〜阿修羅さまがみてる〜 『 ペンを折ったら切腹よ♪ 』(上)
作:鬼団六
「オハヨー」
「ごきげんよう」
「うーす」
「もーにんっ」
「ちょいや」
さまざまな朝の挨拶が澄みきった青空にこだまする。
甲府の盆地に集う生徒たちが今日も天使のような無垢な笑顔だったり、割りと悪い事思いついちゃった的な顔で、学校名の代わりに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐって行く。
なんとなく青春真っ盛りな心身を包むのは、思い思いにコーディネートされた私服。
スカートのプリーツってなんだ?白いセーラーカラーがついてるヤツなんか、まずいねぇ。ゆっくり歩く人もいれば、わりとツカツカと歩いていく人もいる。もちろん、遅刻ギリギリだったら、達観している一部の生徒を除いて、全力ダッシュである。
私立星影学園
『自称』卒業生第一号が聖徳太子だというこの学園は、もとは豪族の令嬢、子息のために作られたという、全寮制の学校である。
山梨県甲州。環境破壊が叫ばれて久しい昨今にあって、未だ緑の多いこの地区で、寮に入れられ、その割に、校則があるんだかないんだかイマイチ解らない自由主義のある意味無法地帯。
時代は移り変わり、17条だった憲法が(!?)11章103条に増えた今日でさえ、卒業するころには、大抵のことでは驚かない、頑強な精神力が養われる、とういう教育の現場としてどうにも個性的過ぎるスタンスの学校である。
個性って、何?
他人と違うってコト?
でも、それって、ミンナがミンナそうなんじゃん?
クローン人間でもない限りはさぁ。
性格なんて勿論だし、見てくれだって『似てるヒト』は居ても、『全く同じヒト』ってのは居ない。
じゃあ、何、個性って?
答えは簡単。
『光ってる』ってコト!!
――そんな信念でペンを取る女生徒の物語、只今開幕。
『 ある秋の日の校了日 』
学園の一角にある、クラブ棟。
どんだけ、この学園の連中(教職員含む)がバカであれ、「クラブ塔」ではない。断じて「クラブ・タワー」ではない。天の怒りを買う程に高く聳え立つ「バベルのクラブ塔」ではないのである。…そんなモノをこさえた日にゃ、最上階のクラブは、毎日がアップダウンのみのお遍路さんだモノ。部活という信仰があったとしても、中々できるこっちゃないし、そもそも、フツーに「不気味」だ。部活動のためだけに、高さの概念だけなら、霊峰富士の高さよりMore高い部室へと、階段を昇る部員たち…… ワン・フロアを超える度に、他の部の部室の扉を横目に「何故、自分の入ってしまった部は最上階なのか?」「勧誘の時に、その事実さえ明かしてくれたなら、入部なぞせぬものを…!」「つーか、エレベーターは?」「今、何時よ?」等と思い、その思いを口にするコトだけは「赦されないコト」だと信じて、口を紡ぐ。そうして必死で辿り着いた部室のドアに張られた「ゴメン、今日、部活、無し」という部長の書き置きに、呆然とする部員たち…… つーか、部長とすれ違ってんじゃねぇの、その状況じゃ? 階段、一つだろ、多分。
…何のハナシやねん。
思うさま脱線したので、本題に戻る。
学園の一角にあるクラブ棟の、さらに一角に、ちょんと存在している一室。
ドアの脇には、『 新聞部 』という看板が掛けられている。
部室は、約六畳の広さ。どう好意的に見ても「片付いて……る?」と言いたくなるような惨状だ。
部屋の中心にバゴーンと置かれているのは、スッ・テン・レス製の大机(机の大きさを表現するべく、敢えて「ステンレス」を「スッ・テン・レス」と表記してみたが、如何か?)
そして、その上には沢山の、そりゃあ沢山の「積み上げられた、紙類」。その紙類の内訳であるが…見たトコロ、大半が「メモ書き」。判別不能な内容が見てとれる。文字が汚くて判別できないのではない。内容が判別不能なのである。
想像してみたまえ。あなたがもし――
「5回戦で…」
――とだけ書かれたメモを、自室で見つけたら、すぐさま「どんなつもりで書き留めたのかを思い出せる」であろうや?
はたまた――
「ニシンが出世すると、ミシン」
――であったならば、いかに?
…まぁ、何が言いたいのかというと、この部室を使用している人物たち、忘れないようにメモを取る習慣はあれども、それを活かすという習慣は持ち合わせてないであろうな、という推測だ。整理整頓が、なってなさすぎる。
で、その整理整頓がなってなさすぎる(推定)連中、只今はりきって部活中。
長方形の大机を、ドアに近い一辺を除き、グルっと囲むようにして椅子に座っている部員は、現在5名。
星影学園・新聞部は、週に1回・水曜発行という「驚異的なペース」で学園新聞を制作している。『星影☆かわら版』という名前のソレは、A4サイズ・表裏両面印刷で、大好評発行中だ。因みに、シーズン増刊号(イベント絡み)や、臨時特大増刊号(突発的な大事件が発生した場合)が発行される場合もあるので、油断できない。
…というか、それだけ「書く内容が尽きない」のだから、この学園には舌を巻く。
で、今日は月曜日。
新聞の原稿的には、今日が締切日(火曜日の放課後に印刷するため)
いわゆる、校了日ってヤツだ。
5人の部員が、無言でカタカタカタカタとPCのキーボードを連打している。
いや、5人の部員のうちの、1人。
コイツだけは、立てている音が違う。
――カリカリカリカリ……
そう、コイツだけは、『原稿用紙に鉛筆書きで、原稿を執筆中』なのである。シャープ・ペンソル、所謂シャーペンではなく、古式ゆかしい鉛筆。六角ではなく、丸鉛筆。末には『 星影学園・新聞部 』の金刻印。しかも、使用している鉛筆は『 3B 』の柔らか芯だ。
――カリカリカリ…ベキッ!…………
――パサッ。…シャッシャッシャッシャッ……ガサガサ、ポイッ。
――カリカリカリカリ……
…何の音かと言うと、「鉛筆で執筆」→「芯、折れる」→「慌てもしない」→「そこらにあった紙を一枚、目の前に置く」→「徐に、小刀で芯を削り出す」→「削り屑が散らないよう注意をしつつ、下敷きにしていた紙を丸める」→「それを、ゴミ箱へスロー」→「執筆、アゲイン」
……昭和かっ!!
