たところで追いついた。
 「だから、あと1回だけだって!」
 「…お前のあと1回は、あと1回勝つまでだろ?」
 「次は勝つから同じじゃねぇかっ!!」
 こういう時、そう信じて疑わないのは、ある意味才能だと思う。
 「いいか。あのゲームに関しては、お前と優妃は完全に互角だ──」
 優妃がウンウンと頷く。
 「──完全に互角だからこそ、お前は、たまにしか優妃に勝てない──」
 「え…なんで?」
 完全に互角なのに、たまにしか勝てない…嘉穂の疑問にランが答える。
 「斎が贔屓してる赤いチームじゃ、優妃んトコにはたまにしか勝てないってことよ」
 「ラぁンっ!!テメーどーゆーことだ!コルァっ!!!」
 鼻と鼻がぶつかりそうなくらい近くで斎が吠える。
 「15勝9敗」
 「ぐっ…」
 ランが人差し指で、斎のおでこをちょんと押すと、斎が大袈裟に仰け反った。
 「立派にお得意様よ、貯金6も献上したら」
 「うぉぉぉおのれぇぇぇぇ…」
 ギリギリと歯軋りを立てて悔しがる斎にランが笑顔で追い討ちをかける。
 「しかも、来年は黒田、新井がいない…」
 「おおおおお、漢、前田がいるわいっ!!!!」
 そう言い残して、斎は全力ダッシュで寮の玄関へと消えていった。
 「いや〜、相変わらず早いねぇ」
 「ホントにね…私なんか、あの半分もスピードでないのに…」
 羨ましそうに、斎の消えていった廊下を見つめていると、頭の後ろに「ポン」と手を置かれた感触がして、嘉穂は慌てて振り返る。
 「(ニコっ)」
 そこには微笑みを浮かべたランがいた。
 「…ラン…」
 「ダイジョブよ、嘉穂が運動神経ゼロなのは、みんな知ってるから」
 「…」
 「(ニコニコ)」
 「……」
 「(ニコニコ)」
 「………!ランっ!!」
 「!」
 嘉穂が怒りを露わにした瞬間、ランもまた、斎の消えた方向へと、ダッシュで逃げる。
 「ランっ!!ちょっと!」
 嘉穂も、ランを追いかけてダッシュっ!!
 スタートのタイミングはそんなに変わらなかったのに、ランと嘉穂の間の空間が、どんどん開いていく。
 「ほらっ!嘉穂っ、ダッシュ!だぁっしゅっ!!」
 遠くでランが振り返って嘉穂を急かす。
 「これでも全力ぅ〜」
 情けない声を上げて嘉穂が追いかける。
 やがて、嘉穂の姿が曲がり角の向こうに消えて、ランの笑い声と、嘉穂の情けない声が少しづつ小さくなっていく。
 「いや〜、青春だね」
 「…まったくだな」
 そして、廊下に残された2人もまた、ゆっくりと曲がり角の向こうへと消えていった。
 
 雅と優妃が、管理人室の前に着くと、先行していた3人が松本先生((マツモト ジュン)星影学園保険医兼女子寮管理人)と挨拶がてら、立ち話をしているところだった。
 「ありがとうございます、松本先生」
 優妃が、ペコリと頭を下げる。
 「無理を言って、申し訳ない」
 続いて雅も頭を下げる。
 「別にこれくらいお安い御用ですよ。…さすがに夜までは、ちょっと厳しいですけど…」
 そう言って、松本先生が「あはは」と笑う。いつもは、アップに纏めている髪を、緩い三つ編みで肩口に垂らして、半ば制服と化している(別に着なくてもいいらしい)ビシッとした白衣も着ていないせいで、今日の松本先生は本当に「お姉ちゃん」みたい。(実際、10歳も離れてないんだけど…)
 「でも、尾関さんも大変ですね、大晦日までアルバイトだなんて…」
 そうなのだ、星影学園の寮は通常12月30日には閉鎖される。されるのだが、今年は、雅のアルバイトの都合でどうしても、今日のお昼まで働かなければならなくなってしまったのだが、「実家からだと遠くなるから」と、管理人である松本先生が残ってくれたおかげで無事、雅と雅の家にお泊りの4人組みが、今日帰省(?)という事になったのだ。
 「ったく、だらしねぇよな。インフルエンザでダウンなんて」
 「河上さん。今年のインフルエンザは例年のものとは違うタイプものなので、今までかかり難かった人が、かかったりするんですよ」
 「そうそう。ウチのクラスだって、井上、吉村コンビが、かかってたじゃない。あの2人、入学してから皆勤賞だったのに」
 「あの2人もそうですし、この学園でもそれなりに流行ったんですよ?今は少し落ち着いたみたいですけど」
 「私達は平気だったみたいだね」
 「馬鹿はなんとやらを地でいく、チカと斎は置いといて、結構弱い嘉穂がかかってないものね」
 「私が弱いんじゃなくて、みんなが強いんだよ…」
 そう言って嘉穂が肩を落とす。
 「ふふふっ…伊東さんは、体力もそうですけど、早く寝ることです。夜遅くまで自習室に篭っているのをよく見かけますからね。教師という立場上、こんな事を言うのは、おかしいのかもしれませんが、あまり根を詰めないように。勉強して、身体を害しては何もなりませんから」
 「自習室?」
 「アンタが「タイムマシン」を作るって言って、大失敗して、ハリウッドまで吹っ飛ばした部屋よ」
 「おぉ〜、あそこか〜」
 斎のとんでも実験は、例外なく失敗して、その度に大爆発を起こすのだが、これまで誰1人として怪我人を出していないという、ある意味奇跡的な実験でもある。
 「♪ピロピロピロ…」
 開けっ放しになっていた、管理人室の窓(受付みいたいなアレ)から電話の音が聞こえてきた。
 「あっ、先生、もしかしてぇ〜」
 優妃がイジワルそうに笑う。
 「そんな人いませんっ!」
 「そんな人ぉ〜?」
 イジメっ子ランはこういう隙は絶対に逃さない。(…多分ランにはイジメっ子センサーがついてるに違いない。特に私用のが)と嘉穂が思ってしまうくらい、ランの食いつきは早い。
 「…」
 「そんな人って──」
 「──だぁぁれぇぇぇん?」
 優妃とラン、ノリノリだ。
 「親ですっ!親っ!」
 先生は、顔を赤くして、両手をパタパタ振りながら否定する。
