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「 阿修羅さまがみてる 」 シリーズ
短編小説 『 February14 Another Day 』
作:コジ・F93



 2月14日。それは審判の日。
 2月14日。それは勝者と敗者を最も残酷な形で分かつ日。
 2月14日。それは日本中のありとあらゆる場所で男女の陰謀、神算、鬼謀の光芒がはるか万里を交錯する日。
 男女平等をいかに謳おうと、この日ばかりは女尊男卑。圧倒的に女性が強く、負け組みから這い出す為に、モテナイ男は僅かに残されたプライドを捨て去る。狼は牙を抜かれ、飼い犬と成り下がり、それでも、なお叫ぶのだ。
 『志在千里』…天よ、地よ、海よ、風よ、人よ、そして神よ!「Give Me Chocolate!!」…あと、解ってるから、渡す時『義理』って言うな。全国の乙女達よ!!
 

  
「The day befor Valentaine's」


 
 「おい、斎(イツキ)これは買い過ぎだろ?お前、1学年丸々餌付けする気か?」
 『とりあえず、今店にある分全部持ってこい』的な買い方をしたとしたか思えない量のチョコを背負って(比喩でも何でもなく、本当に背負って)帰ってきたルームメイトに、雅(ミヤビ)は抗議の視線を送る。その際、右手は英語の課題を処理中。左手で愛用のカップを口に運び、フォートナムメイソンの紅茶を1口。いつもの味を楽しんだら、いつもと違う事をしてる人にとりあえず聞いてみる。
 「お前、それ全部配るのか?」
 「…いや、あのさ、雅。見てワカンネーかな?明らかにボク入れてないよね?コレ、つっかえてんよね?ルームメイト困ってんよね?助けようとか思わね?普通…」
 帰りたいのに、帰れない。ジレンマを背負った少女の慟哭が、冷ややかな眼で紅茶をお楽しみ中の少女の耳に響く。『助けてくれ』と。
 というか、そもそも画がオカシイ。デッカイ袋を担いだ、ちっこい少女(自称143センチ)がドアにつっかえているこの画は、どう考えてオカシイ。
 「…フゥ…」明らかに馬鹿にした息を1つついてから、少女は右手を止め、カップを置いて言う。
 「思いっきって突入すれば入るだろう?中身、チョコなんだから、まぁ
 「でりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」助言を受けた瞬間、少女はなんの躊躇いも無くドアにひっかかっているサンタが持つソレに酷似している背中の荷物ごと突入する。と、同時に少女の背中で『バキ!ボキ!バキン!』と派手な音がする。
 割れてもいいなら。だけどな」
 「うぉぉぉぉぉぉぉぉっっっいぃぃぃぃっ!!!!」
 「帰って来るなり騒々しいな。まず、手を洗ってうがいしろ」
 「おう!」
 玄関に荷物をドスっ!と降ろすと、斎は洗面台へとダッシュする。静かに荷物を降ろすことができなかったため、さらにいくつかのチョコは割れたと思われる。が、当の本人はそんな事にはまるで関心をみせず、手洗い、うがいに勤しんでいる。
 