「いやぁ〜……相変わらず、スゴイッスよね〜、先輩って」
鉛筆の向かいの左に座っている女生徒が、その様子を見て呟く。彼女の手は、一旦休憩らしい。
「あにがよ?」
執筆中の原稿からは目を離さずに、鉛筆が言う。
「今日日、手書きッスよね? しかも鉛筆ッスよね? しかも3Bッスよね?」
「いや、吉田。小刀で鉛筆削り、ってのが抜けているわ」
5人の席順から判断するに、一番偉い位置(鉛筆の右斜め前で、部室扉から一番遠い席。所謂お誕生日席)の女生徒が口を挟む。彼女もまた、原稿執筆中のPCモニターからは目を離してはいなかった。
「あ、それを忘れてましたわ」
吉田と呼ばれた女生徒は、掌でおでこをピシャリと叩き、細い目を更に細くして笑顔を作る。人懐っこい笑みだ。
「そんなん、フツーでしょ」
鉛筆は、さもつまらないコトのように、言う。
「そう思ってるの、先輩だけッス」
吉田、伸びをしながら答える。本格的に、手がお留守で空き巣に注意だ。
「吉田、手を止めないの」
一番偉い位置が言うが、別に怒っている風はない。こういうしゃべり方なんだろう。
「いや、一段落ッス。サボってないッス。山内先輩の原稿待ちッス」
伸びだけでは飽き足らず、椅子から立ち上がって、空いたスペースで肩や腰を回してストレッチ・タイムの吉田。下の名前は「東(アズマ)」。背が高く、痩せている。Tシャツと膝までのハーフ・Gパンから伸びる手足が長いため、全体的にヒョロッとした印象である。
「あ〜ら、ごめんなさいねぇ、原稿遅くって!」
下を向いたまま、鉛筆が答えた。彼女は山内というらしい。
「山内は原稿が遅いだけじゃない。『手書き原稿』だから、その後にデータ化という、もう一手間がかかる」
「ハイハイ、わかってますって! 部長まで、アタシのやり方にケチつけるんですか?」
「そうじゃない。それはそれでいいの。が、データ化を担当してる吉田の事も、少しは考えなさい、という話」
「部長、レイアウト仮組みできましたヨ〜。データ、送りますわ〜」
吉田の隣の男子生徒が、間延びした口調で報告を上げる。
一番偉い席に座っているのが、この部の部長で唯一の3年生。名前は「尾形 俊美(オガタトシミ)」黒い艶やかな髪を肩で切りそろえた、知的な切れ長の目元がイカス美人である。しっかりノリの効いた開襟シャツは、潔癖っぽい白。そういえば、彼女のPC周りだけは、綺麗に整理整頓されている。
「レイアウト…は……うん、これで良いわね」
「じゃ、これで今回は決めちまいましょぉかネ」
「そうね。…あ、佐伯」
「ハイハァイ?」
間延び口調の男子生徒は「佐伯 又八(サエキマタハチ)」という。山内と同じ2年生。デザイン担当、といったトコロか。外見も、金色に脱色したウェーブのかかった長髪を、首の後ろで一つに纏めていて、アロハシャツにバミューダパンツ。そして、薄いサングラスにビーチサンダル。うーん、デザイナーっぽい。しかし、それ以上に「ナニかの売人」っぽい。あれ? 売人のPC周りも、結構片付いてるゾ?