 「先生、切れるぞ」
 「あっ!ご、ごめんなさいっ!みなさんっ!」
 ガバッと頭を下げて、先生が管理人室のドアのノブに手を掛ける。
 「先生っ!良いお年を」
 「また、来年〜」
 「良いお年をっ!」
 「良いお年を」
 「またな〜」
 嘉穂に続いて、思い思いに挨拶をする。
 「はいっ!良いお年を」
 中に入ったのに、わざわざドアから顔を出して、先生が答える。
 「先生っ!いいからっ!電話っ!電話っ!!」
 「あぁっ!はいっ!!じゃぁ、みなさんっ!良いお年をっ!!」
 律儀にもう1度挨拶をして、先生が管理人室の中に消える。
 バタバタと足音がして、その足音が聞こえなくなって、1拍おいて、電話の音が聞こえなくなった。
 優妃が、そっと窓を閉める。
 「間に合ったかな?」
 「多分ね」
 大丈夫。先生宛ての電話だもん。先生と繋がる前に切れるわけがない。根拠はないけど、そんな気がする。
 (先生、良いお年を)
 心の中でもう1度挨拶をして、嘉穂は4人の後を歩き始めた。
  
 「雅ぃっ!オメー、なんで、『オデッセ』で来てんだよっ!!」
 玄関から飛び出した斎が、目の前に停まっている、黒いワゴン車を見て、雅に文句を言う。
 「…荷物があるんだから、コレでいいだろ。しかも、アッチは使用中」
 「知らねーよ!そんなのっ!!ボクは、『インプレッサ』、運転したかったんだよっ!!!」
 インプレッサがどんな車なのか知らないけど、雅の話から推測すると、多分、普通に5人乗りの乗用車なんだろう。確かにここにいるのは5人だけど、自宅に帰る雅と、他人の家に泊まりに行くという自覚がまるで感じられないくらい荷物が少ない斎以外の3人はそれなりに大きなバッグを持ってるので、ワゴンで来た雅の選択は決してまちがってないと思われる。
 (アレ…)
 何かに引っかかって、嘉穂がさっきの斎と、雅の会話を辿る。
 「運転〜?」
 ランが嫌ぁ〜な表情で、斎を見る。
 「そうだよ!コレ、運転してきたのって…」
 優妃が、まさかねぇ?と雅の方を向く。
 「私だ」
 雅が、当然。とばかりに言い放つ。
 「はぁっ!?だって、アンタ、免許は──」
 「ん」
 雅はジーパンの尻ポケットから、財布を出すと、その中から1枚のカードを出して、見せてくれた。
 「…運転免許証…」
 雅が見せてくれたカードには、確かにそう書いてあって、デザインもウチのお父さんが持っているものにそっくりで、写真は見紛う事なく、目の前にいる絶対美少女。そして、名前の欄には『尾関雅』。生年月日もあっている…
 「ちょっと待って!だって、これ17歳──」
 日本で自動車の普通免許が取得できるのは、18歳からのはずで…
 「ボクも持ってるってのっ!!」
 斎が、自慢げに1枚のカードを、3人の前に突きつけた。
 「…運転免許証…」
 斎が出したカードには、確かにそう書いてあって、デザインもウチのお父さんが持っているものにそっくりで、写真は見紛う事なく、目の前にいる小動物のような学園のマスコット。そして、名前の欄には『河上斎』。生年月日もあっている…
 「だから、待って!だって、斎なんて、まだ16歳──」
 しつこいようだが、日本で自動車の運転免許証が取得できるのは、18歳からのはずで…
 「飛び級で取った」
 「…え?」
 「…飛び級?」
 なにそれ。嘉穂と優妃が顔を合わせる。
 「雅は、それで納得できるけど、斎は?アンタ、学園長の「飛び級許可」貰える条件みたしてないじゃない」
 『飛び級』という言葉に過剰に反応しなかったランが、斎に尋ねる。
 「あ〜、なんか、舞次郎に『雅が、長い距離走るの疲れるから、斎も運転できたら、いいのに…』ってボヤいてたぜって言ったら、許可証ってのくれた」
 「…あ…そう…」
 あまりにも、無責任かつ、自分勝手な許可の出し方に、ランの両肩が、ガクっとなっる。っていうか、日本の影のトップという噂があるぐらいの学園長をこれだけ、いいように使っている斎は、もうすでに、日本を裏から牛耳っているようにすら思えてくる。ハッキリ言って、斎の作り話を、学園長は真に受けすぎだと思う。
 「で、その、『飛び級』って何?」
 ひと段落ついたのを見計らって、優妃が疑問を投げかける。
 「ったく…いい?飛び級ってのはねぇ──」
 「今回の、雅が免許を取った、飛び級についてだよ。飛び級は本来の説明はいらないからね」
 「──ちっ」
 先回りした、嘉穂のツッコミに、ランがつまらなそうに、舌打ちをした。
 「雅、よろしく〜」
 しかも、そのまま、丸投げした。
 「…条件さえみたせば、申請できる制度だ。学園長の許可がおりれば、年齢を満たしていなくても、免許や資格が取得できたり、高校を即卒業して、大学に編入もできる」
 「まぁ、酒、タバコ、ギャンブルとかはもちろんNGだけどね」
 雅の説明を、ランがやる気なく補足する。
 「えと、つまり…雅と斎は、もう卒業できるの?」
 「…ん?あぁ…許可がおりればな」
 一瞬、雅がキョトンとして、それから返事をした。
 「え?だって、もう飛び級で…」
 「その都度、申請がいるのよ。ダイジョブよ、普通に卒業させてもらえるかどうかも怪しい雅に、飛び級で卒業許可なんて、おりるわけないでしょ」
 「…」
 「あ、そうなの?」
 「そうなんだ」
 複雑そうな雅の沈黙に、嘉穂と優妃の安堵が重なる。
 「そうなの。だから、アンタ達は安心してよし」
 「良かったぁ〜」
 嘉穂が心底から、安堵の声をあげる。
 「ところでさ、条件ってなんなの?」
 「在学中の(最低でも1年間)学年主席維持&皆勤で、その生徒が模範的な生徒であると認められた場合のみ、許可される」
 「え〜…?」
 優妃と嘉穂のジト目に思わずたじろぐ、誰がって、もちろん雅が。
 「皆勤〜?」
 「模範的ぃ〜?」