 
 「どぉぉぉしてくれんだよぉっ!コレっ!割れちまったじゃねぇかよっ!!」
 うがいを終えてサンタ袋を引き摺りながら部屋に入る。ちなみにその際にも、玄関と2人の部屋をつなぐ廊下の壁にゴンゴン当たってるので更に無傷のチョコは減っていると思われる。が、モチロンそんな事はイチイチ気にしない。悪いのは目の前で、わざとらしく英語の課題に『マジメに』取り組んでいる『フリ』をしている女だ。いつもはテレビを見ながら(チラチラ見るのはノートのほうで、顔と身体はテレビの方向を常にキープ)やってるくせに。っていうか、さっきまで紅茶片手に『DEATH NOTE』読みながらやってやがったな…机の隅のその山はなんだ、その山は。
 「別にいいだろ?義理チョコなんだから、割れてようが、箱が潰れてようが、チョコはチョコだ。」戦利品を天板の上に置き、コタツに足を突っ込む斎に、課題をやってるフリを続けたまま雅が言う。 
 「いや、まぁ、そぉなんだけどよぉ…なんつーの?例え義理でも割れたチョコを渡すなんて、『河上 斎』の名がすたるっつーの?…お、あった、あった♪」どうやら、無事コタツのスイッチは発見できた模様。
 「…かわらないぞ」
 「なにが?」
 「割れてなくても、お前が期待するようなモノは返ってこないぞ」
 「え…うそ……マジ?」
 「ああ」
 「車も?」
 「1人につき何万個チョコやるんだ?お前」
 「1人1個!」
 「100万位のチョコでもやるのか?」
 「100円!!いや、元は100円だけど、ボクが渡したら1億くらいの価値はあんよ」
 「…」目の前で自身満々に語る少女を見ていると、優しい顔になってしまっているのが、自分でも判る。嗚呼…神様…
 「だからよぉ、車の1台や、600台は貰えると思うわけよ…あ、600台貰えたら、1番安い車は雅にくれてやんよ」
 「それは楽しみだな」言いながら、雅は席を立つ。
 自分のを入れるついでに、同じのでイイのか?とキッチンから声をかける。
 「今さら、ボクに媚売っても遅いぜ雅ぃ〜♪」
 「自分で入れろ」
 「ウソウソ!充分間に合う!!ヘーキヘーキ、余裕でセーフ。」
 「ホラ」と紅茶を入れたカップを斎の前に置いて、雅は対面のコタツに足を突っ込む。
 斎は「おう、サンキュ」と口をつけ…「ガっ!砂糖っ!!!」と慌てて口を離す。
 「入ってないぞ。同じでイイか?ってちゃんと聞いただろ?何聞いてるんだお前は」
 「バカ!オメーこういう時は、『ミルクはセルフサービスだ』(精一杯の雅のモノマネ)とか言うもんだろ!!」
 「お前、ミルクティー飲むと、腹壊すだろ?」
 「物の例えだよ!モノノタトエ!!ったく…」ブツブツ言いながら、立ち上がり、ブツブツ言いながら砂糖を入れ、「おわっ、入れ過ぎたぁ〜」と騒ぎ、戻ってきた斎は雅の対面に足を突っ込む。
 
 「で?あのチョコ買う金は一体どうした?」と雅は斎に尋ねる。雅の知る限り、斎の経済状況は、決して良くはない。6万円分も買える義理チョコが買えるはずがない。(とういうか、普通そんなに買わない)なので1番ありそうな推理をしてみることにした。
 「賭けか?」もちろん賭けといっても、学生達が遊びでするような可愛げのある賭けだ。おそらく斎は浅く広く勝ち続けたのだろう。というのが、雅の推理である。
 「うんにゃ、賭けじゃねぇよ」とあっさり否定されてしまう。そして、
 「舞次郎(マイジロウ)に貰った」とワケの解らない答えが返ってきた。
 「学園長が?」雅の脳裏に年甲斐もなく1部の生徒(男女)にまじって…もとい率先して雅の追っかけをしているエロ爺の顔が思い浮かぶ。ちょっと嫌な気分になった。
 「舞次郎によぉ、『雅が手作りチョコ作りたがってるんだけど、材料買う金無くて困ってんだよ』って言ったら、『んぬぅわぁにぃぃ!?雅ちゃんがワシの為にチョコを作りたいのに軍資金がたりないじゃとぉぅっ!?』って乗ってきたからさ、『6万とか、かかるらしいぜ』って言ったら、即金で渡された。『これを役にたててくれぃ』だとさ」
 「…」
 「あん?どーした雅?」
 「いや、もう、疲れるのも阿呆くさくてな…」
 「バカぶっこけ。どーせオメーはこんな金使わねぇと思って、ボクが気ぃ使って使ってやったんだから、むしろ感謝しろよ」
 「学園長がくれた金でなくても、そんな金は使わん。というか、普通使わん」
 「かぁ〜!損な性格ですなぁ相変わらず。まぁ、別にいいけどさ。んで雅?」と、斎が聞いてくる。紅茶のお茶受けに買ってきたチョコを摘みながら…
 「なんだ?」コッチも何気なく斎のチョコを食べながら答える。割りと普通におやつタイムな感じである。
 「チョコどうすんの?」
 「あるわけないだろ」雅にとって、バレンタインなんてウザったいだけのイベントである。どうしたら、自分から参加する気など起きようか。そんな思いが、全身から漂ってくる。
 「あ、やっぱ?オメーは今年も受け取る専門か…」
 「いや、面倒だからな。今年はその場で返すことにした。」と言って雅は立ち上がると、荷物が多い時だけ使う手提げ鞄の中から、小学校で使っていた体操着袋をひと回り大きくしたくらいの袋を取り出し、中から、セロファンに包まれたキャンディーを1つ投げて渡す。
 「ん」斎は片手でキャッチして、手の中を見る。そこに握られているのは
 「オイオイ…『ミルキー』かよ?シケテんなぁ。」ミルキー1粒だった。
 「こっちは資金難でな。悪いとは思うんだが、無い袖は振れん」
 「ま、いいんじゃねぇの。1年の女とかは家宝にしそうだぜ。『ミルキー』なのに♪」ミルキーをやや馬鹿にしているような台詞を、しっかりミルキーを嘗めながら、ちょっとはにかんだような、とても人懐っこい笑顔を浮かべて斎は言った。
 「できれば賞味期限が切れる前に食べて貰いたいものだな」つられた雅の顔も、普段より柔らかい印象を与える。学園一の美少女であり、その立居振る舞いから、男子生徒だけでなく女子達にも絶大な人気を誇る少女と、学園唯一のマスコットとして、上級生、同学年、下級生問わず女子達と女性職員に可愛がられる少女の笑顔揃い踏み。2人のファンがこの場に存在していたら、発狂しかねない。多分、その子には、存在しないはずの薔薇とか見えてるんじゃないかと思うくらいの雰囲気である。
 