「山内の担当記事。コレ、文字数はどれくらいで作ってあるの?」
「え〜と、ですねぇ……」
鼻先にかかる、薄く色のついたサングラスを中指の腹で押し上げながら、佐伯は目の前の画面を見る。サングラスに隠れた眼は、軽く垂れている。頓狂な格好のわりに、人から好かれやすい外見に映るのは、このタレ眼のおかげかもしれない。
「一応、600前後ってトコっすネ」
「うそぉ!! ソレ、初耳っ!!」
山内が顔を上げる。何を今更言ってるんだ、この娘は。
「オイオ〜イ、ボクはちゃ〜んと言ったゼ〜?」
目の前のモニターで、山内の顔が見えないのか、ちょっと身体を横にずらして佐伯が答える。
「聞いてないっ!」
激昂して立ち上がる山内。…背は、もの凄く小さい。多分、140位。繰り返そう。もの凄く、小さい。
「言ったってぇ。ヤマちゃん、メモとってたよぉ?」
座ってた椅子の背にもたれ、ギシギシいわせながら、佐伯が言う。
「はぁ!? メモォ!?」
と、言った山内の目の前に、隣からスッと一枚の紙片が差し出された。
「…何、これ?」
「……多分、コレです」
非常に小さな声でそう言ったのは、山内の隣の席を使っている「奥沢 栄子(オクザワエイコ)」。吉田と同じ、1年生である。吉田とは対照的に、奥沢は背が低く(それでも山内よりは大きい)、やや丸い。ポッチャリとした印象であり、吉田と2人で、「新聞部のアボット&コステロ」と呼ばれているとか、いないとか。
「……『6、弱』……って、何ッス? 震度ッスか?」
いつの間にか、吉田が山内の後ろに立っていた。吉田の身長は、約180センチ。身長差がもの凄いので、吉田はかなり屈んで覗き込んでいる風情である。
「……うわっ……思い出したぁ……」
「多分、600文字前後、っていうのを佐伯先輩から聞いて、それを百の位のみで『6』って書き留めたのでは……で、その後に……」
小さ〜な声で、推論を述べる奥沢。眼は下方に泳いでいる。気弱な娘なのだろうて。
「いやいや、流石のアタシも、これだけ書いたメモじゃあわかんなくなるゾ。…と、思って『弱』って書き足したのよっ」
手をパーとグーで、ポンッと打つ山内。謎が解けた、的な満足感が見え隠れ。
「何で、『弱』とかあやふやなコトかいちゃうのヨぉ〜」
佐伯、お手上げのポーズ。
「いや〜、先輩、もっと書き留める内容、あったハズッスよ?」
吉田、メモ用紙の『やたらと残ってる余白』を指差す。
「……文字数とか……いつの原稿に対する注釈なのか、とか……」
奥沢は、挙動不振だ。余計なコトを言ってしまったか、と。
「つーか、先輩、こういう意味をなさないメモばっか量産すんの止めて下さいよぉ。アタシやエーコの机まで及ぶ雪崩の被害、甚大ッスよ?」
そう。この部室が「片付いて…る?」な状況の元凶は、このちんまいオンナ、山内。
訂正すると、先に書いた『この部室を使用している人物たち、忘れないようにメモを取る習慣はあれども、それを活かすという習慣は持ち合わせてないであろうな、という推測だ。整理整頓が、なってなさすぎる。』という表記。これを『この部室を使用している、とある人物、忘れないようにメモを取る習慣はあれども、それを活かすという習慣は持ち合わせてない、という確信だ。とにかく、整理整頓が、なってなさすぎる。』と訂正させて頂きたい。
ハヤイハナシが、全て山内のせい。
それを詰られた山内、みるみるうちに、不愉快千万、なご様子に。彼女の理不尽な怒りは、既に托鉢寸前、いや、爆発寸前だ。
「モキャー! キャー! キャー! エクスプロォード!!!」
そして、爆発。「爆発」は英語だと、エクスプロード。RPGや外国ゲームのオタクが、なぜか高確率で覚えている英単語だ。しかも、これまた高確率で、綴りは書けない。そんなアホな国は、世界各国見渡しても、日本しか無いだろう。他に覚える単語は山ほどあるだろうに。書き取れなきゃならない単語は、山ほどあるだろうに。因みに、山内の台詞を和訳すると「モキャー! キャー! キャー! 爆発ゥ!!!」となり、売れない芸人の一発ギャグみたいであり、これまた取り返しがつかないカンジに「おバカさん」。親しみを込めて言うと「おバカちゃん」。
閑話休題。
「……山内、早く原稿、書いちゃいなさい。みんなも、よ」
「ハ、ハイッ!」
綴りも完璧に書き取れそうな部長の一言で、全体の空気が変わった。
みんな自分の席にもどり、仕事再開。緊張感が戻ってきた。
「おバカちゃん」こと山内も、大人しく執筆再開。
書かなきゃ、終わらないのは、誰よりも彼女がよく知っているから。
「吉田ぁ」
原稿からは目を離さずに、山内が言う。
「何ス?」
手持ち無沙汰で、ロッカーの扉を開けては閉めてを繰り返していた吉田が答える。…中に、何かいるのか?