 「遅刻はしてないぞっ、1回もっ」
 雅が、珍しくアタフタしながら、反論する。
 「遅刻はしてないけどさぁ〜」
 「雅、寝ながら学校来るし。しかも、ヒドイ時は2次限終わるくらいまで、寝てるし」
 「ノ、ノートはちゃんと、とってるっ」
 「それ、雅の特技じゃない。それを起きてるとは、認められませんなぁ〜」
 優妃が笑いながら、雅を追い詰めていく。
 「それで模範的って言われても…ねぇ〜?」
 ランと、優妃の笑顔の競演。優妃は眩しいくらいに、カラッカラの笑顔なのに、ランの笑顔は、裏に潜むどす黒さを隠しきれていないので、かなり怖い。まぁ、学園一の美処女を、学園トップ5に入る美少女2人が笑顔で囲むっていう図ではあるので、免疫の低い(淡い憧れを持ったともいう)1年生が見たら気絶しそうなほど、ぱっと見、美しい構図であるのは間違いない。
 (やってる事は、淡い憧れなんか、ほど遠い世界だけどね…)
 例えるなら、1年生(仮)の主観は、ガブリエル・バンサンのような水彩画。実際に繰り広げられているのは、ゴッホの油絵。車によりかかり、1歩引いた位置で、結構失礼なツッコミを入れる嘉穂の足元で、会話に飽きた斎が、地べたにべったりと座って、ペットボトルのペプシをグイグイやっている。
 「そろそろ行こうぜー。雅、鍵よこせ、鍵」
 「んっ!ああっ」
 天の助けとばかりに、雅が斎に駆け寄って(雅が斎の言う通りに動くのは極めて珍しい)ポケットから鍵を出し、手渡そうとすると、
 「ストぉーっプっ!」
 ランと優妃が、それを阻止した。
 「?」
 「んだよぉ?」
 雅と斎が、ランと優妃の方へと、向き直る。
 「運転するのは、雅がいいんじゃない?ホラ、これ、雅の家の車だし」
 優妃は、努めて明るく言おうとするのだが、内から湧き上がる感情を抑えきれないせいで、ちょっと引きつった笑顔で、焦った感じになってしまっている。
 「そうそう。車庫入れとかもあるし、ここは雅に任せよう!うんそうしよう。決まり、決まりっ!!」
 ランに至っては、しゃべり方までヘンになってるし、声まで裏返りそうになっている。
 「?…2人とも免許持ってるんだから、どっちでもいいじゃ…ふぐっ!」
 2人が焦りまくっている意味がまるで解らない嘉穂は、極めて冷静な意見を言おうとしたのだが、途中で優妃に取り押さえられてしまう。
 「いいわけないよっ!」
 「んぐぐっ?」(なんで?)
 「嘉穂は、斎の走りを知らないからそんなことが言えるんだよ」
 「んんぐ?」(走り?)
 「攻撃的すぎるんだよ、斎の走り」
 「んぐぐんぐぐ?」(攻撃的?)
 「うぉぉっ!ここで『インベタから、さらにインっ!』とか、こっちの方が速ぇーぜぇっ!!とか言って、コースじゃないとこ走ったり…とにかく無茶なんだよ」
 「んぐぐ?」(つまり?)
 「ロープなしでバンジージャンプする気がないなら、斎に運転はさせない方がイイってこと」
 ランが人差し指をビシっと立てて、「これ最重要」って念を押す。
 (ロープなしのバンジージャンプって…それって飛び降りって言わない?)伊東嘉穂、心の中のツッコミは絶好調だ。口を抑えられて、声が出せないのが全く持って恨めしい。
 「ん」嘉穂が頷くと、口を押さえていた優妃が「ごめんねぇ」と手を離した。
 「でも、それって、ゲームの話──」
 「こんの、わからず屋ぁ!」
 「──あたっ」
 右手と左手を交叉させて(×にして)ランが嘉穂目掛けて、飛んできた。
 「ゲームだろうが、リアルだろうが、相手は斎なのっ!信じた数だけ馬鹿を見るのっ!私は12月31日なんて迷惑極まりない日を命日になんてしたくないわけっ!大体今日死んだら、お通夜はいつやるの!?お葬式は!?元旦早々?それとも、3ヶ日の間は自宅待機!?どっちも御免こうむるわっ!!」
 なにもそこまで、言わなくても…と思うんだけど、まぁ、ランの気持ちも解らなくはない。とにかく、ここは雅に頼むしかないようだ。
 「うん、ホラ、斎の運転は、その…『インプレッサ』だっけ、それを運転する時に──」
 「嘉穂ぉっ!」
 「──痛っ!」
 またもランが、嘉穂目掛けて飛んできた。
 「痛いよっ!ランっ」
 「嘉穂、これは脳外科のように繊細な事柄で、私達全員に関わる事柄なの」
 「それは、解ってるよ」
 「運転手は雅で決定。ま、そんなわけだから、雅、お願いね」
 「ああ」
 雅が頷いて、渡そうとしていた鍵を握り直す。
 「んだよーっ!せっかくボクの『手放しドリフト』披露してやろうと思ってたのによー」
 唇を尖らせて、ふて腐れた斎が助手席に乗り込む。
 「ラン…」
 「なによ?」
 「助かったぁ〜」
 ヘナヘナと嘉穂がランの首に抱きついて体を預ける。
 「『手放し』って言ってたよ、『手放し』って」
 「ホント…助かったわね」
 ランも大きく行きを吐き出す。
 「お〜い、お2人さん。荷物」
 後ろのトランクに、自分のバッグを閉まった優妃が声をかける。
 「あ、うん。今行く」
 ランから体を離して、嘉穂が荷物をトランクに入れる。
 なんか色々あったけど、こうして嘉穂たち5人は無事(?)星影学園女子寮を出発したのだった。
 
 「ここなのっ!?」
 「ああ」
 いや、「ああ」って、そんなあっさり返されても…
 まぁ、確かに、わざわざ、ガレージに車を止めて、荷物を降ろして「実はこれ違う人の家なんだ」なんて事、あるわけがないんだけど…あれ?なに言ってるんだろ?私…
 と、嘉穂が軽いパニックを起こしてる隣で、
 「うわー、雅の家、大きいね〜」
 素直な感想が言える優妃とは、多分、根本的に人間のタイプが違う。度胸の据わり方が、優妃は桁外れで、それはどちらかというと、雅や、斎と同じ部類なんだと思う。それから、「なんだ、イメージより大きいじゃない」と言ってしまえるランも同じ…