 しかしそんな『マリみて』みたいな雰囲気は一瞬だった…だってコレ番外編だけど『BLUE! BLUE!! BLUE!!!』だもん。
 
 「でも、舞次郎もアホだよなぁ。6万だぜ!金有り余ってんのは解るけどよぉ。どんなカカオだよ!?っての…なぁ?雅?……アレっ?…ちょっ……雅どした?オ〜イ雅さぁ〜ん。もっし、もぉ〜し…」
 「…お前、カカオどうする気だ?」まさかという思いを振り払いたいが為に雅は訊ねる。まぁ、こういう場面での『まさか』は大抵的中するものだが。
 「はぁ!?バレンタインなんだからチョコに決ってんだろ?それともナニかぁ?オメーはカカオからランボルギニーカウンタックでも作んのかぁ?」
 「ランボルギニーをファーストチョイスする感性が理解できんが…まぁ、置いておこう。」そう返して、雅は紅茶を1口飲む。
 「お前、まさかカカオからチョコ作る気か?」
 「だから、そう言ってんだろ?他にナニ作んだよ?ランボル…」
 …的中した。
 「ランボルギニーはもういい。あのな、斎。カカオからチョコを作ろうというお前の意気は買うが、普通そんな手間はかけない。というか、一般人がカカオからチョコを作るのは不可能だと思うぞ。」
 「ボクをその他大勢と一緒にすんなぁっ!つか、じゃぁ、オメーら凡愚はどうやって手作りチョコ作んだよ?」
 「湯煎と言ってな。チョコを温めて溶かす。それを型に流す。冷やして固める。以上。」
 「早っ!?つーか手抜きじゃねぇかソレ!!!」
 「モチロン他にも色々あるがな。基本はコレだ。」
 「詐欺だっ!欺瞞だっ!!陰謀だぁっ!!!なぁにが手作りだコノヤロー!!今度から、オメーらはチョコ渡す時、『コレ、手作りなのー』じゃなくて『コレ、溶かして固めたのー』って言えっ!!!」自分が作ろうとしたわけでも、ましてや貰ったわけでもないのに、えらい憤りっぷりで叫ぶ斎の対面で、雅は静かにカップを傾けていた。
 
 
 
「The day 」

 