「バクハツのバクって、どんな字だったっけ?」
…日本語の方すら書き取れないんかい。
「大和田兄弟の、弟の方のバクッス」
「あ、獏発、ね」
「違うわよ、山内……それじゃあ、ハヤリ情報の発信地が大和田獏みたいじゃない……」
つーか、そっちなら書けるんかい、といった風情の部長。さぞかし、アタマイタイだろうねぇ。
「つーか、ヤマちゃんの原稿って、園芸部との共同企画だったよねぇ? 何で『爆発』とかいう単語が必要なのヨォ〜?」
佐伯の疑問は尤もである。みんな、ソコが知りたい。
「いや、採れたての根菜が爆発するかなぁ、と」
「しないッス。揺ぎ無く、しないッス。圧倒的に、しないッス」
「わっかんないじゃーん!! 吉田はまだ1年だからわかんないだろーケド、この学園はマヂで凄いんだかんなー」
「流石に、採れたて根菜は、爆発しないッス。つーか、園芸部の育ててる根菜って、どんなんッスか?」
「別にアタシは、園芸部の育てた根菜の話なんか書いてないっ!!」
「アレレ? そ〜だっけかぁ?」
「アレレ、じゃないわよ、佐伯のマタハっつぁん!! アタシの今回の企画は、大好評につき、の第2段だっての!!」
「あ、そか。『園芸部協賛・この植物喰って生き延びろ! 学園周辺の食べられる雑草特集!〜秋の陣〜』だっけかぁ?」
さっきまで、その「ヤに長いタイトル」を、見出しとしてレイアウトしてたくせに、そのコトをすっかり忘れ去ってた佐伯のマタハっつぁん。彼のアヴィリティは『原稿の完成を待たずにレイアウトが出来る』『つーか、完成原稿であれ、中身を読まずにレイアウトが出来る』『仕上げた仕事を片っ端から忘却できる』『スチャラカ、チャンチャン♪』というもの。
「部長、何でこんなアホっぽい企画通したんス?」
「春の陣が、好評だったから。…残念ながら、ね」
そう、この素っ頓狂な企画、春の紙面を飾った時には、大反響があった。
「書き出しからして、面白さを前面に押し出したモノだったもの! ウケて、当〜然ッ!!」
山内、超得意げ。小さな身体で、やや芝居がかったアクションを披露してみたり。
「確かに、アレは凄かった。冒頭の書き出しが、いきなり『今日は昨日の続きかもしれない。だが! 明日が今日の続きだとは限らないのである!!』だったから。あの時ばかりは、山内に任せて良かったと思ったわね。…対抗企画が、佐伯の『これでいいのか園芸部!? エロ根菜栽培の実態!!』だった分だけ、助かったという気もしたけれど」
自分の作業をこなしながら、部長が感慨深そうに言う。
「でしょ〜!? 流ッ石、部長!! わかっていらっしゃる!!」
「で、続きが…『もしもの有事…そう、なんかこー、凄い事が起きて、この学園が陸の孤島になった場合の可能性に備え、この草を喰って生き延びるのだっ!!』でしたっけ?」
「そう、その通り! よく覚えてたわね、吉田ッ!!」
「そりゃ、あんな大仰な文章、忘れやしないッスよ。たかが『食べられる草の特集』でしょ? あの文章で、アタシャ先輩に付いてこうと決めたんスから」
「殊勝なコト言ってくれんじゃない。でも、そのワリには、最近アタシへの尊敬の念が足りないよぉだケド?」
「少なくとも3日は、って決めやしたから」
「短ッ!!」
「……私は、4日でしたけど……」
「それでも短けーよぉ、奥沢ァ!!」
「山内、手を動かしなさい」
「ハイッ!!」
バッと机&原稿用紙に向き直る山内。
彼女がこのエピソードの主人公「山内 一二美(ヤマウチヒフミ)」。
小さな身体に、でっかい文才(と本人は信じて疑っていない)
アナクロ滑稽な原稿執筆方法を敢えてチョイスし、この学園で起きる様々な事象をぶった斬る、自称「新聞部のACE山内」。
しかし、容赦なく書き殴る側面ばかりが目立ってしまい、他称は「人斬り山内」。
先の企画も、園芸部からは「あそこまで大げさにしなくても…」と、やんわりご注意を受けている。まぁ、エロ根菜の話を出されても困っただろうが。
また、小さな外見に、トンボ眼鏡。半ズボンにサスペンダー。ネクタイだけは蝶じゃないけど、「コナンもどき」の呼称も頂戴している。
本人に、それを言うと「コナンジャナイヨッ!! ウチ、バカニシナイデヨッ!!」と、なぜか「ユタ州訛り&関西訛り」で怒るので、注意が必要だ。因みに、彼女の出身地は、千葉。ユタも関西も関係ないが、そこが山内の真骨頂である。
「あ〜、写真数点使うからぁ、文字数減るからねぇ♪」
思い出した、思い出した、みたいな口調の『エロ根菜』佐伯。
「あんだと、コンニャロー!! 早く言え、コンニャロー!!」
顎を突き出し、威嚇のポーズ。
「いいから、早く書いて下さいよぉ……いい加減、間に合わないッスよ?」
「迷わず書けよ、書けばわかるさ」
「山内、アナタが書きなさい。今月は学園祭特集増刊号もあるのよ?」
「ッシャ、コノヤロー!!」
気合一閃、机に向かうアントニオ・山内。
とはいえ、みんな山内の実力を認めているので、「書けないなら、仕事をふんだくる!」みたいな真似はしない。
ヤレヤレといったカンジですら、ある。
そんなカンジに、新聞部の校了日は過ぎていくのであった。
…あ、結局は山内の原稿は遅れ、その煽りを吉田が全面的に受けまくったコトを付記しておく。
『 で、シーズン増刊の企画会議 』
放課後。
甘美な響き、放課後。
授業という、荒波から開放された後に訪れる、下校時刻とか帰寮時刻までの自由な時間。
コレを有意義に満喫せずして、何の学生生活かっ!!