 「立ち話もなんだからよ、早く入ろうぜー」
 勝手知ったるなんとやら、斎が尾関家の玄関までズンズン進む。
 「コレは充分豪邸だって」
 雅の隣を歩いている優妃が尾関家を見上げながら言う。
 優妃の言う通り、これは立派に豪邸の類だと思う。確かにプールはないみたいだけど、(より正確に言うなら、ここからは見えないけど)庭だって、小さな子供が走り回って遊ぶには充分な広さがあるし、多分家自体は、一般的な一戸建てである嘉穂の家の倍近いくらいの大きさがある、立派な3階建てだ。
 「それは、斎の家みたいなのを言うんだろ」
 まぁ、確かに斎の家はとてつもなく大きい。どれくらい大きいかというと、全国ネットのテレビでやってる、『豪邸にお邪魔してきました〜』的な番組に取り上げられるくらい大きい。なんといってもあの、超巨大多国籍企業『河上グループ』の会長一族のお家である。とにかく、家の中で迷子になれるくらい大きい上に豪華で、しかも、紹介されたのは東京にある第3邸で、斎の話によると、鹿児島の本邸はその4倍はあるというから…もう嘉穂の頭では想像すらできない世界の話である。
 「なんか、執事さんとか出てきそうだね」
 玄関の前で、改めて建物を見上げるとそんな感想が自然と嘉穂の口から零れた。
 「執事もお手伝いも出てこないぞ」
 雅が、鍵を差込んで、ガチャッと回す。
 「ボク、1番〜っ!!」
 わずかに開いた玄関の隙間から、斎はするりと滑り込むと、建物の奥へと消えていった。
 「コラっ、斎っ!…まったく」
 斎にマナーとか常識とかそういうのを期待するだけ無駄なんだけど、それでも家主を差し置いて、靴を脱ぎ散らかして、上がりこむのはいただけない。
 「も〜」
 渋々、嘉穂が靴を揃えていると、
 「別にそのままでもいいぞ」
 と、雅に言われてしまった。
 いや、そう言うわけにもいかないでしょう。斎の靴を揃えて、その隣に嘉穂が靴を脱ぐ。
 「お邪魔しまーす」
 3人がそれぞれ家の奥に向かって挨拶をする。
 「車の中で話したとおり、誰もいないぞ」
 スリッパを出しながらそう言うけど、こういうのは形式みたいなものなので、客人は言わずにはいられないのだよ、雅。
 「雅ーっ!テメー、なんでダッツ買ってねーんだよっ、ダッツっ!!!あれほど、ハーゲンダッツ(チョコクッキー)買っとけって言ったのによ−っ!!!」
 「…もしかして…」
 「開けてるね…あれは」
 何をって、冷蔵庫を。
 「斎ぃっ!ちょっと、アンタいい加減にしなさいよっ!!ここは寮とは違うんだからっ!!!」
 雅を除く3人が我を忘れて、斎の声の元へダッシュする。だが、悲しいかな、やはり嘉穂はいきなり遅れてしまう。
 「あの2人、早過ぎるよ…もう」
 「がっ!バカっ!!離せっ!!!」
 「離すわけないでしょ!?」
 「もう、いきなり飛ばしすぎだよ」
 どうやら、上手く抑えられたみたいだ。
 「それにしても…」
 「優妃とランのコンビは、斎を抑えられる確率が、かなり高いな」
 「うん。私もそれが言いたかったんだけど、なんでだと思う?」
 「ランも優妃も、周りが良く見えるタイプだからな。」
 「?」
 嘉穂には、雅の話がいまいちピンとこない。
 「ランと次子のコンビが、斎にやられるのは、次子がノリと勢いで動くタイプだからだ」
 「つまり?」
 「本能で動くタイプが斎に勝てると思うか?」
 「ああ、そういう事」
 「そういう事」
 雅の話を要約すると、優妃とランは、お互いの動きを予想しながら斎の行動を限定していくので、斎にしてみれば、とても厄介な相手で、逆に、本能で動く次子は、本能が服着て暴れまわってる斎相手では相性が最悪。結果、ランとの1on1みたいな状況である以上、運動神経が桁外れな斎は、そうそう負けないだろう。と、こういう事らしい。
 「じゃぁ、裕美は?」
 「徹底的な合理主義だから、自分で追いかけるくらいなら、私か優妃、ランを使う」
 まったくもって、その通り。裕美が「斎っ!!」と怒鳴りながら、追いかけるてるのなんて、入寮してから、今まで1度も見たことがない。
 「はーなーせっ!はーなーせーよーっ!!」
 奥から、斎をかかえた、ランと優妃が出てきた。
 「まったく、この子は…」
 「本当、油断も隙もないんだから」
 「お疲れ様」
 「さて、荷物はコッチだ」
 投げ出されたランと優妃のバッグを持って、階段を登っていく雅の後をラン、斎(流石に階段は登れないので離した)優妃、嘉穂の順に登って行った。
  

  
「12月31日 23時」


 
 雅の家に着いたのが3時半くらいだったから、もう7時間半たったという事になる。 ちなみに、今、嘉穂たち5人は、揃ってコタツに入って、テレビの『笑ってはいけない○○』を見て大爆笑中(雅は相変わらず、表情かわらないし、あまり、声もあげないんだけど)。集まってテレビを見る事はあまりないので、改めてそれぞれの笑いのツボが確認できて、そういう意味でも面白い。
 優妃はわりと、何でも笑うタイプなので、このメンバーでテレビと同じ事をやったら、多分1番、罰ゲームを喰らうはめになってしまいそうな感じだし、ランはやや、シュール派。なんだけど、板尾創路さんが弱点で、出てきた瞬間から、笑いの嵐。あまりにも笑いすぎて、出番が終わるころには、声が枯れてしまっていた。嘉穂も基本的にはなんでも笑うものの、優妃よりは、守備範囲が狭い感じで、斎はとにかく動くのが好き。動きがヘンだったり、リアクションがヘンだったりすると一気に火がつくタイプ。ちなみに、1度笑い出すと、止まらないタイプでもある。最後に雅は、表情こそあまり変わらないが、よーく見ると、ネタ重視。『ディラン&キャサリン』では、珍しく声を出して笑っていた。
 「…さて、そろそろ」
 席を立って、リビングから、キッチンに向かう雅に、嘉穂が声をかける。