 「ピピピピピピ…」時計のアラームが鳴っている…やけにその音が遠く聞こえるのは、単に彼女の寝起きが悪いせいなのか、それとも『夢の中で目覚まし時計が鳴る』という不愉快極まりない夢を見ているせいなのか…もぞもぞと布団が動いているところを見ると、おそらく正解は前者なのだろう
 「ぅ、んんっ…」
 普段の雅からは想像もできないほど緩慢な動きで、ノソノソと上半身がベッドから起こされる。焦点の定まっていない虚ろな目でとりあえず音がする方を見てみる。
 鳴っているのは雅の机の上に置かれた、間違いなく雅の目覚まし時計だ。
 「ん…」
 さっきの状態から、左膝を立てて、今、ベッドの上で片膝を立ててる状態。こうやって、少しづつ段階を踏みながら、雅は覚醒していく。…つまり、寝起きは相当悪い。続いて左手で前髪をかき上げながら、主の覚醒を待ち続けている目覚まし時計をじっと見つめる。相手が人間であったのならば、その場で卒倒してしまう程の視線。そして寝ぼけていてもなお僅かばかりの曇りもみせぬ抜群の美貌。だが、相手が悪い。今、雅が見つめているのは、無機物代表目覚まし時計である。人の睡眠を打破する憎いアンチクショウは、例え雅の美貌をもってしても、気絶してその音を止めてくれることはない。
 「6時35分…」
 「…ムぅ…」
 (実は今日に限って、目覚ましを2時間早くセットしてしまった。…ってのを期待してたんだが…)そんなありえない事を考えてしまうくらい雅は朝に弱い。
 「…ヤレヤレ…」覚悟を決めて、雅はベッドを降りる。ついでに布団を畳み、今だ職務をまっとうし続けている目覚まし時計に、安息を授ける。部屋に静寂が訪れる。ハズだった。
 (ったく、たまにはテレビを消し忘れるのを忘れてみたらどうだ?河上斎よ)今の今まで、テレビが点いている事に気づかなかった自分の寝起きの悪さは棚にあげ、今ごろは鞄をブンブン振り回しながら、登校しているであろうルームメイトに愚痴をこぼしてみる。
 顔を洗い、朝食を手早く作り、興味の無いニュースを見ながら、食べる。そういえば今日は2月14日だった。チャンネルを回して確かめたわけではないけれど、きっと今日はどの局も同じ話題なんだろうな…と考えたトコロで思い出す。そういえば、今年も一方的に賭けに巻き込まれたっけ。
 それは昨日の『オメーら、今年からちゃんと『溶かして、固めたのー』って言え!』事件が一区切りついた時の事だった。
  
 「今年はボクが勝つぜ!」と、イキナリ斎が切り出してきた。
 「何にだ?」当然雅は切り返す。
 「かぁぁぁぁぁっ!出ました!雅さんの余裕発言!!なんだぁ、オメーそりゃ勝者の余裕か?余裕なんだなド畜生!!…だがなぁ、そうやって余裕こいてられんのも、今日の夜が最後だぜ雅。明日の今頃オメーは『ゴメンナサイ斎さん。私が間違ってました』ってボクに泣きついてくんだからよぉっ!ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
 「…確かにその顔はヤバイな。泣いてしまいそうだ」全く興味のないトーンで雅は言う。
 「んだたぁっ!?オメーどこに眼球つけてんだよっ!?このミラクルキューティングな斎ちゃんのどこが泣いちゃいそうなんだよっ!?」
 「ミラクルキューティングぅ?…まぁイイか。それで?」
 「は?」今度は斎の頭上に『?』が浮かび上がる。
 「私はお前に何で負けるんだ?」
 「おぉっ!それか!そうだ、それよ!!」1つの疑問が頭をよぎると、自分が切り出した話題だろうが平気でトぶ。それが『河上 斎』が『河上 斎』たる所以でもある。
 「明日は何の日か、いくら世間一般の常識に疎いオメーでも、それくらいは知ってんよなぁ?」
 「お前ほど、一般常識に疎くないが、まぁ知ってるぞ。」
 「あぁん?なんか言ったか!?…ったく、口の減らねぇオンナだな…ったく…そう、明日はバレンタインデーでぇす。といえば?」
 「…ふぅ…」と雅はため息をついて斎の台詞を継ぐ。
 「またチョコ勝負か?去年お前完敗だっただろ…」
 「去年は去年!今年は今年ぃ!!第一、去年は不正があった!」
 「お前…汚い手使ってあんな大敗を喫したのか?」雅は、わざと傷口に塩を塗りこむ。
 「ボクじゃねぇぇっ!!今の流れだったら、汚ぇ手使ったのはオメーだろうがよぉっ!じゃなかったら、ボクが、この絶対無敵究極素敵生命体であるこのボクが!こんな、ちょっと面が良くて、それでいて運動がデキて、んでもってオツムが回るだけのクール気取ってるネクラ女に負けるわけがねぇっ!!」と、斎は一気に捲くし立てる。
 「だから、今年は絶対オメーに勝つ!なにがなんでも勝つ!!勝ってオメーに吠え面かかせた後、学食で満貫全席奢らせてやんよ!!!」
 「…ま、好きにしろ。」
 「んだよ、オメー!ヤル気出せよ!ヤル気ぃ!!負けても、全力じゃなかったとか言い訳すんなよコノヤロー!!」
 