「…という信念を持ってる山内一二美嬢、只今、部室に、見ン〜参ッ!!」
部室のドアをバッスィーンと開け放つ山内。
「あり?」
「…一二美……何が、『という信念』なの?」
面白そうに後輩の所業を見守る部長。
「えと……部長だけですか、今?」
「そうだけど?」
定位置に座ったまま、にこやかな笑みを向けてくる部長。
「……そこかっ!?」
やおらロッカーをバタン!と開け放つ山内。
当然、無人。入っているのは、星影☆かわら版のバックナンバーのみだ。
「…私が、貴女のコトを一二美と呼んでいるのだから、今私たちは二人っきりよ」
「……いや、それはそーだとは思ってたンすけどね? 一応、アタシとしても確認やら、心の準備やらがですねぇ、必要不可欠というか、なんというか」
「変わらないみたいねぇ、そういう照れ隠しの下手さ加減」
「へ、下手とか言わないで下サァイ! こっちはこっちで必死デスヨ!?」
「ま、いいわ。とりあえず、今日の企画会議は、私たち2人だけだから」
「ハイ?」
バカ面、爆誕。
「だから、私たち2人だけで会議するの。さぁ、さっさとやりましょ」
「えと……佐伯のマタハっつぁんは?」
「甲府駅前で開催中の『大アロハ物産展』に行くから、休むって」
「何が売られてるんだよ、その物産展! …で、奥沢は?」
「ちょっと風邪気味みたいね。私が帰した」
「気味!? 気味て!? …じゃあ、吉田は!?」
「彼女は、私から言って、今日は帰ってもらった」
「…ちょ、どういうコトですかっ!?」
「私と2人きりの会議は、イヤかしら?」
「…い、いやってワケじゃ……」
おかしい。山内の頭の中に沢山の「?」が浮かんでは消えずに増えていくばかりである。
元々、考えの読めないヒトではあったが、今日は輪をかけて読めない。
山内と尾形の出会いは、昨年の4月に遡る。
山内、ピッカピカの一年生…のCMに出演できるくらいの「御無体な外見」は今と変わらず、の新入生の頃。
尾形、これまた今と変わらぬ上級生っぷり、の2年生の頃。
出会いは、校門を入った所に「明らかに雰囲気で置かれたマリアさまの像」の前。
今と変わらぬ「コナンもどき」の格好で、マリア様の前を歩く山内。
今と比べて珍しかったのは、妙に思案顔だったコト。
『 美人との遭遇 』
――入学して2週間。
授業のペースにも、学園の雰囲気にも慣れた。つーか、見切った。
そろそろ、部活動を決めてもよかろう。
いや、既に何をやるのかは決めている。アタシは、新聞部でペンを奮いたい!
これは、中学の頃からの思いだ。実際、中学でも新聞部だったし、何よりアタシはジャーナリストになりたいのだ!
あとはここの新聞部を、アタシが気に入るか、だ。しかし、こればっかりは、活動を見てみないとわからない。一応、発行されている学園新聞「星影☆かわら版」を読む限りでは、その心配はなさそう。ありがちな、「やる気のない新聞部」ってワケじゃないみたいだ。
あとは、反りの合わない先輩がいないか。……うん、これ重要。凄く。
自分で言うのもナンだけど、アタシは我が強い…いや、個性が強いってコトにしとこう、うん。自分で自分を痛めつけるような、マゾじゃないんだから、アタシは。
と、俯きがちに諸々を考えてると、ふと目の前に「明らかに雰囲気で置かれたマリア様の像」が目に入った。
別にアタシは教徒じゃないし、圧倒的に信心深くない方だし、今日までの2週間で、何かを思ったコトはなかった。
でも、何か引っかかるような気がして、ちょっと手を合わせて、瞳を閉じてみる。
するってぇと、自然と「今の願い」がクリアーに心に湧き出てきた。
『よい、部活動に恵まれますように』
…よっし! 今日の放課後、新聞部に行こう!!
…と決意を固めて目を開き、校舎の方へ向き直る。力強い足取りで、歩き出す……と。
「お待ちなさい」
「へ?」
まさか自分のコトだとは思わなかったアタシは、首だけで声のした方を見てみる。一人の色白の美人さんが、アタシの方を見ていた。
「……えと…アッシッスか?」
自分で自分を指差し、恐る恐る聞いてみる。恐る恐る故に、「アタシ」を「アッシ」と噛んでしまった。……時代劇かっ。
美人さんは、アタシの方に歩きながら、さも当然のように、
「あなた以外に、誰かいるの? 今、ここに」
と言い、アタシの前に立つ。そして、その白くて綺麗な手が、アタシの胸元に伸びる。
「…カ、カツアゲッスか!? これが噂に聞く、高等学校の洗礼ッスか!? 流石、義務教育とは一味違うッス!!」
…狼狽するアタシ。
「何言ってるの。タイが曲がっているわ」
「タ、タイの国土は、直線ではナイデスッ!!」
一瞬、キョトンとした顔になる美人さん。
「…あ、そういうコト? ネクタイの事よ、ほら」
そう言って、屈みこんだ美人さんの手が、アタシのネクタイの曲がりを正す。結構曲がってたみたいだ。…全然気付かないってのも、問題アリだろ、アタシ。
「…あなた、一年生?」
ネクタイは正しくなり、「これでよし」の代わりに雑談めいた言葉。
「ハ、ハイッ、一年生ッス!!」
屈みこんだ美人さんの顔が、間近にあり、アタシは再び狼狽する。間近で見ると、こいつぁあ凶器デスよ!!