 「手伝おうか?」
 「…そうだな。頼む」
 ヨシっ。と腕まくりして嘉穂が立ち上がると、
 「任せなさいっ!」
 なぜか隣にいたランまで、腕まくりして立ち上がった。
 「はいはい。ランは私達と一緒にお留守番」
 ランの手を引っ張りながら、優妃が言う。
 「なんでよっ!?」
 「そりゃ、家、焼かれたらたまんないからでしょ」
 あはははっ、と、カラッカラの笑顔で優妃が笑う。
 「アンタ達は私が信用できないわけ?」
 「少なくとも、料理の腕に関しては全く信用してないね」
 「うん」
 至極最もな優妃の言葉に、嘉穂が素早く頷く。
 「ア、アンタ達はぁ…」
 ランが怒りで肩と声を震わせる。自分が人より少しだけ(!?)料理が下手なのは知っている。だが、そんなにはっきり言うのはどうなのよ…
 「というか、蕎麦を茹でるのに、3人も4人もいらん。かえって邪魔だ」
 キッチンから飛んできた、この上なく正しい、雅の正論に、ランは諦めて元の場所に、足を突っ込む。
 「んだよー、せっかく、広くなったと思ったのにー」
 「私だって好きで戻ってきたわけじゃないわよっ!!」
 「まぁ、落ち着きなって、ホラ、みかん」
 ひょいと、優妃が2人にみかんを投げて渡す。
 「あ、ありがと」
 「おい、ユーヒ、これ甘いんだろーな?」
 みかんの皮を剥きながら斎が優妃に尋ねる。
 「あはははっ、私が選んだんだからダイジョブだって」
 「ふーん。ならいいけどさ」
 剥き終えた斎は、1個丸々口の中に放り込んで、ちょっとだけ噛むと、ゴクっと飲み込んだ…俗に言う『丸呑み』である。
 「ウメー。おい、ユーヒっ、もう1個くれっ、もう1個っ!」
 「…そんな食べ方して…知らないよ?喉に詰まっても」
 優妃がみかんを籠の中から、みかんを選んで、斎にパスする。
 「オメーらとは鍛え方が違うっての」
 どうやって鍛えるのか、その方法は不明だけど、斎は全然強さが違う気がするから不思議だ。どんな食べ方しても、喉に物が詰まる事なんてなさそうだし、何を食べても、お腹を壊す事なんてなさそうで、なるほど…確かに鍛え方が違うのかもしれない。
 「あ」
 「え、なに?」
 「帰ってきた」
 「帰ってきた…って、お父さん!?」
 「ああ」
 「え、ちょ、ちょっと!どうしよう!?」
 「?なに慌ててるんだ?」
 そりゃ、雅は見慣れたお父さんだろうけど、私達は初対面なわけで、しかも、いきなり年末年始に、こんな大人数で押しかけるなんて、とんでもない事をしてるわけで…家にいて、着いたらご挨拶だったら、まだ良かったのに、今イキナリとか言われても、心の準備なんて、できてるハズがない。
 「慌てるよっ!ちょっと、ランっ!優妃っ!お父さん帰ってきたって」
 「ふーん」
 「いや、ラン。普通過ぎ…もうちょっと慌てようよ」
 「そういうアンタだって落ち着いたもんじゃない」
 「あははははっ、まぁ、今更バタバタしてもねぇ?」
 もうダメだっ!嘉穂は激しく後悔した。一瞬、優妃は味方だと思ったのに…あの2人はなんていうか…修羅場に強すぎる。これで、いざ、挨拶をしたら、自分よりずっと上手くやってしまうんだ…もう神さまのイジワルっ!!
 嘉穂が神さまに因縁をつけていると、ガチャッという音がして、
 「いらっしゃ〜い」
 ドアの向こうから、とんでもない美女が現れた。
 「…」
 「…」
 「…」
 「あら?」
 「ただいま」
 「お帰り〜、雅〜」
 「うーすっ!涼風(スズカ)」
 「斎ちゃん、お久しぶり〜相変わらず、元気そうね〜」
 「あ…あ…」
 「…え…え…」
 「お…お…」
 「?」
 声が出ない…だって、その雅の話では家にいるのは、お父さんで、でも出かけてるから、夜には帰ってくるって…という事は帰ってくるのは、お父さんなわけで…
 そんな思考が嘉穂の頭をグルグル回っているころ、ランの頭の中でも、
 お父さんが帰ってくる。っていう話…だったのよね?ということは、今あそこにいるのは、雅のお父さんで…お父さん…お父さんって…えぇっ!?
 同、優妃。
 うわー。また、凄い美人が出てきたなー。まぁ、雅のお父さんなんだから、とんでもなくカッコイイのは予想してたけど…そうかー、こう来たかぁー…もの凄い美人かぁ…美人っ!?
 「お父さん!?」
 失礼ながら、3人は雅のお父さん(?)をもう1度凝視した後、視線を素早く雅に移す。
 「ああ」
 「はーい。雅がいつもお世話になってます。あ、私の事は涼風って呼んでね」
 「あ、えと、挨拶が遅れてスイマセン。私は、藤堂魁と申します。」
 1番早く立ち直ったランが、普段からは考えられないくらい、しどろもどろに挨拶をする。
 「伊東嘉穂です」
 「服部優妃です」
 「ランちゃんに、嘉穂ちゃんに、優妃ちゃん。ヨロシクねっ」
 「はい、あの、年末年始にこんな大人数で押しかけて申し訳ありま──」
 「ランちゃん、いいのいいのっ。堅っ苦しい挨拶は抜きにして、自分のお家だと思って寛いでね」
 「はい、ありがとうございますっ」
 ランに続いて、嘉穂と優妃が頭を下げる。
 「…それにしても、我ながら、ナイスタイミングだわ。お蕎麦、私の分もお願いしていい?」
 「…5人分しかない」
 「うっそっ!!!ねぇっ!?雅っ!嘘でしょ!?ねぇっ!嘘だって言ってよっ!雅っ!雅っ!!!?」
 涼風さんは、雅の足元にすがりついて、必死にアピールをする。
 「昨日、斎がつまみ食いしたせいで、5人分しかないんだ。我慢しろ、年長者」
 「年長って、私はこう見えて、まだ心は18なんだからっ!!そんなにみんなと変わらないのよっ!」
 「来年で四十だろ…まったく」
 「ヒドイっ!!雅ったら、ドンドン性格が歪んで…昔はっ!昔はぁっ!!」
 (え!?もしかして、昔は性格違ったのっ!?)
 (…甘えん坊だった…とか?)
 (雅がぁ!?)