 なし崩し的というか何というか…とりあえず勝負するんだったな。…しかし…雅は思考する。この勝負は本人になんの努力もできないトコロが凄いな。天命を待とうにも、尽せる人事が無い…。
 「ま、とりあえずやることはやらないとな」朝食を食べたら、まず布団を干そう。今日は1日中晴れマークらしいし。
 
 去年の反省を生かし、今年は部屋をいつもより30分早く出た。それというのも…
 「雅お姉さま…コレ受け取って下さい」
 ほらね。
 「あぁ、ありがとう。あ、これ、お返しだ。何か色気が無くてすまないが、来月まで覚えていられる自信がなくてな」
 「あ…アリガトウゴザイマス!わ…私!コレ家宝にしますっ!!本当にありがとうございますっ!!!」
 「え…、あ、イヤ…」
 言い澱む雅を背にダッシュで駆けていく、おそらく1年生の名前も知らない少女。その背中が消えた曲がり角を見ながら、「イキナリ家宝か…」とか「どれくらい待っていたんだろう?もっと早く出て来ていれば、彼女はこんな寒いトコロから、もっと早く退散できたのに」とか「そんなに自分を待ってくれていた少女と、名前も知らないまま別れてしまってよかったのか」とか「お返しが当日なんて事務的すぎるだろ」とか「キャンディー1粒でよかったのか」とか色々な後味の悪い思考が雅の脳裏を横切った。
 「やっぱり、好きになれないなこの風習は」呟いて、雅は貰ったチョコは美味しくいただこうと決めて歩き出した。

  
 「な…」思わず雅は絶句して立ち止まってしまった。場所は校門まであと10メートル程の地点。この距離まで気づかなかったのは、3歩歩く毎に立ち止まらされていた為と、今日は校門の周りが多少は混雑していてもそれは、バレンタインのせいだろう。と思い込んでいたからである。ちなみに雅はココに辿り着くまでに、部屋を出てすぐに立てた誓いなど無かったことにしてしまっている。それどころか今は、「イチイチ相手をしていたらキリがない。出来る限り、さっさと切り上げよう」とまで思うようになっている。乙女心というものは、かように移ろい易いものである。
 「チリーン」と透明な音が冬の朝の澄んだ空気に響き渡る。
 音に続いて
 「皆様、ご注目くだされぃっ!拙僧、今話題の『バレンタイン』にござぁい!!」
 思わず、地面に膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。落としそうになった鞄を握り締める。いきなり襲ってきた目眩、頭痛に耐えながら、声をかける。
 「…斎…お前、何やってるんだ?」
 「申し訳ないが、私はバレンタインと申すただの虚無僧。斎などと言う、超絶美形ではない。人違いでゴザル」
 …なんか、もう、キャラがメチャクチャだ…強くなった目眩を押し殺し、教室へと足を進める。後ろから聞こえる歓声は無視しながら。「ガンバレ雅。今日1日の辛抱だ」と自分を励ましながら。
 雅が通り過ぎた後、バレンタインは「カワイイー!!」と歓声をあげる上級生に頭を撫でられ、(チョコは貰った)「うぉ、似合うじゃ〜ん」と笑うクラスメイトにチョコを貰い、「イツキ先輩カワイイ〜」と興奮する下級生にも抱きつかれ、(チョコは貰った)「なぁにぃ、斎ちゃん。そのカッコ?」と笑う教師に写メを撮られ(チョコは貰った)それをきっかけに撮影会が始まり、だんだん写メだけ撮ってくヤツが出てきて、増えてきて、イライラは頂点に!
 「がぁぁぁっ!!ナニ写メだけ撮ってんだよ!!チョコよこせ、チョコ!!!そしたら写メってもイイからよぉっ!!!つか、写メ1枚につきチョコ1個!!!!」と魂の咆哮をあげるも、虚しく、
 「うわっ、イツキちゃんキレたぁ〜」とか「やっぱ斎はコレでしょ」等、散々女子達に弄ばれて、学園唯一のマスコットは今日も元気にお勤めを果たしていた。