「学園には慣れたかしら?」
「ぼ、ぼちぼちッス!」
「そう、良かった。じゃあね、小さな一年生さん」
そう言うと、美人さんは踵を返し、校舎の方へと歩いていく。
アタシは、その後ろ姿を見送るコトしかできなかった。普段なら「小さい」とか言われたら、激昂するのに、今回はそうならなかった。というか、腹すら立ってない。寧ろ、逆。ポーッとした、いい気分なのであった。
美人ってのなら、隣のクラスの…確か「尾関 雅」って名前のコで、多少は見慣れているつもりだった。何しろ、彼女は目立つから、別のクラスに在籍していても、そこここで、すぐにその存在を見つけてしまう。休み時間の廊下、ふと見たグランド、下校中のざわめきの中…… 実際、2週間しか同じ学園で過ごしていないわりには、その印象はかなり強い。彼女は目立つ。多分、彼女自身の認識以上に。
だが、尾関さんを「自然体の美人」だとすると、さっきの美人さんは「隙の無い、ラッピングされた美人さん」だ。
要は、「自分で自分を戒め、自分で自分を律している」というコト。
あの美人さんは、自分の認識と、他者の認識に、ほぼズレがないんじゃないか。……そう、アタシは思った。
そして、カッコいい…って、思ったんだ。
で、時間は流れ、非常に良い気分のまま、放課後を迎えた。
そして、今朝の決心に従い、新聞部の門を叩くべく、アタシはクラブ棟に来てる。
『 新聞部 』
この看板に間違いない。颯爽と門を叩いたのに、それが違う部活だった日にゃあ、目も当てられない惨劇の始まりだもん。
アタシは、大きく息を吸い込み、右の手を軽く握る。ノックをするためだ。扉をぶち破るためじゃない。
軽〜く、コンコンッ、でいいのだ。…なのに、何で、右手がうまく上がってこない?
緊張? このアタシが? 何で?
試しに、中学の時の、入部の光景を思い出してみる。
「チャース! 入部希望者で〜す!」
……参考にならない。つーか、あの時と今との違いが、全くわかんない。あのノリよ、どこへ消えたのだっ?
「何か、用?」
意思のままにならない右手に、折檻(しっぺ)をかましているうちに、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには、今朝のカッコいい美人さんが、立っていた。
「い、いやっ、あのっ、そのっ!!」
折檻により真っ赤になっている右の手をブンブン振りながら、アタシは狼狽した…って、アタシは今日、何度狼狽すれば気が済むのだろー……
「どうしたの?」
「しししししし新聞部にですねぇ、御用がありあろありましてっ!」
「はい、何かしら?」
面白そうなモノを見るよぉな、美人さんの顔。
「し、新聞部の方でしたかっ! にゅにゅにゅにゅ入部させて頂けたら恐悦至極の極みと考えておる次第でござぁましてぇ!!」
窮まってる自分に、素でビックリだよ。
「入部希望なの? ハイ、どうぞ」
と言って、美人さんは新聞部の扉をカラカラと開く。
事ここに至って、ようやくアタシは理解できた。
この美人さんは、新聞部の先輩だ。
そして、さっきの訳のわからない緊張は多分、この美人さんがいる予感だったんだ。
だれが何と言ってもいい。偶然だとか、戯言だとか罵ってくれてもいい。笑いたきゃ、笑え。引きたいなら、引け。とにかくその時、アタシは、こう信じたんだ。
運命的な出会いだって、信じたんだ。
「今朝、会ったわよね? 小さな一年生さん」
部室に入り、鞄を置きながら、美人さんが言った。覚えててくれたんだ!
「ハイッ! その節はどうも、ありがとうございましたっ!」
しかし、この妙なテンションは、どうにかならんのか、アタシよっ!
「私は、新聞部2年の、尾形俊美。あなたは?」
そっか、この美人さんは、尾形さんっていうのか。
「アタシは、1年の山内一二美ッス!」
言ってから気付いた。アタシが1年生なのは、尾形さんは知ってるって。
「山内一二美さん、ね。それで、どうする? 暫くは仮入部っていう扱いにしておく?」
「いえっ! 本入部でお願いしまッス!!」
「…いいの? キツイわよ、この部。…関係者が言うのも何だけど」
心配そうに聞いてくる尾形さん。改めて、美人さんだよなぁ。
「大丈夫でッス!!」
「わかったわ。じゃあ、早速今日からあなたは新聞部の一員として、働いてもらうから」
アタシの決意を聞いて、真面目なお顔になり、ピシッと言う尾形さん。
「望むトコロッス!!」
ガッツポーズで応えるアタシ。もう、何でも来いってな心境だよっ!!
「と言っても、今日は校了明けだから、部活動は休みなのだけれどね」
急に、カラッとした口調で、尾形さんが爆弾発言。
「ななななな何ですとー!?」
入れた気合が、空転しまくって、どっか変なトコに入ったよー!?
「騒々しいコねぇ。コロコロよく変わるお顔だこと」
微笑みを見せてくれる尾形さん。よくやった、アタシの表情!