 「こんなだったわね」
 「そうだな」
 (…この親子…)
 (想像してたのと、違いすぎて、大変だね)
 (とにかく!私達も落ち着く事)
 (うん)
 (了解)
 「それじゃ、着替えてくるわね〜、みんな、また後で」
 そう言い残して、涼風さんは、文字通り風のように過ぎ去って行った。
 「雅…この質問には全く他意はないんだけど──」
 「オカマだ」
 「──そう、おか…ええっ!?」
 ランが質問を最後まで言う前に雅が衝撃の答えを告げる。
 「えと…つまり…しづ姉と、同じ感じでいいの?」
 「ああ、構わん」
 「雅も人が悪いよ、そうならそうと、前もって言ってよ…聞いてなかったから、ビックリしたよ」
 「いや、しず姉で慣れてるから、平気かと思って──」
 「誰だって、ビックリするよ、お父さんって聞いてて、あんな美人が出てきたら…」
 興奮気味の嘉穂に続いて、優妃も乗り出してくる。
 「そうそう、髪なんかキレイな金髪のロングウェーブで、顔もさすが雅のお父さんだけあって、芸能人真っ青なくらいだし、背も高いし…」
 「背は普通だろ?あれ、男だぞ」
 「あ、そか」
 涼風さんの美しさに、優妃は、本気で男であることを忘れてしまったみたいだ…でも、無理ないと思う。雅を除けば、今まであった事のある1番キレイな人として、脳に登録されるのは間違いないくらいの美人なのだ。
 
 着替えた涼風さんが戻ってきて、程なく、年越し蕎麦が完成。5人分を6人にムリヤリ分けたけど、女の子が5人(食事に関しては、涼風さんは男とカウント)だから、むしろ丁度良かった。
 「でも、涼風さんって、オシャレですよね。それって、『CITRUS NOTES』の新作ですよね?私もチェックしてたんですよ」
 「オシャレだなんて…アリガト。でもランちゃんが着てるのだって『UNITED ARROWS』でしょ?」
 「でも、これ去年のやつなんですよ」
 「去年のだって、全然平気よ。とっても似合ってるもの」
 「ありがとうございます」
 「それに比べたら、雅ってば…」
 「ずず?」
 思いがけず、自分の話になったため、雅、そばを啜るのを一時中断。
 「そこで止まらなくても…」
 嘉穂に言われて、雅は、残りの蕎麦を吸い上げる。
 「ずずずず…」
 「せっかく可愛く産んであげたのに──」
 「産んでない」
 「産んでねーだろっ!」
 「産んでないでしょ」
 「産んでないです」
 「産んでないですね」
 5人が、キレイにツッコんだ。
 「──冗談よぉ。でも、雅ったら、せっかく服を買ってあげても全然きてくれないし、スカートなんて、スカートなんて、この日を境にまったくはいてくれなくなっちゃうしっ!」
 そう言って涼風さんが、ケータイをパカっと開くと、待ち受けに、スカートをはいた小さい雅がっ!!!
 「なっ!?」
 顔を真っ赤にして、神速でケータイを奪おうとした雅の手を、涼風さんは危機一髪かわすと、そのままケータイを自分のポケットにしまう。
 「…セーフ」
 「ちっ!!」
 さっきから、雅が珍しく感情を剥きだしにしている。なんというか、さすが、実家。さすが、親。といった感じだ。
 (あとで、送ってくださいね)
 (オッケ)
 「送らなくていいっ!」
 「いやぁ〜ん、雅が怒ったぁ〜」
 「こっわぁ〜い」
 ランと、涼風さん…ノリノリだ…
 「それにしても、凄いですよね涼風さんって」
 「ん?なにが?」
 「だって、こんなに大きな家建てて」
 ランが高い天井を見上げて言う。
 「やーね、コレたてのは、私じゃなくて、私の奥さんっ──」
 (ちょっと、ランっ!何回同じネタで地雷踏む気っ!)
 (いや、ゴメン…まさか、こんな展開になるとは予想してなくて…)
 「──あ、あと、娘も入ってるかな」
 「娘って…」
 優妃が、雅を見ると、
 「(ブンブン)」
 違う、違う。と首を振られた。
 (優妃〜っ!アンタねぇ!?もうちょっとTPOってのを考えなさいよぉっ!!!)
 (ゴメンっ!まさかこんな事になるなんて…)
 (いや、ランにだけは、言われたくないと思うよ?優妃も)
 「違うわよぉ〜、雅じゃなくて、雅のお姉ちゃん」
 「雅のお姉ちゃん〜っ!!?」
 「雅って、一人っ子じゃなかったのっ!?」
 「一言もそんな事は言った覚えがないが」
 「あ、うん、確かにそうなんだけど…」
 「斎は知ってたの?」
 「あん?何を?」
 蕎麦に夢中(今、食べてるのは、実は雅の)の斎は、話を聞いてなかったようだ。
 「雅にお姉ちゃんがいるって」
 「ん?都香(ミヤカ)の事か?知ってるも、なにも、去年会った」
 「最初に言っといてよ、そういうことは……今、なんて言った!?」
 ランが、ピタっと一瞬止まって聞き返す。
 「あ?去年会った」
 「その前!」
 「…あん?何を?」
 「はい、お約束通り〜」
 優妃が、カラッカラの笑顔でツッコミを入れる。
 「もっと後よっ!後っ!!」
 ランがちょっとイラつきながら、斎を急かす。
 「んだよ…うっせーなぁ…都香(ミヤカ)の事か?これで満足ですか!?」
 「それよぉっ!!」
 斎の悪態はこの際置いといて、ランが聞き捨てならない単語を拾う。
 「都香って…もしかして、あの『尾関都香』ぉ〜!?」
 「あの、『世界の歌姫、尾関都香』!?」
 ランと、優妃が仰け反りながら、雅と涼風さんを交互に見る。
 「…えと、あの、世界中でCD出す度に1位になってるあの…?」
 「そうよ〜ん。私の自慢の娘♪」
 涼風さんが、体をクネクネさせながら雅に「ネー」と同意を求める。
 「そうだな。自慢の姉だ」
 涼風さんのリアクションは鬱陶しそうにしてたけど、意見自体には同意らしい。
 「でも、そういう人がいる家って、普通リビングに、写真とか、CDとか、表彰状とか飾ったりしません?」
 「やーよー、そんなのカッコ悪い」
 (あぁ、カッコ悪いんだ、涼風さんの美意識だと)
 「そういうのは、全部、姉の部屋に飾ってある」
 雅が天井をチョイチョイと、指差して言う。多分、2階か3階にあるって意味なんだと思う。
 「飾ってるじゃないですか〜」
 「そりゃぁ、自慢の娘だものぉ」
 優妃のツッコミも、親バカ涼風さんには効果がない。
 「ちょっと、待った!姉が、尾関都香ってことは…もしかして、お母さんって…」
 「『尾関都(オゼキ ミヤコ)』ぉ〜!!」
 優妃と、嘉穂の声がハモる。
 「姉が、世界的な歌手で、母親が、世界的な音響監督…」
 「そして、父親が超──」
 「オカマ」
 涼風さんが言い終わる前に、雅が一刀両断、切り捨てた。
 「ヒドイっ!雅っ!!お父さん、雅が産まれる前から」
 「オカマだったな」
 雅、実の父親には一切容赦しないらしい。っていうか…涼風さんって、雅が産まれたころから、そうだったんだ…
 (お父さんが、涼風さん。お母さんが、あの、尾関都。お姉ちゃんが、尾関都香…)
 (そりゃぁ、雅がこんだけ美人でも不思議はないよね〜)
 (っていうか、なんなのよ、この美形一族はっ!!)