  
 雅が部屋に帰ると、玄関に斎が落ちていた。
 気持ちは痛い程よく解る。だが、このままほっとくと、雅が部屋の中に入れないのでとりあえず拾うことにした。
 「斎、気持ちは解るが、ココで死ぬな。とりあえず、ベッドまで行って力尽きろ。」
 「おぉ〜、雅ぃ〜、ムリ…ボク今日はここで寝る。つか、お前はよく平気だな…」
 「平気なワケあるか…ったく…!…」
 埒が開かないので、斎を抱えて部屋に入る。そのままベッドに投げ捨てると自分も…と、ベッドに倒れ込もうとして気づく。
 「布団干したっけな…」
 朝の自分の行動を恨めしく思いつつ、布団をとりこみ、『うつ伏せに突っ伏し、枕の下に頭を突っ込む。』という独特のスタイルで爆睡状態に入った斎に布団を掛けてやる。このスタイルだと、どこまで布団を掛けてやるのが正しいのか解らないのだが、いつも通り、枕のラインまで布団を掛ける。キレられた事がないので、とりあえずは合ってるんだと思う。
 「流石に、今日はキツかった…」ベッドに倒れ込むと同時に、いや、それよりも、もしかしたら早いタイミングだったかもしれないが、とにかく雅の思考もそこまでだった。思考が途切れる寸前、
 「イイ匂い…布団干してよかったな…」と雅は朝の自分の行動を褒めていた。
 
 「ぅ、んんっ…」真っ暗な部屋の中雅は目を覚ます。
 「?」
 なにか、強烈な違和感を感じる…「何だろう」と考える間もなく、違和感の正体はすぐに掴めた。
 「真っ暗だからか」
 斎が、半ベソかいて嫌がるから、いつも電気は1番小さい電球を残して寝ている為、たとえ夜中に目が覚めても、真っ暗な部屋というのは、入学してから、この2年近く無かったのだ。
 「…なんだかな…」ちょっと口角が上がっているのを意識しつつ、雅は部屋の灯りをともす。いきなり白くトんだ世界に目を細めながら、
 「とりあえず、夕食だな」アレだけ大量のチョコを受け取ったせいで全く食べていないのに胸焼けがする(気がする)が、なにも食べていない分、お腹はすいている。なにかサッパリしたもの…蕎麦でいいか。
 料理なんて、よっぽど手の込んだモノを作らない限り、何を作るのか決ってしまえば早いものだ。まず、蕎麦を…
 「雅ぃ〜腹へったぁ〜」
 出そうとしたら、斎が起きてきた。ナイスタイミング。こういうトコロはまさに、「天に愛された女」だ。
 「今から作るから、ちょっと待ってろ。蕎麦でいいか?」
 「むしろ蕎麦がいい。グッジョブ雅♪」
 「ああ」
 こうして、2人はいつもより遅めの夕食をとったのでした。
 
 
 「不正行為だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
 
 甲府の盆地にある夜の女子寮にそんな絶叫が響く。本来なら、寮長とかがすぐやってきそうなものなのだが、全くやってくる気配がない。ちなみに隣室の生徒も苦情を言ったりしない。なぜなら、余りにも頻繁に「叫び」「絶叫」「咆哮」「断末魔」があがるので、完全に麻痺しているのである。というか、「今日はいつもより控えめだね。」くらいのトーンである。いつもだったら、絶叫の後は「汚ねぇーぞ雅ぃっ!!」と続き、その後「トゥルーロマーンスっ!!!」(おそらく技の名前だと推測される)の咆哮があり、一瞬の後「断末魔」の叫びがあがり沈黙する(Aパターン)か、絶叫の後「パリーン」とガラスの割れる音がして、地面に何かが(おそらく小柄な人間だと推測される)着地する音がして、「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」と高笑いが走り去って行くのが聞こえ、その高笑いが「断末魔」の叫びに上書きされる(Bパターン)に分岐するのが定番になっているので、絶叫だけの今夜は逆に心配だったりもするのだが、まぁ「尾関 雅」がいるのだから心配などやはり無用だという結論に隣人や寮長は行き着くのである。
 