「休みだから、帰れっていうんじゃ、あんまりね。そこへお掛けなさいな」
とりあえず、尾形さんの勧めてくれた椅子に座るアタシ。
「じゃあ……会議でもしましょうか」
「はい?」
「会議よ、会議」
「……何のでしょう?」
「そうねぇ……新人・山内一二美を語る、ってのはどうかしら?」
「ア、アタシッスか!?」
「そうよ。私はまだ、あなたのことをよく知らないもの。私が知っていることと言えば、名前に学年。それから、ネクタイが曲がってた事実、位かしらね」
「いや、アレはたまたまッスよ、たまたま」
「あと、私がそれを直す前に、マリア様に向かってお祈りをしていた。言ってはなんだけど、この学園であんな行為をする生徒は珍しいわよ」
「それこそ、たまたまなんですが…って、珍しいから尾形さんはアタシに声をかけてくれたんですか?」
「興味を持って見ていると、ネクタイが豪快に曲がっていたじゃない? もう、声を掛けなきゃならない、と思ったのよね」
楽しそうに、尾形さんが笑う。なるほど、珍しい行為に珍しい格好、が決め手か。
「そして、実際に少し言葉を交わしてみたら、やっぱり面白いし」
「…あのぉ…アタシ、何言いましたっけ?」
「『タイの国土は直線ではナイデスッ』とか。」
「おぉう……なんでそんな言葉を……」
そんな恥ずかしいコト言ったっけなぁ……
「普段は私、ネクタイではなく『タイ』って言う習慣なものだから、意表をつかれたわ」
「アレ? でも、さっきからネクタイ、ネクタイって言ってません?」
「また『タイランド』と勘違いされても困るから、気をつけているのよ」
そう言って、また楽しそうに笑う。意外とよく笑うヒトだなぁ、とか考えてると……
「でも良かったわ、また会えて」
「ぴゃっ!?」
すっかり習慣になった感のある、アタシの狼狽。
「…そんなに驚くことかしら?」
「い、いや、そりゃ、驚きますって!」
少なくとも、アタシは。
「面白いコだなぁって、思ったのよ。今日の授業中とかに、不意に思い出して、笑いそうになっちゃってたのよ? でも授業中じゃ笑う訳にもいかないし…堪えるのが大変だったわ」
人間、何がツボに入るのか、わからないものだ。
「今度見かけたら、また話しかけてみよう…そう思っていたの。そうして放課後になったら、あなたが部室の前に立っていたでしょう? しかも、一心不乱に右手を叩き続けながら」
「そ、そこから見ていたんですネ……」
うわぁ……これじゃあ珍獣扱いだよぉ…恥ずかしさで、死ねないものかしら?
…ん? 今日って、部活休みなんだよね、確か。アタシは、急に湧いてきたその疑問を、ぶつけてみるコトにした。
「えと…尾形さんは何で部室まで来たんですか? 今日は部活お休みなんでしょう?」
と聞くと、尾形さんは少し困ったような顔になった。…ありゃ? 何か地雷踏んだ!?
「…忘れ物を取りにきたの」
素っ気無い言い方。ヤバイ…本格的に地雷を踏んだっぽい!!
「あなたは、なんで部室の前で右手を叩き続けていたの?」
おっと、話題がアタシの方に向いたっ! このチャンスを逃さずに、話を……
「えっとですねぇ…ガラにも無く緊張してたと言いますか、何と言いますか…」
しどろもどろ。だが、話すしかないでしょー、地雷を無効にするにはっ!!
「ドアをノックしようとしたら、手が思うように動かないんですよ! だから、こう、右手に気合を入れるために、折檻、折檻だったワケです」
アクションも交えて話すアタシの様子に、尾形さんは、また笑みを取り戻した。フゥ、地雷、回避、回避っと。
「なぜ、そこまで緊張してたの? たかがドアをノックするだけでしょう?」
興味津々でご満悦なご様子だ。うん、良かった良かった♪
「いや、予感がしたんスよねぇ」
…ヤバイ!! 安心したら、セルフで地雷踏んだんじゃないのかっ、アタシャ!!
「予感? 何の?」
そりゃ、そう聞いてきますよねぇ!? 当然ですよねぇ!?
「…いや……そのぉ………」
どーする? どーすんの、アタシ!? …って、もぉいいっ!!
「尾形さんが、いるんじゃないかなぁ、という予感です」
…自分でも驚くほど、冷静な声が出た。
「私が? でもあなた、私が新聞部の部員だって、知らなかったんじゃないの?」
そうですよネ…こんな話、信じちゃくれやせんよネ。さっきアタシは「誰が何と言おうと」とか考えてたんスけど、張本人にだけは、否定されっと、ダメージでかいッスよぉ…
「いや、そうだったんですけど、とにかく、尾形さんが…今朝出会った美人さんがいる予感がしてたんです。また会えるんじゃないかなって。それで、緊張しちゃってたんです、きっと。で、右手に折檻するハメにはなったんですけど、結果また尾形さんに会えたし、それですんごい嬉しくって、舞い上がるって、こーいうコトなのかぁ、とか考えたり」
「ストップ、ストップ!」
流石に見るに見かねた尾形さんの制止が入った。
…あ〜あ、やっちゃったぁ……余計なこと、しゃべりすぎだぁ、アタシ……
「プッ…クックッククククク……」
ガックリきてたアタシが尾形さんの方を見ると、なんと彼女は笑いを必死で堪えていた。
「……?」
アタシは、もう何がナンだかわかんなくって、ただその様子を見てるだけしかできなくて。
「ゴ、ゴメンなさい。ちょ、ちょっと待っててね……」
不安そうなアタシを尻目に、ひたすら笑いを堪える尾形さん。
「ハァ…おっかしい」
「な、何がですか?」
「予感、の話よ」
うっわぁ……完全に、バカ者扱いだよぉ、おい。
「私もね、その予感っていうのを感じていたから」
ええ、ええ、そーですか……って、
「えぇ〜!?」
ビックリする位に大きな声が出てしまってた。
「もう、隠す必要がないから白状するわ。さっきね、私、嘘をついたの」
何だかスッキリしたかのよぉな、そんな表情の尾形さん。
「嘘、ですか?」
「そう。あなた聞いたわよね? 休みなのに、どうして部室に来たのか、って」
「忘れ物ですよね?」
「だから、それが嘘。本当はね……」
アタシは、尾形さんの次の言葉を待った。
「部室に行けば、あなたに会えるんじゃないかって、そう思ったのよ」
……な、なんですって?
「…笑わないでね。部室の前にあなたが立っているのを見た時、本当にこんな事ってあるんだって、運命的なものさえ感じたの」
……うわぁ、ソレって。…ソレって!