 (ホントにね〜)
 目の前にいる、涼風さん、テレビで見た、都さん、都香さん…そして、やっぱり目の前にいる雅。一家総出で麗しい尾関家の面々を目の当たりにして、(目の当たりにしてるのは2人だけど)お呼ばれ、3人組みはそろってため息をついた。
 「あれ!?ちょっと、ストップ!ってことは…雅の家って、お母さんも、お姉ちゃんも仕事でいないだけ?」
 今まで、この話題は雅の地雷で、その触れてはいけない話として、私たちは扱ってきたんだけど…嘉穂が、オズオズと切り出す。
 「ん?そう言ってなかったか?」
 「全然言ってないよっ!!」
 「全然言ってないわよっ!!」
 優妃と、ランがコタツから身を乗り出して、雅にツッコむ。
 「…あ、そうか、それはスマン」
 ペコリ。と頭を下げる。でも…
 (コイツ、わざとボカしてたな…)
 さすがに、そろそろ丸2年のつきあい。いつまでも騙されている嘉穂たちではない。まぁ、今回は騙されてたけど…
 「斎もなんで言わないのよ?」
 ランが斎にも、噛み付いた。
 「あ?…知らないみてーだから、黙ってたほうがオモシレーと思ったんだよ」
 全く隠そうとしないのは、むしろ清々しい。
 「ナァ〜イス斎ちゃん。やっぱ面白いのは大事よね〜」
 「なぁ〜」
 コタツを挟んで、斎と、涼風さんが、両手でハイタッチ。
 (このノリのよさ…)
 (ホントに雅の親?この人?)
 目の前にいるハイテンションなオカマさんが、雅のお父さん…信じにくいのは間違いない。
 …それにしても、涼風さん、完全に馴染んでる…しづ姉がそうだから、なんとなくそんな気がしてたけど…涼風さんも女子高生5人の中に完全にんでる…これで、男の子とも馴染んじゃうんだから、オカマって凄いなぁ…と思う。まぁ、だからって自分のお父さんがオカマになって欲しいかというと、それはちょっと違うけど…
 「優妃ちゃんは、この前…っていっても夏だけど、新聞に出てたわよね?」
 「えっ、まぁ、はい…なんか改めて言われると、ちょっと恥ずかしいですね」
 優妃が、顔を赤くして、カラッカラの笑顔を浮かべる。
 「『星影の天才ポイントガード』準決勝で涙も、大会ベスト5に選ばれるって。ほら、今年の夏は、星影学園あんまり良くなかったでしょ?その中で女バスは頑張ったわよね〜」
 「いちおう名門ですから、それに、あんまり恥ずかしい試合すると、OGもうるさいですし…」
 「ウチって、名門だったのっ!?」
 素っ頓狂な声をあげて、嘉穂が目を丸くする。
 「そうよ。なにを今更言ってるんだか、この子は…」
 アメリカ人っぽく肩をすくめて”あ〜あ”のポーズをしながら、ランが嘆く。
 「全国から集まってくるからね、女子はバスケとソフト、あと、最近はラクロスが強いね」
 「ラクロスかぁ〜」
 「なに?その嫌そうな声」
 「別に〜」
 「あ、鈴木先輩か。大変だね、嘉穂も」
 嘉穂が嫌そうな声を出した原因に思い当たった優妃が、とりあえず同情する。
 「本当、大変だよ」
 「鈴木先輩?」
 「ラクロス部の元部長で、嘉穂限定の抱きつき魔。ってとこですかね」
 「あら〜、嘉穂ちゃん、モテモテねぇ〜」
 「そんなイイものじゃないですよ」
 「でも、ここにいる4人も、嘉穂ちゃんの事好きなんでしょ?」
 「へ!?」
 嘉穂が再び、素っ頓狂な声を上げる。
 「じゃなかったら、年末年始まで一緒にいるわけないじゃない」
 「当然でしょ」
 「だな」
 「あははははっ、でも、そういう嘉穂は?」
 「どーなん?」
 なんだ、この包囲網は。4人…いや、涼風さんいれて5人で、完全に囲んで…言うまでは絶対開放しないって空気じゃない…まったく…この年の瀬に…
 「私も好きだよ」
 ──なんて、恥ずかしい事を言わせるんだ…もう。
 「うわっ、コイツ、マジで言ったよっ!」
 「…え!?なにそれっ!!」
 「いや〜ん、嘉穂ちゃん、カワイイっ」
 「結構恥ずかしい事言うな、嘉穂」
 「雅、私、雅だけは信じてたのに…」
 「あははははっ裏切られた数だけ、強くなればいいんだよ」
 「優妃は優妃で、他の人にはないシビアさとドライさがあるよね」
 「さて、嘉穂のからかい納めもすんだ事だし」
 「ラン…人を縁起物みたいにしないでよ」
 〜♪I have a big gun…〜
 「あ、ヒロから電話が来た…」
 ちょっと、ゴメンね。と言って、優妃はキッチンへ向かう。
 「…もしもし…うん、みんないるよ──」
 「裕美から来たってことは…」
 「次子もくるだろうな」
 〜♪cold metal heavy in my hands…〜
 「ほら来た。」
 ランが立ち上がって、優妃を手招きする。
 「もしもし…そう、雅の家──」
 電話を持った、ランと優妃が元の場所に戻る。
 「全員揃ったし、カウントダウン始めんぞーっ!!!」
 「おーっ!!」
 「電話組ぃっ!!気合入れろよぉっ!!!」
 みんなの方に向けられたケータイから「おーっ!」と声がする。
 「──10っ!」
 「──9っ!」
 「──8っ!」
 ──みんなでカウントダウンするのって、こんなに楽しいんだ。
 「──7っ!」
 「──6っ!」
 「──5っ!」
 「──4っ!」
 ──みんなと過ごす、初めての年越し。
 「──3っ!」
 「──2っ!」
 「──1っ!」
 「あけまして、おめでとうございまぁーすっ!!!!」
 ──私の新年は、最高の幕開けになった。
 
 「──全員、集合。」
 「みんな、いますけど?」
 新年の挨拶が終わり、優妃とランが電話切って、一区切りついたのを見計らって、涼風さんが、低い、マジメなトーンで集合をかけて、新年早々、ランにツッコまれた。
 「え〜、それではぁ、お正月恒例行事を始めたいと思いま〜すっ!!」
 (恒例行事?)