 「あぁ、あの托鉢は不正行為っぽいな」
 「バリバリアリだってぇの!!セコイ手使ったのはソッチだろうがよぉっ!!じゃなきゃ、ボクがオメーなんかに負けるはずがねぇ!」
 遅い夕食の後、まったりとほうじ茶を飲んでいる雅の正面に足を突っ込みながら、『負け犬の遠吠え』ならぬ『斎の遠吠え』が始まった。ちなみに斎の後頭部の延長線上にはテレビがある。
 「つーかさぁ、義理は1個1点。本命は1個2点って事にしようぜ!」
 「…」
 「オメーのその『チョコ溶かして、ハートの型に流しこんで冷やして固めて、スッゲーキレーにラッピングして、さらに、メッセージカードまで付けちゃった手の込んだ義理チョコ』とかは1点計算だからなぁ。」
 「…で、お前の『コンビニのレジの脇とかに置いてある20円で買えそうな本命チョコ』は2分の1点か。」
 「2点!ボクのチョコは1個2点!オメーのは1個1点!!ったく、オメーの都合のイイようにルール変えてんじゃねぇよ。」
 「…まぁ、どうでもいいけどな…それよりも…斎」
 「んだよ?」
 「そこどけ。テレビが見えん」
 「かぁぁぁっ…どぉでもいいだろぉがよぉっ!テレビなんてぇっ!!!」
 「これから特番で『ジェイムス・ブランド』のライブやるらしいぞ」
 雅の言葉を聞くなり、イキナリ挙動不審になり(ワリと普段から理解不能な行動が多いのだが、今は輪を掛けて不審)斎は部屋の中をドタバタ走りだした。「っ!!!!!!早く言えぇっっっっ!!ちょっ、雅、それ何チャン!?」
 「ココに決ってるだろ」対する雅は動かざること山の如し。斎が対面に座っていようが、周りをドタドタ、グルグル走り回っていようが全く動じることなく背筋をシャンと伸ばし、見惚れてしまうような美しい所作でほうじ茶を飲んでいる。
 「お、おうっ!そーか、そりゃそーだ。何時からっ!?」
 「あと、2、3分だな」
 「テープっ!ビデオぉっ!!はやぁく!!!雅っ!!!!」
 「…さっきセットしておいた。」
 「でかした!雅!!よくやった!!!飴をやろう」そう言って斎は『黒飴』を雅の前に置く。
 「あぁ。ありがとう…しかし毎度の事ながら、お前、ドコに隠し持ってるんだ?」
 「ヤボ言ってんじゃねぇよ雅。女ってのは秘密が多いほど魅力的なもんなんだぜ。」
 「…そうか…」
 「そんなモンよ。ってか!オメーはマジで気がきかねぇなぁ。茶ぁ持ってこい!茶ぁっ!!」
 本来なら、自分で入れろ。って言ってまた一騒動起きるところなのだが、そんな事やってる間にテレビが始まったらサスガに可哀相だしな…まぁ…今日は特別に入れてやるか。
 雅は自分の湯のみ(実は斎のお手製。だが『雅』の文字が『牙』になっている。…モチロン天然)を手に立ち上がりキッチンに向かうった。
 
 「ココに置くぞ」
 「おう、サンキュ」自分で入れろと言ったくせに、もう飲み物にはなんの興味もないらしい返事が返ってきた。
 「あぁ、気にするな」雅のほうも、礼などコレっぽっちも期待していなかった。まぁ、ルームメイトなんて、仲が良くなれば良くなるほど、お互いのスタンスがお互いに解るもので、雅と斎にはこんな関係がベストだった。
 「…ん?」違和感を感じた斎がカップを手に取り、一口…
 「ココア?」
 念の為、匂いをかいで、もう一口飲んで…間違いない。やっぱりココアだ…
 前述のスタンスの話ではないが、雅が茶を淹れる時、リクエストをしない限り、中身は雅と同じものになる。居つきにしてみれば、ついでに淹れてもらっているだけであり、また、ついでだからこそ気楽に頼めたりもしていたのだが…さて?
 斎はテレビを見ながら、カップを片手に考える。雅の湯のみの中身もココアなのか?…イヤ、「そりゃ、無いわ」と斎は心の中で突っ込む。雅が持っているのが湯のみである以上、その中身は間違いなく、日本茶系。百歩譲っても中国茶だ。ココア、コーヒー、紅茶はありえない。その辺り、融通のきかない女なのだ『尾関 雅』という女は。ま、ソコがイイんだけど。
 これ以上考えるのは面倒くさくなって、丁度、テレビもCMなので、斎は雅に疑問をぶつけることにした。
 「なぁ、雅?オメーが飲んでるのって…」
 「ほうじ茶だ」
 「ボクのカップの中身って…」
 「それは『ココア』と言うものだ」わざとらしく溜息をついてから、雅は答える。
 「んなもんは解っとるわいっ!!」
 「なら、聞くな」
 「そぉじゃねぇよぉっ!なんで、オメーとボクのドリンクの中身が違うのかと!そーゆー事がボクは言いたいっ!!!」
 「あぁ、そういう事か。嫌がらせだ」全く表情を変えずに雅は答える。
 「は?」斎は体中に『?』を纏って聞き返す。
 「暫くは甘い匂いを嗅ぐのも嫌だと思ってな」
 「かぁぁぁっ!性格ワルっ!!!この、ネクラ女ぁっ!!!」
 「それが嫌なら、茶ぐらい自分で淹れるんだな」全く表情を変えずに雅が言う。
 「気が向いたらなぁ。でも、ボク、チョコあんまり食ってないから、全然ヘーキだけどなっ」斎は笑いながら、カップを口に運ぶ。
 「失敗か…」全く表情を変えずに雅が呟く。
 「甘ぇーよ」左手に今日の戦利品、右手にココアの入ったカップ。視線の先には『ジェイムス・ブランド』の特番を放送中のテレビ。
 