「そしたら、あなたも似たような予感を感じていたって言うものだから、もう、おかしくって。…あ、別にあなたを笑ってしまったわけじゃないの。感じた予感の事を、つまんない嘘で取り繕っていた自分がおかしかったのよ」
……こんなコトって、こんなコトって、ホントにあるんだっ!!
「…………」
ゆっくりと時間が過ぎる。
さっきのやりとりで、言葉もひと段落したアタシたち。
あと、話してたコトと言えば、部活動のコトばかりだった気がする。
学園新聞の発行ペースの話だったり、シーズン増刊なんてものまで発行しているという話だったり、今の新聞部の部員数だったり、他の部員の話だったり、アタシにはどの仕事をやってもらうのがいいかって話だったり、尾形さんはどっちかっつーと、「原稿執筆」よりは企画発案とかの「編集業務」の方寄りで仕事をしてきてるって話だったり……とにかく色々。
何かもう、出会って半日なのに、何かを共有してるような気になってくる。
ずっと昔っからの知り合いのような錯覚までしてきちゃう。
色んなコトを話してるうちに、夕日がかなり傾いてた。
部室の中も、もう紅かった。
尾形さんが、「そろそろ帰りましょう」と言って、鞄を持った。
アタシもそれに習った。
…そのタイミングで、尾形さんは最高に嬉しい提案をしてきてくれた。
「山内一二美さん、あなたの事、これから名前で呼んでもいいかしら?」
つまり、名字でなく、『一二美』の方を呼ぶというコトだ。
「はい、呼び捨てにしてもらって構いません」
アタシは答える。尾形さんから『一二美さん』なんて呼ばれたら、くすぐったくってしょうがないから。
「じゃあ、私の事は、何て呼びたい?」
悪戯っぽく微笑む尾形さん。夕日を浴びた横顔が、すごくキレイだった。
「……お姉さま、はどうですか?」
調子に乗ってみた。確か、どっかの女子高に、そんな制度があったハズ。
「流石に、みんなの前では恥ずかしいわね……」
失敗。いや、単に知らないのかな、あの制度に関して。
「でも、二人だけの時は、そう呼んでくれて構わないわよ?」
「じゃあ、アタシの呼び方も、その方式で」
そして、2人で笑いあう。なんか、甘々。フワフワ。どーしよーって気分。
「さ、じゃあ帰りましょう、一二美」
「はい、お姉さま!」
照れ臭かったけど、それがまた、いい。
二人が並んで歩けるって、それがいい。
歩きながら、また色々話した。
今度は部活の話は無し。
代わりに、好きな物の話とか、趣味の話とか、そういう他愛ないコト。
そんな話の中で不意に、お姉さまが言った。
「ロザリオって、あげた方がいいのかしら?」
……知ってんじゃん、お姉さま。
『 そして、シーズン増刊の企画会議 』
とまぁ、そんな出会いをした二人が今、部室に揃って企画会議なワケ。
二人は良い師弟関係(姉妹関係か?)で、尾形は山内の文才を高く評価し、山内は尾形の編集能力を高く評価していた。互いに良い影響を与え合う関係で、ここまでやってきた。
部活を離れても、仲の良さは変わらず、たまに休日に二人で出かけてみたりもした。
良き先輩後輩であり、良き友人であり、良きパートナーでもあったと言えよう。
二人三脚。幸せだったと言って、間違いはない。
さ、では昔話はこれくらいにして、企画会議の話を見てみようか。
「さて、と。今度の学園祭特集増刊号なのだけれど……」
山内のアタマに浮かびっぱなしの「?」に関してはノーコメントで、部長がにこやかに議題を発表する。
「あ、ハイハイ」
急ぎ、メモの用意をする山内。
「一二美、あなたが編集長として、作りなさい」
あくまでも、にこやかな部長。
「ハイハイ、アタシが編集長でっと……って、えぇっ!?」
ベタなリアクションではあるが、本人は本気バリバリ全開モードだ。
「あと、私は一切、手を出さないし、口も出さないから」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 本気なんですか、お姉さまっ!!」
「勿論よ」
「去年までの例で言ったら、学園祭特集号までは、3年生主導体制じゃないですか!」
「今年は今年、でしょ」
「いや、でも……」
「もう決めた事なの」
部長のキッパリとした口調に、山内は黙らせられてしまう。
「会議は以上。しっかりやりなさいね、一二美」
そう言って、部長は席を立つ。そして鞄を持つと、そのまま退室していってしまった。
残ったのは、山内・New編集長のみ。
秋の陽は釣瓶落とし…早くも、部室には夕日が差し込んできていた。
「えぇ〜……何なんだよぉ、いきなりぃ……」
山内が呟く。
1年半以上一緒にやってきたのに、急に突き放された空虚感。
もう少しだけ時間が残っていたはずなのに、という悔恨。
不意に、身体を休める庇が無くなった不安。
圧し掛かってくる、責任者としての重圧。
色んなモノが交じり合って、山内の呟きは泣き声に近くなっていた。
そんな自分の声にビックリして、慌てて部室にある鏡を見る。
(…大丈夫、涙は出てない。)
そう確認したが、鏡に映った自分の顔は、夕日を浴びても美人には見えなかった。
「そりゃ、そうだよねぇ……」
笑いながら言ったつもりの呟きは、また泣き声のようで。
シャツの下に、隠れるように存在していたロザリオが、なぜか痛くて。
もう一回、呟く。
『何でなんですか……』
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