 怪訝そうな顔の嘉穂、ラン、優妃が雅を見る。
 「…(ブンブン)…」
 雅も解らないらしい。
 じゃぁ、いったいなんだろう?と思っていると、
 「は〜い、嘉穂ちゃん」
 名前を呼ばれて、何かを差し出されたら反射的に手を出してしまうのが、人間というもので…
 「…」
 なんだろう?よく似ているものを1年に1回、見ている気がするんだけど…
 「え、コレって…」
 覗きこんでいた、優妃が息をのむ。
 「は〜い、コレは、優妃ちゃん」
 「あ、ありがとうございます…じゃなくって──」
 優妃も、やっぱり反射的に手を出して、受け取ってしまう。
 「いただけませんよっ!こんなのぉっ!!」
 嘉穂と、優妃が右手をブンブン振る。もちろん左手には、しっかり握ったお年玉。
 「お邪魔してるのに、こんな…」
 「な〜に、気を使ってるの。子供なんだから、喜んで、受け取ればいいの。はい、ランちゃん」
 「ありがとうございます。」
 涼風さんにオーダーを出された直後だけに、喜びを滲ませつつ、スマートに受け取るラン。ランのこういう社交性の高さが、羨ましくてしょうがない小市民代表、伊東嘉穂。新しい年が始まったくらいでは、変わるものではないらしい。
 「は〜い、斎ちゃ〜ん」
 「おう、さんきゅー、涼風ぁっ!!」
 斎は、涼風に言われたからではなく、素で、喜び全開。そして──
 「わぁおっ!!1っ万えーんっ!!!涼風さんきゅー!さぁんきゅーっ!!」
 とめどなく自由な彼女はその場で、袋を開けてしまう。
 本来なら、斎に説教しなければならないのだが、今は、そんなことよりも、
 「ゴクっ」
 優妃が唾を飲み込む。
 「…えと…」
 嘉穂の目が袋をじっと見つめる。
 「…」
 ランはちょっと複雑そうだ。
 「はーい、雅ぃ」
 「ああ、ありがとう」
 雅、ちょっとほっとしてる。最後に回されるのは予想してたけど、もしかしたら、無いかも…とか考えてたに違いない。まったく、雅も意外に俗っぽいんだから。
 (こ、この中には…その…)
 (1万円入ってるらしいよ…)
 (どうしよう!私、1人から、そんなに貰った事ないよっ)
 (あははははっ、私もない)
 (…どうしようか?)
 (どうしようもなにも、黙って受け取ればいいじゃない)
 (そう言われても…)
 お年玉を貰っただけでも、というか、お正月にお邪魔してる時点で、もう気後れしてるのに、その上、『1万円』なんて…気後れしまくり。だ。
 「あ、ちょっと、ゴメンなさいね。私、お花摘んでくるわね」
 「お花?」
 席を立ちながら、意味不明な事をいう涼風さんのうしろ姿を見送って、嘉穂は首をかしげる。
 「オカマの場合は『花摘み』なんだね」
 「そうみたいね」
 優妃と、ランには解ってるらしい。
 「ねぇ?その『花摘み』って…」
 「女性は『花摘み』、男性は『雉撃ち』」
 「?」
 優妃の回答にますますこんがらがる嘉穂。
 「トイレよ、トイレ」
 「あっ!へ〜、そんな風にいうんだ…知らなかった」
 うんうん。勉強になったなぁ。と1人頷く嘉穂を尻目に、
 「では、折角のご好意を無にしないためにも…」
 「そうだね」
 2人は、お年玉袋を開封。同じく、嘉穂、そして、雅も開封。
 「おおぉ〜」
 話できてはいたものの、やっぱり実物を見るのとでは大違い。百聞は一見にしかず。とはよくいったもので、袋の中から現れた「福沢諭吉」先生の神々しいお姿に、感謝と、ちょっとだけ、罪悪感みたいなものが湧き上がってくる。
 「………………」
 「雅?」
 雅の「…」は今に始まったことじゃないけど、ちょっと長すぎやしないだろうか?しかも、両肩がワナワナって震えてるし。
 「………」
 まだ、震えている雅の手元を覗き込む。
 「…朱礼門?」
 「…二千円札…」
 「ま、ま、ま…」
 背筋が凍りつくくらいの低い音が雅の口から漏れる
 「ま?」
 「雅治(マサジ)ぃっ!!!!!!」
 信じられない大音量で叫ぶと、雅は涼風さんが消えていった廊下へと、間にも止まらぬ…いや、目にも映らない速さで駆けていく。
 「雅治?」
 「涼風さんの本名じゃない?多分。」
 そんなやりとりをしつつ、ラン、優妃、嘉穂が玄関に出ると、庭から雅が飛びだそうとしていた。そして、その前の道路には、青い車。
 「じゃぁ、ゆっくりしてってね〜っ!!!」
 涼風さんはそういい残して、緊急発進。一瞬前まで、車があった空間に雅の上空からの蹴り炸裂した。
 「ドゴーンっ!!!!」
 鈍く、それでいて、とても大きな音が新年の夜に響いた。
 「ちっ!」
 車に当たるはずだった蹴りは、目標を失い、アスファルトの道路に巨大なクレーターを作り上げた。
 「ったく、あの子は…新年早々元気な事で」
 「…ラン、なんか年寄りっぽい」
 「おぉ、寒っ、私、戻るわ」
 「あ、ちょっと、ランっ!」
 家の中に引っ込むランを嘉穂が慌てて追いかける。
 「お〜い、雅〜。寒いから早く〜」
 「ああ、今行く」
 ブンブンと手を振って、雅を急かす優妃を見て、
 (まったく、新年早々、元気なことだ…)
 謎のクレ−ターを作った事など、棚に上げて、雅は苦笑いしながら自分の家へと帰っていった。


〜 Fin 〜



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