 こうして長かった2月14日の夜は更けていく
 
 
 
「The later day 」

 
 
 「じゃぁんけぇんぽぉぉぉぉん!!!!」
 殺伐としたじゃんけんの掛け声が澄みきった青空にこだまする。
 甲府の盆地に集う乙女たちが、今日も陳琳に宣戦布告を宣戦誣告と変じられた『曹 孟徳』のような鬼気迫る顔で(1人、無表情な乙女もいるが)勝者と敗者を決めている。
 握った拳で砕くは己が惰弱。開いた掌に宿るは鋼の意志。2本の指で掴むは勝利の2文字。もちろん後出しで勝利を掠め取ろうなどといった、弱き者など存在していようはずもない。
 私立星影学園。
 今日も、この学園では昼の買出しじゃんけんが行われている。
 
 「くそぉ…明日は絶対勝ってやる…はい、買ってきたよー」1人想いを拳に乗せて繰り出し敗れ去った藤堂が、お届け物を渡しながら、決意を胸に抱く。勝者たちは「早かったじゃん」「混んでなかったん?ツマンねぇー!!」等、言いたい放題である。
 「伊東ちゃんがレモンティー、大石がウーロン茶、武田がストレートで、雅が緑茶、んで、斎がココア…と。あんたら、たまには他人と同じの頼めっての…」
 「そりゃぁムリってもんだぜ、トード。ボク達はなにより個性ってのを大事にしてるからよ。」
 「斎が言うと、なんか腹立つなぁ…。つか、あんた飯時に『ココア』って…」
 「あん?知らねぇーのかよ。ノーミソ働かすのに糖分ってのがいるんだよ。だからな、午後の授業を実り多いモノにするためにも、昼にココア。こりゃ、学生の掟だね」と、したり顔で斎が言う。
 「雅ぃ、斎がマトモっぽい事言ってる…なんで?」
 「今朝、砂糖のCM見たからな。ソレでだ」
 「ナルホドぉ」
 「ばぁか!情報の出ドコは問題じゃねんだよ、問題は内容よ、内容。」斎は勝ち誇った顔で、ココアを「ふぅふぅ」する。
 「…情報ほど、出ドコが大事なモノも、無いと思うが?」と言って、雅は緑茶のプルタブを起こす。
 「賛成。」と言って、伊東がレモンティーの缶を振る。
 「雅は正しい。」と言って、武田がストーレートティーに口を付ける。
 「斎が言うと胡散臭い」大石はウーロン茶の缶を置く。
 「がぁぁぁっ!!よってたかってボクをいじめるなっての!!」ほんの気持ち冷めたココアを口を一口飲んだ斎が反論する。
 「でも、斎、昨日あんだけチョコもらっといて、よくココアなんて飲めるね」と、カフェオレ片手に藤堂はある意味感心している。
 「へ?なんで?」
 「なんで?って、チョコもココアも原料カカオじゃん。」
 「手作りチョコの原料は売ってるチョコだろ?」
 「へ?なに?コレ?」予想外すぎる返しに藤堂は思わず保護者に助けをもとめてしまう。
 「…私に聞くな…」…助け船は来なかった。
 「…ま、いっか…売ってるチョコも元はカカオじゃん」藤堂は、なんとか自力で話を戻そうと試みる…
 「おぉっ!確かに!!」
 …成功。
 「ココアだって、『ホットチョコレート』って名前でだしてるお店あるしね…」
 …ん?……ホットチョコレート?…
 藤堂がまだなんか言ってるけど、なんか頭に入ってこない…なんかが引っかかってる…
 考え込んでいた斎が顔を上げると、正面で緑茶の缶を持っている少女と目が合った…
 目が合った瞬間、微かな笑みを浮かべながら、少女は声に出さずにこう告げた。
 
 「Happy Valentaine」



〜 Fin 〜




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